妹が雇った猫のお供をすることになったお兄ちゃん。
猫は初めて獲物を狩って興奮気味。
集団になった獲物に返り討ちにされて傷心の猫。
妹のそれらしい話で猫復活!
ニャニャがジャギィ達にリベンジするために特訓を始めてから数日。ニャニャは強くなっている実感があるのか特訓に夢中になっているようだけど、私は悩んでいた。
毎日夕飯の時にニャニャが今日行った内容を話してくれるし、素人の私からしてもハードな特訓をしているのも知っている。それに休憩時間の時も集会所にいるハンターやオトモアイルーに狩りのコツを聞きに行っているのもね。
そこそこ年月が過ぎたハンターやオトモアイルーは普通に教えているみたいなんだけど、少数の新人らしきハンターはそんなニャニャを嘲笑う。ニャニャは教えてほしい理由と何故教えて欲しいのかを素直に話しているみたいなので、それも原因の一つみたいだ。
そんなハンター達もニャニャは私に雇われていることを知れば、顔色を悪くするんだけど。多分、私が怖いんじゃなくて私の商人としての繋がりが怖いんだろう。私が他の商人にそのハンターのことを話すことで巡り巡ってギルドからの評判が悪くなれば嫌だもんね。分かるよ。
そんなこんなでニャニャはとにかく強くなることに貪欲なんだけど、ここで私の悩みだ。正直、もうユクモ村に滞在する理由がない。滞在目的だった物も手に入ったし、次に向かう目的地も決めた。後は移動式屋台に荷物を乗せてから村長に出発する旨を伝えればいつでも出発できる状態だ。
ニャニャの気持ちは出来る限り尊重したいのだけど、いつまでも滞在するわけにはいかない。既に売れるものがない今、お金は出ていくだけだ。仕入れた物を売ることも出来るけど……仕入れた場所で売れる訳がないよね。
別にジャギィを狩るだけなら他の地域でも出来るだろうとも思ったけど、ニャニャは渓流にいるあのジャギィ達にリベンジしたいのだろうし、悩みどころだ。きっと他の商人にこの悩みを話せば雇い主が雇った者に振り回されるとは何事だと怒られそうだ。
私も同じことを一度は考えたが、ニャニャは1番初めに雇ったアイルーだし、やっぱり個人としては出来るだけニャニャの意思を尊重したい。な・の・で!これの出番だ!
人がいないのと、シュルルが近くにいないのを確認してから意気揚々と懐から手帳を取り出して掲げる。ジャーンと声を出したいところだけど、流石に声まで出せば誰かに気付かれるので出すことはしない。
この手帳は祖母が書いていたもので、死んだ後で母が私に譲ってくれたものだ。手帳には祖母がハンター時代に培ってきた色々なことが書かれている。薬草の良し悪しの見分け方とか大型モンスターが好まない道とか本当に色々書かれていて、読んでいて全く飽きない手帳だ。この手帳の知識は私が商人生活を送る中で何度も助けてくれたのだ。
その中でも今回私が注目したのは手帳の後半に書かれているハンター式特訓法だ。前半とは違ってぐちゃぐちゃな絵と文字が書かれていて、母からはきっと酔いながら書いたのだと笑いながら教えられたことがある。
私には効果があるのかちんぷんかんぷんなのだが、あの祖母が考えた特訓法だ。きっと効果があるはずなのでニャニャにやってみようと考えている。
それにこの特訓には私にも得がある。この特訓が効果的と判断出来れば、情報として他のハンターやニャンター達に売ることが出来るのだ。いくら祖母が好きな私でも祖母が書いただけで本当に効果があるのかも分からないものを何の確認もなしに売ることは出来ない。
あとニャニャがその特訓を実施すれば、強くなる・ならないを別にしてもここに滞在する理由にはなる。その後でちょっとニャニャが渓流に出かけるぐらいなら、まぁ許容範囲ということにする。
というわけで、ニャニャ。ちょっとこの特訓をやっていこうか。……どうして後退りをするの?何?笑顔が怖い?失礼だね、ちょっと常人の私でも頭がおかしいと思う特訓をするだけだよ。すぐに効果が出る特訓らしいから安心してね。……あっ!逃げるな!
