失脚貴族は日記を綴る   作:寝起きのねこ

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第3話

 昨日の日記が終わり際とはいえ途中で途切れている。これにも理由があったことを弁明させてもらおう。ちょうど日誌を書いていた時間も日付が変わろうかという時間だったのだ。昨夜の事を今日の事として書いてしまっても大した問題はあるまい。

 端的に言うと私に辛酸をなめさせた女性が突然話しかけてきたのだ。町に着いた私は金銭の節約のために宿を取らずに路地裏で眠っていた。私が宿を取ってこの日誌を書いていれば彼女と鉢合わせることはなかっただろう。話しかけてきたのはヤヨイという遊女だ。どうやら自由な身となり、世界を旅するための足掛かりにこのヘンドラースタットを訪れたそうだ。私に話しかけた理由としては「初心なドラゴニュートだったから印象に残っていた」との事。話しかける理由になっていない気がするが彼女の中ではそれで完結しているようだった。それと、遊郭で会った時とはずいぶん雰囲気が変わったことに驚いたからだとも言っていた。彼女曰く「以前とは違う意味で話しかけづらくなった」と。意味は理解しかねたが逃亡生活の中で少しずつ私の中の何かが変わっているのかもしれない。特段やることもなかったので私たちは互いの身の上の話をすることにした。紅茶の銘柄の話をしても彼女はポカンとした顔をしていて貴族時代の世話話では通用しないことに気が付いたからだ。

 ヤヨイの生い立ちは壮絶なものだった。極東生まれの彼女は口減らしのために娼婦として売り飛ばされたらしい。それから珍しい顔立ちに惹かれた物好きがどんどんと値段を釣り上げて西へ西へと流していくうちに私が入った遊郭に落ち着いたとか。芸は旅路の中でとある遊女に気に入られて仕込まれたのだと教えてもらった。彼女は自身の身を守るために芸を武器として身に着けたのだと言って話を締めくくった。たわごとだと一笑に付すことはできなかった。現に彼女は私の目の前にいて作り話とは思えないほど真剣に語ってくれたのだから。下手な世辞を入れることも同情することも許されない気がした。だから私は考えついたままに言った。君の人生、これからどうするつもりなのかと。彼女は少し考え込むようなそぶりを見せて、芸でお金を稼ぎながら故郷に戻ってそれからどこか遠くに行きたいと言った。金は自由を買った際にほとんどなくなってしまったらしい。笑いながら彼女は私に謝罪した。私が払ったとはいえ、彼女が稼ぎ取った金銭なのだからそれに口出しする権利は私にはない。そう言ったら「でも思うところがない訳じゃないでしょ?」とズバリ痛いところを突かれてしまった。弁解をしようとしたら接吻で口をふさがれて押し倒されてしまい、その後はなし崩し的にというのか再び体を重ねることになった。どこか心安らぐような温かい夜だった。

 結局目が覚めたのは路地裏にも日光がさすような時間だった。すでに彼女の姿はなかった。汗と精液のまとわりつく体を川で適当に洗い落とした後、市場で売っていたパンを買ってもさもさと胃袋に流し込み、市場をふらふらとしていた。一か所に留まることが危険であることは理解していたがぼんやりとしていたい気分だった。もちろん何も考えていなかったわけではない。彼女の会話から人間社会で生きていくために必要な武器を持つ必要があると。『芸は身を助ける』ということわざ通りに、身を助けるための芸を習得することが必要だ。私の特徴からある程度の目星はついている。冒険者、商人、それからあまり気は乗らないがその場限りの依頼を請け負う請負人の3つだ。

 冒険者、国家に帰属しない「冒険者ギルド」のメンバーとして活動する請負人の事をさす職業だ。といっても元貴族の私からすればその実態は各国が資金に物を言わせて何とか実権を手に入れようと躍起になる巨大な市場にして直接的な外交政治の会場だ。それも敵対的な空気の漂う。足が付きやすいことは言うまでもないし、何より実力主義を取り入れた冒険者ギルドで昇格していけばいずれはどこかの国に囲われることは目に見えている。何より最初の方で得られる報酬があまりにも少ない。報酬をある程度上げるまで滞在していては足もつくので却下だ。

 次に商人、具体的には行商人だ。取引で利益を出す仕事全般をさす。悪くない案だが、いくつか問題もある。まず莫大な元手が必要だ。商品はもちろん荷馬車に馬、護衛を雇う金額も必要だ。それらすべてを計算して元手を取る以上の利益を出さなくてはならない。振り返って今の私は常にかつかつだ。ある程度の元手が無くては話にならない以上現実的な話とはいいがたい。これも現時点では却下だ。

 最後に請負人、という名目の何でも屋。実際これは悪い考えではない。旅をしなければならない身分であるし、父の研究から手に入れた能力というのか魔法というのか、それを人目にさらす可能性を低くしてかつ金銭を稼げるのだから。ただし、そう都合よく私の能力を必要とするレーベンが旅先で現れるのかが問題だ。副業にするのなら問題ではないだろうがこれを本業にするのは難しい。

 とまあ、いろいろと話題をこねくり回してみたが私の中で答えは決まっていた。要は移動しながら稼げればそれでよい。王都から私が「船員」として脱出したように。そしてここヘンドラースタットは王国最大の港町だ。船はいくらでもある。あまり褒められた手段ではないが乗員として船に乗り込み、別の国へ亡命する。向こうでは身分の証明を求められるだろうが、そこをどうやってごまかすのかが最大の難所ともいえるだろう。商人ほどでもないが、私も貴族をやっていた身だ。うまく話を持っていけるとよいのだが。




気が付いたらなんだかたくさん評価いただいているようでありがたい限りです
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