その言葉に惹かれてゲームを始め、とある可能性を掴んだマスターが“妖精郷”レジェンダリアで過ごす緩いお話。
このお話は「小説家になろう」にて好評連載中の、海道左近さんが手掛ける<Infinite Dendrogram>の二次創作です。
原作とは設定の違うところも多々ありますが、どうかご容赦お願いします。
□ とあるマスター
足を失くした、叶えられない夢があった、あるいは今のゲームに満足できなかった。
そんな理由で<Infinite Dendrogram>を始める人たちに比べると、俺がデンドロを始めた理由というのは実に大したことがない。
これまで熱中する何かを持った事もなく、何か目標があったわけでもない。
勉強運動も人並み程度にできれば御の字という、モブのような人生。
そんな今までの人生が少し嫌になった俺が目にした、CMの売り文句。
――<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性を提供いたします。
もし俺にそんな可能性があるのなら見てみたい。
たったそれだけの理由で俺は〈Infinite Dendrogram〉始めt、そしてこの世界で俺の可能性と言えるものを二つ見つけることができた。
それは俺に合ったジョブと、俺の分身であるエンブリオ。
そんなかけがえのないこの二つを生かすため、俺は今日も楽しくお仕事をこなすのだ。
□レジェンダリア内 冒険者ギルド ヒューリー・バレル
「ここなんですよ、貴方に修理していただきたい場所は」
「ありゃまあこれは……」
眉根を下げ、眼鏡のレンズの下の目を歪める冒険ギルドの女性に案内されて進んだ先に、俺の今日の仕事場があった。
周りを見れば、クエストを受ける為なのか、西洋鎧の関節を鳴らして列に並んでいる男性マスターとほぼタンクトップにしか見えない装備の背中から鳥の羽を揺らす女性が、俺というツナギ姿の闖入者に怪訝な目を向けている。
そんな彼らとは違ってこちらを一顧だにしない、ザ・エルフというような金髪長耳美形で中性的な人の周りを、笑顔を浮かべた妖精が半透明な羽から零れる鱗粉を振りまくように飛行してからかっている。
そんな種族も装備もバラバラな彼らが混在しているここはレジェンダリアの冒険者ギルド。
ティアン、マスターを問わず、様々な内容のジョブクエストを発注してこの国の細かな問題に対応する公的機関である。
そんな場所の壁の一角に、周囲の壁の材質とは明らかに色合いや質感の違った樹木の外皮が大人三人分の高さと広さで被せてあった。
その外皮の隙間からわずかに緑が見えるのは、その下を何らかの蔓と葉で塞いでいるからだろうか。
無論、そういうデザインというわけではなく、そこに空いてしまった大穴を体裁だけでも整えるためにそうしているらしい。
レジェンダリアの冒険者ギルドは、霊都その物でもあるアムニールの魔力の影響を受けて異常な大きさを持つに至った、膨大な魔力を有する巨木をそのまま施設の中心に据え、それを取り巻くようにして建設されている。
巨木が保有する魔力をその建物の中に行き渡らせる工夫をすることで、ギルド内の魔力によって動く様々な機器や、レジェンダリア特有の生きた家具たちを十全に機能させ、使われている魔力豊富な建築材を活性化させることで強度や付加効果を劇的に高めることが出来るのだと、聞いたことがある。
試しに火薬式の大砲を五発撃ちこんでもその場所がへこむこともなかった、等と言う嘘だか本当だか分からない噂さえあるほどだ。
そんな他国の下手な砦なんかよりもよっぽど頑丈であろうそのギルドの壁に、ここまで大穴が開くとは……どこの誰がこんなことをやったのか。
「へんた……失礼、犯罪者を鎮圧するためにとあるマスターが放った攻撃が直撃してしまいまして、ご覧の有様というわけです」
「それは……災難でしたね」
中央大陸南西部に存在するレジェンダリアは、俺たちがおとぎ話や古のRPGなどで想像するようなファンタジックかつファンシーな世界とも言える。
〈Infinite Dendrogram〉という現実離れした現実を体験できるゲームにおいて、おとぎ話で見た存在を見てみたいというようなピュアな望みを持つマスター達が最初の所属国家に選ぶことが多く、子供のマスターも来るという。
しかしその一方で、子供心をくすぐる設定のためか、心が幼稚な子供(体は大人)であったり、集まる子供を目的とした(ある意味ピュアと言えなくもないが)HENTAIどもが襲来する、七大国家トップの特殊な犯罪者が集う魔境でもある。
