元便利屋は呪術と推理の世界で嘆く   作:鹿蹄草

4 / 31
主人公の名前が多いため、誤解のないように説明します。
前々世 :橘小夜 一般人(多分大学生)
前世 :ミヤ・クロム 便利屋
今世 :枷場結月
となります。


4 2006年5月下旬 枷場結月の日常3

 

 

「……あの、先輩、猫のキーホルダーが落ちていませんでしたか?」

 

図書委員の仕事中に、天内理子に小声でそう尋ねられた結月は、三秒ほど固まったあと小さく声を出した。

 

「……あ、あれか。ごめんね、落とし物入れに入れようと思っていたのだけれど、昨日、間違えて家に持って帰ってしまったの。今、持っているから……これかな?」

「……!はい、それです!ありがとうございます先輩!」

「うん、こちらこそごめんなさい。落とし物入れに入れていなかったから焦ったでしょう?」

 

結月は申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「いえ、見つかってよかったです!落とし物入れはまだ確かめていませんから、全然大丈夫ですよ!」

「そう、よかった。……はい、とうぞ。」

「ありがとうございます!」

「金具のところが壊れているけれど……。」

 

結月がそう言うと、理子は悲しそうな顔をした。

 

「修理しようか?」

「……え、直るんですか?これ。」

 

理子が目を見開いて結月を見た。

 

「ん、直せるよ。」

 

結月は、ミヤ・クロムとして生きていた頃、便利屋として勇者たちの武器や防具の手入れや修理もしていた。そのため、金具が壊れた程度の軽い修理は簡単にできる。

 

「一度、私の家に持って帰る必要があるけれど……。」

「いいんですか?」

「うん、落とし物入れに入れ忘れていたお詫びもしたいからね。……修理しても大丈夫かな?」

「直せるなら、直して欲しいです。……大切な物なので。」

「わかった。……それじゃあ、今度の委員会の日までに修理を終わらせてくるから、それまで待っていてくれるかな?」

 

結月がそう言うと、理子が嬉しそうに目を輝かせた。

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

理子がそう言って結月にキーホルダーを渡した。

 

「うん、預かるね。……できれば他の部品も貰えると助かるのだけれど……。」

「えっと、……これです。」

 

理子が自分の鞄に付けていた銀色の金具を結月に手渡した。

 

「……ん、これなら鎖の部分を取り換えれば、直ぐに直るよ。」

「よかったです!」

「うん……大切に扱うね。」

「はい、よろしくお願いします!」

 

小声で話し終わったあと、しばらく二人は無言で作業を続けた。

 

「……先輩は」

 

理子が口を開いた。図書館には二人以外には誰もいない。

 

「んー?」

「先輩は、どうして図書委員会に入ったんですか?」

 

理子の言葉に、結月は少し考えてから答えた。

 

「んー、本が好きだからかな。……あとは、ここの学校の図書館の雰囲気が好きだからね、出来るだけ満喫したいと思ったの。……流石は私立だよねぇ。」

「たしかに、教会みたいで綺麗ですよね。……先輩は、キリスト教徒ですか?」

「いや、家にお仏壇があるから、おそらく仏教徒だね。」

 

結月がさらりとそう言うと、理子は笑った。

 

「“おそらく”ってそんな、適当な言い方っ、あはは、先輩って面白い人ですね。」

「大半の日本人にとって、宗教はそれくらい曖昧なものだと思うけれどなぁ。」

「まぁ、そうかもしれませんけど。」

 

結月は緩く笑った。

 

「んー、あくまでも、教会の雰囲気が好きなだけだね。建物と衣装とか小物とか。……宗教の話は、物語として楽しむのは好きだよ。」

 

ミヤ・クロム(聖域教の信者)の顔を思い出して、結月は軽く眉を寄せた。それと同時に、聖域教が経営する孤児院で“魔族との混血児”として虐められていた頃の記憶を思い出した結月は、理子に気づかれないように手を強く握りしめた。

 

「あー、先輩、宗教嫌いですか?」

 

結月の顔が曇ったのを見て、理子が気まずそうにそう言った。

 

「嫌いではないけれど、大昔の人の偏見と固定概念の塊だと思っているよ。ま、結局、宗教というのは人間が創った文化だからね。一応、私はそういう文化を持っている人たちのことを尊重してTPOに合った行動をしているつもりだけれど。」

