口福~不幸と幸福の交わる言峰とシスターの仄暗い日常~   作:アイコ

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かげろう

 そろそろ、薄々気が付いていた。この教会が暗い秘密を抱えていることを。

 教会がというよりも言峰とギルガメッシュの二人が、というのが正しいだろうか。

 情を持った相手のすることだからと見逃してはきたものの、いい加減、この仄暗い裏事情を把握しなくてはなるまい。

 

(今夜。今夜、絶対に尻尾を掴んで見せますわ)

 

 女はそう決意をして、ひとり自室の中で息巻いた。

 いつもなら就寝するはずの時間。だが、女は眠りにつかない。風呂に入ってパジャマを着ていたが、再びシスター服に着替え直して深夜を待った。

 

 

 

 

 零時を回った頃、女は動き出した。

 この広い教会の中、手がかりがないのでまずは言峰の私室へ向かった。二人で何かを話しているならそこだろうとあたりを付けたからだ。

 しかし、扉の向こうには人のいる気配がない。

 

(ここじゃあ、ないのね……)

 

 念のためノックをしてから扉を開け、私室の中を見てみるが、めぼしいものは何もない。いつもの景色がそこに広がっているだけだった。

 特に怪しい書類等もなく、ここではないと再び結論付け、部屋を出た。

 

(では、教会のどこに……?)

 

 何かがあるのは、あの二人のふるまいからして明らかなのだ。

 ふらふらと歩きながら考え事をしていると、不意に廊下の陰に階段があるのが目についた。

 

(こんなところに、階段なんて……)

 

 覚えがない。少なくとも自分は降りたことがない。女はゴクリと唾を飲み込んで、逡巡したが、そろりと階段を降りた。

 

 

 

 

 薄暗い廊下よりも更に暗いそこは、礼拝堂だった。

 

(地下に礼拝堂なんて)

 

 現在使われているなら最初に紹介があったはずだ。では、ここは……? 女は怪しみながら足を踏み入れる。

 埃は溜まっていない。誰かが定期的に利用しているということだ。それに、ホルマリンのツンとした匂いが鼻を刺激する。放置された場所ではこんな匂いは立ち込めないだろう。

 

(あたり、ね)

 

 嫌な予感は嫌な予感で終わってほしかった。けれど、この先きっともっと決定的な場を押さえることになる。ただ、もう引き返すことはできない。

 暗い礼拝堂を進むと、さらに奥に扉があった。悩む理由はなかった。ドアノブを開くと外開きの扉が開く。

 

「ん……」

 

 立ち込めたホルマリンの刺激臭がさらに増す。

 中に入ると薄暗い小部屋で、部屋中になにかがいる気配がした。生きている気配がない、それでもなにかが無数にいる気味悪さに女は身体を震わせた。

 箱がいくつか乱雑に放置されている。のぞき込んでみるとミイラ化した子どものようなものがあり「ひっ」女は思わず声を上げた。

 次の刹那、背後に気配を感じ振り返る。言峰とギルガメッシュの二人が立っていた。見慣れた無表情の言峰と、にやにやと笑いを湛えるギルガメッシュの二人さえも気味悪く見え、女は息絶え絶えに声を絞り出す。

 

「言峰神父。これはいったい……」

「ふむ……とうとう、か。否、ようやく、か」

 

 腕を組んだまま、言峰は頷いた。

 

「言峰、言ってやればいい。お綺麗な修道女様に我と貴様の悪行を」

「そうだな……そのためには第四次聖杯戦争の真実を話さなければなるまい。その覚悟がこの女にあると思うか、ギルガメッシュ」

「立ち去らないところを見るに、相当の覚悟で以ってここにきたのだろう。話してやれ」

 

 本当は足が動かないだけだった。

 立ち込める匂いと嫌な予感に胃が収縮する。もう少しで吐きそうだ。だがおそらく、きっと、もっと唾棄すべき真実がここにあるに違いない。

 

「つまり、わたくしは道化だったってこと?」

「他に真実を知る者はいない。仕方のないことだった」

「何かにつけ断ろうとしたそうね、派遣を。こういうことだったのね」

「ああ。ありがた迷惑にもほどがある……まあ、君が来てくれて結果的には助かったが」

「どういうこと」

「言わないだろう? 聖堂教会には」

 

 わかったように言われるが、どうやって心のうちに秘めておこうと考えていた女はどきりとした。

 どうしてこの男は。

 

「言っときますけど、これはあなた方への情があるからではないのよ」

「怠慢がばれるのを恐れている、大方その程だろう」

「その通りよ。こんなに長い間、この真実に辿り着けなかったなんて、任務をしていなかったと取られても仕方がないもの」

「ククッ、君はそういう人間だ。ありがたいことに我々にとって非常に都合の良い人物が派遣されてきたということだな」

「そこについても言峰、貴様の計算通りだろう?」

「まあ、そろそろだとは思っていた。ここに辿り着いた優秀なシスターに真実を話してやろう」

 

 聞いてしまえば、引き返せない。そう思ったが既に引き返せない場所にいることに女は気付いてしまった。

 そうして聞いた真実はあまりにも凄惨で、自分が後処理を行なっているこのほとんどがこの二人によって引き起こされたものだと知ってしまう。

 そして、このミイラ化した子どもたちは、第四次聖杯戦争の最中、冬木市で生き残った子どもたち。その全員が身寄りがないからと教会で引き取られたのだが、言峰によって成長しない様に加工され、魔力を搾り取るという目的のためだけに生かされていた。

 魔力を得る目的は彼が第四次聖杯戦争時のサーヴァントであり、彼を顕現させたままにするためであった。女はそこまで聞かされると、はっと思い当たる。

 