そんなHENTAIどもが所かまわずトラブルを発生させる関係上、その鎮圧のためにこういった被害が出てしまう事もよく聞く話だったりするのだ。
「しかし、今は仮の補修とはいえ、あなた方なら自力で元へと戻せそうなものですが」
今はこのような有様なのだが、それでも巨木の魔力かそれとも補修した者の腕が良いのか、《建物鑑定》で見た耐久度に関してはこの外皮と蔦であっても十分ある。
それに、修理することにしたとて冒険者ギルドに自力で直す伝手が無いなどとは考えにくい。
それでも俺を呼んでくれたというのはありがたいが、正直無駄ではないかという感じだった。
「今回は単なる修理、というわけではございません」
少し首を傾ける俺の疑問に対し、下がる眼鏡のブリッジを抑えつつ、口をわずかに引き結んで彼女が説明する。
HENTAIマスターの国という風評被害により増加の一途をたどる、あらゆる迷惑をかけるHENTAIども。
更に超級職や超級エンブリオの力でもって国に反抗するマスターの同盟〈デザイア〉
こういった問題あるマスターを抱えることになってしまった事を受け、この大穴を修理するだけではなく、冒険者ギルドの外壁の強化なども追加で行って、これらマスターへの防備を固める事を決めたらしい。
それができる人材として俺が呼ばれた、とギルド職員の方はそう語った。
「それはそれは、期待してくださっているようで」
言葉の上では平静を装ったが、そうでなかったなら俺は気色の悪い笑顔で頭をこすりつけんばかりに下げて、精いっぱいの感謝の気持ちを職員の彼女に伝えていただろう。
現実では何にもなかった俺が、わざわざ指名して呼ばれるほどの存在になった。
もうそれだけでこの【改築屋】系統のジョブを極めてきた甲斐があったというもんである。
ああ、昔の俺とは本当に大違いだと、感慨にふけりながら瞼を閉じると、今までの事がいくつも浮かんできた。
◇◇
デンドロを始めた当初の俺は、この世界を舐めていた。
現実と変わらないほどのクオリティであるとはいえゲーム、とりあえずやっていれば可能性とやらが見つかるのだろう、と。
しかし、このゲームは現実だった。
戦士を選んで町の郊外へ繰り出せば、最低レベルのモンスターにあっさりやられ。
内心NPC扱いしていたティアンに戦闘を教わろうとすれば、動きを少し見せただけで
「センスがまるでなく根本的に戦う事に向いていない」
と断じられて、教えを断られ。
呆然としているうちに孵化したエンブリオは【夢想迷棺 ミノタウロス】という名前のみを持った、スキルを持たない単なる棺だった。
エンブリオはマスターの可能性であり本質だと聞く。
それで出てきたものが何も持たない棺であるのなら、俺は空っぽこそが本質で、可能性など何もないのだという現実が突きつけられたも同じ。
ただただその場に突っ立つ俺が誰かに邪魔だと跳ね飛ばされ、転がって砂にまみれる姿は実に惨めだった。
死んだ顔で転がる俺を蹴っ飛ばし、何をやっていると叱りつけたティアンのおっさんがいなければ、俺のデンドロ生活は初日にして終わっていただろう。
【棟梁】のジョブに就くそのおっさんは、死にそうな顔の俺を無理やりに仕事現場に連れて行き、事情も聴かずにその仕事の一部の手伝いを俺にやらせた。
生産系のジョブに就いてない者がやったのだから、手伝いとしては酷いもんだっただろうが、それでもそのおっさんは仕事の後に駄賃だとリルを俺に握らせると。その金で何か食って働けと不機嫌に言ってその場を去った。
後でおっさんの仕事仲間に聞いたところ、仕事のないものや死にそうな者に一度はあのおっさんがやる施しのような物らしい。
単にお金をやるより働けるなら働かせることが、その後を生きる糧になるから、という事ではないかというのがその仕事仲間の弁だった。
そんな彼を見送ったあと、俺は自分の手の中のリルを眺める。
手の中に確かにある自分の行動の証、動かしてもらったことで得たそれを強く握り締めると俺は自分の顔を強く張っ叩いて、おっさんの後を追いかけた。
動きもしないでいじけるなっさけない俺から、せめて動ける俺になりたい。
俺の本当のデンドロ生活はきっとその思いを抱くことから始まったのだと思う。
それから棟梁に土下座し、【大工】に弟子入りするもやっぱり才能は無く、それでも雇ってくれた【棟梁】のおっさんの元で建築のイロハを学びながらなんとか、ジョブを探す日々を続け、ようやくものになる【改築屋】に就いてがむしゃらに頑張る。