 

やや早口で結月はそう言った。

 

「へぇー?」

 

理子が不思議そうな顔をした。

 

「宗教とは、“誰かが大切にしているもの”のことだと私は考えているの。」

 

結月の脳裏に、ミヤの持っていたぬいぐるみを捨てる孤児院の職員の姿が浮かんだ。

 

「……自分が大切にしているものを否定されるのは悲しいからね。だから、私は“誰かが大切にしているもの”をできる限り否定しないようにしているの。」

「よく分かりませんけど、なんだか素敵ですね。」

「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな。」

 

結月は理子に向かって微笑みながら言った。

 

「長い話をした分際でこのようなことを言うのはおかしいかもしれないけれど……今日は早く帰らなくても良いのかな?」

「はい!家族には伝えてありますから!」

「そうなのね。」

 

理子から見えないように、握りしめた手から流れた血をハンカチで拭ったあと自分の異能力で治療を施して傷口を塞いだ結月は、机の上に置いていた読みかけの本を手に取った。

 

「それ、どうしたんですか?綺麗な羽根ですね。」

 

本に挟んでいた羽根を見て、理子がそう言った。

 

「……拾ったの、図書館の中で。」

 

昨日、裕也にもそう言って誤魔化した。嘘は言っていない。

 

「へー、どこかから鳥が入ってきたのかもしれませんね。」

「ふふ、もしかしたら天使かもしれないよ?この学校はミッション系だから。ここが神社だったら天狗かもしれないけれど。」

 

結月が穏やかな口調でそう言った。

 

「先輩って、意外とそう言う冗談を言いますよね。真面目そうなのに。」

 

理子が呆れた顔をした。結月は本を撫でながら優しく微笑んだ。

 

「不思議なことを考えるのは大好きだよ。本はファンタジー小説しか読まないくらいにね。……この羽根、沢山あるから一枚あげようか?」

「え、いいんですか?ありがとうございます。……“だれも知らない小さな国”?」

 

結月の手から羽根を受け取りながら、理子は結月の手の中にある本の題名を口に出した。

 

「ああ、私、この本が好きなの。……昔、読んだのだけれど、題名以外はほとんど忘れてしまっていたから、始めから読み直しているの。」

 

 橘小夜として生きていた頃、大好きだった小説。小夜が高校生になったときに、入学祝いに貰ったお金で、同じシリーズをすべて買い揃えた本だ。——そして、親戚に迷惑をかけないように、ミヤ・クロムとして産まれてから界渡りを使って回収した橘小夜の遺品の一つだ。

 

「へぇ、どんなお話なんですか?」

 

理子が目を輝かせながらそう言った。

 

「んー、そうだねぇ、小人が登場するよ。……主人公は普通の人間だけれどね、小人たちと仲良くなるの。」

「なんだか楽しそうな話ですね。」

「うん。それと、自然の描写がとても綺麗だよ。……あ、そういえば、たしか恋愛の話もいくつかあったね。このシリーズに登場する恋の話は、どれも素朴で純粋な感じがして好きだなぁ。」

 

結月はそう言ってふわりと笑った。

 

「シリーズになってるんですね。」

 

理子が言った。

 

「そうだよ。……たしか、全部で六冊あったと思う。」

「何巻が一番好きですか?」

「うーん……。」

 

結月はしばらく悩んでから口を開いた。

 

「やっぱり、一巻かなぁ?……でも、二巻も好きだし……五巻も良いよね。迷うなぁ。……あ、六巻は短編集みたいになっているけれど、あれも良いよねぇ。」

 

結月が悩んでいる様子を見て、理子が微笑んだ。

 

「先輩、すっごくその本のことが好きなんですね。」

 

結月は理子の言葉に対して一瞬呆けた顔をしたあと、月見草のような笑みを顔に浮かべた。

 

「うん、そうだよ。大好き。」

 

理子にそう言ってから、結月は本を開いた。二人しかいない図書館は再び静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 

(……えーと、道具はあそこに置いていたはず。)

 

学校から帰宅してすぐに、結月は自室の机の引き出しを開けた。

 

