天才肌の赤服リコリスが、ガチ百合するだけのお話。   作:銀楠

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4話

 

 

 風見は激怒した。

 

 必ず、かの邪智暴虐の司令を除かなければならぬと決意した。

 風見には組織学がわからぬ。風見は、孤児のリコリスである。銃を撃ち、人を殺し暮して来た。けれども面倒に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 きょう未明風見はリコリコを出発し、アスファルトを越え山を登り、十里くらいはなれた此のDAにやって来た。

 

 風見には父も、母も無い。十六の、内気な妹と二人暮らしだ。この妹は、事あるごとにライセンス更新に行けと脅迫してきて、風見はとても困っていた。

 

「私は確かに16歳ですが、風見さんの妹ではありませんし一緒に暮らしてもいません。やめてください不愉快です」

「ちょっとジョーク言っただけなのにこの言われようよ」

 

 車窓を流れる景色を眺めながらぼやいた妄言。たきなちゃんはそれが気に障ったらしく、冷たい声で釘を刺してくる。

 …まあ、気に障ったのか気が立っているのか半々といったところだろうけど。

 

 今日は三人揃ってDAに向かっていた。理由は私と千束ちゃんのライセンス更新のため。

 明日までバックレれば実質逃げきりみたいなところがあったんだけど、たきなちゃんの圧には勝てなかったのだ。たきなちゃんの首を縦に振らせる能力は司令を越えてるかもしれない。

 

 …司令に会いたいたきなちゃんの気持ちは分からないでもないが、残念ながらあの人は会ってくれないだろう。

 私が渋々ライセンス更新を受け入れているのも、そこら辺のケアが目的だったりする。

 

「まったく…二人して期日ギリギリまでライセンス更新をしてないなんて」

「良いじゃん別に。そもそも健康診断とか身体能力測定とかしてもらわなくても、自分のことくらい自分で分かってるし」

「そうだそうだ」

 

 千束ちゃんと「ねー」と言いながら手を合わせる。

 

「健康診断はリコリスの義務です」

「………まあ、資格剥奪は困るけど」

 

 私にも私の事情がある。二人には話してない事情が。

 リコリスであることは私のひとつのアイデンティティだ。DAにいたいとは思えないけど、リコリスでありたいとは思っている。

 

 合わせていた手をすごすごと下げながら千束ちゃんに視線を向けると、私と同じ様に微妙な顔をしていた。

 彼女も彼女で事情があるのかもしれない。誰だってそうだ。誰にだって過去があって、自分があって、事情がある。

 

「着きますね」

 

 たきなちゃんの言葉通り、迎えの車が見えてきた。微妙な空気を一新してくれるのはありがたいけど、黒塗りの車は気取ってる感じがしていつまで経っても好きになれそうにない。これならイタ車とかの方がマシだ。

 

 厳重なセキュリティを幾つも越え、身体検査や荷物検査も受ける。リコリス棟に住んでいた頃は面倒だなんて思わなかったけど、一時離れてみると不便さが際立つように感じられた。

 

 

「およ…フッキーじゃん」

「げぇっ、風見……と、千束も」

「おや、しっかり者のフキさんがライセンス更新最終日だなんて、どうしちゃったの~?」

 

 出会い頭に一煽り入れる千束ちゃん。フッキーも睨み返して、負けじと煽り返す。

 …仲良くしようよ。

 

 苦笑いしてフッキーに目を向けるけど、上手く目が合わない。巧妙に逸らされているようだ。目が合うと石になるとでも思われているのだろうか。目が合ってもおっぱいを揉むだけなのにね。

 

「…先生はお元気か?」

「元気だよ~。たまには遊びにおいでよ」

 

 およ? フッキーからあまり感じたことのない気配が薫ってくる。リコリスには珍しい、色恋の気配。

 

 …いやまさかね。だって『先生』って、ミカのことでしょ? そら良い男であることは間違いないけどさ……。でも、ねぇ~?