「ニャァ……。旦那さん、本当にやるのかニャ?」
「勿論!特訓の効果があれば数日でニャニャは今より二回りぐらい強くなれるよ!」
自信満々で準備を続ける旦那さんを尻目にボクは溜息を吐くニャ。ボク達が今いる場所はユクモ村よりそれなりに離れた場所で、遠くのほうに集会所の天辺がチラッと見えるニャ。
何故こんな遠くまで来たのかと言うと、旦那さんが見られたら困るって言ったからなんだけどニャ……。もう既に嫌な予感が止まらないニャ。
「よし、これで完成。名付けて!素早く躱そう反射神経装置だよ!」
ドヤ顔でつるぺたな胸を張って装置の名前を叫ぶ旦那さんなんだけど……既に何個か突っ込みたいところがあるニャ。
「旦那さん。ネーミングセンスはともかくとして、その装置の中身ってシュルルニャ?」
「………えーと?祖母の手帳曰く、この特訓はかの天彗龍バルファルクのようなスピードで放たれる攻撃を躱わすことによって素早い回避能力とどんな速さでも捕捉できる動体視力を身につけることが出来るんだって!バルファルクが何かは分からないけど、頑張ってね。」
「あれ?無視ニャ?」
木の葉でカモフラージュしただけの装置?からシュルルの黄色の瞳が輝きを放ちながらボクを見ているニャ。念の為の確認で旦那さんに質問をしてみても、旦那さんは特訓で得られる効果を首を傾げながらボクに説明するだけで全く聞いてないニャ。
ところでバルファルクって何ニャ?ボクも知らないニャ。でも例えで出ているくらいだから絶対ヤバイ奴ニャ。それに頑張るって何ニャ?詳しく聞きたいのに旦那さんは駆け足で離れた位置に移動していくニャ。こうなりゃヤケニャ!強くなりたいのは本当だし何でも来いニャァ!!
「ニャニャの意気込みは十分だね!それじゃあ、開始!」
「来いニャ───ニャァ?」
旦那さんが開始の合図なのか頭上に掲げた手を振り下ろしたと同時に、ボッ!っと言う音が聞こえたと思えばボクの髭を掠って何かが通り過ぎたニャ。恐る恐るそれを確認してみると、真っ直ぐに伸びたそれが木を貫いて森の奥まで続いていたニャ。
「ニャニャニャニャニャニャ!!?」
「ちょ、ちょっと待っててね?」
思わず腰を抜かしてしまったボクを尻目に旦那さんは少し慌てた様子で装置に向かって走っていくニャ。
「シュルル!流石にアレは速いよ!」
「シュル?シュルルルル。」
「何でそんなに不思議そうなの?例えで書かれているバルファルクってモンスターでもあんな速度は出せるわけないでしょ!」
「シュル!?」
コソコソと旦那さんとシュルルが話しているのを聞きながらボクは思ったニャ。これってボク死ぬのでは?と。今こそ逃げる時ニャ。時には勇気の撤退も必要なんだニャ。ここにはいない鬼教官に目を付けられた友達もボクの脳内でそうだそうだと賛成してくれているので、未だに話し続けている旦那さん達からそろそろと離れようとした時、ふと旦那さんの言葉が頭をよぎったニャ。
「そうニャ。こんな時こそ踏み出すちっぽけな一歩ニャ。」
逃げ出そうとした脚を止めて、旦那さん達の方を見据えるニャ。脳内の友達は逃げろ!そう言うことじゃない!って叫んでいるけど関係ないニャ!ボクは強くなりたいんだニャ!
それにこれは旦那さんが善意で用意してくれた特訓で、あのシュルルも手伝ってくれているんだニャ!更に見てほしいニャ!遠くから最後の仲間のブホーも心配そうに……心配そうかニャ?なんか草のツマミにされている感じがするんニャけど……。いや、そんな訳ないニャ!心配そうに応援してくれてるに違いないニャ!
つまりこれはみんながボクを応援してくれているんだニャ!これで逃げたらお笑いものニャ!
