口福~不幸と幸福の交わる言峰とシスターの仄暗い日常~   作:アイコ

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オマモリ

 天気の良い日だった。あまりにも強い日差しに、今日はさすがの女も日傘をさして目的地に向かった。

 お屋敷の前に辿り着くと、そこの主である遠坂凛はドアにもたれかかるようにして待っていた。

 

「今日はあなたひとりなの?」

 

 もう中学も三年生になった彼女は、最初に会った時より随分と立派になった。魔術師としても優秀だと聞く。体術も師に鍛えられ続けているようで、しまった身体がより彼女を魅力的に見せていた。

 

「ええ。今日は言峰神父がお忙しいから」

 

 言峰は、教会で結婚式を挙げたいという洗礼を受けていない現代的なカップルに、教会の教えを説いている。

 基本的に信徒ではないカップルの結婚式は受け付けていないのだが、このようにある程度の教義を学んでもらえば神前式を行なうことも許される。

 

「教会式に憧れるカップルが多いのね。私は綺礼に見守られながら結婚なんてごめんだけど」

「冬木では信頼される神父様よ、言峰神父は」

「ま、綺礼に惚れてるひとに言われると説得力が増すわね。お姉さん」

 

 私にはどこがいいのかさっぱり分からないわ、と言われ女は苦笑した。

 女としても、あんな外道は世界中探したって何人いるものか分からないと思っているけれど、落ちてしまったものは仕方がない。恋は罪悪とは、昔の作家はよく言ったものだ。

 

「立ち話もあれね。どうぞ、いつもの紅茶しかないけれど」

 

 凛は扉を開け、応接室へ案内した。

 紅茶を用意するのも危なげがなくなっていて、安心して待てる。母を亡くしたあと言峰が後見人となったが、遠坂家の雑事を行なうのはいつも女だった。言峰は繊細そうに見えて、めんどくさがりだ。

 

「今日はどうしたの?」

「様子を見てこいってことですわ」

 

 女が肩を竦めると、凛もため息を吐いた。

 

「雑なのよね、綺礼って」

「でも、わたくし、個人的にあなたに用事があったからちょうどよいわ」

 

 言峰に指示されるのではなく、個人的に女が凛に対して何かを行なうのは本当に珍しいことだったので、凛は驚いて目を見開いた。その間に女は首に掛かっているロザリオを外す。

 

「これをね、あなたに差しあげようと思って」

 

 凛は言葉を失くした。

 そんな凛の様子を見ながらも、女はつとめて感情を出さないようにしながら、淡々と言葉を発する。

 

「いいえ、何もあなたに洗礼を受けろと言っているわけじゃないのよ」

「それ、は……わかってるつもりだけれど。それなら、どうして」

 

 女はロザリオの部分を掴み、じゃらりと首から下げるビーズの部分を見せる。赤く繋がれているビーズの珠は本物の宝石の輝きをしていて、それだけで簡単に譲り渡せるものではないと分かる。

 しかも、その赤い宝石のそれぞれに濃い魔力が含まれているのが魔術師たる凛にはすぐに分かった。はっ、と息を呑むほどの代物に彼女は触れるのすら躊躇った。

 

「いくつか消費してしまったけれど、凛ちゃん、あなたならうまく使えるでしょう?」

「どうして」

 

 凛はもう一度繰り返す。女はようやく笑って言った。

 

「わたくしの任務はもうすぐ終わり。きっとわたくしにはもう、必要なくなるから」

 

 輝く宝石の一部、くすんでいる箇所をなぞりながら、女は言った。

 ――わたくしにはもう、必要なくなるから

 それが、凛には『女自身が必要なくなる』と聞こえて、凛はやはり受け取るのを躊躇った。その様子にしびれを切らした女は「どうかあなたの助けになりますように」と無理やり押し付けて、笑った。

 

「わたくしからも、あなたに何かしてあげたいと思ったの。他の人には秘密よ」

 

 

 

 

 その夜、女が教会に帰り入浴を済ますと、廊下でばったり言峰と鉢合わせた。女が何かを言う前に言峰は目を見開く。女の胸元を見て、静かに声を発した。

 

「チャームポイントがなくなっているようだが?」

「ロザリオのことかしら? よく気が付かれる方ね」

「あれだけ目立つものを欠かさずつけておいてよく言う。捜索するなら手を貸さんでもないが」

「いいのよ。もう必要がないから」

 

 女が呟くとなぜか近づいてくる言峰。納得していないような表情で、そっと女の肩に手を置く。

 

「そうは思えないが」

 

 先日の温泉地でのことを思い出させる距離感。耳元に口を寄せられ囁かれる。

 

「信仰は捨てたのか」

「形がなくとも、信仰はずっとありますわ」

「形がなくとも……か」

「ええ」

 

