ほとんど職場で寝泊まりしているような人間の家にカメラと盗聴器をつけたところで大した収穫はなかったのだろう。半年ほどでそれらが全て引き上げられたのを確認して結月は息を吐いた。
「『もうありませんよね。』」
『調べてやろうか?』
ふわりと空気が揺れた。結月は頷いた。
「『はい。よろしくお願いします。』」
家の中に魔王の気配が満ちていくのを結月はぼんやりと眺めた。自分でも出来ることだが、魔王に頼った方が彼(あるいは彼女)の機嫌が良くなるのだ。
「——♩♬——♪——」
鼻歌を歌うと、魔王の手が結月の髪を撫でた。
『吾子や、しばらく休んでいるといい。あとは私がやっておくから。』
結月は小さく頷いてそのまま目を伏せた。次に目を開けたとき、結月の瞳は深い海の底のような紺色に変わっていた。
「『夕餉でも作るか。』」
魔王は結月の体でそう言うと台所に向かった。
*
「これ以上の捜査は禁ずると、そう伝えたはずだがね。管理官殿。」
険しい顔の男が目を眇めて黒田を見た。黒田は左の目でまっすぐと彼を見た。
「発言してもよろしいでしょうか。」
「なんだね?」
「枷場結月。我々公安が捜査している犯罪組織が彼女を狙っているとの情報が入っております。」
「……あくまでも貴殿らの行動はその組織の尾を掴むためだと、そう言いたいわけか。」
「はい。」
男が唸った。
「公安から彼女に護衛をつけさせたいと考えております。」
黒田がそういうと彼は鼻で笑った。
「それを口実にこちらを探るつもりだろう。」
「そのようなことは」
「どうだか」
男はそう言うと、腕時計を見た。
「護衛は不要だ。」
「万が一ということもあります。」
「何か勘違いしておられるようだが」
黒田の険しい顔を見て彼は溜息を吐いた。
「彼女は呪術師だ。警察官、たかが非術師の一人や二人付けたところで足手纏いにしかならんよ。」
「それは」
「事実だ。予定があるので失礼する。」
男はそう言うと、そのまま席を立とうとした。ちょうどそのとき、部屋の扉が開いたので黒田と男は扉の方に顔を向けた。
「やあ、久しぶりだね宇佐美。」
「……お久しぶりです、遠野さん。」
「もう帰るのかい?この前良い茶葉を貰ったんだ。よかったら」
「いえ、結構。先約があるので。」
遠野の言葉を遮るように宇佐美がそう言うと、遠野は猫のようににやりと笑った。
「まぁそう言わずに。」
遠野が宇佐美の黒い瞳を覗き込んだ。
「君はただ、私の言うことを聞けばいいんだ。」
自然と宇佐美の首筋と肩に遠野の白い手が触れる。気づいたときにはもう遅かった。意識を取り戻した宇佐美の目の前には記入済みの契約書と飲み干されたティーカップと小洒落たクッキーがあった。
「ありがとう宇佐美。」
ついでにこの世のものとは思えないほど美しい男が一人。
「悪魔め。」
「えぇ?でも宇佐美は私のことが好きでしょう?」
幼子のように傾けられた白く細い首。濡羽色の髪がさらりと胸元に落ちた。
「……だから嫌なんだ。」
宇佐美は薄暗い部屋の白い天井を見上げた。予定の時間はとっくに過ぎていた。
捏造でしか無い。宇佐美さんってどんな人だったんでしょうね。