探索者になれば夢を叶えられるって本当ですか!?   作:平民

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第一話

 じりじりとした暑さと蝉の声。低く聞こえてくる合奏の音色。時々聞こえるバットがボールを叩く甲高い音や何と言っているか聞き取れない声援。

 学校特有の喧騒が聞こえてくる教室の中では申し訳程度に扇風機が生ぬるい風を送っていた。

 

 中学生最後の夏休み。部活も引退してやることと言えば、受験に向けての今までの総復習ぐらいだ。

 そんな去年まで無かった将来への漠然とした不安、プレッシャーに頭を抱えながら一日一日を戦う最後の長期休暇。とはいえ、リア充や頭に自信のあるやつは中学生活最後の夏の思い出を友人たちと作り上げていることだろう。

 

 そんな中、俺は三者面談の為に学校へと足を運んでいた。なお、両親は忙しいため実際のところは二者面談である。

 

 悲しいことに両親のスケジュールは夏休み中――どころか、春夏秋冬季節が一年廻っても空きがないほど忙しい。休みという休みが取れるのは、親戚が半強制的に集められるお正月とお盆ぐらいというブラックスケジュールである。

 そのことを夏休み前に先生に伝えれば、何とも言えない引きつった苦笑いのようなものが返ってきた。それが両親の少しの時間も割くことの出来ない仕事の忙しさへなのか、それとも教師としての立場からの何とも言えない感情なのかは分からないが、前者であることを祈ろう。

 

 それよりも今大事なのは目の前のことだ。机の上に広げられているのは、自分の第一志望の高校と滑り止めである高校のパンフレット。どちらの高校も今の時代では倍率はそれなりに高くなっているが、学力的にも合格する確率は高いはず。

 なぜここを選んだのか、自分なりに考えたことを話すが先生の顔はやや渋めだ。

 

「確かにお前なら合格は出来るだろう。この高校は他と比べて目立った実績もなければ経歴も少ない。それにやや特殊だし、人からの受験生も少ないだろう。いや、珍しいから逆に増えるのか? まあ、それを入れても……だがなぁ……」

 

 目の前の担任の先生がぽりぽりと頬をかく。

 

「ここ数日、他の生徒とも三者面談をしてきたが、大半……いや、将来的なことを考えるとほぼ全員だな。お前と同じようにダンジョンに潜るため、探索者になりたいと言ってきたよ」

 

 ダンジョン、それは突如としてこの地球の上に現れた。

 始まりは1999年の7月、極地、南極。極点と呼ばれる場所の近くに地下へと向かう洞窟と階段が何の前触れもなく出現したのだ。

 当時はノストラダムスの予言やら2000年問題、それ以外にも大小問わず多くのオカルトが世間を風靡していた時代。それはもう、連日連夜ニュースや新聞といったメディアや雑誌で取り沙汰され、世界の終わりだとか騒がれていたらしい。

 

 そんな中、国連は事態の収拾を図るために、突如として出現した洞窟を調査することを決意。全世界から選りすぐりの科学者や軍人といった兵士を集め、調査隊を作り上げ派遣したのだ。

 

 全世界の期待を背負った調査隊が奇妙な洞窟の中で目にしたのは、南極の地下とは思えない石造りのレンガで出来上がった内部。そして、フィクションの世界でしか見ることの出来ない異形の存在。その中の敵対的な個体を倒した時に現れた未知のエネルギーを持った物質。

 それ以外にもレアメタルやら見たことのない金属や鉱物や、宝箱に入っている不思議な道具など今までの歴史を塗り替えるような新たな発見の連続だった。

 

 慎重に慎重を重ねた調査を続けて一週間。一層目とあまり変わらない階層を二度降りた先にあったのは、淡い光が満ちた神秘的な雰囲気の大広間。中心にはこれ見よがしにモノリスが鎮座していたという。

