dd様、ミキプルーン様。感想どうもありがとうございます。
ゲームは好きだ。特に深い理由はないけれど、楽しいから好き。だらだらとやれるボードゲームも、ボタンをピコピコするだけのレトロゲームも、現実と区別の付かないVRゲームも大好きだ。
DAにいた頃は、フッキーとバチバチにやりあっていた。赤服は休暇が少ないけど、ときたま時間が合えば、必ず勝負したのは良い思い出だったりする。
「それは風見にとって良い思い出なだけじゃないのか?」
ナットさん──改め、ナットちゃんが白い目を向けてくる。美幼女の軽蔑、悪くないと思います。
「んー……まあ、連戦連敗だったフッキーからすれば面白い思い出じゃないかもね。負けの悔しさを紛らわすために、罰ゲームでプリキュアのコスプレをさせてたんだけど…」
「それが原因だろ」
「なんと! それは盲点だった!」
「お前なぁ…」
でも実際、ゲームは必ずフッキーの方から吹っ掛けてきてた。負けてプリキュアコスすることになると分かっているのに勝負を挑んでいたということは、彼女も実は楽しんでいたのでは?
なんて、最高に馬鹿なことを考えてみる。
さて、何故そんなことを考えていたのかというと、それは懐かしいゲームを千束ちゃんが遊んでいたからだった。
VRゴーグルを付けて行うFPS。意外とリアルで、『本物』を経験してる身でも楽しめるゲームだ。よくフッキーと遊んだのを覚えている。
テレビゲームとはいえ銃撃戦。千束ちゃん無双かと思ったが、あら意外……対戦相手の『FUKI』に完全にカモにされていた。まあ、ゲームのアバターに予備動作なんてないからね。
…ちなみに、この対戦相手。おそらくフッキーその人だ。私が狩りまくってた癖がたまに出てるし、教えて上げた小賢しい技を駆使している。
そんなことを考えている間に、千束ちゃんは相手の巧みなプレイングに敗れていた。画面には無駄に煽り性能の高いフォントで『Lose』の文字が踊っている。
「ん゛ぃぃー! 悔しい!!!」
「ムキになりすぎだろ」
千束ちゃんのホモ・サピエンスとは思えない絶叫に、趣味の良いドアベルの音は掻き消される。何とか拾ったその音の方に目を向けると、たきなちゃんが呆然とその姿を見ていた。
「だってこの人名前がムカつ……おっ、たきな良いとこにぃ~。ほらやって! これやって!」
「えっ?」
そして唐突に始まる、たきなちゃん初めてのVRゲーム。どうでも良いけど、可愛い子が目を塞がれてると悪戯したくなるよね。たきなちゃんが前後左右にステップするから出来ないんだけど……っと、危ない!
「ぅおぉ~ヤバイヤバイヤバイ。ぶつかる~」
千束ちゃんがテーブルを、私がナットちゃんを持って後方に避難。周りの環境を忘れて動いてしまうのは、このゲームのあるあるだ。
私も支給されたインカム踏み潰して、司令を鬼神に進化させたことがある。まさかこの世にBボタンを連打しても止まらない進化があるとは…。
それはさておき、急遽電脳世界に放り込まれたたきなちゃんだが、初めてとは思えないほどに正確なエイムを魅せていた。得物どころか自分の体すら変わっても衰えない銃の腕には、諸手を挙げて感服するばかりである。
関係ないけど、身のこなしも軽やかだ。サイドステップにダッキング、そしてバク……えっ!? スカートでそんな動きしたら…。
お父さん、お母さん……顔も知らないけど、動体視力の優れた子供に産んでくれてありがとうございます。
さあ、見せておくれ! たきなちゃんのスカートのな……
「──は?」
えっ? はっ? …えっ?
