元便利屋は呪術と推理の世界で嘆く   作:鹿蹄草

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主人公の名前が多いため、誤解のないように説明します。
前々世 :橘小夜 一般人(多分大学生)
前世 :ミヤ・クロム 便利屋
今世 :枷場結月
となります。


5 2006年5月下旬 枷場結月の日常4

 

 

 扉の向こうの父と母の話し声で結月は目覚めた。

 

(……ん、ん?)

 

 寝ぼけてあまり働かない頭で、結月は寝る前のことを思い出した。そして、父との会話の中で、感情的になってしまった自分を思い返して赤面した。

 

(人前で感情を露わにするなど、なんという恥ずかしいことをしてしまったのだ、私は……。)

 

 父の前で(かろうじて泣いてはいないが)小さな子どものようなことをしてしまったことに対して、結月は情けない気持ちになり軽く落ち込んだ。

 言い訳をすると、結月は月経前で心に余裕がなかったのだ。だから、普段は落ち着いて対処ができることに対しても過剰に不安を抱いてしまったのである。

 

「……あ、あのあと寝落ちしたのか。……あ、本!無事かな!?」

 

ベッドの上で本を読んでいた状態で寝落ちしたならば、ページが折れてしまっていることもあり得る。窓の外はもうすっかり暗くなっており、結月は薄暗い部屋の中、手探りでベッドの上にあると思われる本を探した。

 

『本なら、私が本棚の中に入れておいたぞ。』

 

胸の中心から魔王の声が聞こえた。それと同時に、銀色の霧と魔王の腕が結月のすぐ側に現れた。

 

『……あ、ありがとうございます。』

『気にするな。疲れただろう。もう少し休め。』

 

魔王は優しい声でそう言って、結月の頭を撫でた。結月の体を支えながら、魔王は本棚から本を取り出した。

 

『読むか?』

『……はい。』

 

魔王の手の中にある本には、結月の羽根が挟まれていた。結月が寝たあと、魔王が挟んだのだろう。

 

『……明かりが欲しいです。』

『そうか。』

 

魔王が結月の言葉にそう答えると、すぐに結月の手元が明るくなった。

 

『……綺麗ですね。』

『吾子は本当にこれが好きだな。このくらいのこと、吾子のためならばいくらでもしてやるさ。』

 

結月の周囲には柔らかく青白い燐光を放つ、綿の塊のようなものがいくつも浮遊している。これの正体は、魔王の眷属の下級精霊だ。一つ一つの光は弱いため、日中はほとんど見えないのだが、暗闇の中でのそれは格別美しく見える。多くの下級精霊が自由に舞っている様子は、とても神秘的だ。

 下級精霊が発する光を使って、結月が本を読み始めてからしばらくすると、部屋の扉を叩く音がした。

 

「……結月、入るぞ。」

 

父の声が聞こえるのと同時に、下級精霊の光はフッと途絶えた。下級精霊の光は普通の人間にも見ることができるため、元いた場所——魔王の神域に帰ったのだろう。結月は少し残念に思いながら、ぱたりと本を閉じた。

 

「起きていたのか。……下で、母さんと話せそうか?無理にとは言わないが……。」

「ん、大丈夫だよ。きちんと説明できる。……力を使えば、普段呪霊が見えない人に呪霊を見せることもできるから、多分簡単に説明できると思う。」

 

実際、結月がそのような作用がある薬を作って飲ませるか、そのような効果がある神器を作って装備させることができれば、非術師に呪霊を見せることは可能だ。

 父は、そんな結月の言葉を聞いて目を見開いた。

 

「珍しい力だな。……父さんの実家に行く前に、具体的にどんなことができるのかまとめておいたほうがよさそうだ。そのほうが、兄貴もやりやすいだろう。今度、また時間があるときに話し合おうな。」

「はーい。」

 

そんなことを話しながら階段を降りると、テレビの前のソファに座った母が見えた。

 

「母さん?」

 

顔色の悪い母が結月を見た。

 

「……ねぇ、結月、正直に答えて欲しいの。……本当に、結月には、その、霊感のようなものがあって、お化けを見ることができるの?」

 

結月は少し黙ったあと、深呼吸をして答えた。

 

「……うん、そうだよ。」

「そんな、非科学的なこと……!」

 

父とは違い、母は普通の家庭で育った一般人だ。そう簡単に受け入れられる話ではないだろう。

 

「……ね、母さん。」

 

結月が静かにそう言ったのを聞いて、母は黙った。

 

「外に出て……見せたいものがあるの。……父さんも一緒について来て欲しいな。」

 