 言峰は逡巡した後、少し離れて重々しく口を開く。

 

「君に話がある」

「なんですの、急に」

「部屋で話そう、付いてきなさい」

 

 礼服の裾を翻し、私室へと足を進める。女はそれに黙ってついていった。

 

 

 

 

 言峰の私室に二人きりでいるのはなんだか、落ち着かない心地だった。いつもここにはギルガメッシュが座っているのに。座る様に指示されたソファはふかふかで良く沈む。気持ちも同じように沈んでいった。

 

「話ってなんですの」

(早く終わらせたい。終わらせなければ、きっと――)

 

 予感に身を震わせて、早々に切り出すが言峰は話し出すのを渋っている様子。

 

「そう早まらなくていい」

 

 言峰は慣れたように女にワイングラスを手渡した。注がれる主の血。だが、口にする気は起きない。自分自身のグラスにも同じ様に注いだ赤ワインだが、彼も飲む気はないようで、そのままテーブルの上にグラスは置かれた。

 

「……凛は、元気だったか?」

「ええ、いつも通り」

 

 それだけじゃ言葉足らずだったと思って「とても元気そうでしたわ」と付け足した。

 

「君が遠坂の面倒を見てくれているのは、非常にありがたく思っている」

「あなた、意外とおおざっぱですものね」

「得意とする作業でないのは認める」

 

 ばつの悪そうな顔をした言峰を見て、女はくすくす笑う。話を変えるように言峰は「結局、それはどうした?」ロザリオがなくなった理由を尋ねてきた。

 

「女の秘密ですわ」

 

 女は正直に答えない。その方がきっと凛のためになると思ってうやむやにした。

 うふ、と笑った女に言峰の眉間の皺が寄る。明らかに苛立ちを感じた姿だが、女は気にしない。

 

「それで、遠坂家の面倒を見ているわたくしに、お礼でもしてくれるおつもりで?」

「必要か?」

「ええ、何で返してくれるのかしら?」

 

 揶揄い半分の女。うふふ、と続けて笑っている。

 言峰は意趣返しをするように淡々と告げた。

 

「寝室に来る覚悟はあるか?」

「それは、どういう……?」

「何、全身をほぐしてやるだけだ」

 

 今まで優勢だった女の余裕が崩れたことで満足した言峰は少し笑って言う。

 

「既に肌を見せた相手だ、別に構わないだろう?」

 

 口を付けられていないワイングラスが二つ、そのままに言峰は私室の奥へ誘った。

 

「寝室に招待するのは君が初めてだ。光栄に思いたまえ」

 

 どきりと心臓が鳴る。アルコールが入っていないはずなのに、体温が上昇するのを感じた。

 

 

 

 

 寝室に入り、女は指示されるがまま衣服を脱ぐ。

 いつかのようにオイルを取り出した言峰。「それって常備してありますの?」

「鍛錬の後に身体をほぐすために使うことがあるからな」「そういうところはマメですのね」タオルで身体の前の方を隠した女は、言峰の誘導に従ってバスタオルを敷いたベッドに横たわる。

 言峰の匂いが全身を包み込んで、また体温が上昇する。

 

(お願い、気が付かないで)

 

 気付いたところで、きっと揶揄うだけだろう。言峰のそういった悪趣味なところも魅力に感じてしまうから、ずるいのだ。

 普段の彼なら気が付いていた、女はそう思う。ただ、言峰は黙ったままだ。

 一言も発さないままそっと肌に手を滑らせる、それがなんとなく硬い気がして言峰の緊張を感じ取る。同時に、緊張が肌を伝って伝染ってきた。

 急かしたら藪蛇になる、分かっていて女は黙ったまま。肩から背中、背中から腰、腰から足先、時間だけが過ぎていく中、とうとう言峰が言葉を発する。

 掠れた声、それでもはっきりとした意思と主張が部屋に響いた。

 

「アー、君の全ての不幸を、私に明け渡す気はないかね?」

「……つまり? つまり、どういうことですの?」

 

 意味は分かっていた、分かっていたのに女は聞き直した。

 信じられなくて。信じたくなくて。信じて、裏切られたくなくて。裏切りたくなくて。

 言峰もそれを知っていて、回りくどいプロポーズをもっと端的なものに言い換える。

 

「君の生涯を見届けようと言っているんだが」

「言峰神父、それは――それは、教義に反しています。……だって、つまり、わたくしを娶ってくれるということでしょう?」

「そうだと言っている。内密に事を運んでしまえば今の時代だ、何も言われまい」

「ああ……神様」

 

 女はそう言うと不意に体を起こし、裸体からタオルがずれ落ちるのも気にせずに、頭から順に十字を切る。彼女なりの懺悔だったのかもしれない。

 だが、彼女が言峰を拒み切れるわけがなかった。鉄の女はついに陥落した。

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