東方人忌録   作:阿桃

6 / 12


わりと長くなってしまっただろうか……
輝夜が可愛く見えてくれたら幸せです。


僕と夜中と理性と危機

 

 

 

 

 夢の話だ。夢だと思う。

 

 ポッカリと拓けた川辺に、彼らがいた。ニヤニヤといつものように、意地汚そうな笑みを浮かべて、僕のことをキャンプファイアーのように囲み、雑巾のように蹂躙する。

 

 サンドバッグのように殴って。

 

 サッカーボールのように蹴り飛ばし。

 

 相撲のように張り倒した。

 

 それだけのことが、延々と現実のように繰り返されていく。

 

 ああーー“これならいい。これならよかった”。

 

 これだけの毎日なら良かった。彼らが生きているという現実が、いつまでも続くならそれで良かった。

 

 “僕が殺した五人が、こうやって僕をいじめ続けてくれるなら、それはつまり間違いなく夢だから”。

 

 だから夢は、いつもの通りに形を変える。現実に向かって変化していく。

 

 千差万別、妖怪変化のように、様々なバリエーションを持ちながら、ただの1つに終息する。

 

 やがて一人が猫を連れてくる。ああ、あの猫だ。僕になついてくれていた、大好きな友達だ。彼らはその猫を目の前でなぶり、いたぶり、そして川に沈めた。

 

 夢だから、殴られたことは痛くない。だけど、これは、いつもいつもこれは、いつだって、何度見ても何回目の当たりにしてもーー何よりも痛く辛い。

 

 僕が覚えているのはここまでだ。この先は全て現実と同じ。

 

 目の前が真っ白になったと思ったら、気が付けば死体が五つ生産されていただけだ。

 

 わけがわからなかったけど、僕がやったことだけはわかった。

 

 やっぱり夢じゃなくて、昔の話だった。

 

 

 

 

「……いやな夢を見たな……」

 

 

 

 全日本の人間が忘れた事件を、思い出してしまった。

 

 ここしばらくはあんな夢は見なかったのに……。

 

 

 

「あら、お目覚めかしら」

 

 

 女の声がしたので振り向くと輝夜がいた。眠気のせいで意識が朦朧としていて全く気が付かなかったけれど、どうやら僕は布団に寝かせられていたらしい。

 

 ならば輝夜が看病、というか様子見をしていたのだろうか?

 

「そんなわけないじゃない。死んだら後味が悪いから、なんとなく見に来たら調度目を覚ましたのよ」

 

 

 腫れぼったい目をした輝夜が言う。彼女がそう言うならそういうことにしておくけれど、なんというか素直じゃないな……。

 

 いやそりゃ、いきなり謎エネルギーレーザービームを叩き込んで意識が戻らなかったら、罪悪感の一つも生まれるだろうし、彼女の性格からしてそれを認めようとしないのは当たり前のことだと言える。

 

 バカな疑問だなあ、僕。

 

 

「そっか。じゃあ輝夜、今何時くらい?」

 

「丑三時よ」

 

「なるほど、午前六時くらいか」

 

「午前二時くらいよ、なんで知ったかしたのよ」

 

「わかってるならなんで最初から12時間制で答えてくれないんだよ」

 

「……ふふ」

 

「……変なやつだなお前…… 」

 

 

 

 

 とはいえ、僕の口元も緩みそうになっていたのもまた事実で。

 

 普通に楽しい。

 

 

 現在時刻は二時、とのことだが、確かに辺りは真っ暗なようだ。元の世界と違って、ここには辺りを照らす灯りが少ないからか、月明かりが非常に明るく感じる。行灯の火が、夜風に揺れる。

 

 元の世界では、現在6月だったはずだ。しかし、にも関わらずここはとても涼しくて暮らしやすい気候であるようだ。

 

 日本を暮らしにくいと言うのは我が儘だと思うけど、それほどまでに、少なくとも気候は楽園のようだった。

 

 

 

「それで、貴方が寝てる間に決めたのだけど、あなたはここ、永遠亭にしばらく置いておくことになったわ」

 

「なぜそれを僕が寝てる間に決めてしまったんだ……」

 

 

 

 僕の意志は?

 

 

 

「永琳がね。八雲紫の罠だとしても、手元に置いておくのが一番扱いやすいって」

 

「誰かは知らないけど僕の扱いが杜撰(ずさん)だ!?」

 

 

 

 知らない人からそんなテキトーな扱いをされるのは心外だ。

 

 僕は第一印象はかなり高評価を貰うことに定評があると言うのに。……ごめん嘘だ。

 

 僕の布団の横に座っていた輝夜が、その長い黒髪の先を、指でクルクルと弄りながら、言葉を紡ぐ。

 

 

 

「永琳は何を考えているのかしらねえ……」

 

「わからないんだ……」

 

「わからないわ。だから永琳ってね、スゴく怖いの。……差し引いても怖いけど」

 

 

 

 輝夜はグイッと、顔を僕の方に、上から覗き込むように寄せた。柳の葉のように垂れた黒髪が、僕の顔に掛かる。

 

 両頬をつねられた。しなやかで、柔らかな指が、頬の肉を歪ませる。

 