困惑に溺れる思考を必死に諌めていると、いつの間にか画面には勝利の演出が流れていた。
へ……へぇ~、良かったねぇ~…。
◆
「風見」
ゲームはいったん片付けて一休憩。…できるはずもなく、頭のなかは先ほどのパンツ事件が何度もリフレインしている。
そう。事件だ。あれはもはや事件と呼んで良い。
だって女の子が、それも選りすぐりのたきなちゃんが…たきなちゃんがぁ~~。
「…見た?」
「…見た」
たった二文字で私たちは心を通わせていた。私たちは見てしまったのだ、見てはいけないものを、見えてはいけないものを。
たきなちゃんの下着は、緑髪の大和撫子の下着は、全ての男と私の夢が詰まった下着は………
「トランクスだったなぁ」
「やっぱ見間違いじゃなかったか~」
どんな下着を履こうが個人の自由だけど、男物はさすがにノーだ。乙女的にノー。同じ『ノー』なら、ノーパンの方がましってレベル。いや、なんならノーパンが良い。
「……確認するか」
「えっ? 千束ちゃん何言ってんの?」
「たきな着替え中だし」
「ノゾキってこと? いやさすがにそれは……良心が痛むし、両親が草葉の陰で泣いちゃうし…」
「こういうときだけ常識人になるな!」
いやでも、ノゾキはなぁ……なんか違うんだよなぁ。セクハラは正々堂々とやってなんぼみたいなところあるし。隠れてこそこそ、っていうのはちょっと性に合わない。
「いやぁ…見間違いかもしれないしぃ~」
「二人揃って見間違いなんてあるか!」
「分かんないじゃん。あれはトランクスの形したショーツなのかもしれないじゃん!」
「トランクスの形したショーツはもうトランクスでしょ!」
「もういい」と言って、千束ちゃんは更衣室にスタスタと歩いていく。殿様のように堂々たる足取りだ。まさか今から彼女がノゾキをするとは誰も思うまい。
私も千束ちゃんに腰巾着のように付いていく。ノゾキは趣味じゃないけど、おこぼれに与れるなら当然見たい。
千束ちゃんは更衣室のドアを勢いよく開けると、突然のことに固まるたきなちゃんに近づき、ガバッとスカートを捲り上げた。
あっ、ノゾキではないのね。良かっ……良くはないな。
まったく千束ちゃんは芸がない。スカートを捲る程度、小学生男子でも出来るだろうに。アダルトでレディな私ならわざわざスカート捲りなんてせず、直接スカートに顔を突っ込んで確認した。
そしてそのまま更衣室が行為室になるわけだ。むふふ。
「…なんですか?」
不可解すぎる状況に困惑気味のたきなちゃんと、妄想に耽ってトリップする私。そしてスカートを捲り上げた状態で固まる千束ちゃん。う~ん、このカオス。
実際、たきなちゃんはトランクスを着用していた。言い訳のしようもないほどに、紛うことなきトランクスを。
黒の野暮ったいトランクスには、当然可愛げなんてあるはずない。これが女子力のテストだったなら、赤点からの補習のウルトラコンボが確定するだろう。
そんな呪いの装備を乙女の権化みたいな見た目のたきなちゃんが履いているなんて……履いてるなんて………あれ? 逆にアリな気がしてきた。
「ナニ……コレ……?」
「下着ですが?」
「そうだけど! そうじゃなくて! なんで男物な──」
「千束ちゃん!」
千束ちゃんの言葉をぶったぎって、逆転裁判スタイルで割り込む。ずっと私のターン。
「どんな下着を履こうが、個人の自由だよ! オムツ履いてようが、ブリーフ履いてようが、褌を締めてようが、それはたきなちゃんの自由だ! そうでしょ、たきなちゃん!!!」
「そんなものは履いてません!」
「話掻き乱すの辞めてくれる?」
「あい……」
おかしい……千束ちゃんはまだしも、たきなちゃんには援護したつもりだったのに。援護射撃に迎撃された。
やはり愛か? 愛が足りないのか?