両親から見えない角度で、結月は手を軽く握りしめた。指の隙間から、金粉が混ざっているようにキラキラした白い煙が僅かに漏れた。次に手を開いたとき、結月の手の中には銀色の縁の眼鏡が二つ握られていた。

 

 

 

 

 

 

玄関を開けると、外の冷気が家の中に入ってくる。扉を閉めてから、結月は父と母の前をゆっくりと歩いた。結月の家の庭は、道路からも見えるようになっているため、あまり派手なことはできない。

 

「……父さん、母さん、この眼鏡を掛けて欲しいの。私が見ているものを見ることができる眼鏡だから。」

 

父は無言で眼鏡を受け取った。

 

「……わかったわ。」

 

母はしばらく躊躇っていたが、結月の目を見て眼鏡を受け取った。

 

「『魔王さん。』」

 

二人が眼鏡を掛けたことを確認して、結月は魔王に声をかけた。家族の前で精霊語を実際に口に出して話したのは、枷場結月として産まれてから初めてのことだ。木琴のような優しく軽快な音が結月の口から零れたのを聞いて、後ろにいる両親が息を呑んだのがわかった。

 

『ああ。』

 

魔王がそう答えるのと同時に、ふわり、と辺りが明るくなった。

 

「なに、これ……蛍?でも、季節が……。」

 

母が戸惑いながら父に近づいた。

 

「結月、これは一体……。」

 

父が結月に尋ねた。

 下級精霊が蛍のように飛び交う中、結月は父の問いに曖昧に答えた。

 

「ん、暗いと見えないでしょう?その眼鏡を使えば呪霊を見ることはできるはずだから……ほら、あそこの電柱の影とか……。」

「……ひっ!」

 

結月の言葉に従って電柱のほうに目を向けた母が口を抑えた。

 

「……なに、あれは、何なの……あれが、結月がいつも見ている化け物なの!?」

 

呪霊——バスケットボールくらいの大きさの、蜻蛉と鼠が混ざったような姿をした蠅頭を見た母が、父の腕を掴んだ。

 

「……あんな見た目をしていたんだな。」

 

父も初めて呪霊を見るのだろう。母とは違い、元々その存在を知っていたからか、あまり恐怖を感じている様子はない。むしろ、興味深そうに蠅頭を観察していた。

 

「家の中からは全て排除しているから、見せるためには外に出なければならなかったの。」

 

結月はそう言いながら、服のポケットに手を入れた。そして、ポケットの中から自分の羽根を取り出すと、蠅頭の居るほうに向かってそれを投げた。ヒュッと軽い音を立てながら、羽根は蠅頭に向かって一直線に飛び、一秒もしない内に蠅頭に当たった。

 

「……あ。」

 

母の、小さな声が後ろから聞こえた。蠅頭は羽根が当たった瞬間、焼けるような音とともに消えてしまった。結月は今、母がどんな表情をしているのかを考えてふいに恐ろしくなった。

 

「……すぐに、駆除できるから……だから、大丈夫だよ。心配なら、羽根を何枚か持っていれば呪霊は寄って来ないと思う。」

 

結月は両親のほうを見ずにそう言った。しばらく三人ともその場から動かなかった。気まずい沈黙の中、虫の音だけが聞こえる。

 

(……やはり、この家を出たほうが父と母(二人)のためだろうか。周囲の人間の記憶と公的な記録を全て改竄して……)

 

そう考えたとき、結月は背後から誰かに抱きしめられた。

 

「ごめんっ、ごめんねぇ、結月!」

 

母が泣きながら結月を抱きしめている。

 

「……結月が、あんなのを見ていたなんて、お母さん全然知らなくて!信じてあげられなくて、こんな、辛い顔させて……!」

 

結月は何も言えずに母の背中を撫でた。母の咽び泣く声が収まるのを見計らって、父が声をかけた。

 

「結月、母さん、一度部屋に戻ろう。相談しなきゃならないこともある。」

 

 

 

 

 

 

 両親と話し合った結果、結月は今週末両親とともに父の実家に向かうことになった。そこで、父の兄と相談して結月の今後について決める予定だ。

 

「ねぇ、父さん、父さんのお兄さんにはまだ連絡がつかないの?」

「ああ、電話もメールも何回か試したんだが……ま、直接行ってみればわかるさ。そのくらいで目くじらを立てるような人じゃないし、大丈夫だよ。」

 

父の言葉を聞きながら、結月は漠然とした不安を感じんでいた。

 

(……何事もなければ良いのだが。)

 

結月は自分の羽根を弄びながら、そっと目を閉じた。

主人公は、呪術高等専門学校に……

  • 入学する(東京校)
  • 入学する(京都校)
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