ししゃも333様、フェデラルジオグラフィック様、なみ@様、水無月ミオ様、nagernoise様、ミキプルーン様、グラハムタロサァン様、(^U^)様。感想ありがとうございます
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「
無駄に重厚な扉を開け放ち、私は開口一番にそう叫んだ。不必要に広い部屋に渾身のボケが空鳴る。司令と秘書さん、二人の視線が私を射抜いた。
「……はぁ」
司令の口から呆れ果てたような溜め息が漏れ出る。溜め息を吐くと幸運が逃げるというのが本当なら、司令は既に取り返しの付かないところまで来ているだろう。主に私のせいで。
そんな可哀想な司令は指を互い違いに組み、執務室用の机に両肘を突いていた。無駄に雰囲気を出しているけど、碇ゲンドウにしか見えなくてむしろ面白い。イマイチ緊張できないのでその格好はやめた方が良いと思うのだが…。
──いや逆に、今もしも笑ったら確実にシバかれるという緊張感がある。現に表情筋と腹筋がキツい。笑みが喉まで出掛かっている。
私が自分自身と戦っている間に司令は指を解いて立ち上がった。そしてソファを顎で指し示し、座れと
「……」
「……」
いかにも高級そうな黒革のソファに腰を下ろすと、その向かいに司令も腰を落とす。しかし秘書さんは座らず、司令の斜め後ろで直立待機していた。詳しくは知らないが、秘書とはそういうものなのだろう。或いは、司令にオメーの席ねぇからされてるのかもしれない。心を強く持ってほしい。
無言で見つめ合いながら、私はそんな一銭にもならないことを考えていた。対する司令は何を考えているのだろう。感情の機微には敏い私だが、司令は感情が読みづらい……にも拘らずアイコンタクトが成立するのは、
…それにしても、眼光が鋭い。三白眼が怖いわけではないが、やはり威圧感があるのは否めない。特有の威圧感が肌に染みるようだ。いや、目だけではない。司令の放つカリスマ性の威圧感。これほど直に向けられるのは……もう半年も前になるのか。
半年前は露ほど気にもならなかったはずの威圧感に身動ぎしてしまうのは、リコリコの雰囲気に慣れすぎたということだろう。私のメンタルは弱くなってしまったらしい。
「…ふふっ」
思わず笑いが漏れる。零れるように溢れ出る。
「何が可笑しい?」
「いえ…リコリコに転属になってから半年も経ってたんだな、と…」
「…随分と平和ボケしたようだな。そんな様でリコリスの仕事をこなせるのか?」
「どうですかね? リコリコに殺しの仕事はなかったので」
「はぁ……。ミカも昔は厳しい訓練教官だったが……甘くなってしまったようだ」
「良いじゃないですか。甘いの好きですよ、私」
本来、リコリスの仕事とは殺し、殺されるもの。紙っペラよりも軽い命を銃で弾いたり、寝ても覚めてもバイタルラインに照準を合わせることばかり考えていたり……そういう不健全な生活は、リコリコにはなかった。
たった半年で体に馴染んだそういう生活が、今は狂おしいほどに恋しい。
フッキーあたりはバカに毒されたとか言いそうだけど、私は好んでその甘い毒を食らった。だから郷愁の念に心を裂かれそうになっても、私には後悔など微塵もない。
「──まあいい。それより、千束はどうだった?」
「おや…なんやかんやと冷たくしても、やっぱり千束ちゃんのことが気になるんですね。もしかして司令ってツンデレさんですか?」
「くだらない妄言に付き合うつもりはない」
連れない人だ。ノリの悪さは初対面のときのたきなちゃんを優に超えている。こういうところが苦手なのだ。
しかし、司令はアダルトで大人な女性だ。色気に関してはミズキとどっこいどっこいだが…。
口を達者に回して煽ったところで、司令が相手してくれる可能性はまったくの皆無。私は無駄なことに時間を割いたりはしない。
ならば、私も本題を語るとしよう。