ここは確めねばなるまい。二人の今後のためにも、愛を確かめねば。両手を目一杯広げて、たきなちゃんに飛び付く。
さあ、愛の抱擁を……あっ、華麗にかわされた。
哀……
◆
「Guten Morgen!!」
人波疎らな昼真っ盛りの駅前。賑わう東京の人々は喧喧囂囂と己の用事に従事している。きっと誰も、年端もいかない少女が犯罪者を消して回ってるなんて思いもしないだろう。友達の作り方より人の殺し方を教わる子供がいるなんて、想像もつかないだろう。昨日仲良くなった友達が次の日には吹っ飛んでる世界感を、誰も知らないだろう。
この街は今日も世界一平和なようだ。
そんな、広辞苑に『平和』の項目で載せてやりたいような駅前で、私は奇声とも取れる声を張り上げていた。
さんざんダウナー病み女みたいなことに語ってたけど、テンションはめちゃくちゃ高い。
それもそのはず、今日は私服デートの日だからだ。まあデートというか、たきなちゃんのパンツ向上作戦と銘打った仕事抜きの純粋な買い物なのだが。
とはいえ私服。至福の私服だ。
この私が、出会ってきた全ての人間にウザいと言わしめるハイテンションガールたるこの私が、アガらないわけがない。
というわけで、暴発気味のテンションをそのままに、初っ端から人目も気にせず奇っ怪な挨拶をかましていたわけである。
「お、おう……おはよ、風見」
「おはよう? もうとっくに昼だぜ、千束ちゃん」
「そっちが先に言ったんだろうが!」
ちなみに『Guten Morgen』とはドイツ語で『おはよう』という意味だ。千束ちゃんはドイツ語も出来るらしい。
──さてそんな千束ちゃんだが、私服は超絶ベリーキュートだった。略してチョベリキュ。
しかし、千束ちゃんの服がファッショナブルかと聞かれれば…それは違うかもしれない。
そもそも『ファッション』とは『流行』という意味だ。千束ちゃんの服は確かに可愛いけど、別に流行ってはいない。
まあ、流行りの服より全然千束ちゃんに似合ってるから、文句なんて欠片もないんだけど。
…そういう意味ではファッショナブルと言えるかもしれない。昨今の『個性の尊重』という風潮にベストフィットしている。
流行を着ないという選択肢は、群衆に紛れるリコリス的にはナンセンスだけど、女の子的にはチョベリグなのかもしれない。
まあ何にしたって、千束ちゃんは洒落乙な美少女だったということだ。
「ていうか! 風見の服、普通に可愛いくない!?」
「まあ私ぃ~、お洒落とか好きだしぃ~」
「たきなのトランクス事件より衝撃的なんだけど…」
「私だって女の子なんだから、ファッションの勉強くらいしますぅ~。あと事件って言わないだげて」
まったく失礼しちゃうわ。こんなに女の子女の子してる女子高生なんて、東京広しといえどもそうそういないのに。
まあ『女の子女の子』っていうよりは『女の子×女の子』って感じだけど。
ちなみに、今日の私のコーデはオフショルにミニスカートのちょいエロ路線。長めの髪はハーフアップにして、背伸びしたJK風に仕上げている。
大人の魅力でたきなちゃんをワンチャン悩殺できないかなぁ~、という期待が込められているのだ。
…無理なのは知ってる。夢くらい見させて。
「おまたせしました」
噂をすればなんとやら。意外にも一番遅かったたきなちゃんの登場に、二人揃って目を向ける。
「おー……新鮮だなぁ~」
確かにすごい。ただのTシャツにジャージのズボン。女子力ゼロ。もはや女子と呼ぶことすらできない。性別たきな。
なまじたきなちゃんの見目が麗しいから、ズボラというよりは「カレシの部屋着借りちゃいました~」みたいな感じになってるのがマイナス方面にポイント高い。おのれカレシ、撃ち殺してやる。
…今、気がついたんだけど、たきなちゃん、銃持ってきてやがる。
そういう観点で見ると、このラフな格好が機動力を追求した服のように見えてきて、もはや狂気すら感じた。
千束ちゃんが何か言えとばかりに脇腹を小突いてくる。任せてほしい。こういうときのための私だ。
「良いんじゃないかな、脱がせやす──っあぶな!?」
千束ちゃんが死角からローキックを放ってくるのでジャンプして避ける。なんだよー、千束ちゃんがやれって言ったんじゃん。