「お待たせ、ニャニャ。ちょっと調整して遅くなっちゃったね。続きを始めようか。」
「分かったニャ!何でもかかってこいニャ!!」
「じゃあ行くね?よーい…………ドン!」
瞬間、空を舞ったボクは何もかも忘れてしまいそうなほどの綺麗な青空を見上げながら確信したニャ。
やっぱり、時には逃げることも必要なんだニャ……と。
「よし、ここまでにしようか。」
「ぜぇ、ぜぇ、やっと終わったニャ。」
ルル命名、『隠れ木の葉』の中から息も絶え絶えなニャニャをジッと見つめる。特訓の初めは何度も空を舞って、その度に何処か達観した雰囲気を出していたニャニャだったけれど、後半になってからは数回に一度は躱せるようになっていた。1日の大半をずっとこの特訓に費やしたのだから目が慣れてきたのだと言えばそれで終わりだが、それでも大した成果だと思う。
後は何度もこの特訓を繰り返し、完全に躱せるようになれば完璧だろう。ぶっちゃけ手帳通りにバルファルク並みの速度を躱せるようになるのがベストなのだが、ルルに怒られてしまったので諦めよう。手帳通りにしただけなのに怒られてお兄ちゃんは悲しいぞ……。
でも考えてみればバルファルク並みの速度で攻撃してくるやつって他に誰がいたっけ?パッと思いついたのは俺みたいに舌限定だがオオナズチと鬼火を纏った状態のマガイマガドぐらいだ。他は……
「じゃあ、明日も同じ時間から始めるね?」
「……ニャ?明日もあるのかニャ?」
「勿論!最初にも言ったけどこの手帳の特訓をしたらすぐにニャニャは強くなれるからね!」
「ニャ〜。」
ルルの宣告にニャニャはさらさらと砂のように崩れ落ちた。気持ちは分かるぞ。俺もルルから特訓の内容を聞いた時は本気かと疑ってしまったからな。でもあのハンターがあんなに強かったのはこの特訓を実行したからだと思えば納得もした。強さの秘密を知ってしまったことで何故か誇らしくもなった。
だからニャニャ。俺も出来る限り力を貸すぞ。特訓内容の説明に出ている大型モンスターのほぼ全てが生態系の頂点に分類されていようとな。幸いにも俺なら手帳に書いてある大半の大型モンスターの動きは真似できるから不足はないはずだ。ビシバシ鍛えていこうな!
次の日
「今日はこのトレーニング!ディアブロスのような突進を受け止めることで、堅牢な肉体を手に入れることが出来るんだって!」
「……その後ろのは何ニャ?」
「ディアブロスなんて用意出来ないから別のものを準備したんだ。ってことでスタート!」
「いやそれシュルルってニャァァァ!!?」
その次の日
「今日はこれ!バサルモスの甲殻を鬼気迫る連撃で破壊することが出来れば鬼神のごとき力が宿るんだって!」
「でもそんな硬いものなんてここにはないニャ。」
「心配しないで。そのために用意したのがこれ。」
「……一応聞くけどこれは何ニャ?」
「とにかく硬いものを探して用意してもらったんだ。だからニャニャはこの岩を破壊することを目標にしてね?でも攻撃に反撃は付き物、場所によっては爆発するから気をつけること!あ、威力は弱いから安心してね?」
「安心できる要素が何処にもないニャ……。でもやるしかないニャ!ウニャァァァァ!!!ギニャァァァ!!!」
「わっ!1発目で引いちゃったね。」
更に次の日
「今度はこれ!いついかなる時も気配探知は怠るべからず!例えオオナズチが近付いて来てもすぐに気付くべし!」
「これは心構えじゃないのかニャ?トレーニングに関係ないような気がするニャ。」
「私もそう思ったんだけど、これって要するに何が近付いて来てもすぐに気がつくようにしろってことでしょ?だから不意打ちを躱すトレーニングでもいけると思うんだ。」
「確かにニャ。」
「と言うことで、今ニャニャの真下にシュルルが潜んでいます。私が離れたら好きなタイミングで不意打ちする手筈だから頑張ってね?」
「……ニャ?」
「それじゃあシュルル、よろしくね?」
「待ってほしいニャ!不意打ちってシュルルの1番得意な攻撃──グニャア!?」
そんなこんなで特訓の日々が終わるまで最低一回は空を舞ったニャニャだったが、逃げ出すことは一度もなかった。トレーニングの内容的に一度は逃げ出すと思っていたのでビックリである。
そのおかげかニャニャの実力は確実に伸びている。ニャニャの特訓を1番間近で見ていたから俺は特に分かりやすかった。昨日まで駄目だった部分が出来るようになった時はつい興が乗って力を入れてしまう。そのせいでルルに何度か怒られてしまったのは良い思い出だ。
それにしてもこんな無茶苦茶な特訓って本当に効果があるものなんだな。てっきり何処かで身体を壊すと思ってたんだが……。よく考えてみたら俺だって幼体の時は無茶苦茶やってたし、この世界は鍛えれば鍛えるほど強くなる世界だったのか?
ともあれ今回の特訓で及第点くらいまでニャニャは強くなったと思う。後は経験だな。これがなかったらどんなに鍛えていても大して意味がない。と言ってもこればっかりは特訓で培えるものじゃない。地道に年月をかけてコツコツと積み重ねていくものだ。
なので昨日、ルルから特訓の一時終了がニャニャに伝えられた。その時のニャニャの喜びっぷりは何と言うか……プレゼントを貰って喜ぶ子どものようだったな。
そんなニャニャを見てルルも喜んでいた。アレは多分特訓の効果がしっかりあることを確認して情報として売れると分かったからだと思うけど……。ルル本人も物陰で売れる……!ってガッツポーズをしながら言ってたし。お兄ちゃん的には無理だと思うんだがなぁ……。ニャニャは俺がいたから手加減出来たけど、他の奴らは手帳に書かれていた通りにディアブロスの突進を真正面から受けたりするんだろ?普通に死ぬぞ?