 それに調査隊の隊長であるアメリカ出身の軍人が導かれるように触れると、洞窟全体が震えだし崩壊を始めたらしい。調査隊は急いで荷物をまとめ、洞窟の外へ向かい全員が洞窟から出ると、地下へと向かう入り口は跡形もなく消え去った。ちなみにモノリスはいつの間にか洞窟の外に出ており、今では跡地の上に何事もなかったかのように立っている。

 その数日後、アメリカの首都に似たような洞窟が出現。軍隊が半年ほど時間をかけて最下層を踏破すると、全世界に次々と現れ始めたのだ。

 

 その突如として世界中に現れた、迷宮(ダンジョン)と呼ばれるこの世とは思えない異空間に乗り込み調査する人たちのことを探索者と呼び、日本にダンジョンが出現してからは『将来なりたい職業ランキング』八年間もの間、堂々の一位を地位を樹立し続けている人気と憧れの職業だ。

 

「いいか、只野。これはみんなにも言ってる事なんだが、お前がもしも邪な……例えば、異性にモテたいだとか、金持ちになりたいとかそういった気持ちでなりたいと思ってるのならばやめておけ」

 

 先生の目つきが鋭く自分の心の奥底を射抜く。 

 

「俺はそれで挫折してきた生徒を何人も見てきて来た」

「確かにテレビや雑誌で取り出される探索者はどれもみんな憧れの存在だろう」

「だがそういった存在になれるのは一握りしかいないんだ」

 

 そういって先生は懐からメタリックなカードを取り出し、ひらひらと見せつける。

 それはダンジョンに潜り、自力で初めてモンスターを倒すとドロップすると言われているダンジョンカードだった。

 

「そもそもお前誕生日三月だろう。それだけでも圧倒的なハンデだ」

 

 なんでか分かるか?

 そう先生が目で訴えてくる。

 

 ダンジョンに潜れるのは十五からだからですね、と答えると先生は静かにうなずく。

 

 今ではダンジョンがどこに現れるのか、どれぐらいの規模なのか。というのは、簡単に察知できるようになっている。出現する直前に小さな局所的な地震が起こるのだ。その揺れの強さ――迷宮震度と呼ばれるものをキャッチして、迷宮の階層がどれくらいなのか判別しているらしい。

 

 ただ、日本にダンジョンが出現してからの一年位は、そこまで詳しいことは分かっていなかった。第一、日本は地震大国で「なんとなく揺れてるな」ぐらいでは動じない。そのせいか、ある日突然人のいない公園や裏山などの場所に出来ても気づかないことも多々あったらしい。

 

 いつどこに現れるか分からないダンジョンの神出鬼没さは、当時の警察や自衛隊、その他多くのお偉いさん方の頭を悩ませた。一応、発見した場合は通報し、関係者が来るのを待つ、ということになっていたが、遊び半分で侵入する者が後を絶たなかった。

 

 その中でも多かったのが子供たちだ。

 

 ゲームみたいなものが現実に現れたのだ。好奇心旺盛な子供に興味を持つな、というほうが難しいだろう。それに加え、ゲームでは馴染み深い雑魚モンスターが低層で現れるという情報が国外から流れていたのも犠牲者を増やすのに拍車をかけた。

 

 そこで政府はダンジョン法なるものを大急ぎで成立し、公布させた。

 その中の一つが年齢制限であり、大雑把に言えば「例外はあるが十五歳から認める」といった内容なのだ。

 

「それだけで厳しいんだ。そもそもダンジョンカードはどうする? それが無ければいくら合格しても取り消される可能性もあるんだぞ」

「確かにこの学校は卒業まで待って貰えるとは書いてあるが……」

 

 探索者向けの学科がある高校は、受験までにダンジョンカードの取得が条件となっていることが多い。数多くの実績を持つ所となると、それに加えてランク制限なんてものが掛けられている学科もあるらしい。そういった場所はプロを目指しているし、休み返上でガチガチに訓練するのだとか。

 しかし、そこまで求めていない自分はトッププロを目指すのは難しいが、セミプロ……とまではいかなくても、それに近い所までは目指すことが出来る可能性のところを選んだはずだ。

 