 

 ………よし、直接聞くか。

 

「フッキーって、ミカのこと好きなの?」

「ぶふぅぅ!!?」

「ちょいちょいちょい、かざみぃ~!」

 

 ロッカーにヘッドバッドをかますフッキーと、半眼で睨んでくる千束ちゃん。そして私は「また何かやっちゃいました?」状態……でもない。

 私は割と感情の機微には敏い方だ。フッキーが激しく動揺してるのはちゃんと分かってる。

 

 まさかと思って投げた玉だったけど、どうもド真ん中のストライクに入ってしまったらしい。あそこまで乙女な反応をするあたり、十中八九片想いだろうけど。

 

 や~い、フッキーはミカりんが好きなんだぁ~。

 

 …ミカりんってなんかアイドルっぽいな。ミカがフリフリのスカート履いて踊──うはぁっ!? …血ぃ吐きかけた。

 

「──ていうか、ミカはやめといた方が良いんじゃない? ほら、ミカってホモ…うはっ…サピエンスだし」

 

 千束ちゃんの貫手が脇腹に刺さったので、同性愛者から全人類へと急転換。指が食い込んだ腹が絶妙に痛い。

 

 「当たり前だろ」とバカを見る目で見てくるフッキー。君のために私は身を削ったんだぞ。非難される謂れはない。

 まあそんなことを言ったら、また千束ちゃんからデュクシが飛んできてしまうのでお口にチャック。私は空気も読めちゃうリコリスなのだ。

 

 その後は、他愛もない話をしながら身体測定を行った。ちなみにすべての結果において私は三人中二位。

 つまり私はフッキーと千束ちゃんに挟まれていたわけだ。文字の上では百合々々しい。

 

「──はぁ…はぁ…相変わらずタフだな」

「そりゃどうも」

 

 身体能力測定を終えて、ベンチに腰かける私たち。息を切らしているのはフッキーで、私と千束ちゃんはケロッとしている。

 私も大概フィジカルモンスターだけど、千束ちゃんもなかなかチートなスペックをお持ちのようだ。

 

 なんて考えていると、司令の気配が近づいてきた。もうひとつの気配は…秘書さんか何かかな?

 

 …千束ちゃんがいるところで司令と出会すのは具合が悪い。ここは転ばぬ先の杖とばかりに逃げておこう。

 

「私ちょっとお花摘みに」

「あ? はぁ…早く帰ってこいよ」

 

 入れ違うように現れた司令の気配を感じながら、私はトイレへと避難したのだった。

 

 

「行かなくていいの?」

 

 リコリス棟の噴水広場。絶妙な採光と高い天井が醸し出す解放感は、すべてのリコリスの憧れと言っても間違いないだろう。東京に転属してきたときは、私ですら感動したのを覚えている。

 綺麗だし、落ち着くし、何よりここに居られるのは一種のステータスだった。…DA()に認められたという掛け替えのないステータス。

 

 たきなちゃんは典型的なリコリスだ。孤児だった自分を拾ってもらった恩を強く感じていて、役に立ちたいと感じている。

 それは別に不自然なことではないんだけど、それに固執するのは不自然なことだ。不自然というよりは、不自由と言うべきか…。

 

 ベンチに座り込むたきなちゃんの周りには誰も居ない。千束ちゃんとフッキーとその他大勢のリコリスはみんな演習場にいる。今頃、模擬戦が始まる頃だろうか。

 実は、たきなちゃんも模擬戦の選手のひとりだ。なのにここにいるから、私は「行かなくていいの?」と聞いたのである。

 

「…風見さん」

 

 顔を上げたたきなちゃんの目は思案の色が浮かんでいた。つまり、何か悩みごとがあるのだろう。迷っていることがあるのだろう。

 

 それはとても良いことだ。

 

 リコリスは多分にして漏れず、思考が一極化している。DAに尽くし、DAのために死ぬ。親に認められようと頑張る幼子のそれ。

 そう思うのが人間的に普通だからなのか、そういう思考をするように教育されているからなのかは分からない。分からないが、それが私には不気味に思えていた。

 

 その点たきなちゃんは思考に遊びがあるようだ。自由があるともいう。

 だから悩めるし、迷える。

 

 ならば某かの道筋を立てて上げたいと思うのはおかしなことではないはずだ。たぶん私の方が年上だし。

 

「さてはたきなちゃん、悩んでるね?」

「良く分かりますね」

「私には何でもお見通しだよ。この水晶を覗けば何でも分かるからね」

「すいません。今、風見さんの冗談に付き合う気分じゃないんです」

「あちゃー…なんやかんや丸め込んで、たきなちゃんのおっぱい揉む計画はご破算かぁ」

 

 ここで苦笑いを返してくれる辺り、たきなちゃんも私のことを分かってきたようだ。

 べ、別に気を遣って冗談言ってる訳じゃないんだからね! 勘違いしないでよね!

 

 …うん、恥ずかしい。

 

 冗談もほどほどにして、たきなちゃんの隣に腰を下ろす。そして焦れずにたきなちゃんの言葉を待った。

 

「…風見さんは、変なリコリスだから良いですね」

「んー?」

「風見さんみたいに能力があって、自信があって、楽観的なら悩むこともないでしょ」

「まあ~私は天・才だからねぇ~。自信っていうかぁ~、じ・じ・つ?」

「……」

「でも………」

「…でも?」

「でも、悩んだことがないわけじゃない」

「えっ?」

 

 …いやそこまで驚かれても。それくらいあるよ。私だって年頃の乙女よ? 花も恥じらうJK(女子高生)よ?