…いや言ってはないな。脇腹つつかれただけだった。
「問題ありませんか?」
「…銃持ってきたな、貴様」
「いけませんか?」
「抜くんじゃねぇぞ?」
「千束、その衣装は自分で?」
「衣装じゃねぇ」
凄いなたきなちゃん。私より煽り性能高いじゃん。仕方ない、アオリストの称号は譲ってあげるとしよう。
千束ちゃんに向けられていた視線が、今度は私に注がれる。服装を観察するその視線に対応して、私はくるりと一回転した。ファンサするアイドルの気分。
「風見は…」
「私は?」
「…寒そうですね」
「はははっ…オフショル初めて見た人みたいな感想じゃん」
「オフショル? 新しいアサルトライフルか何かですか?」
「………」
ダメだこりゃ…。
ということで、まずはたきなちゃんのお洋服を買うことになった。私と千束ちゃんで服屋に引っ張り込んで、あれよこれよと試着させる。たきなちゃんは人形のように無抵抗だった。
リカちゃん人形ならぬたきなちゃん人形は、驚くべきことにどんな服でも似合った。
流行り物のみならず、カジュアル系、きれいめ系、シンプル系となんでもござれ。調子に乗ってパンクを着せようとして、千束ちゃんに物理的なツッコミを頂いてしまったほどだ。
最終的にはきれいめカジュアル系がたきなちゃん的にハマったらしく、購入からの即着用。残念美人からお洒落JKにクラスアップを果たした。
となれば次はお化粧道具。デパートにきたらコスメを見るのは女子高生の常識。
「──たきなちゃん別に乾燥肌じゃないしなぁ。元々唇プルプルだし」
「でも一本持っておくに越したことはないじゃん」
「確かに。たきなちゃんが一本も持ってないなら買うのもアリかも…」
「たきなー、リップグロス持ってる?」
たきなちゃんがリップグロスを持ってるイメージはない。なんなら持ってないに100万ペリカ賭けてもいい。
「二人とも…」
「「ん?」」
「そろそろ、本来の目的を」
あっ…。そうだったそうだった。パンツ買いにきたんだった。お買い物楽しすぎてすっかり忘れてた…。
というわけでランジェリーショップ。男子禁制の店内には、カラフルな下着が幾つも飾られている。商品の配置やディスプレイの仕方を見るに、この店はパステルカラーを推してるらしい。
「どう? 好きなのあった?」
「好きなの、を選ばないといけないんですか?」
「え?」
「仕事に向いている物が欲しいですね」
「あー、銃撃戦向けのランジェリーですかぁ? そんなもんあるかぁ!」
千束ちゃんの珍しいノリツッコミ……を、さらっと無視するたきなちゃん。いやきっっつぅ…。
「これ良いんですけどね…通気性も良くて動きやすい……さすが店長だなって」
「いや先生そんなこと考えてるわけないだろ。大体トランクスなんて他人に見せられたもんじゃないでしょ~」
「パンツって見せるものじゃなくないですか?」
「いざってときどうすんのよ?」
「いざってどんなときです?」
「……」
そして赤くなる千束ちゃん。はい可愛い。
たきなちゃんは「知るか!」とがなる千束ちゃんを完全に無視して、手を引いて試着室に引き込む。いや何事?
…おっとぉ、私の百合センサーが反応してる。パターン青、百合です。風見、突入しま~す。
「………何?」
「千束のを見せてください」
「えっ!?」
「見られて大丈夫なパンツか知りたいんです」
といって千束ちゃんの前にしゃがむたきなちゃん。あまりにも直球。いっそ清々しい。男前なのはパンツだけじゃなかったようだ。
早くと急かすたきなちゃんの勢いに押されて、千束ちゃんはすごすごとベルトを解いてホットパンツを下ろす。
ライトブルーのショーツを晒して赤面する千束ちゃんと、それをガン見するたきなちゃん。
…何を見せられてるんだ私は。
「──これが私に似合うっていうと違いますよね」
「その通りだよなんで見せたの私!」
絶叫する千束ちゃん。そして視線をこちらに向けてくるたきなちゃん。
あ…やべっ……。
「風見のも──」
「タキーナ! そこまで言うならリコリス流パンツの選び方を教えてあげよう」
「そんなものがあるんですか?」
「あるにはある。まず動きやすさを重視するならハイレグがいい。ローライズだと激しい動きしたときにずり落ちてくることあるから」
