硝煙の香りと震える空気。点滅する電灯とマズルフラッシュ。そして
「むりむりむりむり!!!」
癖で銃のリロードをしながらも、私はこの絶望的な状況に外聞もなく叫び散らかしていた。まあどうせ、周囲には誰もいないんだけど。
リロードを済ませた私はインカムを小突く。耳障りなノイズ音が返ってきた。良かった、生きてる。
「ちょっと! 司令!? 聞こえてます?」
『聞こえてる』
「私ガトリングガンがあるなんて聞いてないんですけど!? そういうのは事前段階で教えといてくださいよ!!!」
『こちらとしても予想外だった。応援を寄越している。十分耐えてくれ』
「無理に決まってんでしょ~がぁ! 待機所からなら三分もかからずに来れるでしょ! えーえすえーぴー!」
『誰もがお前と同じ機動力を持っていると思うな』
そして遮断される通信。私への対応が塩過ぎて萎びそう。癒しがほちぃ…。
「どうしたぁ! そんなもんか
髭面でガトリングぶちかましてヒャッハーしてるおっさんが、ここぞとばかりに煽ってくる。うるせぇハゲ。なんで髭は生えんのに頭はツルツルなんだよ。
言われっぱなしは嫌なので、ここは言い返してやろう。私は会話のキャッチボールも出来ちゃう優秀なリコリスなのだ。
「人殺しはお前だろバーカ!」
「あァ!? 口だけ達者じゃねぇか腑抜け野郎! 出てこい、穴だらけにしてやるよ!」
「腑抜けもお前だバーカ! なに女の子ひとり殺すのにガトリング使ってんだ腰抜け! びびってないならリングの上でタイマン張れバーカ! あと私は野郎じゃないバーカ! あと……ついでにバーカ!」
「んだとコラぁ! もっぺん言ってみろ!」
「何度でも言ってやるよ! この腰抜け! チキン! バーカ! チキンバーガー!」
「誰も…誰も! 俺を! 腰抜けとはいわせねぇ!!!」
マーティみたいなこと言い出した。もうデロリアンだかデロベマンだかで、バックトゥザヒューチャーしちゃえよ。性格が世紀末向きなんだよお前は!
『…今の頭の悪い会話は全て記録したからな』
「そんなことより早く応援!」
『まだかかる…耐えられそうか?』
「むりむりむりむり!!!」
隠れていた柱がボロボロのボロになってきた。文明の利器って凄いなぁ。
「司令!」
『…待機だ』
そんなこと言ってる間に死んじゃうって…。
仕方ない…自分の身を護るためだからね。命令違反しても仕方ないよね。
「おーにさんこっちら、っと…」
『風見、待機だと言っている!』
「うるせぇバーカ」
空になったマガジンを柱の陰から投げ捨て、ワンテンポ遅らせて反対側から私も飛び出す。古典的なやり方だけど、男は網膜が厚いため動くものを捉える能力が非常に高い。なまじ高い分、余計に反応してしまうのだ。
男も慌てて銃口を向けてくるけど、おそいおそい。クイックエイムで男の肩を狙い、右と左に一発ずつ放つ。そして一応…まあないけど、外れたときのため、そのまま隣の柱に転がり込んだ。
「ぐあぁ!? いっでぇぇぇぇ!!!」
「ふー………じゃあ司令、対象は無力化したので回収よろでぇす」
『始末しろ。その方が楽だ』
「ヤですよ。何のために急所外したと思ってんですか。適当に拷問でもして情報ヌキヌキしといてください」
片手で丸を作って、上下にシュッシュッと擦る真似をする。あらやだ、ちょっと下品すぎたかしら。リコリス随一の淑女の名が泣くわ。
「じゃ、私はこれで直帰しまぁす」
『待て! かざ──』
インカムを外して電源を切る。節電は大切だよね。これも国民の血税なんだから。
外に出ると、曇天の空からしとどに雨が降り注いでいた。じっとりと湿ったこの空気が、私はとても好きだ。やっぱ直帰しないでカフェでも寄ってこ。司令ブチギレ発狂してるだろうし。ごめんね司令…今はお互い、冷静になるべきときだと思うんだ。
そんなことを考えながら、私は今日も世界一平和だったこの街へ繰り出すのだった。
