Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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血の出る話とか苦手な人はご注意を。



変調

 

 

 紅たちが利用している市のやや郊外にある最寄り駅から、郊外に建つ杜乃宮の駅までの区間は、人口減の影響もあって座席に座れないということはあまりない。

 

 そのため、紅が隣の座席に座る聖に髪を結われるのは……もはや同じ時間に電車を利用する客に、まるで仲のいい姉妹を見守るような生暖かい視線を向けられるほどに……日常茶飯事なのだった。

 

「……なあ聖、毎日俺の髪を弄ってるけど、楽しい?」

「紅ちゃん、言葉」

「おっと……私の髪型を弄ってて、飽きたりしない?」

「飽きないよー。紅ちゃんの長い髪だと自分ではできない色々な髪型にできるもん」

 

 そう、上機嫌に紅の髪を梳いている聖。

 紅にはその気持ちがよく分からないが、聖のその様子は心底楽しそうであり、無理をしているようには見えない。

 

「……ふーん、そんなもの?」

「そんなものだよ〜♪」

 

 鼻歌まじり嬉々として紅の髪を梳き、持ってきたゴムで括り始める聖。どうやら今日は、やや後ろ付きのツーサイドアップらしい。

 

 静音化が進み、微かながらゴトゴトと電車に揺られる振動。

 頭を撫で回され、髪をさわさわと優しく触れられている感触。

 

「……ん? おい、紅?」

 

 紅を挟んで聖と反対側に座る昴の、そんな戸惑いの声がするが、もはや眠すぎてよく分からない。ただ、ちょうど良いからそちら側に体重を預けると、なんだかすごく具合が良い。

 

 そういった穏やかな刺激に意識が次第に薄れていき……紅はいつしか、夢の中へと旅立っていたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 ――やっぱり、何かおかしいよね?

 

 紅がそう思い始めたのは、試験期間なために午前しかない授業のうち本日のラスト、日本史の授業中だった。

 

 

 

「おい満月、起きろー」

 

 そんな先生の声と、丸めた教科書によって、相当手加減したと思われる優しさで頭頂部をぽこんと叩かれた紅が、ハッと目を覚ます。

 

「あ……す、すみません」

「珍しいな、お前が授業中に居眠りなんて」

 

 あまり怒った風ではなく、むしろ心配そうに紅を見下ろす教師に、かえって恐縮してしまう。

 

 教室内からは、クスクスというクラスメイトの笑い声が聞こえてくる。

 しかしそこには悪意などは無く、むしろ何やら生温かいものを感じる空気に、恥ずかしくて顔を真っ赤にして俯く。

 

「まぁ、いつもは真面目に聞いてるお前だから、おおかたテスト勉強の頑張りすぎだろ。あと少しだから、もう少しだけ頑張れ、な?」

 

 そうポンポンと、先程叩いた紅の頭を撫でながら締めくくり、授業を再開する日本史の男性教諭。

 

 ――なんだか今の姿になってから、先生や皆、やたらと優しい気がする。

 

 紅は普段真面目に授業受けてると得だなぁと思いながらも……はて、中学の時に、うっかり授業中に寝落ちした時は、ここまで優しかっただろうかと首を捻る。

 

 そして……なぜ授業中に寝入ってしまったのか。むしろ睡眠時間はいつもより長かったし、電車内でも眠ってしまったのになと、もう一度首を捻るのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「……ねぇクリムちゃん、やっぱり今日も休んだほうが」

「……え? あ、ごめん委員長、ボーッとしてた」

「それだけならいいんだけど……」

 

 

 ――今は、現実世界ではすでに夜。『Destiny Unchain Online』内のセイファート城内。

 

 昨日と同じようにゲーム内で勉強会をしていたクリムたちであったが……気付いたら、皆がクリムのほうを心配そうに見つめていた。

 

 確かにボーッとしていたことは認めるが、なぜそのような目で見られているのか分からず、クリムが首を傾げていると……

 

「クリムちゃん、指、指」

「指……?」

「らしくないぞお前、皆の邪魔するみたいな真似」

「え? ……あ、ご、ごめん」

 

 フレイヤとフレイの指摘を受けて、ようやく自分の異変に気付いたクリムが、皆に謝罪する。

 どうやら……ボーッとしていた間ずっと、クリムは苛立たしげに机を指先でコツコツ叩いていたらしかった。

 

