失脚貴族は日記を綴る   作:寝起きのねこ

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第1話

<ところどころ紙がにじみ、震えた文字で書かれている>

 あぁ、かくも文字とは人の尊厳を取り戻してくれるのか。私は地龍エルデの系譜、竜人(ドラゴニュート)のシュバルツ。ロスファン王国の元貴族シャラホット・ヴァイザー伯爵の子息だ。現在は失脚し、身を隠している。

 私の父は貴族というより学者のレーベン(命ある者の意)だった。そのため、貴族という側面よりも国が雇っている魔術学者、あるいは生物学者としての活躍が大きかった。それでも父は貴族だ、今の王家派閥が力を持つのは学術面で父が大きく貢献していたからに他ならない。それを危惧した他派閥が父を失脚させたのだ。原因は「禁忌魔術の研究」。それを聞いて私は唖然としたものだ。私の父に限ってそんなことはないと。父に下された審判は死罪であった。父の死に目を見ることもかなわず、私はこうしておめおめと書をつづっているのだ。

 父について記述しよう。先ほども書いたが父の名はシャラホロット・ヴァイザー。元々は砂漠で研究を行っていた生粋の学者だ。貴族になったのは王国の政策で召し抱えられたのが原因らしい。研究分野は自然魔術と生物。世間では生物の持つ自然魔術についての研究の第一人者として知られているだろう。生憎と私はそこまで世間での父の評価に興味はないためそれ以上の事を知らない。だが、研究内容については私も興味があったため何度か教わったことがある。話を戻そう。父は竜人だ。その中でも知龍エルデの血を引くといわれる。父の部族は砂漠で暮らす民族であると教わった。私は生まれて以来、王都で暮らしてきたため父の部族と会ったことはない。

 母についても記述しよう。母の名はキアシュバウム・ヴァイザー。貴族の間ではヴァイザー夫人と呼ばれている。こちらはトールマンだ。生粋の貴族で母の家系は元をたどると今の王家にもぶつかるそうだ。父とは政略結婚。派閥を強化できると踏んだ母の家の派閥の意向らしい。私の乳母によれば最初こそ嫌がっていたそうだが、研究に没頭する父の姿を見ているうちに恋愛感情が生まれたとかなんとか。いつの間にか貴族界きってのおしどり夫婦と呼ばれるようになっているのを見ると息子ながらこれ以上似合いの夫婦はおるまいと思ってしまう。穏やかで物静か、そして礼節を身に着けた女性だった。

 その日、父はいつもと変わらぬ様子だった。朝、父は母と私の三人で食事をとる。会話の内容は他愛もないものだった。今日の実験で仮説が実証されそうだとか、母に向かって何か不自由していることはないかとか、本当にたわいもないことばかりだ。そして、朝食を終えて午前の茶の時間、憲兵が私たちの家に押し入った。私はその時、家庭教師に弦楽器を学んでいるところだった。何事かと家中の者が顔を出す中、憲兵隊長が令状を読み上げた。曰く、「当主シャラホロット・ヴァイザーの禁断の魔術の研究によりヴァイザー家は取り潰し、また反逆罪において死刑に処す」と。父は実におとなしく身柄を拘束された。母は泣いていた。鑑定魔法で危険物の所持を確認されているとき、父は竜人語で『すいません、父さん』とつぶやいたのを私は聞いた。父は引っ立てられていた。母は涙を流しながらそれについていった。私はしばらくの間謹慎、追って命令が下るらしい。捕らえられたとき父は私に『私の研究はすべて破棄しろ』と言った。その言葉に従い、メイドすらいなくなった家で私は父の書斎に向かった。

 父の研究は多岐にわたる。ゴブリンのような小型モンスターからエルフまで魔法を用いる生き物ほぼすべてを父は研究していた。今、私が習得している魔法も、父の論文をもとに手に入れたものが多い。一枚一枚、読みながら私は父の研究を燃やしていった。父の論文に火を付けながら私は涙が止まらなかった。なぜかくも素晴らしき学者が貴族の派閥争いごときで死ななくてはならないのか。知識人の死は世界に対する冒涜だ。そんな考えが頭の中をずっと回っていた。また、父の研究がいかに素晴らしいことなのかを改めて理解したことによる感動もあった。そして、そんな素晴らしい学者が死んでしまう事の悲しみが私の中に染み渡っていった。そして「禁断の魔術」など、研究論文の中にはなかった。そして論文の最後の一枚を読み終えたとき、私の審判を告げに憲兵が私の家に来た。

 はっきりと感覚が手に残っている。私は、初めて人を殺したのだ。憲兵が私のいる部屋の扉を破った時、私はちょうど最後の一枚を燃やし終えたところだった。残っていたのは空になった木製の棚。そして私は異常な高揚感に包まれていた。一酸化炭素中毒か、あるいは燃やすことでその魔法を体得する魔法の副産物だったのかもしれない。憲兵の一人を指さした。指をさされた憲兵はきょとんとしていたがやがて驚愕の表情を見せ、石と化した。『コカトリスの瞳』、禁忌と名付けるのも頷ける。当たり前のようにレーベンを奪う魔法を使う生き物たちの魔法を父は研究し、解明し、それを再現できるようにしてしまったのだから。そしてその父の研究の成果はすべて私の身に入っている。私は持っていたライターを落とした。家に炎が広がった。『サラマンダーの皮膚』が私の身を守っていた。憲兵たちは阿鼻叫喚の最中にいた。私はその間を通って家の外に出た。焦げ臭いにおいが鼻をつき、それが自分の肌から発せられるものと自覚するのに多少時間がかかった。そして私はその場から逃げ出した。

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