Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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邪竜ファーヴニル討滅戦②

 

 ――絶望的な戦況の中に突如現れた、強大な邪竜に果敢に立ち向かう青年。

 

 僅か数分で壊滅した味方陣営に、もはや皆、無力感に項垂れて、半ば諦観の中にあるプレイヤーたち。

 だがその目の前で、諦めずに邪竜を自分たちの方から引き離そうとする彼の存在に……一人、また一人と、意気を挫かれたはずのプレイヤーたちは、己が武器を手に握り直し、再び頭を上げ始めていた――……

 

 

 

 

 

 

「この場は俺とこの子らで引きつける、お前たちはまず態勢を立て直してくれ!!」

 

 そう叫びながら、青年……スザクは上から降ってくる邪竜の爪を、手にした剣に左手のバックラーを添えて、かすかに片膝を落として受け流す。

 

 火花を散らして逸れていく爪が大地をえぐり、深い傷跡を残す中……その巨大な脚に向けて、鱗の隙間をこじ開けるように逆手に握った短剣を突き刺し、抉る。

 

 

 ――竜の叫び声が、ヴィンダムの街に響き渡った。

 

 

 そこに込められた感情は、苦痛ではなくただひたすらな怒り。

 竜の巨体からすれば、スザクの短剣で刺された程度、ちょっとトゲが刺さったようなものだろう。

 

 だが傷つけられた恨みからか、邪竜はスザクのほうを再度苦々しく睨みつけ、即座に転進したその小さな背中を引き裂かんと追い始めた。

 

「このまま誘導する、まだ撃つな!」

 

 そう叫んだスザクの声と身振りに、最初に邪竜の目を撃ち抜いたあの狙撃手の少女の、遠方から機会を窺っていた銃口が邪竜から外れる。

 

 ――優秀だな、あの狙撃手。

 

 先ほど邪竜の攻撃を避けた際に見せた、射撃ポイントに固執せずすぐさま移動する判断力と思い切りの良さ。

 おそらく声など聞こえていないだろう遠距離から、こちらの身振りだけで意図を読み取る洞察力。

 

 

 ――なるほど、敵対者でないことを感謝するばかりだ。相手にするとしたら、これほど厄介な狙撃手もなかなか居ない。

 

 

 そんなことをついいつもの癖で考えてしまっていることに苦笑しながら、スザクは狙撃手の少女が移動し始めたのを確認し、邪竜から付かず離れずを維持して駆け続ける。

 向かうは……木々が生い茂っているため隠れ場所がそこら中に存在し、邪竜も思うように動けないであろう町外れの開拓エリア。

 

「頭、危ないですよ!!」

 

 不意に上空から響いてきたのは、幼い少女の声。

 見上げるとそこには……どうやら信じ難いことに、暴れる邪竜の背を首まで駆け上がってきたらしい狐の少女が、宙へと身を躍らせたところだった。

 

 雷光を纏った、全身を独楽の如く回転させての斬撃。

 それが、まるで竜の右前脚をなぞるように執拗に斬りつけながら、あたり一帯に紫電を撒き散らす。

 

 そうして邪竜の右前脚に無数の焼けた傷跡を付けて降りてきた狐少女が、スザクに並走を始める。

 

「私は戦うことしかできないです、指示はお兄さんにお任せしますですよ」

「……ああ! ひとまずはもっと戦いやすい場所へ誘導するぞ!」

「合点です!」

 

 先の斬撃のダメージによって少女へと向かったターゲット。

 それを、今度はスザクが初級神秘魔法『フラッシュ』で奪い返す。

 

 ターゲットが外れてフリーになった雛菊は、着地したばかりの邪竜の前脚に、振り向きざまに居合いを繰り出す。

 どうやら少女の手にした太刀は相当な業物らしく、スザクの剣では傷つけるのがやっとな邪竜の鱗を、数十枚斬り飛ばした。

 

 

 