「……そうだな、我はもう休ませてもらう。皆、頑張ってな」

 

 自分がなんだかおかしいことを、今日一日で幾度も実感させられていたクリムは……それだけ皆に告げるとすぐさまログアウトして、逃げるように現実世界の自室へと帰ってきた。

 

 もうすっかり暗くなった部屋のベッドの上で、はあぁ……と自己嫌悪のため息をつく。

 

「はぁ……何やってんだろ、俺」

 

 今日一日中、何もかもが上手くいっていない気がする。

 

 夕飯を食べすぎたのだろうか、若干張ったような感じとむかむかする不快さがある下腹をさすりながら、仰向けの姿勢からごろんと体を転がして、体を丸めるような体勢を取ってベッドへ寝転がる。

 

 

 ――あ、眠い。

 

 

 途端に襲ってくる睡魔に、ひとたまりもなく陥落した紅が目を瞑り、身を委ねる。

 

 眠りに落ちる直前、脚の間を何かが伝った気がしたが……それを気にする暇すらなく、その意識は闇へと沈んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「――痛っ、た……ぁっ」

 

 ……翌朝の目覚めは、最悪の一言だった。

 

 不意に、ギリギリとお腹の中を雑巾搾りにされているような激痛を感じ、ベッドの上でもぞもぞと身を捩り、下腹を押さえて蹲る。

 

「ふっ……っ……何、これ……」

 

 額を伝う脂汗。浅く喘ぐように息をしながら、痛みを堪える。

 どうにも倦怠感が酷い中で、お腹だけが今まで体験したことが無いような感じでキュゥゥ……ッと絞られるように、めちゃくちゃに痛い。

 少しでも痛みから逃れようと、寝返りをうつために腰を少し浮かせた瞬間……ツツッ、と何かが股間から溢れた感触に、ギクリと身を強張らせる。

 

「……っ!?」

 

 紅は何か嫌な感触を感じ、痛みも忘れ慌てて跳ね起きた。

 

 ――下着が、濡れている感触がした。

 

「えぇ……嘘、でしょ、高校生にもなって……」

 

 頭を抱えながら、のそのそと起き上がる。

 

 今朝も帰宅しているはずの父が、昨日みたいに眠っていてくれますようにと祈りながら、洗濯(ショーコインメツ)の算段を頭をフル回転させて組み立てながら。

 

 

 ……目覚めた直後は、体の構造の違いのせいで止め方も分からず色々大変だったのだけれど、入院中にさせられたトイレトレーニングでそうした問題は解決した。

 

 したはずなのだ。

 

 だが、今まさに下腹に伝わる不快な湿った感触に、まさか、この年にもなって……そう真っ青になりながら、意を決してベッド上、股間のあたりを見る。

 

 

 

「……え」

 

 

 ――赤い。

 

 

 それが、第一印象。

 何もかもが想定とは違う。一瞬でここまでの考えが吹き飛び、うまく頭が回らない。

 

 だが……この光景を見た瞬間から思い出したように、再度じくじくと痛みだした下腹と、鼻につく血の生臭い匂いだけが、これが夢ではないことを如実に主張していた。

 

 紅は喉の奥からこみ上げてきた気持ち悪さに……思わずその口を、震える手で覆う。

 

 

 ……ゲーム内のエフェクトならばともかく、現実世界の紅は、一週間に一回だけ吸わせてもらっている聖のもの以外、全ての血が苦手だ。

 

 そんな紅が、赤い筋が残る自分の脚や、元の白い色がほとんど分からないほど真っ赤に染まったショーツ、点々と赤い染みが広がるベッドシーツを目にしてしまい――ふっと、その意識は遠のいていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ――その十分ほど後、満月家の隣に建つ古谷家にて。

 

 

『ひじりたすけて、しぬ』

「ちょ、え、紅ちゃん!?」

 

 聖に宛てて送られた、そんな変換すらままならない様子の短いメッセージ。

 

「姉さん、そろそろご飯食べないと遅刻……」

「ごめん昴、一人で食べて先に登校して!」

 

 登校準備中に何気なくそのメッセージを見た聖は……途中だった髪を結うのもそこそこに、呼び止める昴も振り切って大慌てで家を飛び出し、隣に住む幼なじみのもとへと駆け込むのだった――……

 

 

 

 

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