「なるほど…」
「それとサテン生地はやめた方がいい。吸水性が悪いし、引っ張りにも弱いから。後はまあ…好きな色のを買えば良いんじゃない?」
ふむふむと頷くたきなちゃん。よし…これで乗り切った。あのままだと私もスカート捲ることになってたからね。パンツは見るものであって見せるものではないのである。
「さて、じゃあさっそく選びに──」
「か~ざ~みぃ~!」
「わっ…あっ、千束ちゃん……」
「私だけパンツ晒して終わりは良くないんじゃないかなぁ?」
「いや、よしてくださいよ…へへっ。自分の下着なんて見せられたものじゃ──あっ、やめっ……スカート捲るのらめぇぇぇ!」
◆
「お待たせいたしました」
店員さんが運んできた三つの皿が、私たちの座るテラス席に並ぶ。その瞬間、鼻腔を甘い香りが擽った。
私たちはパンケーキ屋に訪れていた。千束ちゃん曰く、味は絶品だが客足疎らな穴場スポットとのこと。
実際駅から微妙に遠いせいか、客足はかなり疎らだ。おやつ時にも拘わらず席は埋まっていない。
ただ店の雰囲気はお洒落だし、テラスからは旧電波塔が見えて、立地も悪くない。
そんな人気爆発秒読みの店で、テラス席に陣取った私たちは早速パンケーキを注文していた。私はオレンジ、千束ちゃんはフランボアーズ、たきなちゃんはジンジャーだ。
「おー! 美味しそー!」
「…これは糖質の塊ですね」
「これこれたきなちゃん。乙女のおやつタイムに糖質の話は禁句だぞ」
そういうストレスフルなことを考えると、パンケーキの美味しさが半減してしまう。今は目の前の美味しさを無心で堪能すればいい。後悔は先に立たなくて良いのだ。
ラズベリーの酸味と甘味の絶妙なバランスに頬を綻ばせる千束ちゃんを見ながら、私もパンケーキを口に運ぶ。うん、仄かな酸味と濃厚なオレンジの味がとても良い。
そんな風にパンケーキを頬張っていると、ラテン系の顔をした男女が一つ隣の席に座った。言葉を聞くに、どうやら二人はフランス人のようだ。
二人はメニュー表を開くと困惑の声を上げた。会話を聞いてみると、日本語が読めないらしい。そういえばこの店、店名がフランス語だったなと思い出す。
千束ちゃんはそれに気がつくと、こちらに一つ笑顔を見せて、席を立った。そして二人の下に赴くと、流暢なフランス語で会話を始める。社交的だなぁ。
「──ああいうのってさ、カッコいいよね」
「はい?」
「困ってる人に迷わず手を差しのべられるところ。銃なんか撃たなくても人を助けられるのって凄いことだよ」
「……確かに」
数瞬の逡巡を見せたたきなちゃんは、優しく笑って首肯した。先日、噴水広場でラブラブしたことでも思い出しているのかもしれない。
フランスカップルを助けた千束ちゃんが帰還して、次は千束ちゃんお勧めの『良い所』とやらに向かおうか、と話していたときだった。
ポケットのスマホが小刻みに振動する。アプリのバイブレーションは全部切ってあるから、おそらくメールが届いたのだろう。そして今時メールなんて使う人、一人くらいしか心当たりがない。
予想が外れていることを神に祈りながらスマホを取り出して、画面を見る。
差出人:楠司令
件名:仕事だ
本文:北押上駅に行け
極めて簡素な文面だったが、言いたいことは理解した。
──理解したので無視する。
「なになにー?」
「んー、何でもないよ。スパムみたいな──」
話し掛けてきた千束ちゃんに誤魔化している最中に、またも携帯が震える。しかも今度は電話の着信だ。表示画面にはやっぱり『楠司令』の文字が浮かんでいる。
「ごめん二人とも。ちょっと席外すね」
着信拒否したい気持ちを何とか飲み下しながら、席を立って人気のないところへ。一応気配を探って周りに人が居ないことを確認してから、私は応答のボタンを押した。
「…もしもし」
『出るのが遅いぞ、風見』
「風見? 失礼ですけど掛ける番号をお間違いではありませんか? 私は佐藤というものですが…」
『………』
「………」
『…くだらん冗談を言っている場合ではない』
「今、心配になって確認したでしょ?」
ブツッと、音を残して切れる通話。あらら、怒っちゃった…。短気は損気だぞ?