「では王様の、ギルガメッシュというその名は……」

「真実、我の名だ」

「ああ、どうしましょう。どうしましょう」

 

 

 

 

 ギルガメッシュが古代バビロニアの王で、真に王様であったことを。本来、女のような人間が、気安く『王様』などと呼べる相手ではなかったのだ――

 

「まあ、もうこの子どもたちもそろそろ壊れてきているがな」

 

 もってあと十年程か、と言峰が呟くのを見て、女は決意した。

 

「事情は、ええ。分かりましたわ。でもこの悪行、教会の者としてこのままにしておけません。神の名に誓えないことを見過ごしてはおけませんもの」

「ではどうする? 君はここにいるギルガメッシュを消せというのか」

「いいえ。これでは、どうでしょう。代わりにわたくしの魔力を分け与えるというのは。これでも魔力は、他の人よりも多いはずです」

「どうだ、ギルガメッシュ。それで納得するか」

 

 おかしそうに言った言峰に対して、ギルガメッシュもまた笑う。

 

「興味深い提案だ。では、どのようにしてそれを果たすというのだ、雑種」

「これでいかがです?」

 

 女は護身用に持っていた短剣をシスター服の中から取り出して、左手の中指と人差し指を切り裂いた。ぽたぽたと赤い血液が垂れる。そのまま、その手をギルガメッシュに向かって差し出した。

 

「ほう」

「直接……はお嫌でしたわね、どうしましょう」

「否。構わん」

 

 ギルガメッシュは女の指を口に含む。ざらついた舌が指に絡みついた。聖杯に召喚された英霊とはいえど、人間と同じ触感なのだと知ってざわざわとした気持ちになった。

 

「ああっ」

 

 ギルガメッシュはわざと舌先で女の傷を刺激する。女が思わず声を上げると、面白そうに笑った。ぎり、と最後に指を噛み、染み出てきた血液を舐めとると、ギルガメッシュは口を離した。

 唇を手の甲でふき取ると、言葉を発する。

 

「案外趣味なのではないか、雑種。どう思う、言峰」

「何、興味深い状況だ」

 

 女は急に恥ずかしくなった。咄嗟の思い付きであったが、あろうことか言峰の前でこんな姿を晒してしまうなんて。頬を染め俯いた女に向かってギルガメッシュは更に言葉を重ねる。

 

「我は接吻程度を考えていたが、これはこれで良いものだ」

「簡単に乙女の唇は差し上げなくてよ」

「だそうだ、言峰」

「何故、言峰神父に話を振るんです!?」

「分かり切ったことを」

 

 女はこのままでは話が変な方向に行くと悟って、舵を取り直した。

 

「それで、この子たちの苦悩はもう必要ありませんわね」

 

 言峰が「そうだな」と頷いて「楽にしてやると良い」と告げる。

 いざとなると手が震えてしまう。

 未だ、女は人を殺したことがなかった。右手に持ったままの短剣の先まで震えが伝わっているのが情けない。

 

「何、君ができないというのなら、私が手を下しても構わないが?」

「やりますわ」

 

 挑発するような言峰の言葉に、女は端的に答える。

 震える手に力をこめて、子どもたちの首に刃を入れていく。裂いたそこからは僅かながらも血液が流れていて、この子たちは間違いなく生きていたんだと知り、何故だか涙がこぼれてきた。

 そんな女の元に言峰が近づいてくる。切り裂いた指先にそっと触れて「治療をしよう」と言い、そのまま反対の手で女の涙をふき取った。

 

「外道は君にはない。神は分かっているだろう」

「あなたには分かって? わたくしのこの気持ちを」

「想像は出来る」

「ええ、ええ、そうでしょうとも。でも、決して分かりえないわ」

 

 女がはらはらと泣きながら言うと、ギルガメッシュは心底めんどくさそうに言った。

 

「ああ、女の面倒なところだ。共感を求められても同じ存在ではないと、同じ思いは絶対に得られないというのに」

 

 王故の傲慢さでもある。女はそれを聞いても腹が立たなかった。ギルガメッシュには分かってほしいと思わなかったからだ。言峰こそに分かってほしかった。

 

「わたくしも生まれは特別だから、そのくらい分かっているわ――つまり、つまりわたくしの元の生まれは魔術協会の被検体なのよ。この子たちと同じ。魔力が多いという理由で飼い殺されていたの。私はこれ以上歳も取らなければ、真名さえ知られなければ死ぬこともないの」

「ふむ……」

「使い捨ててくれて良いわ。わたくしはそのために来たのだから。魔術協会から哀れに思って引き取ってくれた神父様に、報いるために」

 

 今晩知ってしまった真実は、自分を長く冬木の地に留めるだろう。隠ぺい工作にも、悪いことにも手を積極的に手を染めなくてはいけないかもしれない。

 

(人を殺したわたくしが、もう許されるわけはないのだけれど)

 

 不意に言峰は女を抱き寄せた。そっとギルガメッシュが姿を消すのが目に入るのを最後に、視界は言峰に覆い尽くされる。

 代行者時代の名残だろう、礼服の上からは分かりにくい筋肉質な腕、胸板に包まれてそっと気持ちが落ち着いてくるのを感じる。

 

(良いの、かしら……)

 

 そう思うも弱った心は誘惑には勝てなかった。抱き寄せられたのに甘え、女も弱々しく手を言峰の腰に回す。それを感じたのだろうぎゅっとさらに強まる言峰の腕。

 彼の鼓動が聞こえなくとも、不謹慎にもしあわせだと思ってしまって、女は自分を恥じた。

 そんな女の心の動きを知ってか知らずか、言峰は邪悪に笑う。何か面白いことを思いついたかのように。女はそんな彼の心の動きを知らないまま、言峰に身体を預けていた。

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