そんな昔が俺にはあった。
◇◇
「ええ、それで修理と改修の計画についての打ち合わせを……」
瞳を閉じて昔に浸っていた俺を、職員の声が現実へ呼び戻す。
建物の強化方針であるとか、それによるデザインの変更であるとか、そういうものを話し合って決める必要性があるからと、会議室への移動を促された。
ああでもしかし、せっかく気分がいいのだ。
「とりあえず今できる事はやっときましょう」
「え?」
案内をしようと動き始めていた職員の方を片手で制すると、俺は懐に仕舞っていた小型のアイテムボックスを取り出して大穴の隣の壁に当てると、もう片方の手を握り拳に変えて叩き込んだ。
元から強度を少々弱くしてあるそれは見る見るうちに全身をヒビで覆うと、淡い輝きと共に爆散し、それと同時に中に閉じ込めていた素材が山のように溢れ出す。
「ちょっと! 何をしてるんですか!?」
「何だ何だ?」
焦る職員さんの大声と、素材がぶちまけられる事で発されたけたたましい音に、近くにいた冒険者のマスターや他の職員のティアン達が寄ってくる。
そんなやつらはひとまず無視して、握った拳を今度は壁に当てて、私はスキルの宣言をする。
言葉と共に発動した三種のジョブスキル。
これによりぶちまけられた素材が、まるで石を水面に沈めたように波紋をともなって建物のあちらこちらに沈んでいき、素材の数だけ生まれた波紋は響き合って増幅し、やがて大きなうねりと揺れをともなって建物全体に広がって行った。
「うおおっ!? なんか揺れてねえか?」
「おい、あいつを止めろ!」
このギルドの警備員なのか、やたら大柄で屈強な亜人の男が足元や壁で発生する揺れの中、俺に近づき肩を掴むが、俺はその警備の人間に向き合うと、人指しを口に当ててにやりと笑った。
そんなに騒がなくてもいい、もうやることは終わっているという意味を込めて。
俺の笑みに呆然とする警備員と他の面々がしばらく動きを止めてから、ほぼ十秒程度で揺れは収まった。
そして俺は穴の蓋だった外皮の目の前に立ち、それを掴んで一気に引きはがす。
するとその下で穴を覆っていた筈の蔦が、その役目を終えて俺の方へと被さるように降り注いだ。
「あ、あれ?」
「ああ、お代はサービスです」
頭に絡む蔦を外しながら、職員の方にそう告げつつ、俺の仕事の結果に目を向ける。
その下にあるはずの大穴は消失しており、代わりに周囲と色合いから形状まで全く同じであり、大穴があったような継ぎ目の形跡すら存在しない壁が出現していた。
【建築家】系統派生のジョブである【改築屋】のジョブスキルであり、建物に対し建築素材を使用することで、形状を変化させるそれをEXレベルにて行使すれば、この程度の穴など簡単に元通りにできる。
しかし、俺の仕事がそれだけだと思ってもらっては困る。
「おい、この壁の耐久度こんなに高かったか?」
「いや、そんなはずは……!? おい〈耐久度上昇〉〈衝撃耐性〉〈剛性強化〉のレベル上がってないか!?」
「よく見ろ、その壁だけじゃないぞ!」
先ほど発動したうちの残り二種は使用した素材に応じて、建物の一部の機能を新たに与えたり、もともとの機能のレベルを引き上げるスキルである。
とはいえ元以上に引き上げるには、元の物よりも等級の高い素材が必要であり、明らかにサービスで使って良いものではなかったのだが、気分がいいので良しとする。
性能上昇を確認して騒がしくなる職員たちを尻目に、俺の応対をされていた職員さんの目の前へと移動する。
先のスキル行使の際に腰でも抜かしたのか、床の上に力なく座り込み、あっけにとられた表情でこちらへ視線を向けてくるこの人へ向き合うと、俺は手を差し伸べた。
「それでは今後についてのお話をしましょう」
俺【改築王】ヒューリー・バレルはそういって精一杯の笑顔を職員さんに向けた。
……その時の彼女が俺に向ける、ずれた眼鏡越しのまん丸の目が、HENTAI達を見る時と同じ目じっとりとしたものに変わっていったのがとても印象的だった。
何故だ?
ヒューリー・バレル
デンドロスタートに躓いたけど、人に立ち直らせて貰いがむしゃらに頑張ったら超級職に至ったが、結果なんかやりすぎて問題を起こすタイプになった人。
善意と気分で行動する。
【改築王】
雑に言えば壁とか建築物に向かってハガレンごっこができる超級職。
ベースとなる建築物と素材があれば家に関する大概の事が出来る。