Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
「ねえ、また今度にはならないかな……」
「だーめ、せっかくの機会だから、ちゃんと店員さんにみてもらおうねー?」
どうにか逃げようとする紅だったが、がっちりと捕まっており逃げられない。
そんな紅の手を引く少女……聖に連れてこられたのは、東館四階のとあるブース。
周囲を見渡しても、男性の姿は一部カップル連れ以外は見当たらない、ほぼ女性しか居ないこのフロア。
そんな光景と同様に、宙と昴ら男性陣の姿も見当たらない、
彼らは、紅の手を引く聖がどこに向かっているかを察した瞬間に……
「欲しい本の発売日だった、少し本屋見てくるね」
「喉渇いたから缶コーヒーでも飲んでるわ」
そう言って、紅が反応する間さえなく風のように立ち去ってしまった。
そんな、紅が強制連行されて来たこの場所。
世の中の男性のほとんどが恐れ忌み嫌い、踏み込むことを断固拒絶しながらも、どこか心の片隅で憧れは抱くであろう、神聖にして不可侵な、女性だけの場所――すなわち、女性用下着売り場であった。
「……べつにたいして無いんだから、適当で良くない?」
「あはは、絶対ダメだよー」
周囲を取り囲む色とりどりの下着に、いたたまれず視線を彷徨わせながら早く脱出したがる紅に、そう断言する聖。にこやかな表情で、しかし全く目が笑っていない。
「合わないのをつけてると、形が変になるんだよ。だからちゃんと合わせたものじゃないとダメ」
「そ……そういうものなの?」
少なくともお風呂場で確認した限りでは、問題あるようには見えない綺麗な形だったと思うけど……と、紅は自分の胸をペタペタ触れながらそこまで考えて、慌てて脳内に浮かんだその時の映像を振り払う。
「それで、私がいつも見てもらってる店員さんが居るの。腕は信頼できる人だから、せっかくだから紹介しておくね」
そう言って、紅にとっては実に目に毒なフリルとレースとパステルカラー塗れの空間を見回して、誰かを探していた聖だったが……
「あ、居た居た、佐々木さんお久しぶりです!」
そう言って聖が親げに声を掛けたのは、聖たちの母である茜さんと同年代か少し上くらいの、店員のバッジを付けたおばさん。ただしおばさんと言っても、まだまだお洒落で若々しく、綺麗な女の人だった。
「あら……聖ちゃんじゃない、久しぶり。それと……後ろの子は?」
「うん、私の友達。この子、フィッティングは初めてなんで、見てもらっていいですかー?」
「ええ、もちろん。はいお嬢さん、それではこちらにどうぞ」
「あ……はい」
フィッティングってなんだろう……そう内心で首を傾げながら、店員のおばさんについていく。
「現在のサイズは分かりますか?」
「えっと、母に用意してもらったので……」
「あ、私メモ持ってきてます」
――何故俺じゃなくて聖が持ってる。
そんな疑問の視線を聖へと送るも、紅の視線に気付いた彼女はふわっと笑ってごまかし、教えてはくれない。
……そうこうしているうちに、目的の場所、試着室の前に着いていた。
「それじゃあ、まずは採寸するから、あなたは中にどうぞ」
「は、はい……」
店員のおばさんに促され、紅は靴を脱いで試着室の中に入る。
すると店員のおばさんも中に入って来て、シャッとカーテンを閉めてしまう。
「それじゃあごめんなさいね、ちょっとその服だと正確に測れないから、上だけ脱いでもらっていいかしら?」
「あ、は、はい……」
女の人の前で服を脱ぐことなど……いや、入院中は結構あったのだが……慣れていないため、ガチガチに緊張しながらフードを取り、セーターをまくり上げようとした時。
ふと視界に入った店員のおばさんが、目を見開き紅のほうを凝視しているのに気が付いた。
「あ……ごめんなさい、こんな色なもので……」
紅の日本人離れした白い肌と髪は、ひどく目立つ。
いたたまれず、紅は脱いだセーターで胸元を隠した。
それを見て、店員のおばさんははっと我に返って頭を下げた。
「い、いいえ、お嬢さんがとても綺麗で驚いただけです、申し訳ありませんでした」
そう謝罪したおばさんは、ポケットからメジャーを取り出すと、手早く紅の体の採寸をしては手にしたタブレットに何か入力していく。
「それじゃ、今から試着と、フィッティング……色々と細かな調整をしますので、初めてだと少し恥ずかしいかもしれませんが、ごめんなさいね?」
「い、いえ、お願いします」
気を使って優しく語りかけてくれるおばさんに、紅が頷くと……もはやただ一枚、最後まで胸を守っていた衣服が取り除かれた。
胸が外気に晒されて、ひぅ、と変な声が喉の奥から漏れたが……すぐに、外にいる聖が店員のおばさんから伝えられたサイズのものを選んで持ってきていた、花柄の刺繍が可愛らしい白いブラをあてがわれる。
「お嬢さんは今年から中学生? お姉さんに連れられて、初めて自分で買いに来たのかな?」
「……ごめんなさい高校生です……あの子は同級生です、一応……」
「あ、あら……それはまたごめんなさいね」
「い、いえ、自分でも幼く見えるのは重々承知していますので……」
初見で今の紅の年齢を当てるのは、非常に困難だろうという自覚は紅にもある。
なんとなく気まずくなりながらも、店員のおばさんは手早く紅にブラを装着させ、何やら胸の周りをむにゅむにゅしながら紅に色々と付け方や調節の方法を解説してくれる。