「こう言っちゃあ悪いんだろうが、探索者を生涯続けるのを目指すのは向いていない」

「自分は大丈夫だから。そう言った奴らがどうなったか分かるか?」

「大抵の奴らが、なあなあのいい加減なお遊びグループで、アマチュアにもなることができずに、三年間を終える」 

 

「最初の一年はやる気がある。まあ、当たり前のことか」

「だが、二年目三年目と過ごしていく内に心が折れる。目に見えた成果が出なくてな」

 

「なんでか分かるか?」

 

「単純にパーティーを組んでもらえないんだよ。早生まれってのはな」

 

「だってそうだろう? 早い奴は今もこの夏休み中に迷宮にガンガン潜ってるんだ」

「そして何度も潜るうちに自然とメンバーは固定されていく」

「それに迷宮攻略の経験の差が顕著になる」

 

「迷宮攻略の初心者と経験者。どちらを取るなんて分かりきったことだろう?」

 

「そうやって弾かれたものはソロで潜るか、あるいは同じ境遇のやつらでパーティーを組むしかない」

「その先に待ってるのは泥沼だよ」

「先駆者である同級生への焦り。自分と変わらない経歴の下級生への嫉妬。そのせいで失敗を繰り返し、深く潜ることを恐れる。パーティーの不和や陰湿な雰囲気もあるな」

「結果、腐る探索者の出来上がりだ」

 

「だから考え直してみないか?」

 

 矢継ぎ早に語られる真剣な言葉に思わず口をつぐむ。

 

 確かに先生の言う通りではあるのだろう。初心者と経験者、どちらがいいかなんて一目瞭然だ。

 自分が選ぶ立場だったとしても確かに、ダンジョンの内部は何が起こるか分からず命がけなのだから、初心者なんて取る理由がない。そして、その選ばれない初心者とは自分のことなのだ。

 

「個人的に言うのならば、生徒が将来に向かって頑張ろうとしているんだから応援はしたい」

「お前の将来を考えて先生という立場からは……やめておけと言うしかない」

 

 先生がため息をつく。それは今まで自分と同じような生徒を数多く見てきたからだろうか。

 

「ダンジョンに潜りたいだけなら、放課後にでも行けばいい」

「ダンジョンサークルなんて今の世の中腐るほどある。そこから自分に合ったものを選べばいい」

「そういった場所や集まりならば、ルーキーでパーティーを組んでもベテランが一人か二人は必ずつく」

 

 自分らのサークルで死人が出ると醜聞が広まるからな、と笑いながら先生は言う。

 

「そうして少しづつ自信を付けて、スキルを手に入れて、一歩一歩進んで強くなればいい」

「先生としては華々しい学生生活を暗いものにして欲しくないんだ」

 

 じっ、とこちらの覚悟を試すかのように睨まれる。

 

「それでも自分は……」

 

 その視線から逃れようと、思わず先生から目を逸らす。それだけ力強いものだったのだ。

 

 確かに、そういった手段もあるのだろう。

 少しづつ、石橋を叩いて渡るように、一歩一歩進んでいく道が。

 

 だけど――

 

 

 それでも、自分はダンジョンに潜って女の子にモテて、金持ちになって、俺tueeがしたい!

 

 

 無理だとわかっていても、アニメや漫画、ラノベのような展開が無かったとしても、自分はその夢を諦められないのだ!

 

「まあ、お前のことはそれほど心配していないがな」

 

 その言葉に逸らした目を戻せばニヤリと笑っていた。

 

「他の奴らだと理想が高すぎて合格どころか、受験資格自体怪しいのが大半だったからな」

 

 身の丈に合ったのを選んでいるのは良いことだ。と、うんうん頷きながら先生が頷く。

 

 詳しく聞いてみると、これまでに面談を受けたクラスメイト達はまだダンジョンに潜った事がないにも関わらずにランク制限のある高校を選んだり、有名な学生探索者が在校や入学してくるからと深く考えずにプロ向けの学校を選んだりしているらしい。

 