「私がここに来たのは、一応、司令にお願いしてみようと思ったからなんですよ」
「言ってみろ」
「DA復帰の件、取り消してくれませんか?」
「『一応』と言っているということは、分かっているのだろう?」
「…ですよね」
まあ、そんな気はしていた。リコリコに配属されてから半年。
ただひとつ、確かなことがあるとするならば、司令にしては気が短すぎるということだ。慎重な司令らしくない。
「もしかして、私がいなくなった途端に治安が大荒れでもしました? スーパーエースが欠けると大変ですね」
「自惚れるな。お前ひとり抜けた程度、大した問題ではない」
「なら、上の人たちにせっつかれでもしました?」
司令の眉がぴくりと動く。
前触れもなくいきなり推論を突きつけて反応を見るのは尋問の常套手段だ。そしてこの反応を見るに……。
「…何を言ってるのかサッパリだな」
「それ、イエスってことですよね?」
「さあな」
司令のポーカーフェイスは難攻不落で有名だが、今回は私が一枚上手だったらしい。どうも予想は大当たりだったようだ。
私たちリコリスは、法の下に存在しているわけではない。かといって、行政機関にバレずに活動しているわけでもない。つまり、国家ぐるみで隠蔽することによって存在している、後ろ暗い集団なのだ。
ゆえに、リコリスとは政治の闇。政治家にとっては
リコリス狩りの一件から察するに、リコリスの存在が裏社会で知られてきたのは考えるまでもない。そして保身おバカさん達が、それらをすぐにでも掃討したいと思うのは想像に難くない。
後顧の憂いを無くすために。向こう脛を守るために。スキャンダルを揉み消すために。
きっと私は、そのために連れ戻されたのだ。
「お前が神奈川からこちらに転属された理由、お前なら分かっているだろう?」
「…まあ、時期が時期でしたからね」
「ならばその義務を果たせ。話は以上だ」
立ち去る司令を見送る私の胸には、振り払えない暗澹とした気持ちが
◆
──ということで、ストレスを発散しなければなるまい。そしてストレス発散とは古来より、快感によって為されると相場が決まっている。
つまりおせっせ! じゃない間違えた、ゲームだ。
ゲームは私にとって、ストレスを解消するのにこの世で二番目に有用なものだ。ちなみに一番はセクハラ。
最近はご無沙汰だったが、DAいた頃は良くお世話になったものだ。ゲームも、セクハラも。
「ジュースよし! お菓子よし! ゲームよし! サンドバッグよし!」
「誰がサンドバッグだ!」
「いや~、誰のことだろうなぁ~。はい、ドーン」
傘を開いて懸命に戦場に戻ろうとする桃の姫を地の底に叩き落とす。派手なエフェクトと『GAME SET』の文字が画面を埋め尽くした。
「くそっ!」
「口悪いぞ、デンティストフキ」
「雑な煽りすんな!」
ふむ…確かに今のは雑だった。
しかし一捻り加えたダジャレに間髪いれず反応出来るあたり、フッキーも頭の回転が速い。意味が分かってもらえず「どういう意味?」と聞かれて、自分のギャグを自分で解説するという羞恥プレイにならなかったのは僥倖だった。
ただ、そんなフッキーのツッコミ力に甘えて、雑なボケを繰り出すのは確かに宜しくない。
「──分かった。次からはもっと丁寧に煽るよ」
「なんでそうなんだよっ!?」
私が都合良く解釈を捻曲げて、フッキーがそれにツッコむ。そんな風にイチャイチャしていると、ゲーム画面がローディングを終えてキャラ選択画面に戻った。
私は格ゲーでは、刺激を求めてランダムなキャラを使う派だ。もちろんフッキーと遊ぶときもそうなので、カーソルを「?」に合わせて決定ボタンを押す。
対してフッキーはキャラ選択が遅く、カーソルがテレビ画面の中で右往左往していた。これは長く掛かりそうだ。
次はフッキーをどう煽ろうか、暇を持て余してそんなことを考えているときだった。