そして一拍おいて再度鳴り始める着信。司令は何がしたいんですかねぇ。
「はいもしもし」
『指示した地下鉄のホームに行け。そこに武装した十人前後の男が現れる。生死は問わないから全員無力化しろ』
「誰も行くなんて言ってませんよー」
むしろ行くとでも? っていうレベルである。
二人の美少女と武装したおっさんなら、誰だって美少女を選ぶ。私だってそうする。
『……言っておくが、リコリコはDAの支部という扱いだ』
「………もしかして脅してます?」
『脅しではない。命令だ』
「…リコリコをどうにかする権限なんて、司令にあるとは思えませんね」
『さてどうかな。だが少なくとも、人事の権限があることは知っているだろう。井ノ上たきな…たしかDAへの復帰を希望していたはずだが』
「……断れば二度と戻れないと?」
『お前は
「そういう司令は、随分
ピリリとした言い方になってしまった。
…正直言うと、私は少し怒っている。怒りで脳が冷えていくような感覚。冷徹で残虐な思考が鎌首をもたげる。
──よくないよくない。
頭を振って邪念を払い除ける。
愚痴っても状況は変わらない。ジタバタ足掻くのは私の好みじゃない。不平不満をぐっと飲み込んで、通話を切断する。
再度スマホが震えることはなかった。
スマホをポケットに入れながら、なんでもない風を装って二人の下へ舞い戻る。
「おー、風見。意外と早かったねぇ」
「ごめんごめん。…もうひとつごめんなんだけどさ、急に用事が入っちゃったから私はここで抜けるね。『良い所』とやらは二人で行ってよ」
「えぇ~! 用事って何よー!」
「千束。あまり他人の事情に首を突っ込むべきではありません」
ぶーぶーと口を尖らせる千束ちゃんを、たきなちゃんが宥める。私は苦笑を浮かべることしかできなかった。
「ごめんって……たきなちゃん、私の分まで頼んだぞ!」
「はい」
「よしっ。じゃあ後でレポートにして提出してね」
「なら風見も“用事”とやらをレポートにして提出してください」
「はははっ。返し、上手くなったじゃん」
ああ名残惜しい。もっと二人と遊びたい。お洒落したたきなちゃんと街を歩きたいし、千束ちゃんのオススメスポットも是非行きたい。
でも仕方のないことなのだ。そういう月の廻りだったと諦めるしかない。
私は自分の分のお代を置いて、二人と別れる。絵に描いたように陰鬱な気持ちで、私は装備を取るために家へと向かった。
◆
平日の昼過ぎ。ラッシュ時ではないとはいえ、首都東京の地下鉄がこうも閑散としているのは不気味である。国家直属の機関とはいえ、ここまで大規模な統制をゲリラ的に行えるとは、さすがDAといったところか。
そんな信頼と実績の上になりたった静寂な駅には、私がたった一人で佇んでいた。他のリコリスはまだ到着していないようだ。
ラジアータが掴んだ情報によれば、次に到着する電車が1000丁の銃によって襲われるらしい。戦争みたいな規模の話である。
ついにラジアータもイカれたかと笑ってやりたいけど、残念ながらそうもいかない。1000丁の銃は確かにあるのだから。
「
まだ若干機嫌が直っていない私は、時間潰しにインカムへ皮肉る。
『それはハッカーの方に言え』
「その返し、全然上手くないですから」
右の手に愛銃を左の手にサブの銃を準備して、呼吸を整える。瞑想するように目を閉じて集中すると、指先の神経が鋭敏になり、銃の調子まで分かるようだった。
言うまでもないが、銃は反動が非常に強い。例えハンドガンでも両手を添えて撃つのがセオリーだ。でなければ反動でエイムが逸れて、まともに的を捉えられない。
それでも、専用の訓練をすれば二丁持ちでも撃てるようになる。そしてその訓練は神奈川にいた頃に済ませた。
昔取った杵柄に感謝しつつ手に銃を馴染ませていると、複数の男の足音が聴こえてきた。数が多くて人数は絞れないが、銃器の音も混じっているから間違いないく今回のターゲットだ。
……えっ?