 冷たい指だった。

 

 

「でも貴方の考えていることは、手に取るようにではないけれど、何となくわかるわ」

 

「……わかるのか?」

 

「ええ、私は人間だからね」

 

 

 

 千年生きようがーー私は人間よ。

 

 彼女はそう、僕に言い放った。

 

 僕はーーそう、人でなし。

 

 人である価値すらない。彼女は対照的に、気高く誇り高く、何よりも人間だった。

 

 

「……何を考え込んでるのよ、貴方らしくもない」

 

「昨日出会った人にその発言はおかしい」

 

 

 さすがに旧知のレベルだぞ、その発言は。

 

 輝夜は僕から離れて、やれやれと首を振る。やれやれはこっちのセリフだ。

 

 

「何を言っているのよ。人間関係に時間は関係ないわ」

 

「僕には大いに関係あると思うけどな……」

 

 

 そりゃ、君の性格上は関係ないかもしれないけどさ。

 

 

「輝夜ー? こんな夜更けにどこに行ったのかしらー? 早く寝なさいって言ったわよねー?」

 

 とその時、廊下の奥の方から、輝夜ね名を呼ぶ女の声が響いた。

 

 この人が永琳と言う人なんだろうか? 鈴仙は確か、輝夜のことを「姫様」と呼んでいた。輝夜が高貴な身分にいる(または、いた。このような竹林の奥地に隠れるように住んでいる辺り、例えば王位継承出来なかったとか、隠し子だとか、様々な理由が考えられるけど、現在もその地位にいるとは思いにくい)ことは確かだろう。オタサーの姫なら知らん。

 

 となると、輝夜の母親か、母親代わりが妥当か……。

 

 チラリと、輝夜の方に目をやる。

 

 

「」

 

 

 絶句していた。

 

 

「どうしたんだよお前……」

 

「どどどどうしよう!絶対に怒られる!さっき寝ろって言われたのに!」

 

「取り乱しすぎだろ、どんだけメンタル弱いんだよ。さっきまでのクールさはどこに行ったんだよ、散歩かおい」

 

「今はそんなことはどうでもいいわ!隠れる場所隠れる場所……」

 

 

 

 あたふたと部屋の中を歩き回る輝夜。小動物みたいで可愛いもんだけど、如何せんテンパり過ぎだ。

 

 

「……ここしかないわ」

 

「何してんだお前!?」

 

 

 僕の布団の中に潜り込もうとしてきた輝夜に、僕は声を荒げる。明らかに冷静さを欠いている! 僕もこのままだと冷静さを欠かざるをえない!

 

 

(シッ、静かにしなさい。バレたら貴方も八つ裂きにされるわよ)

 

(バイオレンス過ぎる!!)

 

 

 永琳、という人の声と、足音がゆっくりと近付いて来る。輝夜は恐れるように、キュッと身を縮め、そして僕に身体を寄せた。縮み上がる思いなのはこっちだ。怖くなった僕は、掛け布団を被り、襖とは逆を向く。

 

 目の前に輝夜の顔があった。

 

 輝夜の控えめな柔らかい何かが、身体にピッタリとくっついている。布団の中に、心地好い香りが充満していく。色んな意味で意識が手放しそうになる。息がかかりそうな距離。そういや今日歯みがきしてない。ヤバイ。

 

 

「輝夜ー? ここにもいないのー?」

 

(……っ!)

 

 

 襖が開く音がした。僕が上手く背を向けて、輝夜のことを隠せてはいるが、少しでも部屋に入られたらアウトである。

 

 

「どうなら不届き者がいるようね」

 

(……っ!!? とばっちりじゃないか!?)

 

(静かに)

 

 

 ここに来て輝夜が冷静になっている気がするが、恐らくは緊張ゆえだろう。押し付けられている胸の鼓動はかなり高まっている。

 

 ついでに僕もヤバイ。早く逃げたい。

 

 

「仕方ないわ……うどんげー、弓を持ってきなさーい」

 

「え? 弓ですか? いきなりどうしたんですか?」

「ちょっとね、猫がいるみたいだから」

 

「猫は射抜かないでくださいよ!?」

 

 

 鈴仙の声も聞こえた。ごもっともなことを言っている。というか、ここの家の人はなんで丑三つ時にみんな起きてるんだよ、寝ろよ。

 

 というかというならさらに重ねてというか、明らかにバレてる。不死らしい輝夜ならまだしも、僕が射抜かれたらたまったもんじゃない。ここは出ていった方が……

 

 

(罠よ。永琳は起きてるかどうか判断しようとしているわ)

 

(いやいやいやいや……バレてるでsy)

 

「……本当に寝てるみたいね」

 

(マジだった)

 

 

 輝夜ー、と声を上げながら、再び永琳とやらが、廊下の向こうに遠ざかっていく。

 

 僕と輝夜はホッと一息ついて、ふとんから出て、笑ーーうことなく、笑みを目にした。

 

 

「あら、おはよう。随分とお楽しみだったみたいね」

 

 

 目の前にいる女性の笑みを目にした。

 

 

「完全に掌の上じゃねーかああああああああああ!!!!」

 

 

 深夜というのに、僕の絶叫が響いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。