……前回のあとがきに、ミミナナ登場と書きましたが、まだ名前すら出ていない状態です。誠に申し訳ございません。
山道をレンタカーで二時間走って、ようやく目的地である旧■■村に到着した。
「東京から新幹線で四時間。さらに駅から車で三時間三十分……。」
「ははは、田舎だろう。」
父が結月の顔を見て笑った。
「空気が綺麗ね。」
車から降りた母がそう言った。青々と茂った山の中の空気は、確かに一見すると美しく清涼に感じられるだろう。
「……そうかなぁ?」
結月はやんわりと母の言葉を否定した。
「どうしたの、結月?」
結月の様子を見て、母が不思議そうに尋ねた。
「……呪霊、蠅頭ばかりだけれど、数が多いよ。父さん、本当にここで合っているの?」
山道に入った頃から、明らかに呪霊の数が増えている。結月は軽く眉を寄せた。そんな結月の顔を見て、父は訝しがった。
「本当か?土地神様のお陰で、村には他の呪霊は寄り付かないと聞いていたんだが……。」
「父さんのお兄さんとはまだ連絡がつかないのでしょう?……お兄さんの身に、なにかあったのではないかな?」
結月の言葉を聞いて、父の顔色が少し悪くなった。
「結月、お父さん、危ないようだったら今からでも帰ったほうが……。」
母が不安そうにそう言った。
「でも、父さんは有給を取っているのでしょう?私も、月曜日は休むと学校に連絡したし…蠅頭くらいなら私が退治できるよ。」
父はしばらく悩んでいた。そして、深いた溜息を吐いてから結月の目を見た。
「すまんな、結月。……もし、少しでも結月が無理だと思ったらすぐに村を出よう。危険そうな雰囲気になったら教えてくれ。」
「ん、わかったよ。」
*
「あんら、こんにちはぁ。」
「こんにちは。」
道端で山菜取りをしていた老婆から声をかけられた。
「……見かけない顔げんねぇ?どこから来たん?」
訛った口調で老婆が言った。
「ええ、東京から。……知り合いがこちらにいるはずで……。丁度近くまで来たので挨拶を、と思いまして。」
父が曖昧に言葉を濁した。
東京の大学に入るまで、あまり社交的な性格ではなかった父は、村の人間と話したことがほとんどないそうだ。少年時代の父は、いつも自分の兄の後ろに隠れているような内気な子どもだったらしい。それに、現在の父は、元々明るい色の髪を黒く染めているため、昔親しくしていた相手に顔を見られたとしても、父だとはわからないだろうということだった。
そういう事情があるため、村の住民に対しては村の外から来た人間として振る舞ったほうが面倒が少ないのだ。
“俺のことなんて、多分みんな忘れているだろうし、わざわざ挨拶したいような相手もいないしね。”と、車の中で笑いながら父が言っていたのを結月は思い出した。
「あぁ、そうけ。……どこの家がん?」
老婆が父に尋ねた。この調子だと、道案内をしてくれそうだ。本当は必要がないのだが、怪しまれないためには大人しく案内されたほうがいいだろう。
「ええ、たしか、枷場という名前の……。」
『枷場』と聞いた瞬間、老婆の目が鋭くなった。
「……あの、化けもんの家け?」
「え、いや、化け物?」
父が戸惑った顔をした。
「あそこの家の夫婦が事故で死んでしもぉてから、妙なことばっかり起きよるげん。……それに、あそこの双子は村の子を殺そうとしよるから、閉じ込めんと危ないんよ。……殺してもええぐらいやが、それは、今度専門の業者を呼ぶって村長がゆうとったわ。」
老婆は忌々しそうにそう吐き捨てた。
「そんな、え、」
父は混乱して何も言えないようだった。結月は父と母をさりげなく後ろに庇いながら、老婆に尋ねた。
「……その家はどちらにありますか?もしかしたら人違いかもしれませんし、一度見ておきたいのです。」
「そうけ?ほんなら、こっちじゃ。」
老婆に着いていくうちに、段々と父の顔色が悪くなっていった。
「……父さん。」
老婆に聞こえないように小声で、結月は父に声をかけた。母が父の手を握って心配そうにしている。
「……結月。」
父の目を見て、結月は軽く首を振った。
「何も言わないで、私に合わせて。」
「……ああ。」
父が頷いた。しばらく歩くと、老婆が一軒の古びた民家の前で立ち止まった。
「ここだよ。」
老婆がそう言って結月たちのほうを見た。
「……すみません、どうやら人違いだったようですね。」
「ああ、そうけ。」