「ちょっと司令。まだ私しかいないのに敵さん来ちゃったんですけど?」
『すぐに現着する。一人で耐えろ』
「もうそんなんばっか!」
叫んでも喚いても現状が好転するわけでもなく、アバンギャルドな髪色の男を先頭にヤンチャな男の子達が私の前に立ち塞がる。
「…なんだお前?」
あら良い声。でも残念、私はイケボよりカワボ派だ。
「お兄さんたちこそどちら様? 随分物騒な格好してるみたいだけど」
「その赤い制服……お前、俺と会ったことないか?」
「いやん。いきなりナンパですか? ごめんなさい友達と遊んでる最中なので」
「…すげぇなお前。この状況で冗談言えるとか、イカれてやがるぜ。この銃が見えねぇのか?」
「イカれてるのは君の髪色でしょ。なんで黄緑なの? 生まれつきなら遺伝子が可哀想。染めてるんだとしたら感性が可哀想」
「よく喋る殺し屋じゃねぇか。親にみてくれのことは言っちゃダメだって習わなかったか?」
「やー、私孤児なんで」
「そうか。気が合うな。俺もだ」
「ふーん、あっそ。あー…よく見たらそんな感じの顔してるわ。品性がない」
「お前も孤児だろうが!」
「なにぃ!? 私の顔に品性がないって言いたいのか!」
「言ったのはテメェだろ!」
「急にキレんなよぉ。生理か?」
「男に生理があるか!」
「あるかもしれないでしょ! 諦めんなよ!」
「………はぁ…。もういい。殺せ」
リーダーの男が手を挙げると、その両脇にいた男が銃を構え……そして後ろ向きに倒れた。
眉間から噴出する血液。遅れて聞こえる発砲音。両手の銃から香る硝煙の匂い。
二人の男が構えるよりも速く、私の早撃ちが二人の頭を吹き飛ばしたのだ。
私は基本的に人を殺さないが、それでもリコリスの一人であることは変わらない。殺すことに忌避感はあっても、殺せないわけじゃない。
殺さなければ死ぬのなら、私は迷わず自分の命を選ぶ。
──今さらになって、司令の狙いが分かった。「忘れるな」と、そう言いたいんだろう。本当にどこまでも賢しい人だ。
気にくわない思いを抱きながらも、もう二人ほど撃ち殺す。
地面が血の色に染まって、鉄錆のような匂いが硝煙の匂いを塗り潰した。狂気的な光景だ。世界一平和な国はどこにいってしまったのだろう。
「失礼しまぁす」
人数が圧倒的に不利な今、距離を取る意味は皆無だ。乱戦調に引きずり込んで同士討ちさせた方がいい。
驚異的な瞬発力が為せる脚力で地面を蹴り抜き、急加速で手近な男の懐に潜り込んだ。
「せい!」
「ふぐぅぅ!?」
鳩尾に拳をめり込ませてワンパンKO。断末魔が面白くないのでやり直しを要求したい。
「『あべし!!』くらいは言ってくれないと……おっ、君良いの持ってるねぇ」
虚脱した大男の陰に隠れながら、腰から手榴弾を拝借。片手で器用にピンを抜いて投げつける。
爆炎と衝撃波を男を盾にやり過ごしたら、立ち込めた黒煙の中に突入。視界不良は痛いが、この状況ならこれが最善だろう。
相手が私を見失ってすぐに近くの男に肉薄。そして、顎を殴って一撃で仕留める。そのまた近くにいた男を射殺して離脱。基本的にはこのヒットアンドアウェーを繰り返す。
手榴弾が巻き起こした煙が晴れる頃には、立っているのは私と黄緑頭だけになっていた。
やだ…二人っきり。
「ははっ…はははっ! すげぇ! すげぇよ!
「教えるわけないで──」
その瞬間、私の
『応援のリコリスが現着する。後処理はやっておこう』
…はぁ? 電車にリコリス乗せたってこと?
えー……なにそのお届け物はリコリスです作戦。普通に包囲した方が良くない? 計画が杜撰すぎるでしょ。
そんなくだらない思考に一瞬意識が向いた瞬間、男はポケットからいかにもなスイッチを取り出していた。あのタイプのスイッチは古今東西起爆ボタンだと相場が決まっている。
「ちょまっ……」
「生きてたらまた会おうぜ!」
ポチッとな、なんて場違いな擬音が頭の中に浮かんだ。しかしその実態はヤッターマンに登場させられるほど生易しいものじゃない。
火薬が炸裂するが響き、地下鉄は一瞬で停電する。要が吹き飛んだ地下は自重に耐えられず、ボロボロと天井が崩壊してきた。
「バカバカバカバカバカバカ…」
こんなところで生き埋めだなんて勘弁だ。落ちてくる一発即死の礫をかわしつつ、私は出口へと駆けた。