私はリコリス。花も怖じける彼岸の花。この街の秩序を守る、赤い制服を着た殺し屋である。
◆
「転属…ですか?」
腰掛けた司令と向かい合う私。握らされた紙には、契約に関する諸々が記されていた。読むのも面倒なので一旦丸ごと暗記して、司令に視線を戻す。
「命令無視に独断専行、越権行為に失言等々…そのうえ何度注意しても反省の気配すら見せない。いくら優秀でも、度が過ぎる」
「だから転属と…」
「その通りだ」
ふむふむ…まあ、殺処分されないということはDA関連のどこかに飛ばされるんだろう。そうじゃなきゃ、リコリスみたいな国家機密の塊、管理下から外すわけがない。私みたいな赤服ならなおさら。
「つい先ほど、セカンドリコリスにも同じ場所に転属命令を出した。せいぜい仲良くしてやれ」
「あら優しい。旅立った紺服ちゃんのこと、気にしてるんですね。さすが司令」
「今更媚を売っても、転属命令は取り下げられないぞ」
「転属命令取り下げられたら、もう激おこぷんぷん丸でしたよ」
「…お前はそういう奴だったな」
転属…という名の解雇命令も、正直、辞めたかったのでちょうど良かったくらいにしか思ってない。
だってDAって、子供使って人殺ししてる集団なんだもん。いくら私が不殺で頑張ったって、どっかでは殺さないと生き残れないこともある。それにそもそも、私が殺さなくてもお上が処分するだけだから意味変わらないし。
辞めたい辞めたい思ってたところなんだよねぇ。
「お話は以上ですか?」
「ああ」
「それでは…」
背を向けて歩きだしても、癖で気配を探ってしまうから分かってしまった。司令がこちらに意識を向けている。それが愛情からくる悲しみなのか、便利な駒がいなくなることへの苛立ちなのかは分からない…。
…分からないけど、司令にお世話になったのは紛れもない事実だ。リコリス随一の常識人として、言わなければならないことがある。
「司令…今までありがとうございました」
「…」
司令は書類に目を落としたまま手を振ってきた。横にじゃない。前後にだ。…おかしいな。ここは司令が静かに涙を流して、私がそれに感激する展開のはずなんだけど…。
土下座して「長い間、クソお世話になりました!」って言うべきだったかな。いや、あれは煙草の似合う男がやってなんぼだよね。
まあいいや。早速次の職場に向かおう。
◆
「たのもう!」
ドアを開けると、ダンディなおっさんが和服纏って和菓子作ってた。オゥ…アヴァンギャルドォ…
それとカウンター席にもっさりしたお姉さん。その手前にキャッキャウフフしている二人の美少女がいた。おっとぉぉ。さっそくゆるゆりか。私もま~ぜ~て。
「や、やっときたか。元気な子だな…」
「あーー!!! もしかして先生が言ってた赤服の娘? 千束でぇす」
「おー!!! 貴女が
「
「噂とはそういうものなのです…」
まあ、全部私が今ここで付けた尾ひれだけど。嘘は言ってない。本当のことも言ってないだけ。
さて、千束ちゃんは充分に楽しんだので、もうひとりの美少女ちゃんに………あっ、貴女じゃないです。そのままカウンターに座っててください。
「紺服のリコリス…ってことは、クビ仲間のたきなちゃんだね?」
「クビじゃないです」
「反応はやぁ」
黒髪ロング、大和撫子、無表情クールキャラ…うん、役満! 手持ちに点棒ないんで、カラダで払っても良いですか?
「今日から転属になった井ノ上たきなです。貴女は?」
「司令から聞いてない? たきなちゃんと同時に転属することになった吉原 風見です。風見ちゃんって呼んでね」
「カザミ…貴女があの」
「おっ、たきな知ってるの? もしかして、風見ってゆ~め~じ~ん?」
「いやぁ、これだけ顔が良いと人目を惹いちゃってぇ~。美少女ってつらぁい」
「あはは。おもしろーい」
えっ、ジョークじゃないんですけど?
