バトルは苦手だと確信しました(真顔)
昨日の朝寝転がっていた時はかなり動揺していたからか、改めて足を踏み入れた竹林は前とは違った感想を与えた。
死だ。生と死が満ち溢れている。たかがそれたけのこと、現実世界のどこでだって感じることができた生の躍動と死の胎動。
“永遠亭にはこれが感じられなかった”。
強いて言うならーー端から死んでいるかのような錯覚。とにかく静寂で、ひたすら沈着な空間。
生が存在しない館。
じゃあいったい、あそこにあるのはなんなのだろうか。
「何難しい顔してるのよ」
横を歩く鈴仙が、僕の顔を訝しむような目付きで覗き込む。しかしそのような覗き方をされると、ピョコピョコ動く耳がペチペチと顔に当たって非常に煩い。わざとやってるのだろうか。
鈴仙の雰囲気は、まさしく普通ーーいや普通ではなかったけれど、輝夜や永琳とは違って、非常に現実的だった。現実的に優等生みたいで、現実的に気が利く娘のようだった。強いて言うならその見た目は一番現実離れしていることだけがネックなものだけど。
まじまじと顔を眺めていると鈴仙は不思議そうな顔をして前を向く。まあそりゃあ、恥ずかしかったのだろうか。接客業をしている以上、アガリ症ではないだろうけれど、恥ずかしがらないとは話が違う。
「いや、今日の朝御飯に納豆が出てしまったら、僕はどうすればいいのだろうって考え込んでたんだ」
「随分暇なのね貴方……」
「何を言う、死活問題だよ。居候をこれからする身となっては、ワガママなんて言えないからね」
「まあ、頑張ればいいんじゃないかしら……」
額に手をやって鈴仙が引き下がる。いったい何が気に食わなかったのだろうか。
と言うか、口から出任せの嘘だったけれど、本当に朝御飯が納豆だったらどうするんだろう。当然ながら食べられないが、好き嫌いを口に出来る身分ではない。大豆アレルギーなんて言ったらろくに何も食べれなくなってしまう。
うーん、嘘から出た真って恐ろしい。ちなみに誤用だ。
「あっ、そこ、硫酸のたまった落とし穴ね。飛び越えたところには、わかりにくいけど特殊粘着液の沼、ハマると丸太が飛んで来るから右側から迂回して」
「えっ? あ、はあ、……うん」
「あーダメダメ、そっち側はダメ。縄で足を吊り上げられて弓矢で射抜かれるわ。あと30センチ左を慎重に通過して」
「……はあ……?」
「あーあーあー、そこストップ。二歩下がって左に大きく3歩進んで、立ち幅跳びで二メートルジャンプして。ミスったら左腕持っていかれるわよ」
「ストップはお前だよ!」
僕は耐え切れず絶叫する! 数歩前に鈴仙は煮え切らない顔で振り返り、「どうしたの」と返事をした。
いやいやいや、どうしたのはこっちの話だから。護衛とかそれ以前の問題だから。
「さっきから何わけのわからないこと言ってるんだよ」
「何って、罠の位置だけど」
「罠ってなんだよ!? つか、なんで罠があるんだよ! 曲がりなりにも診療所なら周囲の竹林に罠を仕掛けるんじゃねえよ!?」
いや、もしかした罠なんて嘘だったのかもしれない。昨日から数回に渡ってからかい続けた仕返しというか、馬鹿みたいに動き回る僕を眺めて、あとでネタばらしをして楽しもうという算段なのかも。
そう思えば、鈴仙の手のひらで踊らされていたことになる。まんまとしてやられた。僕は改めて一歩踏み出し
「あ、そこ」
「はっ?」
カチッという何かのスイッチの音が足下からした。釣られて自身の足下を見るけれど何もない。ただの地面だ。
なんだ、やっぱり罠なんて、と思った矢先に首に縄が引っ掛けられた。はい?とか何か思う間もなく、縄が引っ張られ、近くの竹に体を強打する。
最初の音で首を下に向けさせて、首に縄を通しやすくする罠だったようだーーなんて思考を張り巡らせる余裕は無論なかった。竹にギチギチに張り付けられてる僕目掛けて、数本の矢が飛来して、両脇と首、股下を掠めて背後の竹に突き立つ。
