元便利屋は呪術と推理の世界で嘆く   作:鹿蹄草

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31 まるで都市伝説のような

 

 

 今日の分の事務作業を終わらせてふと窓の外を見た。昨日の夜降った雨のせいか、苔の色がやけに鮮やかだった。結月は窓を開けて大きく息を吸い込んだ。

 

「換気しますね。」

「ああ、はい。」

 

護衛の男が頷いた。彼らが護衛としてここに来てから一週間ほど経った。

 

「そう言えば、あの(かた)はどうなさいましたか?今日はお見えになっていませんよね?」

 

結月は心の中で二人の護衛のことを、それぞれ“人懐っこい(ほう)”と“そうでない(ほう)”と呼んでいる。今目の前にいるのは人懐っこい方だった。

 

「あー……すいません。あいつちょっと体調悪いみたいで……便所に行くって言ってたんですけど。」

「あら、まぁ。それはお辛いでしょうね。」

 

結月は心配そうな声色でそう言った。

 

『嘘吐きめ。煙臭くてかなわん。』

 

魔王の声が聞こえた。護衛の男は二人とも喫煙者だ。結月は苦笑して手帳を開いた。口元に手をやって、少し考えるふりをしてから結月は男の顔を見た。

 

「体調がすぐれないようでしたらお帰りになっても構いませんよ。今日は……まぁ今日“も”ですね。大した予定はありませんから。」

 

結月は少し視線をずらして男の手を見た。

 

「傷、大丈夫ですか?」

「へ?ああこれですか。まぁ昔できた傷なので……すみません見苦しくて。」

「いえ。ただ寒いと古傷が痛むでしょう?」

「慣れてるので。」

 

男が笑った。

 

「そうですか。」

 

結月は自分の手元を見た。真新しい手帳のページにはまだ何も書かれていない。

 

「紅茶を淹れてきます。」

 

結月はそう言って席を立った。ティーパックをマグカップに入れて雑にお湯を注いだ。紅茶が出来るまでさして時間はかからない。結月は再び席に着くと素朴な味のクッキーを摘んで少し冷ました紅茶と一緒に口に流し込んだ。

 

(暇だな。)

 

結月は時計を見上げた。

 

(狙われているとは聞いたがいまいち実感が湧かない。)

 

渋谷での襲撃以来、例の組織がこちらに接触してくる気配はない。結月の両親や妹たちの周りにも怪しいものはなかった。

 

(そもそもなぜ私が狙われているのかといえば。)

 

 最近、裏社会を中心に妙な勢いで広がっている噂が結月の脳裏に浮かんだ。少し前にクマタロウから報告されたものだ。

 

(根も葉もない、というわけでもない。噂自体は昔からあった。妙な雰囲気になったのはここ数年の話だが。)

 

 “枷場結月は死者を甦らせることができる”という話が囁かれ始めたのは一体いつのことだっただろうか。たしか高専在学中には似たようなことを言われていたような気がする。結月はそう朧げに考えながら溜息を吐いてスマートフォンのカバーを撫でた。

 

(全く馬鹿馬鹿しい。)

 

最初は単に結月の反転術式を使う者としての優秀さを示す言葉だった。しかし、呪術師から呪詛師、呪詛師から彼らと繋がりを持つ反社会的勢力へと伝わる中でただの言葉はいつのまにかその意味を変えていった。文字通り“死者を甦らせる者”としての“枷場結月”が噂の中で一人歩きし始めたのである。今や呪術師の中にさえ結月のことをまるで現人神か何かのように扱う者が出始めていた。

 

(死者蘇生の神ねぇ、私よりも夜蛾学長の方が相応しい気がするが。)

 

原作で夜蛾が作っていた呪骸にそのようなものがあったはずだ。

 

(まぁそれは関係ないか。)

 

結月はカップの中の紅茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋に黴臭い空気が篭っていた。柔らかそうな金髪に健康そうな小麦色の肌をした柔和な顔立ちの男が、曇った窓を見て眉を寄せた。金髪の男、バーボンは一度かぶりを振って、にこやかな顔で口を開いた。

 

「わざわざこんなところに呼び出して、一体何の用ですか、ジン?」

 

黒い中折れ帽を目深に被った長い銀髪の男が、バーボンを睨んだ。

 

「枷場結月の件だが」

「……彼女のことはベルモットに任されていたはずでは?」

「人員の補充が必要だと判断した。」

「たかが噂でしょう?まさか本当に信じてるんですか?死者蘇生だなんて世迷いごとを。」

 

バーボンは顔を歪めてジンを見つめ返した。

 

「貴方の我儘で、僕はつい昨日まで海の外を飛び回っていたんですよ?」

「鼠二匹と仲良くつるんでたテメェを今ここで処分してやろうか。しみったれたこの部屋の空気も少しはマシになるだろうぜ。」

 

ジンが懐から取り出した拳銃の銃口をバーボンに突きつけた。緑色の鋭い目がバーボンを射抜いた。バーボンは態とらしく肩をすくめた。

 

「NOC二人とスリーマンセルを組ませたのはそちらじゃありませんか。確かに仕事仲間として仲良くしてましたけど、それは貴方たちだって同じでしょう。僕だけが責められるのは納得がいきませんね。」

「……余程死にたいらしいな。」

 

部屋の空気はまさに一触即発といった様子だった。ジンが鈍く輝く引き金に指をかけたちょうどそのとき、携帯電話の呼び出し音が鳴った。ジンの脇に控えていた大柄な男、ウォッカが慌てて自分の懐から携帯電話を取り出した。

 

「おい」

「すいやせん兄貴、シェリーの研究所からです。」

 

ジンは舌打ちをして拳銃を懐に仕舞った。

 

「なにかあったんですか?」

「テメェには関係ない話だ。とっととあの阿婆擦れのところにでも行きやがれ。」

 

ジンはそう言うと、ウォッカを連れて部屋を出て行った。

 

(呪術師……)

 

公安よりもより深く暗い国の闇に繋がりを持つ者たち。去年のハロウィンに渋谷で起こった大規模テロにも彼らが関わっている。

 

(……米国の方からも妙な話が来ているし、全くどいつもこいつも。)

 

彼らによればアメリカ空軍が日本の領海内で戦闘機ごと行方不明になったという話だ。例のテロからの復興支援に送ったとあちらは主張しているがどうにも胡散臭い。日本政府になんの断りもなしにそんなことをしている時点で何か後ろめたいことがあるに違いないとバーボン、公安の潜入捜査官である降谷零はそう考えた。

 

(そもそも航空機が丸ごと消えたというのも俄には信じがたい話だ。)

 

胸ポケットの中の端末が静かに震えた。バーボンは薄暗い部屋の中で眩く光る液晶を睨んだ。

 

「まるで一昔前の都市伝説、それこそ……」

 

あるいは呪術師、彼らであればそんな超常的な現象を起こせるだろうか。埃の積もった部屋で、バーボンは一人、深く長い溜息を吐いた。

 




あけましておめでとうございます。
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