(金具は……同じ種類のものを神器生成(異能力)で作ろう。……手芸屋さんに行っても同じものは手に入らない可能性があるからな。)

 

そう考えながら、結月は刃の部分が細いニッパーを使って破損した金具をキーホルダーから取り外した。そして、キーホルダーを優しくカッティングマットの上に置いてから、結月は手を胸の前に緩く広げて神器を作り始めた。

 金粉が混ざっているようにキラキラした白い煙が飛優の手と手の間から溢れ出した。煙は段々と塊のようになり、最後には、元々キーホルダーに付いていたような銀色の金具の形になった。

 

(……うん、問題ないな。)

 

出来上がった金具に触れて、無事に使えるかどうか確認すると、結月はカッティングマットの上に置いていたキーホルダーにそれを取り付けた。

 

「結月、入ってもいいか?」

 

 扉を叩く音と一緒に父の声が聞こえた。今日は父の定休日だ。

 

「いいよー。」

 

机から顔を上げずに結月が答えた。

 ガチャリ、と静かに扉を開く音がした。

 

「ああ、作業中だったか。悪いな。……何を作っているんだ?」

「ああ、学校の後輩のキーホルダーを修理しているの。大切なものだったらしくて、悲しんでいたから。」

「そうか。」

 

父はそう言って結月のベッドに座った。

 

「……あのな、結月。」

「どうしたの、父さん。」

 

父が真面目な顔をしているのを見て、結月はキーホルダーを机に置いて父の顔を見た。

 

「……結月も、もうすぐ高校生だから、父さんの家について話しておきたいんだ。」

「……うん。」

 

父は深呼吸をしてから話し始めた。父は自分の両親や家族のことについて尋ねられるといつも苦い顔をして口をつぐむ。だから、こうして結月に自分の家について話そうとするということは、何か深刻な理由があるのではないかと結月は思った。

 

「父さんの家……枷場家はな、代々土地神を祀って封印している家系なんだ。」

「……土地神?……社家ということ?」

 

たしか、神社を祀る、世襲の神職の家柄のことをそう言ったはずだ。

 

「……詳しいな。そうだ。枷場家は社家と呼ばれるものだ。」

「うん、インターネットのオカルトサイトや掲示板などでよくそういう話を見るからね。」

 

結月がそう言うと、父は苦笑した。

 

「はは、父さんよりパソコンが上手なんじゃないか?」

「えー、そうかなぁ?仕事で常に使っている父さんには負けると思うけれど。」

 

中学校の入学祝いに父から貰ったパソコンは結月のベッドの横の台に置かれている。結月は椅子から立ち上がって父の隣に座った。

 

「……話を戻すぞ。……そうだな、まずは土地神について話そうか。」

「うん。」

「信じられないかもしれないが、枷場家が祀っている土地神は実在する。」

「……もしかして、呪霊?」

 

父の話を聞いて真っ先に思い当たったのはそれだった。結月の言葉に父が目を見開いた。

 

「知っているのか⁉︎どこでそれを知ったんだ⁉︎」

 

思わず、といった様子で父がそう叫んだ。結月からすると、父は呪霊が見えていない様子だったため、父が呪霊について知っていることのほうが驚きだ。

 

「……あの、人が多い所にいる醜悪な化け物のことだよね?」

「……見えるのか。」

 

父の顔が険しくなった。

 

(たしか、術式に目覚めるのは四歳頃だったはずだから……。)

 

少し考えてから、結月は話し始めた。

 

「……父さんと母さんは見えていないようだったから、ひとりで調べたの。……四歳頃から不思議な力が使えるようになったからそれを使って……ごめんなさい。」

 

父は険しい顔のまましばらく黙っていた。そして、深く溜息を吐いて頭を抱えた。

 

「術式もあるのか……。」

「……ごめんなさい。」

 

父に嫌われるかもしれない、と結月は少し不安になった。

 

「……いや、父さんたちも、気づいてやれなくてすまなかった。誰にも話せなくて辛かっただろう。お前は昔から賢すぎるところがあるから、隠していたんだよな。」

 

父がそう言ったのを聞いて結月は黙った。黙っている結月に、父は優しく尋ねた。

 

「結月はどこまで知っているんだ?」

「……あの化け物が呪霊という名前で呼ばれていることと、呪術師と呼ばれる、呪霊を討伐する人間がいること。」

 