 

「んー、仕方ない。少しだけ、私の昔の話をしてあげよう。あまりしたくないんだけど、背に腹はなんとやらってね。千束ちゃんにはヒミツだよ?」

「風見さんの過去…ですか?」

「そう……私も昔はまるでヒットマンのように、機械的で感情のない──」

「なるほど。作り話ですか」

「判断早すぎぃ! いやホントだから。ハマのカザミって言われてた頃は、そうだったんだって!」

「…まあ、このままだと話が進まないので、一旦そこは置いておきましょう」

「意地でも信じないつもりだな、オメェ?」

 

 たきなちゃんはまったく信じてないみたいだけど、これが実は本当なのだ。転属前の同僚が今の私を見ても、吉原風見だとは気付かないだろう。

 

 これは私の赤面ものの黒歴史だ。赤なのに黒とはこれ如何に。

 

 …まあそんなことはどうでもいいか。それで……何の話だっけ? えっと……ああ、そうそう。

 

「神奈川からこっちに転属になって最初の仕事でいきなり死にかけたんだよね。結構しっかりと。わりと生死の境を彷徨うレベルで」

「それは噂で聞いたことがあります。自棄になった武器商人の自爆に巻き込まれた…と。もっとも、その後奇跡的な回復で復帰した、という話が主題だったみたいですが」

「おー…エリートボッチのたきなちゃんにすら噂が届いていたとは、なんか気恥ずかしいですな」

「……」

「…ごめんごめん。ちょっとした冗談だって」

 

 いちいち可愛い反応するなぁ。

 

「えーっと……そう、それでその事件のリハビリ中にさ、暇だったから色々考えたんだよね」

「色々、ですか?」

「そう、色々。『何のために生きてるのか』みたいな思春期特有の痛いやつとかね」

「それで、結論は出ましたか?」

「もちろん出なかった。でも、別のことには気付けたよ」

「別のこと?」

「そう、別のこと。重要なのは『何のために生きてるのか』じゃなくて、『どう生きてどう死ぬのか』だってこと。私はやりたいようにやって、生きたいように生きて、死にたいように死にたい」

「…やりたいようにやる?」

「そうそう。人間、何したって後悔するもんだからさ。深く考えて行動するなんて時間がもったいないって。だから私は、やりたいようにやって、言いたいことを言う」

 

 実際問題、誰も彼もがそんなこと風に生きてたら社会や組織は成り立たないんだけど。

 

 だが! 私は花の女子高生! 全てが許される存在なのである!

 

 …というのは冗談だけど、たきなちゃんは少し抑圧的すぎる。私ほどとは言わずとも、もう少し心のままに生きたって良いはずだ。

 

「たきなちゃんはどうしたい?」

 

 たきなちゃんはこちらに向けていた目を今一度地面に落とし、そして立ち上がって走り去っていった。

 

 素晴らしい。さすがはたきなちゃん。万雷の拍手を送ってあげたい。

 

「……はぁ」

 

 迷いを払拭して走り出したたきなちゃんとは対照的に、私の心には少しだけ混ぜた嘘の苦味がしぶとく残っていた。

 

 

「あっれぇ~、たまたま入った部屋に司令がいるぅ~。ぐ~ぜ~ん」

 

 開け放った扉の向こう。薄暗い部屋の中には、司令とその秘書の二人だけがいた。なんでこの部屋無駄に薄暗いの? 目、悪くなるよ?

 

 私のわざとらしすぎる登場に秘書さんは目を丸くしているけど、司令は動揺のひとつもなく目だけを向けてくる。もしかしたら私が来ることを予想していたのかもしれない。

 

「何が偶然だ。お前なら気配で室内に誰がいるかくらい分かっていただろ」

「えぇ~!! わたしぃ~なんのことだか、分かんなぁい」

 

 嫌になるほど見た…というか、実際に見るのが嫌になっていた司令の顔も、少しの間離れているだけで『懐かしい顔』にランクアップ。時間は全てを解決してくれるというが、苦手意識もまたしかりだったようだ。

 

 対して司令は私のブリっ子に苦々しい顔を浮かべている。私の甘ったるい声と合わせて相性バッチグーだ。二人はプリキュアなのかもしれない。

 

「──出ていけ。観戦したいなら別の場所でも出来る」

「まあまあ、そう堅いこと言わないで。私と司令の仲じゃないですかぁ」

「お前と私は別に深い仲ではない」

「またまた~」

 

 そう言いながらも本気で拒絶してないこと、私にはバレてますよ。司令の横に立って演習場を見下ろす。

 

 工事現場を象った演習場では、千束ちゃんがアグレッシブに動き回っていた。人数不利を理解しているのだろうか?