今は同性とはいえ女の人に胸を触られるのは変な感じがするが、向こうはさすがプロだけあり、顔色も変わらない。
おかげであまり意識せずに身を任せていたら、やがて調整も終わり……こんな感じでどうでしょうか、と尋ねられる。
「おー……」
紅も着用の仕方は病院でレクチャーされたが、自分で苦心して身につけた時とはフィット感がまるで違う。
さらには、紅にとってはまるで魔法にしか思えないことに、何やら胸の間にささやかながらも谷間まで生まれていた。
付け方一つでここまで変わるのか……そう、感動すら覚えている紅なのだった。
「どこかきつかったり、苦しかったりは無いでしょうか?」
「あ、大丈夫だと思います……たぶん」
「では……こちらがお客様のサイズになりますので、NLDに登録しておいてくださいね。商品のデータを読み取って参照すれば、お客様の体型に合っているかどうか自動で判定してくれますので」
「あ、ありがとうございます……」
「このデータはメーカーと店舗、全て統一規格ですので、他店でも問題なく使用できます。それと、合わなくなったと思った場合、またフィッティングを依頼してくだされば更新しますので、また来店した際にはお気軽にお声掛けください」
そう事務的に説明を受けながら差し出されたタブレットから、NLDの個人データに情報をダウンロードする。
――便利だなぁ。
今まで知らなかった、女性の手により男性などよりもよほどフル活用されているNLDの機能に、ただただ驚愕するばかりな紅だった。
そうして採寸と試着も終わり、元どおりに着衣を整えて試着室から出ると……
「どう、終わった?」
「う、うん……」
「それじゃ、改めて色々探しにいこー!」
「え、さっき買ったので終わりじゃないの!?」
そう、なぜか楽しそうに紅の手を引く彼女に、紅は愕然とした表情を浮かべる。あの後、もう何着か試着していたというのに。
「もちろん。まだまだ入り用なものはあるからねー」
「いや、でも病院に母さんが用意してくれたのがあるし……」
「駄目、絶対足りなくなるもん。それに色々必要なのよー、夜に眠る時用だとか、生理が近い時のために安くて汚れても最悪捨てられる潰しが利く奴とか、最中用のとか……」
「生……理……?」
紅に言い聞かせるように、必要な下着類を挙げていく聖の、何気なく発した言葉に、ぎくりと固まる紅。
病院でリハビリの合間に話は聞いていた、女性特有の生理現象。そしてそれはいつか、紅にも来るはずのもの。
「……あ、そうだ、そっちの準備も必要よね。下着を買ったら薬局にも行こっか」
「……はい」
また正気度が下がりそうなこの後の予定に、紅はもはや何もかも諦めたような、光の失せた目で頷くのだった。
そうして下着を買い終えて、下着売り場から出たところで合流した昴と宙を捕まえて、薬局へと直行。
背後で正気度を削られている男性陣二人を他所に、聖から各種生理用品のレクチャーを受けながら必要なものをだいたい買い込んで…‥気がつけば、時間は昼を大幅に回っていた。
そうして、入った某イタリア料理のチェーン店で……紅は、すでに精魂尽きたようにソファに体を預けてぐったりとしていた。
「大丈夫か、おい」
「……ちょっと気疲れしたけど、大丈夫」
「ご、ごめんね。ちょっとはしゃぎすぎたかな」
どうにか返事をする紅を、心配げに見つめる聖と昴。
ちなみに宙は今、すっかり膨れ上がった荷物を車に積み込みに行っており、三人は宙の帰還待ちだ。
そうこうしているうちに、荷物を車に置いて戻ってきた宙も店内へと入ってくる。
「お待たせ……おっと、まだ頼んでなかったのかい?」
「あ、はい。これからです」
「おじさま、荷物を置いてきてくださって、ありがとうございます」
「はは……むしろ、聖くんには僕のほうが感謝してるよ。天理さんが居ないと女の子に必要なものなんてサッパリだからね」
だから今日は僕の奢り、好きなものを頼んでいいよと二人に告げる宙。
もともと物心ついた時から家族ぐるみの付き合いであり、いまさら余計な遠慮をするような関係でもない。皆それぞれ好きなものを注文する。
「……俺、モッツァレラチーズとトマトのピザと、フレッシュトマトのスパゲティ……大蒜抜きで」
「おう、紅、おかえり」
「紅くんも目覚めた時に比べたら、すっかり体力もついたよねぇ」
のそのそと身を起こし、自分の食べたいものを注文する紅に、二人からそんな声が掛かる。
確かに……疲労自体は精神的なものであり、肉体的には実はさほどでもなかった。
「まあ、天理さんの血を継いでる紅さんは、ちゃんと体力がついてくれば基礎スペックは高いはずだからね」
「そうなの?」
紅にとって、天理は仕事が忙しくて家にあまり帰れない人というイメージだ。
しかも日の下に出られないためにどうしても虚弱なイメージが付き纏い、あの人がそんなすごい肉体的スペックの持ち主には思えなかったのだが……
「うん、だいたいの物語の吸血鬼の能力を備えているからね、天理さんは。紅くんはハーフだからそこまでじゃないと思うけど、身体能力は気をつけないと色々な世界記録を鼻歌交じりに塗り替えるくらいはするようになるよ?」
「……マジですか」
「だから、体力がついてきたら逆にセーブすることも練習しないとね」
「うげ……」
ただでさえ、女の子の体が色々と大変なことを絶賛思い知らされ中の紅だったが……今度は種族のせいでまた気をつけることが増えるのかと、呻き声を上げたのだった――……