 確かにそれらを比較対象とするのであれば、自分の目標も何ら変わりない俗っぽいものではあるがまだマシな部類に入るのだろう。それが正しい選択なのかは一度横に置いておく必要があるのだが。

 

「ただ、親御さんとはきちんと話しておけよ」

 

 それならば母方の実家の屋敷に帰省した時にすでにしてある。

 その時の両親の反応は悪くないものだった。何故か祖父母まで参加していたが祖父は腕を組んだまま何も言わなかったし、祖母に関してはずっと口元を扇で隠していてよく分からなかった。最終的には誰もが応援していると背中を押されたので問題はないと思いたい。

 

「お、おう。それならいいんだ」

 

 食い気味に返答したからか若干先生は引き気味だ。

 

「成績も授業態度も悪くないし特にこっちから言う事もないし、これで終わりだな。何か聞きたいこととかあるか?」

 

 特に聞きたい事は無いと伝えると三者面談というよりも進路指導に近い話し合いが終わる。

 

 机に広げられたパンフレットをまとめ、お礼の言葉を伝えてから席を立つと「気を付けて帰れよ」なんてひらひらと手を振りながら返事が返ってきた。

 

 静かに教室を出ると次の三者面談のクラスメイトとその母親が廊下に用意されていた椅子に座っていた。

 なんとなく気まずさを覚え、軽く会釈をしてから前を通り過ぎ、昇降口へと足を運ぶ。

 

 帰ったら何を食べようかな、と考えながら靴を履き替えようとすると呻くような声が聞こえてきた。

 

 周囲を見渡すが誰もいないし、気配もない。ぞくりとした感覚に背筋が凍る。

 

『うぅ……だれか、だれかおらぬのか?』

 

 誰かいないのか、と問われているのであれば、ここに居るには居るのだが、声の主の姿が見当たらない。一体、何処からこの声は聞こえてきているのだろうか。

 

『だれか、だれか我の声が聞こえぬか』

 

 再び声が聞こえてくる。

 聞こえてますよ、と恐怖のあまり返事をしようとすれば口から出てくるのは空気の音だけだった。

 こんな心霊体験の状況に陥っているからか体が硬直して思うように動けない。手に靴を持ったまま硬直している姿は傍から見たら滑稽に映ることだろう。

 

『嫌じゃぁ。見知らぬ地で、それも独りぼっちで死ぬのは嫌じゃぁ』

 

 すすり泣きに混ざって聞こえてきた情けない声に思わず体が脱力する。手から靴が滑り落ちた音が耳に届けば、先程までの硬直が嘘のように解けていた。

 

『む、おぬし。聞こえてるのか? 我の声、聞こえているじゃろ!』

 

 どうやら自分を現実に引き戻した音は、姿かたちが見えない声の主の耳にも届いたようで。先程よりもひときわ大きい声がその必死さと喜びを物語っていた。

 先程聞こえてきた言葉を信じるのであれば、孤独に死にそうになっているのだ。死の間際に声を荒げて助けを乞うのは当然のことであり、どんな存在でも変わらない現実なのだろう。

 

 声の主が何者かは分からないが助けを求める声が聞こえた以上、聞かなかったことにして立ち去るという選択肢は消え去ってしまった。ここで無視して帰ると非常に寝覚めが悪くなる。数分前であれば恐怖と気味悪さでこの場を急いで離れていたというのに。

 

 今一度、周囲をぐるりと見渡す。しかし視界に映るものは先程と変わらない。相手から呼び掛けられたのだから、こちらの姿は見えているはずなのに。

 

『どこを見ておる! ここじゃ、ここ! 見えぬか? ここじゃよ!』

 

 足元を見る。そこにそれはいた。

 

『見たじゃろ? ばっちりこっち見たじゃろ!』

 

 こちらを見上げる金色の瞳。

 すらりとした白い体に小さい手足。

 体の倍以上あるように見える長い尻尾。

 

 どこからどうみてもトカゲ……いや、カナヘビ?

 白い爬虫類が眼を爛々と輝かせながらこちらを見上げていた。

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