失脚貴族は日記を綴る   作:寝起きのねこ

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第4話

 ヘンドラースタットに逃げてきてしばらくたった。こうして日記を書いているのは資金のめどが立ち、ふと日記の事を思い出したからに他ならない。活気のある町はレーベンも物も流れが速い。そうなると情報もそこそこの速さで回ってくるものだ。何が言いたいかというとこの町にも情報が流れてきた。居心地の良い町だったが逃げなければいけない時間が来たようだ。

 この町で楽器を譲り受けた。家にはどこにでもあった楽器だったが、外の町では渡りの詩人ぐらいしか持っておらず、いかに恵まれた環境で育てられたのかを実感する体験だった。楽器を譲ってくれた老人は元は詩人として歩いて回っていたようだったが、声に限界が来たという理由で私に楽器を譲ってくれた。私とその老人が話し合っていると、足元に小さな子供が駆け寄ってきた。老人の孫だと言っていた。彼が楽器を手放したのはきっと声だけが原因ではない。彼の表情がすべてを語っていた。偶然にも楽器を手に入れた私は久々に触れたものに興奮して街中でしばらく楽器をつま弾いていた。さすがに本職ほどの演奏を弾くことはできないが伊達に貴族社会で生きてはいない。気が付けば私の周りには大勢の聴衆がいて私に拍手を送ってくれた。

 思いがけない収入に頬をほころばせ、半月ほどそうやって金を稼いでいたが、いよいよそうもいっていられない事態になって来た。貴族街を襲撃した竜人が王国内に潜伏しているという噂が聞かれるようになったのだ。判明しているのは種族だけだが、往々にしてそう言った情報というのは偏見の目を浴びやすくなる。通りを行く人々の目がいやに冷たくなっていくのを私は肌で感じていた。そして、とうとう町のはずれで竜人がなにやら私刑にあったという話が流れてきた。この王国で竜人という存在は決して少ない訳ではないが、それでもトールマンが国の大半を占めている。彼らは団結力が強く、よそ者を排斥しやすい傾向にある。同じトールマンの中でも肌の色だけで排斥し合うのだ。見た目が大きくことなる彼らの「亜人」に対する排斥は私の想定をはるかに超えるスピードで始まっているようだった。

 憲兵以外の身の危険を感じた私は早々に避難することにした。最終目的は国内から脱出することだったが、それ以上に冷たい視線を投げかけてくるこの町にもうあまり長く居たくなくなってしまったのもある。彼らの目が冷たくなってしまってからは楽器を鳴らしても足を止めてくれる人は少なくなってしまった。必然的に私の収入も大きく減ることになってしまった。さすがにこれ以上目立つことをすれば私がしょっ引かれてもおかしくはない状況だったため、細々と運河の荷物降ろしをしながらどうにかこの年から脱出できないかと、来る船に片端から声をかけていた日々だった。

 そして今日、何とか話を取り付けることができた。迫害はもはや陰湿なものではなくなり、我々「亜人」は平然とトールマンに弾圧されるようになってしまった。トールマンの子供たちが無邪気に笑いながら狼人を蹴り飛ばしているのを見てしまった。大人はそれを止めるでもなく黙ってみているのだ。そしてトールマンの客が来れば「いらっしゃい!」と元気に挨拶を交わす。この町はもはや他種族に寛容な交易都市ではなくなってしまった。貴族社会でもそう言ったことがなかったかと言われれば無い訳ではない。私も竜人とはいえ、トールマンとのハーフだ。それを裏でコソコソと小ばかにしている連中がいることは知っていた。だが、ここまで表立ったものは貴族社会にはありえなかった。これが「差別」と呼ばれるものなのだろうか。

 その昔、トールマンは自身以外の種族を「亜人」とまとめて差別していた。それから時が流れ言語学者たちは「亜人とは己が種族から見た血縁のない種族の事である」と主張し、今に至っている。つまり私から見た「亜人」とはトールマンと竜人以外の種族の事を指す。「亜人」はそれぞれの種族によって違うことが当然であり、そこに侮蔑的要素はないはずだった。まるで時代が逆行しているようだ。今やこの町のトールマンたちは平然と「亜人」を差別的意味を持たせ使っている。彼らの言う「亜人」種がそれを聞くたびどんな気持ちになっているのかを考えるもせずに。私の所感を記しておこう。まるで氷のナイフを心臓に突き立てられているような気分だった。

 この町に交易に来ている人々も違和感を覚え始めているらしい。南の大陸に住むあるレーベンは「こちらを見る目が明らかに敵対的になった」と言っていた。東の方からやって来たレーベンも「まるで戦争の前の空気のようだ」と心配をあらわにしている。私を連れて行ってくれる船長も例外ではなかった。彼は鼠人、いわゆるラットマンと呼ばれる種族なのだが、トールマンの目が日に日に険しくなっている事にため息をついていた。

「やれトールマンだ竜人だしょうもねぇ、海の上じゃどの種族も等しく高波にさらわれるっていうのによ」

 竹を割ったような豪快な性格の彼はそう言って荒れた毛並みを整えていた。間接的とはいえ、この差別の原因を作ってしまった私はそれを聞いて少し安心したものだった。始まりの竜人の私刑を聞いてから私は罪悪感でいっぱいだった。もし私が逃げるようなことをしなければ、その竜人が殺されることはなかったのではないだろうか。もし逃げなければ、狼人の彼がボールのように蹴られることはなかったのではないだろうか。もし私が逃げなければ、そもそも差別は生まれなかったのではないか。「もし」がずっと頭の中に駆け回っていた。




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