テーブルに置きっぱなしにしたスマホの画面が独りでに点灯した。ラインが送られてきたきたのである。
「……」
私は画面を見て差出人を確認すると、そのまま既読を付けずにスリープさせた。
「…返信しなくて良いのか?」
「ん? やだも~。他人のスマホ覗きますかフツー」
「見えちまうんだよ。何度目だ?」
それもそうか。この未読スルーも、フッキーとゲームを始めてから既に五回目だ。見ようとしなくても見えてしまうというものだろう。
私は別にスマホの画面を覗かれてもそこまできにする質ではないが、今ばかりは見られたくなかった。気まずいから。後ろめたいから…。
「それで、何で返さないんだ? それ、たきなからだろ?」
そう、差出人はたきなちゃんだった。千束ちゃんの場合もあるが、大半はたきなちゃん。そして、どちらにしろ私は無視を続けている。DAに復帰してからというもの、私は二人とほとんどやり取りしていなかった。
「何でって言われると難しいけど……まあ、私はもう無関係の人になったから、かな?」
「私に聞くなよ」
フッキーは冷たく突き放しながら、キャラクターをオレンジ色のお姫様に定める。
「…ところでフッキーってさ、お姫様キャラ大好きだよね。実はお姫様願望あったり?」
「は、はぁ!?」
「ほら、クローゼットの奥にこっそりとフリフリの服隠してるじゃん。プリンセス系のやつ」
「おまっ……何で知ってんだ」
「えっ、本当にあるんだ」
「なに……?」
「……」
「……」
「……殺す」
「こわーい♡」
フッキー…そんな趣味があったのか。道理でプリキュアコスを恐れずにゲーム勝負を挑んでくるわけだ。
まあ、人の趣味趣向は他人がとやかく言うものではない。フッキーはクール系が似合うと思うが、フリフリのヒラヒラが好きならそういう服を着れば良いだろう。人間は結局、生きたいように生きるのが一番なのだから。
私がフッキーに親指を立てて合図すると、フッキーも親指を立てて返してくれた。ほら、私たちは仲好しだ。
この際、親指の向いてる方向が上下逆な程度のこと、些細な問題でしかない。そのまま立てた親指で首を切るジェスチャーだって、親愛の証なのかもしれないし。
「てか、お前はもっと真面目にキャラ選べよ」
「えー。でも、私が本気でキャラ選んじゃったら、フッキー絶対勝てなくなっちゃうんじゃない?」
「舐めプに負けるのが一番腹立つんだよ!」
「その言い方だと、負けることは決定事項みたいになっちゃってるけど。いいの?」
「次は勝つ!」
「がんばれ♡ がんばれ♡」
「うがぁぁぁぁぁぁ」
フッキーが人語を忘れてしまった。おいたわしやフッキー。要望通りの由緒正しい丁寧な煽りををしたのだが…。メスガキはお気に召さなかったのだろうか。
あるいは、単純に煽りが足りなかったのかもしれない。厳格な人ほど意外な趣味があるというし、もっと純度の高いメスガキをご所望だったのだろう。もしも次の機会があったら「ざーこ♡ ざーこ♡」の方で行こうと思う。
理性が飛んでしまったフッキーは御しやすく、ゲームは快勝。黒星を重ねたフッキーはもうそろ憤死しそうな頃合いだった。
青筋の浮かんだ額、吊り上がった眦、痙攣する頬。まるで魔王か悪鬼羅刹のごとき表情だ。少なくともお姫様ではない。
これはもうお開きの頃合いだろう。そろそろ指も疲れてきたし、ゲームは切り上げることにした。
「──お前さ、リコリコに戻りたいとか思わねぇの?」
「ん?」
使ったコントローラーを片付けながら、フッキーがそんな言葉を溢す。私はフッキーにどんなコスプレをさせようか考えながら、思考の一割をそちらに向けた。
「正直、お前が素直に戻ってくるなんて意外だった。千束と似てるからな、お前」
「私と千束ちゃんが?」
「才能に胡座かいてるところとか、ふざけてるところとか、ムカつくところとかがな!」
「主観入りまくりでしょ…」
私が千束ちゃんと似ているって?
