遅くなってしまった……かなりスランプです、開始数話で
「さすがに看病をしてて遅く起きてた子を怒りはしないわよ」
自らの頬に手を当てて、呆れたように永琳が呟く。
八意永琳。どうやらここは、幻想郷では数少ない診療所の中で、そしてそのもっとも腕利きの薬師兼診察医が彼女らしい。
鈴仙曰く、人々は彼女の薬を飲めば死者すら蘇ると評する、とか。
もちろん、比喩の範囲であろうが、死者すら蘇るというのは聞いてて、どんな感情から例えられたものなのかと疑問に感じる。
賛辞ではなく、薄気味悪さ。
彼女に向かう感情は、たぶん鈴仙が感じているそれではなくて、もっと薄暗い、ドロドロした負の感情の奔流なのだと思う。
「それで、貴方がしばらくここに留まることになった夜明永くんね。永くんで大丈夫かしら?」
「あっ、はい」
この診療所の診察医であるだけあって、彼女の微笑を見ていると、とてつもない安心感が溢れてきた。
母性に溢れてるとでも言えばいいのだろうか。
鈴仙が後輩、輝夜は同級生、そしてこの永琳は保健室の先生。パッと頭にそんな喩えが思い浮かび、そして消えた。ブレザーを身を纏う鈴仙(……何も変わっていない)、セーラー服に身を包む輝夜、白衣を翻した永琳。会ったばっかとはいえ、なかなか新鮮な気持ちになったような気がした。無論ただの妄想なんだけど。
「鼻の下、伸びてるわよ」
「おっと、いけないいけない」
「隠しはしないのね……」
やれやれ、とばかりに額に手をやる永琳。まあ気持ちはわからなくもないけど、本人の前でそれをやるのはどうなのだろうか。
「永琳~、なんでこんな朝早くから活動しなくちゃならないのよ~……」
今にも眠りに落ちてしまいそうな顔をした輝夜が訴えた。まあ完徹だしな、輝夜。眠いのも無理はない。
ちなみに現在時刻は午前5時ほど。夏とはいえ、まだ東の空がうっすら明るんで来たくらいの時間だ。こんな朝早くに起こされて(寝てないけど)、いったい何をしろと言うのだろうか。
「働かざるもの食うべからず。永くん、貴方には今から、鈴仙と一緒に朝の配達に行ってほしいの」
「働くくらいなら食わぬ」
「なら息の根を止めるしかないわね」
「ごめんなさい調子乗りました落ち着いてください」
どこからともなく弓を構えた永琳を必死に宥める。ニコニコとした顔は、僕一人くらいなら真面目にどうなってもいいとすら思っているだろうと感じる程度には、危ない。
「わかったかしら、ウドンゲ」
「はーい、お師匠様」
元気よく返事をする鈴仙。まあ僕はこの世界に来た直後な訳だし、地理を知る意味でもこの朝の配達は願ったり叶ったリだった。
配達ルートを教えてくれた永琳は、僕に一式服をくれた。少しブカブカしていて、古い大人の匂いのする和服だ。
「昔の知り合いの服よ、まあそれで我慢してちょうだい。貴方達が配達に行っている間に、歯ブラシとかの日常用品は用意しておくわ」
「……何から何まで、すみません」
「ふふっ、いい顔ね」
「はい?」
「貴方は恐縮している時が、一番可愛い顔をしているわ」
永琳は艶っぽい笑みを湛えながらこちらを見る。
というより、見透かしている最中ーーのように思えた。
視線が胸の奥に突き刺さるようで、やはり怖い。
「じゃあお師匠様、行ってきます。ほら、いくよ。靴も貸すからさ。何センチ?」
間を割るように急かす鈴仙。たぶん彼女も早く配達を終わらせたいのだろう。
僕の道案内を兼ねるんだから早く出発したい気持ちはわからなくもない、まだ朝御飯すら食べてないのだから。
「……ああ、ありがとう。26センチだよ」
「身長の割には小さいわね」
「そうだね、足は小さいかな」
ちなみに、僕の身長は176センチだ。平均よりは大きいだろうけど突出しているわけではない、高校生としてノーマルだと思う。
「平均値というのは心理的に、世間一般は低く受け取りがちなのよ。だから心象は大きい部類だわ、平均よりは少し高いだけでも」
「輝夜、説明はありがたいけど僕が疑問を口にしてからにしてくれ」
久々に口を開いたと思ったら、無理矢理会話を広げるんじゃない。
「まあとにかく、朝御飯早く食べたいから早く帰ってきなさい。鈴仙、道案内と護衛を任せたわよ」
「はい、姫様」
口を酸っぱくする輝夜。
いや、でも少し待て、今非常に怪しい言葉が聞こえたんだけど。
「護衛ってなんだよ?!」
「そりゃ、人を襲う妖怪も少なからずいるわ。貴方はそれらから生きて帰れるの?」
「……」
沈黙。正論過ぎて何も言えない。
それを見て満足したのか、輝夜は黙った。付け足して永琳がさらなる可能性について口にする。そしてその可能性の対処法や対策を僕らに預けた。
八雲紫の手を読むとするなら、そこだから。
「じゃあ、いってらっしゃいな。早く帰るのよ」
「はい、お師匠様。行ってきます」
釣られてポツリと。
呟いてしまった。
「行ってきます」
小さな声で、間違えて、口に出してしまった。
僕は、なにをしているのだろう。
「それで、永琳。どうだったの?」
「どうもこうも、村人の一握りは私を疑っているわ。爆発したら面倒なことになりそう」
「なら、早めに……」
「手を打つものではないわ。こういう時にすべきことは根回しなんかじゃないの。さっ、作業を始めましょうか」