もちろん、嘘だ。父の顔が老婆から見えないように結月は老婆に一歩近づいた。
「この村以外で、他に人が住んでいる場所はありますか?もしかしたらそこに知人が住んでいるかもしれませんから、教えていただきたいのです。」
「ああ、そんなら、向こうの道を——……」
結月は、しばらくの間老婆の話を聞いている振りをした。老婆の話が終わると、結月は優しく微笑んだ。
「ご親切にどうもありがとうございました。」
「いや、いいよぉ。そうかたくならんで。」
「ええ、それでは、さようなら。」
「さよおなら。」
老婆が離れたのを見計らって、結月は父に声をかけた。
「……父さん、大丈夫?気分が悪いなら、車の中で少し休もうか?」
「……あ、ああ、ごめんな、結月。全部任せてしまって。」
「お父さん、帰りは私が運転するわ。」
母が父の背中を撫でながらそう言った。
「ああ、頼む。」
父はぽつりとそう言った。
「……兄貴から、双子の女の子が産まれたって聞いてたんだ。結月のときも、お祝いを送ってくれたから、俺もお祝いに産着を送って……。」
人通りが少ない道をやや急いで歩きながら、父は語った。
「……とりあえず、ことの次第を全て警察に言ったほうがいいと思う。私たちだけでは解決できそうにないから。……あのお婆さんは“閉じ込める”と言っていたから多分監禁されているのだろうし、それを伝えれば警察も動いてくれるよ。」
結月は父を落ち着かせるように穏やかな声でそう言った。
「……ああ、そうだな。きっと、警察が助けてくれる。」
父が疲れた顔で笑った。
*
車に戻ってから、父は携帯電話で警察に連絡した。それから、三十分もしないうちに警察の車がこの村に到着した。
「……枷場さんですね。話を伺ってもよろしいでしょうか?」
警察官の制服を着た二人組の男性が父に声をかけた。
「はい。私の杞憂だとよいのですが……娘の体質に関することで相談したいことがあって、ニ十数年ぶりに、この村にある兄を訪ねたんです。ここにくるまでに、何度か兄と連絡を取ろうとしたのですが、繋がらず、今日、直接兄の家に向かうことにしたのですが——……。」
警察官の男性は落ち着いた態度で父の話を聞いていた。
「——……会ったことはありませんが、もし、姪たちが監禁されていたらと思うと不安で……。」
「わかりました。……おい、本部に連絡をしろ。」
「はい!」
それからは、怒涛だった。沢山の警察官が、物々しい雰囲気で村の中に入るのを見た村の住民が騒ぐ声が遠くから聞こえた。
その中に“あの化け物を駆除しにきたんだ”と言う声がいくつも聞こえて、結月は顔を顰めた。
彼らは、自分たちが悪いことをしたとはすこしも考えていない。ただ、不気味な怪物を隔離していただけだと本気で考えているのだ。不意にそれを理解して、結月は気分が悪くなった。
おそらく、土地神を祀ることで呪霊の被害を抑えていた夫婦が亡くなったことにより、それまで平和だった村に呪霊の被害が出るようになったのだろう。そして、村の住民は、その全ての責任を夫婦の子どもたちに押しつけたのだ。
(憂鬱な話だ。)
結月は小さく溜息を吐いた。
*
あれから一日経った。今日は土曜日だ。警察の手によって、監禁されていた双子は無事に保護されたらしい。ついでに、これらの事件の主犯として、旧■■村の村長がパトカーに乗っている様子が連日報道されている。
(……なんだか少し呆気ないようにも感じるが、ま、こんなものか。)
インターネット掲示板でも、“幼女虐待”ということで多少注目を集めているようだが、それだけだ。あくまでも画面の中の出来事として、軽く扱われているように見受けられる。
(まぁ、無関係な人にとってみれば、普段のニュースと何も変わらないのだろうしな。)
結月は少しだけやるせない気持ちになった。
村で虐待されていた双子——美々子と菜々子は結月の両親が養子として引き取って育てることになった。そのため、両親はいつもより少し忙しそうにしている。
(……疲れた。)
『吾子や、大丈夫か?』
魔王の腕が心配そうに結月の背中を撫でた。
『……大丈夫ですよ。少し眠たいだけです。』
『そうか。』
結月は部屋のベッドに体を横たえて力を抜いた。
主人公は、呪術高等専門学校に……
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