…そらそうだろう。
「──リコリコに戻りたいかどうかなら、戻りたいよ。でも、司令に掛け合ったけど無理だった。なら、もう諦めるよ。無駄に足掻かないのが私のスタイルだから」
「……あっそ」
「あっそ、って…」
「お前、やっぱ千束に似てねぇわ」
「手のひらドリル!?」
今日のフッキーは珍しく迂遠な物言いをする。フッキーは割とはっきりものを言うタイプで、面倒臭い言い回しを嫌う娘だと思っていた。
妙なフッキーに首を捻りながら部屋を出て、横並びに歩いていく。清潔で飾り映えのない退屈な廊下だ。再度光ったスマホをポケットに押し込んで、溜め息をひとつ吐き出した。
「返事ぐらいしてやれよ」
「…フッキーには関係ないでしょ」
「関係ある。千束が毎日電話掛けてきて面倒なんだよ。いい加減ウザいから何とかしてくれ」
「えっ……そうだったんだ……」
つまりフッキーは、私が異動になってから今日までの幾日かの間、私と千束ちゃんの仲を取りなしてくれていたということだろう。私にそんなこと言わず、文句ひとつ漏らさず。
口ではこう言っているが、それがフッキーなりの気遣いであることは簡単に分かる。なんだかんだ面倒見の良い彼女のことが何だか嬉しくて、私はこっそりと笑みを溢した。
「別に無視することないんじゃねぇの? 連絡くらい取れば良いだろ」
「…いや~、なんか恋しくなるのが恐くてさ。それにさんざん未読スルーしといて、今さらなんて返信すればいいのか分かんないし」
…そう、別に強い意思や決意があってスルーしてるわけじゃないのだ。ただ、一度犯した罪の雪ぎ方が分からず、やめ時が分からなくなってしまっただけ。気づけば雪だるま式に増えた負債がどうにもならなくて、にっちもさっちも行かずに放っておいている。
まさか自分がこんなティーン丸出しの悩みに直面する日が来ようとは思わなかった。昔の私が知ったら、きっと鼻で笑うだろう。
いや…鼻で笑うなんて、そんなことするわけないか。そんなに感情豊かじゃなかった。
「──ふんっ」
「おわっ!?」
うじうじうだうだと考えていると、フッキーが唐突に私のお尻に蹴りを放ってきた。
──ので、防ぐ。
鋭く下から掬い上げるような蹴りを受け止めると、私たちはお互いに片足を上げた状態で固まった。
「なに受け止めてんだ、あぁ!?」
「そっちこそ。いきなり蹴んな、チンピラか?」
やはり私も日本人。咄嗟に出た言葉は、五七五だった。先祖はさぞ高名な歌仙だったに違いない。
──そんなことはどうでも良くて、重要なのはフッキーがこの暴挙に及んだ理由だ。
「今のは私に蹴られて、説教されて、改心する展開だったろうが」
「はぁ~!? 蹴られて改心!? 私はドMか!」
今のはフッキーなりの愛情表現だったらしい。これだからもう…。
たまに暴力を愛情表現のひとつとして捉えている人がいるが、それは大きな大きな間違いである。相手に不快感を与える行為で愛情が伝わるわけないではないか。なお、セクハラは例外。
フッキーは止められた足をグリグリと私に捩じ込んで来ていたが、力も体幹も私の方が強い。それでも諦めずしばらく競り合った後、甲斐無しと判断したフッキーは足を下ろした。私もそれに倣って足を下ろす。
「はぁ……もういいから読めよ。そんでちゃんと返信してやれ。時間経つほど気まずくなんぞ」
「そんなの分かってるけど…」
「なら今すぐやれ。一秒だって早い方がいいから」
「…分かったよママ」
「ママじゃねぇ」
フッキーのセンス皆無なツッコミを聞きながら、アプリを立ち上げる。起動に掛かる僅かな読み込み時間が、何だか煩わしく感じた。
やっと立ち上がったアプリをスクロールして、たきなちゃんのトーク画面を開く。未読がかなりの数溜まっていた。
『DAでは上手くやれていますか?』
『今日は千束と組事務所に行って来ました。また新入りさんが入ったらしく、久し振りに一悶着ありました』
『風見?』
『どうして返信してくれないのですか?』
『まさか無視してます?』
『返信してください』
『返信してください』
『返信してください』
「…ん?」
「なんだ? 何か変なことでも書いてあったのか?」
「いや…何かたきなちゃんがヤンデレに進化し始めたというか、進化の過程を見せられたというか…」
「なんだそれ」
確かに。なんだこれと思いながら、地獄の『返信してください』ゾーンを突破する。
