フラフラと高波にさらわれながら楽器を弾く日々が続いた。どうやら船の上は娯楽が少ないらしく、船の上の仕事がない時に甲板に上がると船員たちから頻繁に楽器を弾くようにお願いされる。その度にすっかりタコが出来てしまった指に弦を走らせて船員たちに音楽を聞かせるのが日課になってしまった。元々、人と関わることが好きなレーベンではなかったが、誰かに信頼されて、頼りにされるというのは存外心地良い。
そんな日々を海の上で過ごしていた時、事件が起こった。いち早く気が付いたのはラットマンの船長だった。私が甲板に出て楽器を弾いている時、セイレーンの歌声が聞こえてきたのだった。セイレーンは歌で船を迷わせ、船員を捕食する魔物だ。食人文化を持つレーベンである、と主張する声もあるようだがコンタクトを取れない以上彼らをレーベンであると結論付けることはできていない。耳をふさげ、と船長が怒鳴った。だが、私はその声に反して楽器を弾き続けた。その時の私はセイレーンの歌声の意味が違う言語として完璧に理解していた。以下の文章は私が簡単に意訳したセイレーンの「歌」である。
旅人よ、迷わば迷え。我らはそれを糧とせん。真の航路は果てである。我らの声が聞こえるのならば選ぶがよい。ここで贄となるか、正しい方向へ舵を切るのか。
私はこの歌を聞いて弦を弾き、彼らとコンタクトを取ろうと試みた。歌を介して彼らと話し合いの余地が取れないかと探ったのである。なぜ我々を喰わんとするのか、ここにある酒や、食料ではなく、我々を喰おうとするのか。それを聞いたセイレーンたちはピタッと歌を止めた。そして赤い目を光らせると烏のような耳障りな笑い声を立て、岩場から飛び去ってしまった。かくして私たちは難所を乗り越えた。
これが果たして怪物であろうか。私の見解をここで述べさせて頂くと、彼らはレーベンと、魔物の中間に位置する「レーベンハルプ」である。あるいは、レーベンと上位存在を繋ぐ「レーベンハルプ」ではないかと考えられる。彼らの歌には嘘がなく、我々レーベンを試すものとして扱っているからだ。それはまるで伝承に出てくる天使のようではないだろうか。では、彼らは我々に何を目指させようとしているのだろうか。それを分析するのは一介の没落貴族の仕事ではない。学者がすべきだ。
それからもう一つ、船員たちが魅了されたり耳をふさぐ中、私だけが異常をきたさなかったことも特筆に値する。一時的とはいえ、私はセイレーンの言葉を理解し、コンタクトを取ろうと試みたのである。それは私の父の研究のおかげだろうか。もしも父の論文に何か細工が施してあり、燃やすことで私が怪物の性質を取り込んだのだとしたら、私が宮殿から逃走する際に衛兵を石に変えたことや、燃え上がる屋敷を無傷で突破したことも説明が付く。だが、そんな魔法が果たして存在するのだろうか。存在するとして、なぜ父は自らの論文に細工を入れたのだろうか。疑問の尽きない日々だ。
またまたお久しぶりです