 

「…転属先はどうだ?」

 

 司令は眼下で繰り広げられる模擬戦を興味なさげに睥睨しながら、私に意識を向けていた。

 赤服同士の模擬戦なんて滅多に見られるものじゃないのに、それより私に興味を示すなんて……ぽっ。

 

「な、なんですかぁ? まさか司令もコッチの人でしたか……でもごめんなさい。好みじゃないので」

「そういう減らず口は治ってないようだな」

「…司令にはもう関係ないでしょ。DAには戻る気ありませんし」

「いいや、戻ってもらう。優秀なリコリスを遊ばせておけるほど、東京は平和じゃない。…特に最近はな」

「ならなんで私を左遷したんですかねぇ」

 

 もしかして、あれは命令を拒否して欲しかったのだろうか。愛を試す的なサムシングだったのだろうか。やだぁ~、司令ったらオ・ト・メ。

 

「お前はふざけているようで、その実聡明なリコリスだ。私が何を思ってあそこに配属したか、お前も分かっているだろう?」

「…言葉を使わなくても意志疎通できるなんてね、乙女の妄想も良いところですよ。考えていることは口にしないと伝わらないんです」

「なら口にしてやろうか?」

「………結構です」

 

 自分でも驚くくらい、機械的な声だった。まるで人工的に作られた発声器官が喋ったかのように、無機質で無感情な声。

 

 司令にはお世話になった。転属組である私の実力を早くに認めてくれたり、検診の予定をゴリ押しで変更してくれたりと、色々目をかけてもらった。

 例えそれが便利な駒を有効活用するためのものだったとしても、私が恩を感じていることには変わらない。だから私は司令を嫌いになりたくない。

 

 司令が何を考えているかなんて、当然分かっている。いずれDAに引き戻すつもりだってことも、気付いていた。

 

「──でも、そうはならないと思いますよ」

「…浅慮だな」

「全体を見た上で言ってるんですよ。司令と私とでは価値観が違うんです」

 

 司令は返事をしなかった。つまりそれが返事。話にならない。会話終了。そう言いたいんだろう。

 

 …言葉を使わなくても意志疎通できてるじゃん。やはり私と司令はプリキュアなのかもしれない。

 …まるで意味が分からんな。

 

 そんな話をしている間に、模擬戦は佳境に突入していた。

 

 紺服ちゃんのわりと正確な射撃を、千束ちゃんは掠めるようにギリギリで避けまくっている。完全に見切った動きだ。

 

「…本当に弾を避けてる。いや、紺服ちゃんの動きを読んでるのかな?」

「そうだ。千束は卓越した洞察力で相手の射線や射撃タイミングを見抜く天才だ」

「いやはやさすがは千束ちゃん。人間辞めてるねぇ」

「……」

 

 そんな話をしている間に、千束ちゃんが舐めプ無双して紺服ちゃんは脱落。これで千束ちゃんとフッキーのタイマン……いや、違うか。

 

 雄叫びを上げながら走ってくるという、ヒーローすぎる登場をしたたきなちゃんがフッキーに通り魔パンチをお見舞い。そして、千束ちゃんを挟んで早撃ちで勝負になり……たきなちゃんの勝ち。つまりフッキーの負け。何で負けたか明日まで考えといてください。

 

「相変わらず良い腕してるなぁ、たきなちゃん。手放したのは失敗でしたね」

「命令を無視するリコリスなど、使い物にならん」

「…手厳しい」

 

 忠実に動くだけの殺し屋が欲しいなら、最初からプロを雇えば良いのに。都会の迷彩服なんてなくても、プロなら上手くやれる。

 わざわざ孤児を拾って殺しの技能を与えるなんて、私にはやっぱり不快だ。

 

 ──おっとっと、いけないいけない。アイデンティティは大切だけど、過ぎたイズムはらしくない。

 

 …さて、この後はたきなちゃん主催のゆるゆり展開が待っているはずだ。私はさっさとあの二人に合流しよう。

 桃色百合色のきゃっきゃうふふが私を待っている!

 

「では司令、また機会があったら」

「……」

 

 司令はやっぱり言葉を返さなかったけど、手を振ってくれた。…前後に。それ前もやったな。同じネタを擦るとか二流かよ司令。

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