『返信してください』
『返信してください』
『…どうしても無視するつもりですね』
『それなら、こちらにも考えがあります』
…なんというか、ホラー映画を見てるときの気分だ。ドキドキとワクワクと冷や汗が止まらない。そして読む手も止まらない。
私は手を操られるようにして、画面をスクロールした。ここからは今日のトークだ。
『今、店長にお願いして臨時でお休みをもらいました』
『今、リコリコを出ました』
『今、電車に乗りました』
『今、駅に着きました。車に乗ります』
『今、敷地に入りました。今から身体検査を受けます』
…いや怖い怖い怖い。
文字情報でちょっとずつ物理的に近づいてくるの怖すぎるでしょ。これ振り返ったらたきなちゃんいるやつじゃん。お腹刺されて死ぬやつじゃん。
「…何で震えてんだよ? 今度は何書いてあったんだ?」
「いや…たきなちゃんがヤンデレからメリーさんに進化したみたい」
「いや意味分かんね──あっ」
フッキーは私の背後に何かを見つけ、言葉を詰まらせた。そしてその顔を恐怖に染める。
「え!? 何その反応!? やめてよ怖いの苦手だから!」
理性がやめろと叫んでも、本能が勝手にフッキーの視線を追いかけてしまう。ギギギとブリキのように首を捻って後ろを確認すると、ほんの一歩程度しかない至近距離にたきなちゃんがいた。
いや近い怖い近い怖い怖い怖い…。
不自然なほど近いその立ち位置に周りのリコリスが不審な視線を向けるが、当のたきなちゃんはそれを気にしない。
見惚れるほど美しい虹彩が私の目の、その奥を見透かしている。眼力に僅かな怒りが滲んでいるのは、気のせいだと神に祈りたい。
しかして祈りも虚しく、たきなちゃんは右の手を振り上げた。これはビンタですね。たきなちゃんはやっぱりお怒りのようだ。
おのれ神、
私の責任転嫁も意味を為さず、振り上げられた平手は大振りなスイングで、私の左頬に向かって振り下ろされた。
内心は混乱冷めやらぬまま大混乱スマッシュブラザーズだが、とりあえず振り下ろされた平手は受け止める。たきなちゃんがメリーさんから暴力系ヒロインに進化していた件について。
「なんで防ぐんですか!」
「そら、ビンタされそうになったら誰でも防ぐでしょ」
「普通この状況なら防ぎません!」
「……」
私は「そうなの?」という感じの視線をフッキーに送る。フッキーは「当たり前だろ」という感じで深く頷いていた。
うむむ……ならば致し方ない。掴んでいたたきなちゃんの腕を解放し、両手を広げる。
「よ、よし…ばっちこーい……ごめんやっぱあんま痛くしないで。…いや待てよ。たきなちゃんに痛くされるなら……それはそれで良い! よし! たきなちゃん! 二人で新しい世界の扉を開こう! さあ! ばっちごぶべらぼらばぁ!!!」
たきなちゃんは迷いなくその手を振り下ろした。私は防ぐことも避けることも出来ず、頬にたきなちゃんのビンタをモロにもらう。
頬を張り飛ばす高らかな音と、私の不細工な断末魔が閑静なリコリス棟に良く響いた。周囲のリコリスは、完全に変態カップルを見るときの目だ。強く否定できないのが悔しい。
じんわりと痛む頬と、筋を違えそうになった首筋。鈍痛の響く患部を押さえながら、私はたきなちゃんを睨んだ。
「なんで叩くの!」
「…? 風見が良いって言ったので」
「今のは呆れながら『…もういいです』って言って、仲直りのハグをする展開だったじゃん!」
「……」
たきなちゃんは「そうなんですか?」という感じの視線をフッキーに送る。フッキーは微妙な表情で私たちを見ていた。
「──風見」
「は、はい!」
たきなちゃんは身を縮こまらせた私にさらに一歩近づき、その両腕で私をひしと抱き締めた。暖かみ、柔らかな感触、シャンプーの匂いが鼻腔を抜ける。
「な…ナニゴト?」
「ハグする展開だと聞いたので」
「な、なるほど。…ちなみにこの次は仲直りのキスを」
「──それはしません」
「…はい」
そこまで言うならこっちからやるっていう手もある。そんなことしたら確実に背中にこさえた銃が火を吹くことになるだろうが、まあ私くらいしつこさに定評のある粘着女なら、地獄からだって(セクハラのために)戻ってこれるだろう。
──まあ、やらないんだけど。