 まとわり付く二匹の矮小な存在がどうやっても消え去らない。そんな煩わしさを感じているらしい邪竜が、苛立たしげな咆哮を上げる。

 

 二人はそんな邪竜の視線を惑わすように、位置を何度も入れ替えながら郊外へと向けて疾走するのだった。

 

 

 

 ――必死に邪竜の攻撃を捌いている彼は、その必死さ故に、気付いていなかった。

 

 その、皆を救おうとたった二人で強大なレイドボスへ立ち向かう姿に触発されて、一人、また一人とその目に力を取り戻し、立ち上がっていたことを。

 

 そして、絶望下にあってなお皆に勇気を奮い立たせ、再び立ち上がらせる者……それこそまさに『勇者』と呼ぶに相応しい者であるということを――……

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ――所変わって、ヴィンダム中央政庁屋上。

 

 

「あやつは……!」

 

 クリムの視線の先に居るのは、雛菊と並走している青年……先日『堕ちたエルダートレント』戦で共闘した、紅い剣を所持していた『勇者様』の青年。

 

 念のため、あの時一緒に居たフレイに視線を送ると、彼も間違いないと頷いた。

 

 どうやら普段はあの赤い剣は使用していないようだが……しかし、そこそこの剣と防具で随分と粘っている。

 

「へぇ、君はあの青年が気になるのかい」

「ずいぶんと頑張っているみたいですね……ブーストがあるとはいえ、ちょっと異常ですね」

「うむ……まぁな」

 

 このレイドバトルにおいて、プレイ時間が規定値に満たないもの、生産スキルに多くのポイントを振っている者など、なんらかのハンデを抱えている者には『抗う力』という特殊バフが付与されており、全ステータスが一定基準まで底上げされている。

 

 だが……混乱した戦線を守るため、邪竜の視線を引き付けて誘導し、一人時間を稼いでいるその青年のしぶとさは、はっきりと異常だった。

 

 なんせ、何十ものタンク職で凌ぐことを想定したボスの攻撃だ、防御特化でもない者がまともに受けた場合、たとえ初心者用ブーストが掛かっていたとしても、ひとたまりもなくそのHPを全損するだろう。

 

 だが青年は、確かに竜の攻撃を受け流して生き残っている。邪竜の大きさと比較すると、小枝にしか見えない剣一本で。

 

「……『あれ』ができるとは、奴め、何者だ?」

 

 案外、『勇者様』というのもあながち間違いではないのかもしれぬなと、クリムが内心で独り言つ。

 

「ああ……そうか、どこかで見た事がある動きだと思ったら、君の体捌きと同じような技術か」

「うむ……」

 

 ソールレオンの腑に落ちたという声に、クリムが首肯する。

 

 ――単身、邪竜の攻撃を凌ぎ続ける……それを辛うじて持ち堪えているのは、ひとえに青年の技量。

 

 敵の攻撃の流れに合わせてステップを踏むことで衝撃をいなしながら、微細に角度を変えた剣で最小の接触で受け流している青年の技量による賜物だ。

 

 ――だがそれは、漫然と長時間プレイして身につくというわけではない。

 

 一度でも仕損じたら打ち倒されるほどの、極限の攻防。それを、反射行動で繰り出せるまでに身体が覚え込むほどの多くの戦闘経験が必要だろう。

 

 クリムが長年『師匠』に負け続けた中で獲得したように、何年も強敵相手にギリギリの戦いを続けた者にだけ会得できるような絶技だ。

 

「あやつは、いったい……」

 

 どこか得体の知れぬ青年に、クリムは畏れを抱くと同時に……新たな強者の登場の予感に、喜悦の笑みを浮かべるのだった――……

 

 

 

 

 





 ちなみに郊外の開拓エリアっていうのは、以前に暫定ギルドランク決定戦でラインハルトとシャオの二人に念入りに跡形もなく吹き飛ばされたあそこです。

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