「それでたきな、風見のこと知ってるの?」
「はい。噂は聞いたことがあります。曰く、リコリス随一の…」
リコリス随一の…なんだろう。常識人とか美少女とか淑女とか、色々名乗りすぎてどれで呼ばれてるのか分からないなぁ。どれで呼ばれてても不思議じゃないしなぁ。
「リコリス随一の…問題児、と」
「まさかの私知らないヤツ! 誰だそんなこと言ってるの! おっぱいモミくちゃの刑に処してやる!」
「命令無視に独断専行、越権行為に態度不良。何より、リコリスに繰り返しセクハラ行為をしている、問題児だと聞いています。本人の力量が高すぎるため、パートナーが決まらないのが唯一の救いだとか…」
「そ、そうなの…?」
「セクハラっていっても、おっぱい揉みしだいてただけですよ? こんな感じに」
「うわっ…指だけ別の生き物みたい」
「養成所では、こればっかり練習してたんでね」
「そんな誇らしげにされても…」
千束ちゃんとばっかりガールズトークしてたら、たきなちゃんが自分を抱きながらスススッと下がっていった。おっとぉ、嫉妬かな。ジェラシーかな。大丈夫だよ、私はハーレムも出来るハイブリッド百合女だから。
「た~き~な~、ちゃ~~ん!」
「ち、近づかないでください」
うほっ。そんなえっちな誘われ方したら、理性のバケモノと呼ばれた私でも理性がトンじまうぜ。オデ…タキナ…モム…。
「くっ…後で文句言わないでくださいね!」
素早くレディポジションを取ったたきなちゃんが、こなれた動きで迎撃してくる。が、甘い甘い。ワンツーを前手でパーリングして、ローキックのカウンター…を囮に、空いた腋を取って体を滑り込ませる。そしてたきなちゃんの背後を取って、おっぱいも捕った。
「ほうほう…これはこれは…」
「やっ…ふぁぁ…んんっ…」
「餅のように柔らかくもハリがあって、弾力もある。程よく鍛えられた胸筋によって支えられた、お椀型おっぱい!」
「やぁ…あっ…やめっ…んっ…」
「ここがアンダーで、ここがトップ…制服とブラの厚みを考慮して………計測完了! カップ数は」
「──こらっ!」
いつのまにか後ろにいた千束ちゃんに、脳天にチョップを入れられた。頭って丸いから、チョップが左右にズレると痛くないんだけど、完全な垂直で入れられると頭蓋に響くんだよね。
「何すんの千束ちゃん!」
「お・ま・えが、何しとんじゃい!」
「天国へ導いてあげてたんだよ。千束ちゃんも経験する?」
そう言いながら、自然な動作で千束ちゃんに手を伸ばす。養成所時代、暗殺任務のときは肩肘の力を抜いて、日常動作のように銃を抜けと習った。ありがとう教官。貴方のお陰で、またひとつの…否、ふたつの美少女っぱいが揉めた…。
と、油断していたら普通に手を弾かれた。しかも腕のツボを突きながら。
素晴らしい反応速度だ。千束、お前も鬼にならないか?
「あんた…本当にリコリスなの?」
傍観していたお姉さんが、訝しげな表情を向けてくる。失礼な。
お姉さんに視線がいったついでにダンディなおっさんにも目を向けると、優しげな笑顔で私たちのじゃれあいを見ていた。たきなちゃんのトロ顔見てもその菩薩のような笑み…まさかお主、ソッチの人だな!?
ああ、勘違いないように言っておくが、私は薔薇には寛容だ。ある意味同好の士でもあるし、百合の花園を踏み荒らす心配がないから安心もできる。
ほらっ。私が親指を立てて合図したら、同じサインで返してくれた。
「先生…なに通じあってるの?」
「いや、これは…」
まあそんなわけで、私の新しい職場での生活がはじまったのだった。