よくある乙女チックなあれだが、私はボディタッチとキスの間に非論理的な線引きをしている。つまり、乳は触るが唇は奪わないということだ。
…という自分ルールに則っているというのもあるが、一番の理由はそんな気が起きなかったから……というか、体が硬直して頭が真っ白になっていたからだ。
私を痛いくらいに抱き締めるたきなちゃんは、きっともう周りの目など忘れてしまったのだろう。ふざけて抱き付いたことは何度もあったけど、逆になるとここまでクルとは思わなかった。
「あまり心配をかけないでください」
囁くようなその声は、耳朶を打って脳髄を揺らした。恥ずかしさを押し殺して、たきなちゃんを掻き抱く。
「…うん。ごめん。ごめん、たきなちゃん」
ぽろっと謝罪の言葉が溢れる。いつだって思ったままに軽口を垂れ流しているが、今回のこれは本心そのものだ。
思ったままに生き、思ったままに死ぬ。
そう決めた日から、心の小波ひとつ逃さぬようにと、自分の内側に神経を尖らせて生きてきた。しかしこれほど心がざわつくのは初めてだ。きっと生まれて初めて。
だから心のままに動いたことはあっても、心に動かされたのも初めてだ。
心臓が不自然に高鳴るのも、体が強張るのも、目の奥から込み上がってくるナニカも……。
私はたきなちゃんをより強く掻き抱いて、彼女から私の顔が見えないようにした。そして──
──私が泣いていたかどうかは、フッキーだけが知るところである。
◆
「そういえば、千束から伝言を授かっています」
しばらくたきなちゃんと抱き合って、そしてどちらからともなく体を解放した後、たきなちゃんが突然そんなことを言った。
余談だが、抱擁の間、周りのリコリスが下手に空気を読んで拍手なんてし始めるものだから、それはもうカオスなことになっていた。
あの混沌とした状況をあえて文字だけで表現するならば──
と、いったところだろうか。そう、カオスである。最終回なんかなって思った。
──まあ、それはともかくとして。たきなちゃんの一言である。
さすがに二人ともお店を空けるのは厳しかったらしく、千束ちゃんは今もリコリコでお仕事に勤しんでいるらしい。
そんな、何気に一番ツラいところ買って出てくれた千束ちゃんの言葉を、私は傾聴した。
千束ちゃんは溌剌としていて、まさに愛に生きる人間の権化みたいな人だ。乳は最後まで揉めなんだが、離れて気づく愛おしさに身を焦がしていたのかもしれない。
だからきっと伝言は『I love you』だ。
…いや、それだとたきなちゃんにも伝わってしまうじゃないか。それなら、一捻り加えて『月が綺麗ですね』だろうか。いやいや、さすがのたきなちゃんも夏目漱石くらいは知ってるか。じゃあ、もっと捻って『死んでもいいわ』だろうか。いやいや、そうなると、今度は千束ちゃんが二葉亭四迷を知ってるか問題が出てくる。そもそも英語もロシア語も出来る千束ちゃんなら、原文でそのまま読めば良い。いやいや、だからといって翻訳版を読んでいないと判断するのは──
──聞いた方が早いか。
「千束ちゃんはなんて?」
「『覚悟しとけよ、貴様』とのことです」
「……」
…ちょ、ちょっと強烈な翻訳の仕方だよね。
王子様が秘密を覗き見た侍女にこれを言って、なんやかんや娶るストーリーを百は知ってる。
だから、たぶんこれも告白みたいなものなんだ。そう思っておこう。夢を見るくらいは赦されるはずだ。
「千束、凄い怖い笑顔でしたよ」
「……」
「…どうしました?」
夢破れて山河あり
「………たきなちゃん。私と駆け落ちする気はない?」
「ありませんね」
「ぴえん」
からのぱおん。
夏の暑さがしぶといですね。
若干気温が下がって、むしろ虫が騒がしくなってきました。執筆中に羽虫共が作者の周りを飛ぶせいでまったく集中できません。
次回からは火炎放射機を傍らに執筆したいと思います。
ちなみに、作者はエヴァをロボアニメのひとつには数えない派です。確かに見た目はロボっぽいですが、その実…みたいなところがあるので。
実にグレーなゾーンだとは思いますが、駆動や機巧の概念が当てはまらないので、ロボではないと見なしています。
もちろん反論は認めます。
ただ、これだけは分かってほしいのは、作者はロボアニメが好きというわけではないので、ロボに対する細かい定義や概念などは持っていないということです。
そこだけは勘違いしないでください。本当です。
…本当ですよ?