Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――それは、その巨体からは想像もつかぬほど、静かに舞い降りた。
見上げるほどの巨体と、それを支えるに足るだけの逞しい四肢と巨大な翼。
凶悪極まりない牙を備えるその顔には、黄金の瞳を持つ竜眼の他に、額に禍々しい血色の第三眼を備えていた。
その威容に、何百単位で集まったプレイヤーたちが、ゴクリと息を呑む。
そんな中――
『愚かな人間どもよ、見るがいい! あれがお主らが乗り越えねばならぬ災厄、邪竜ファーヴニルである!』
可憐な少女の声が、ヴィンダム中央政庁の屋上、遙かな高所から降り注ぐ。
夜を形にしたような漆黒のドレスに身を包んだその姿は、夜闇でも眩い白い肩と、爛々と輝く紅い瞳も相まって、月光に照らされて妖艶な雰囲気を醸し出している。
そんな少女は挑発的な表情を浮かべ、満月の光を背景にして、腕を組んで口上を述べては高笑いしていた。その姿は……まさに、夜を統べる魔王。
……だったのだが。
『む、何々?……これを読めばいいのじゃな?』
――おいマイク切れてねーぞ。
今度は明らかに運営から渡されたカンペを読んでいると思しき白髪の少女の発言に、周囲の者が皆、同じことを思った瞬間だった。
『えぇと、この戦闘で破壊された施設は、しばらく復旧までに時間がかかるからな! その間は利用できぬから、注意しろ……ってアホか!?』
ついに堪え切れなかったようで、運営にツッコミを入れている少女。
だが、さもありなん。ここは最初の街であって、利用者数は圧倒的に多い。そこの機能が落ちるような暴挙、これは頭のネジが緩んでいるとしか思えない。
そんなものを読まされてキャラ崩壊した少女を……この場に集ったプレイヤーは皆、哀れみを込めて見上げるのだった。
◇
「まったく……やはりこの運営、ちぃと頭おかしいのではないか?」
皆を代表して演説を終え、ぼやきながら戻ってきたクリムのそんな言葉。特等席に居たものは皆、曖昧な笑みを浮かべ明言は避ける。
「それでソールレオン、お前から見て、下の状況はどう見える?」
真面目な表情に戻ったクリムの質問に、街入り口に集ったプレイヤーたちを興味深そうに眺めていたソールレオンは難しい表情で口を開く。
「ふむ。初撃は引きつけて、弓と魔法の一斉射。しかるのちにタンク部隊で足止めしつつ、交代でスイッチしながら回復し持ち堪える。大規模戦闘の基本ではあるが……」
そこまで言って、ソールレオンが口籠る。
そのあとを継いで口を開いたのは、同じく眼下を覗き込んでいたシャオ。
「……指揮がお堅いですね。統率が取れる練度の部隊で、優秀な指揮官なら問題ないでしょうけど、まあ今回の話で言えば」
眼下での状況の推移を見つめながら……三人は。
「無理じゃろうなぁ」
「無理だろうなぁ」
「無理でしょうねぇ」
そう、ため息と共に、三人の魔王の意見が一致したのだった。
◇
――指示に余裕が無いな。
その青年は、そんな懸念と共に、前衛アタッカー部隊と共に街の外壁外にある岩陰に身を潜めていた。
どうやら指揮を執っている人間は、それなりに経験のある人物だろう。指示は無難ではあるが、完璧だ。
……その神経質な完璧さが、どうにも気になる。
まだこちらが未発見の時のファーストアタックは、最大のダメージチャンスである。
だが……それは、全ての者が足並み揃っていた場合の話だ。そして……
「おい、まだかよ……」
「もう、脚がすぐ目の前に……」
功名心、恐怖心、虚栄心……その他様々な要因により、伝播している焦りの気配。
「……よし、総員構えろ」
指揮をしているものから出された、そんな指示。弓や銃持ちは武器を構えスコープを覗き込み、まだ射程内には数歩遠い攻撃魔法使いたちは、詠唱を始める準備をする。
プレイヤーたちが潜む街の外壁、その下を通過していく邪竜ファーヴニル。
全魔法使いが相手を射程内に収めるまで、あと十歩、あと五歩……
……と、そんな時だった。
「おぉぉおおおッ!!」
極度の緊張と、功への焦り。
まだ後衛の準備が整っていない中で、崖上から飛び降り斬り掛かった者がいた。
さらには、抜け駆けはさせないとばかりにそれに触発されて先走る者たちが次々と現れ、流されるままに開戦する。
「馬鹿、まだ……くそ、仕方ない、皆、攻撃用意!!」
指揮を執っていたプレイヤーの指示に、慌てて矢をつがえ、呪文の詠唱を始める後衛たち。