結月はそこまで言うと、一瞬口籠もって、また話し始めた。

 

「……正直、力を使えばすぐに消えるから、あの化け物がどういう存在なのかについてあまり考えたことがなかったの。だから、呪霊が人を襲っているところを見るまで、ただの虫のようなものだと思っていたの。見た目が醜悪なだけで、無害だと思っていたのにっ……あんな、……父さんと母さんと裕也兄さんたちが、あんな目に遭ったら……どうしたら……!」

 

話しているうちに、無意識に目を背けていた不安な気持ちが溢れてきて、内容が支離滅裂になってくる。冷静に適切な行動を取るために、“両親に対する償い”と自分に言い聞かせて考えないようにしていた、家族(仲間)を失うことに対する恐怖がじわじわと胸の中に広がってきて、結月は上手く考えることができなくなっていた。そんな状態の結月が話し終わるまで、父はじっと結月の話を聞いていた。

 

「……そうか。」

 

父はぽつりとそう言って、結月の頭を撫でた。

 

「なぁ、結月。」

 

静かに父がそう言った。

 

「……今度の休み、一緒に父さんの実家に行こうか。」

「……え。」

 

結月は父の言葉を聞いて呆けた顔をした。

 

「父さんの家はな、さっきも言ったように社家で、呪術師の家系なんだ。だから、結月が相談できる人が一杯いる。……父さんは非術師だったから、あまりいい扱いはされなかったけどな。」

「……でも、父さんは行きたくないのでは……?」

 

あれほど嫌っていた実家だ。行きたくないに決まっている。

 

「気にするな。……奨学金を使って大学に入学してからは一度も帰っていない家だが、俺のことを毛嫌いしていた両親は既に死んでいるし、兄貴は話がわかる人だ。きっとお前の力になってくれるさ。……いい機会だ。久しぶりに兄貴と連絡を取ってみるよ。」

 

父が優しく微笑みながらそう言った。

 

「……うん。」

 

小さな声で結月が答えた。

 

「……じつは、母さんにはここまで詳しい話をしていないんだ。母さんも非術師だからな。多分信じて貰えないだろうし。……ただ、宗教的なことをしている家とだけ伝えてある。」

「そうなの。」

「……今日、母さんと二人で話し合ってみるよ。……辛いかもしれないが、母さんに信じて貰えるように結月にも協力して欲しい。」

「ん、わかった。」

 

結月が頷くと、父は結月の頭を撫でた。

 

「……疲れただろう?制服から着替えて少し休みなさい。母さんが帰ってくるまでまだ時間がある。」

「うん。」

 

父は結月にそう言ってから部屋を出た。

 

『……吾子は彼奴らがいなくなれば悲しいのか?』

 

胸の中心から魔王の声が聞こえた。

 

『……よくわかりません。でも、死んでしまうと胸に穴が空いたような気持ちになると思います。』

 

部屋着に着替えながら結月は魔王の問いに答えた。

 

『……私よりも、彼奴らのほうが大切か?』

 

ぞわり、と部屋の中が冷たくなった。

 

『貴方のことはとても大切に思っていますよ。ただ、感情の種類が違うのです。……貴方が私で私が貴方ならば、貴方にとっても、彼らは大切な家族ではありませんか?』

 

結月はそう言って、いつのまにか表に出ていた魔王の腕を優しく撫でた。

 

『……わかった。吾子がそう言うなら、私も吾子と同じように彼奴らを守ろう。』

 

魔王はしばらく無言だったが、小さな声でそう言った。

 

『呪術師の目……特に、六眼を欺くために私に対する認識を阻害するための神器を作らなければなりませんね。』

 

結月がそう呟いた。

 

『そうだな。』

 

魔王が結月の言葉に相槌を打ちながら、本棚に手を伸ばした。

 

『吾子や、どれにする?』

『……読みかけのものが鞄の中にあります。』

『そうか、取ってやろう。』

 

そう言うと、魔王は長い爪で器用に鞄の金具を摘んで、中から本を取り出した。魔王から本を受け取った結月は挟んでいた羽根を取って本を読み始めた。

主人公は、呪術高等専門学校に……

  • 入学する(東京校)
  • 入学する(京都校)
  • 入学しない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。