ルルから売られた情報を真に受けてディアブロスに突っ込み吹き飛ばされる哀れなハンターの姿を幻視していると、小さな足音と見知った気配が近付いてくる。ふむ、来たか。
実を言うと今日はニャニャのリベンジの日だ。特訓で疲れているだろうから丸1日は休んだほうが良いとルルは言っていたが、ニャニャはすぐに行きたがっていたので次の日である今日に決行ということになった。
いつも通りにニャニャの近くに寄りはするが今回は地上に出る気はない。ニャニャだけでやってみせろという遠回しなメッセージだ。それを理解しているのかは分からないが、ニャニャは俺を探す仕草を一度もせずに目的地まで進んでいく。
ニャニャは俺を頼るつもりは全くないのだろう。それは歩みにも出ている。なら今回は問題が出ない限り見るだけに留めておくにするか。…………期待してるぞ。
「ニャニャ、大丈夫かな?」
荷物を纏めながら、数時間前に狩猟に向かったニャニャのことをつい口に出してしまう。ずっとニャニャの特訓を見てきたし、ニャニャが強くなっているのも素人目から見ても分かってはいるけど、やっぱり心配だ。だって狩猟に絶対は無い。玄人ハンターでさえ、目標を狩猟して気を抜いたところを小型モンスターに狙われて絶命することがあるんだから。
過去にあった事例を思い出してしまうとそればっかり考えてしまって、心配で無意識のうちに荷台の周りをウロウロしてしまう。
「こんなんじゃ駄目だね。よし、先に情報収集から始めておこう。」
両頬をパンッと叩いて気持ちを切り替える。先に出来ることをやっておこう。そう思って集会所へと向かっていた時、視界の端で村長さんと知らないハンターが話しているのを見かけた。
何となく胸騒ぎを覚えたので近付いて聞き耳を立てる。そうして話を聞いていたけど、話の内容は近況報告で特に気になる情報ではない。胸騒ぎは気のせいかと聞くのを切り上げて集会所へと向かおうとした時、驚く情報が耳に入ってきた。
「渓流にジンオウガが現れた?タマミツネと縄張り争いを繰り広げていて、周囲に被害が出始めている……って?」
……どうしよう。渓流にニャニャが向かっちゃった。忠告しようと追いかけても間に合わないだろうし、そもそも私が行ったところで何になる?足手纏いが増えるだけだ。
ニャニャはアイルーだから地中に潜って逃げることは出来ると思うし、シュルルもついているけど……心配だ。
「ニャニャがどうしようもなくなったら、助けてあげてね?シュルル。」
オリ主……ルルにこの特訓をすればニャニャは強くなれるから協力してと言われてルルが特訓の内容を話し始めた時に本気で言っているのか?と考えた。しかしそれはあのハンターが書いたものだと知って流石ハンターだ!すげぇ!と尊敬フィルターが入った。なので止めることはなかった。ちなみにルルに怒られた時は少し落ち込んだ。
ルル……あいも変わらずネーミングセンスが壊滅的。ニャニャの特訓を見て力になれたらと恐ろしい特訓方法を持ち込んできた。ニャニャの結果を見て、商品が増えたと喜んでいたが当たり前に考えて売れる訳がない。誰が特訓のためとはいえディアブロスなどに突っ込むんですかねぇ?本人はニャニャを1番初めに雇用したものと言っている。初めてといえば初めてなのだ。盗んで逃げたハンターなど知らないに存在しない。いいね?
ニャニャ(アイルー)……精一杯特訓をしていたらルルが怖い笑顔で恐ろしい特訓を持ち込んできた。突っ込みを入れつつも頑張ってこなし、ルルの宣言通りに二回りは強くなった。でもニャニャの元の実力から二回りなので全体的に見ると大して強くなっていない。下位ハンター以上、上位ハンター未満。この特訓の後、困ったことや悩み事が出来れば空を見上げるクセが出来た。
ブホー(アプトノス)……ニャニャが吹き飛ぶのを草食いながら見ていた。
手帳……特訓の項目は祖母が酔っ払った時に悪ノリで仲間と書いたもの。後日、我に帰ったがインクが染み込んで消すことができず、最後のページに効果はなく、やる奴は頭がおかしいと書かれている。ルルが手に入れた時は経年劣化で最後のページが他のページに貼り付いているため、ルルは気付いていない。
大型が喧嘩を売ってきたのにそそくさと逃げる大型が火山産まれにいるぅ?いねぇよなぁ!