ここで、やっと一呼吸。
「か……はっ……」
これを呼吸と呼べるかは別として。
「だから言ったのに、大丈夫ー?」
罠から解放された僕を、鈴仙は心配そうに眺める。あくまで遠巻きにだ。位置関係的に、どうやら近寄ることは不可能らしい。罠的な意味で。
一呼吸、二呼吸。
「だからなんでこんなもんが診療所近辺に仕掛けてあるんじゃぁあああああああああい!」
「ひゃぁっ!? 落ち着いて!? 落ち着いてね!?」
僕の絶叫に鈴仙は取り乱す。強打した背中を擦りながら、鈴仙の出す指示に従ってとりあえずは鈴仙と合流。
再び竹林の外へ向かうために歩を進める。
「いつもはね、罠は作動してないの」
「? ならなんで今は作動しているんだよ」
「緊急のことが発生してる。罠を作動しなくちゃならない何かが起こってる。この罠を管理してるのは因幡てゐっていうウサギなんだけど……ここ最近見掛けないし……って、ちょっと待って」
鈴仙が深刻な顔をして立ち止まる。またもや罠があったのかと多少呆れながらも、僕は迅速に足を止め(迅速に動作を止めるとは奇妙な表現だ)、辺りを注意深く見渡してみる。
やっぱり正直何もわからない。鈴仙には何が見えていて、罠を回避しているのだろうか。
しかし鈴仙の口から放たれた言葉は、僕の思考とは全く別方向の答えで。
「何か……来る」
「はい?」
言うや否や、僕の服を掴み鈴仙は浮遊する。空も飛べるのかよ……とか考える余裕もすぐに吹き飛んだ。中空を高速で飛行した鈴仙は、竹林の中のポッかりと開いた広場に着地する。
普段は萎びれている彼女のウサ耳はピンと天を突いていて、限界的な厳戒体勢はそこからも伺えた。加えて、額に滲む汗が、ことの異常さを表している。
鈴仙の腕から解放された僕は、たまらず彼女に問い掛ける。
「何か来る……って、罠はどうしたんだよ? だいたい何が来るんだよ」
「……罠は、踏み抜かれてる。“作動した罠は全部かわされてる”。これは、たぶんーー」
鈴仙が言葉を紡ぐ前に、それは僕らの姿を現した。
上空から、小さな1つの影が、落下してくる。
それは音もなく地面に着地し、八重歯を覗かせて、ニヤリと笑った。
「にゃあ」
猫だった。
じゃなかった猫耳少女だった。
「貴方、八雲紫のとこの……」
「
「いったい何の用なの? そんな、剥き出しの敵意で」
「にゃにゃ、橙は藍さまに頼まれた仕事をしに来ただけだよ」
猫耳と対峙するウサ耳。
何だろう、何かがおかしい。
シリアスなシーンのはずなのに全く気が引き締まらない。というか、猫耳の見た目10歳くらいの少女が現れてシリアスになれというのは難しいんじゃないか?
シュール過ぎて何も言えないんだけど。
「えっとね、橙はつまりーー」
言葉が、ぶれる。
「この爪をクイって引いてくるように頼まれたの」
刹那、僕の背後から可愛らしい少女の声がした。無論、僕には何が起こってるかはわからなかったし、言葉がぶれたのは超スピードで移動したからだ、なんて頭に思い浮かべる余裕はなかった。
わかるのは首筋に冷たくて固い何かが触れていることーー爪が血管を捉えていることだった。
しかし僕がそれを理解するより早く、鈴仙は振り返り、銃の形を作った指先から、紫色の弾丸を放ち、僕の顔を掠めて背後を撃つ。同時に背後にいた橙は飛び上がり、空中で静止。そして笑った。
予想より遥かに超次元だった。
さすがに笑えない。
「夜明くん! 師匠から言われたこと覚えてるでしょ?」
「え? あ、ああ……」
「今貴方が生き残るには、とにかく彼女を撃退するしかないわ! 戦えなくてもいいから死なないで!」
にゃは、と、笑い声がして空中に浮いていた橙の姿が消える。
まだ状況が飲み込めなかったけど、どうやら命の危機だということは辛うじて理解できた。
と言うか、命の危機なのは夜中からずと変わりやしない。
さて、生存戦略、始めましょうか。
なんて、言ってみたりして。