だが……それは、あまりにも遅きに失した。
「よし、全員、一斉に放――」
指示を出す声が、まるでオーディオの電源を止めたようにプツリと途絶えた。
素早く首を巡らせた邪竜が、煩いとばかりに大声で指示を出していたプレイヤーに放った黒い閃光。
傍にいた後衛職も道連れに、指揮を出すはずだった者が一瞬でこの戦場から消失していた。
指示がなく、前に出ていいのか判断できずに彷徨うタンク部隊。それでも即座に自己判断で前に出たものが、しかし支援を受けられず踏み潰される。
足並みが乱れ、攻撃タイミングがずれた後衛職の攻撃はまばらで、相手を怯ませるだけの痛手を与えられず、邪竜の尾に薙ぎ払われ、黒い業火で焼き払われていく。
果ては逃げ出す者が現れて、戦況はあっという間に潰走の模様を呈していた。
チッ、と、前衛部隊の中に居た青年……スザクが、その惨状に舌打ちした。
連れの少女にせがまれて、とうとう参戦することになってしまった大規模レイドバトルだったが……
「だから俺は嫌だったんだ……っ!!」
最終的には「自分も参加したい」とわがままを言う少女をどうにか言いくるめて諦めさせ、参加したこのイベントは……最初の最初から、暗雲しか立ち込めていなかった。
あの指揮官の指揮は、決して間違えていたわけではない。皆がその指示通り動ける集団ならばなんの問題は無かった。
だがこの自由参加……悪意をもって言い換えれば烏合の衆での大規模レイドバトルにおいて、集ったプレイヤーはその作戦を確実にこなせる練度を持ち合わせていないことを失念していたのだ。
だが……そんな混乱の最中。
突然、ファーヴニルの片目に閃光が着弾し、その眼球が爆ぜた。
――狙撃!?
だが、ターゲットも安定しないまま暴れている邪竜の目を正確に狙撃するなど、生半な技量ではない。
慌てて周囲を見回すと……いた、塀の端にある物見塔の上に、ライフルを構えた少女の姿。
スザクが彼女を発見するのとほぼ同時に、邪竜が己が眼を潰した少女を見つけてしまい、忌々しげにブレスを放つ。
「にっ――ッ!?」
思わず逃げろと叫びかけたスザクだったが……だがしかし、その心配は杞憂に終わった。
その時にはすでに立ち上がっていた少女はワイヤーのような物を放って反対側の塀へと飛び移っており、そのブレスは何も無い場所を灼くだけに終わった。
その際に、何か燕のような形状の小さなものが三機、少女の背後から放たれたのがスザクには見えたが……あれは、何かのスキルだろうか?
「雛菊ちゃん!」
「任せるです!」
そうライフルを手にした少女のものと思しき掛け声に、地上、すぐ傍で答を返すもう一人の少女の声。
見れば、右往左往するプレイヤーの群れからまた一人、大きな狐耳と狐尻尾を持つ少女が、はるか巨大な邪竜へと駆け出していた。
それを見たスザクも、咄嗟に狐少女を追って飛び出す。
「君、一人じゃ無茶だ!?」
「ならば、お兄さんも腕が立つとお見受けしました、お手伝いお願いしますです!」
そう間髪いれずに返した少女の表情は、恐怖……など微塵もない。
彼女は強敵に相対した喜びに打ち震えて口元を歪ませており、その金色の目が爛々と輝いて敵を見据える様は、バーサーカーもかくやという危険な色を帯びていた。
――いや、子供がなんて眼をしてんだよ。
背筋に薄ら寒いものを感じつつも、今はその臆さない姿勢は望ましい状況だ。
「……ああ、もう! 分かったよやってやるよ!」
さすがに少女に胆力で負けるなど、スザクの沽券に関わる……それがたとえ、明らかに向こうのほうがずっと上等な装備を纏う上級者であってもだ。
――なんだか最近、女の子が関わるとだいたいロクな目に遭ってないな畜生!?
心のうちで悪態を吐きながら、凄まじい速度で疾走する狐少女に追従する。
「君、しばらくしたら、今やられた者たちも復帰してくる! それまで生きて持ちこたえるぞ!」
「はい、了解しましたです!」
案外と素直にスザクの指示を聞き入れてくれる少女にホッとしつつ、邪竜の視線を引きつけて混乱した戦線から引き離し、彼らが立ち直る時間を稼ぐために、その正面へと飛び込んだ。
こうして、ウヤムヤのうちに大規模レイドバトルに参戦する羽目になったスザクは、半ばヤケクソ気味に、巨大で強大な邪竜へと本気で立ち塞がる羽目となったのだった――……
「代表、やっぱりテイアⅡがめちゃくちゃ臍曲げているみたいです!」
「なんでじゃあッ!?」