Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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南の島へ

 

 皆集合したところで、目的地へと向かう連絡船へと乗り込む一行。

 このために新造したらしき、真新しい最新鋭のクルーズ船。その一階ラウンジにて、皆でテーブルを囲んで目的地までの到着を待つ間。

 

 

「そういえば紅。結局、明日からの『Destiny Unchain Online』のイベントはどうするんだ?」

 

 そう尋ねてきたのは、紅の対面に座る昴だった。

 

 

「うーん……でも、私ら水着用意してなかったからなあ」

 

 そう、微妙に昴から目を逸らしながら答える紅。

 

 公式のイベント情報によれば、探索イベントの舞台となる浮上した海底都市には、ところどころ水没したエリアがあるらしい。

 そのため、水中活動能力が上がる水着装備がほぼ必須と思われるのだが……今回の旅行準備にかまけていて、すっかり忘れていたのだ。

 

 ――というのが建前。

 

 だって今回のイベント導入からして絶対ホラーじゃん……というのが、今回紅がわざと準備しなかった真の理由だった。

 

「そうかそうか、お前、まさかホラーが苦手だからわざと準備してなかったとかじゃないんだな?」

「ぐっ……ハハハ、まさかそんな」

 

 さすが付き合いの長い昴のさりげない追及に、正確に図星を突かれて冷や汗を垂らしながらもどうにか否定する紅だった。

 

 しかし……

 

「くくく……ところがぎっちょん!」

「皆の分の水着、龍之介さんの指示でバッチリ用意していたのでした!」

 

 やけにテンションが高い龍之介と翡翠のそんな言葉に、紅がビシリとその動きを強張らせた。

 

「めちゃくちゃ作りまくったからね、お店開けるくらいあるから好きなものを選び放題よ!」

「残念だったな紅の嬢ちゃん! この俺が、水着イベントなんていう美少女揃いのルアシェイアメンバーで配信したらポイントがっぽり美味しいであろうイベントを! みすみす見逃す手は無いだろうがァ!!」

「……あなた?」

「……ま、まあ、せっかくの旅行だしな。不参加ならそれはそれで構わんさ」

 

 ニッコリと、ただし目は笑っていない沙羅にそう問いかけられて、速攻で掌を返した龍之介。どうやら結構な恐妻家らしいと、なんとなく力関係を察した一同だった。

 

「……とはいえせっかく用意してくれたんだしね。ガチでの参加は難しくても、時間があれば遊びに行く、くらいはしようか」

「はいなの」

「分かりましたです」

 

 ホラーは嫌だけどと暗澹な気持ちになりつつも、そう結論付けた紅に、年少組が返事を返す。

 聖や昴、佳澄もとくに異論なしということで、だいたい合意するのだった。

 

 

 

 そうして明日のイベントについての話し合いが済み……船が目的地へと到着するまでの暇な時間、皆で親睦を深めている中で、紅は雛菊に請われて、カードゲームに興じていた。

 

 そんな時、ふと頭上から湧き上がるキャーという黄色い歓声。

 

「ねぇ天理おばさま、なんだか上の階がさわがしいですね?」

「うむ、おそらくはゲストで呼んだ外国の俳優が変装して同乗していたのが、バレたみたいじゃの」

「俳優?」

 

 聖の質問に、天理がそう答える。

 紅は、さすが大きなプロジェクトだけあるなぁと思いながら、先程桔梗の手札から取ったカードによって数字が揃ったもの二枚を捨てつつ、耳を傾けていた。

 

「うむ、名は確か……」

 

 そう天理が語る名は……あまり興味のない紅でさえ知っている、有名な洋画のスターだった。

 

「わ、私もちょっとサイン貰ってきます!」

「あ、わ、私も!」

 

 そう言って、ラウンジから慌ててパタパタと出ていったのは、佳澄と深雪。

 紅は、委員長はなんとなくそうじゃないかと思っていたが……どうやら深雪も結構なミーハーだったらしい。龍之介と沙羅の二人が、困ったものだと苦笑していた。

 

「雛菊は、興味無いの?」

「あー、私はテレビも映画もあまり見ませんので、正直よくわかりませんです」

 

 あっけらかんと無関心を貫きながら、カードを紅の手から抜き取る雛菊。

 とくに揃った札は無かったらしく、悔しそうにしているその表情を見るに、どうやら本当に興味ないらしい。

 

「私としてはぁ、もう少しそうした娯楽に触れさせてあげるべきだったと今更ながら思っていますぅ……あ、ありましたわ」

 

 そんな娘に対し、雛菊の手持ちカードから一枚抜き取りながら、桔梗がしみじみと呟く。

 

 

「でも、そうか。あの人がそうだったんだ、どうりでなぁ」

「ん? 紅ちゃん、俳優さんに会ってたの?」

「うん、さっき皆を待っているときに、急に英語で『かわいいね』って声を掛けてきた外国の人が居たんだ」

 

 聖の質問に、なんとなしに先程あった出来事を呟きながら、紅が桔梗の手札から一枚取る。

 

 

 特に執着らしきものも感じられず、軽く手を上げて爽やかに立ち去っていったあたり、ナンパらしくもなかったために疑問に思っていたが……なるほど、俳優さんのリップサービスというならば納得だ。ちょっとしたファンサービスだったのだろう。

 

 

 そんな風に、お、スペードとクローバーの4が揃った、と手札から捨てながら、呑気に考えていた紅だったが……

 

「……聞きましたか、天理さん」

「うむ……良かろう、俳優だかなんだか知らぬが、この船上から引き摺り出し、太平洋に沈めてくれようか」

「お付き合いします」

「って父さんも母さんも、何やろうとしてるの!?」

 

 剣呑な雰囲気を纏いスッと立ち上がった天理と、怪しく光る眼鏡の位置を直しながらユラリと立ち上がる宙。

 特に天理などは冗談抜きで背後に「ゴゴゴゴ……」という文字が見えるほどのプレッシャーを発しており、あ、これマジだと直感した紅は必死で両親を止める。

 

 

 

『――まもなく、神那居(かない)島、神那居島に到着します。乗客の皆様は、忘れ物のないよう下船の準備を……』

 

 

 

 ……と、ちょうどその時、もうじき目的地へ到着するという船内アナウンスが流れた。

 

「……チッ」

「命拾いしましたね」

 

 何やら物騒なことを言っている両親。

 その最高のタイミングで流れた放送のおかげで両親が犯罪者にならなかったらしい。

 

 どうやら我が家は決して龍之介のことを笑えなかったらしいと、この時初めて知った紅は……心底安堵した溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「わぁ、あれが泊まる場所なんですか!?」

「すごい、大きいの!?」

 

 連絡船が目的地である波止場へと接近するにつれ、間近に迫ってきたその施設を前にして……興奮した様子で手すりから身を乗り出すのは、雛菊と深雪の年少組。

 

 デッキに上がってきた皆の目の前に現れたのは、彼女たちがそう興奮するのもやむなしと思うほどに、巨大な真新しい建造物だった。

 

 

 

 ――東京の南に浮かぶ離島、神那居島。

 

 そこは「かない」あるいは「かんない」と呼ばれた、以前はまだ小さな集落があり、住人が暮らしていた島。

 

 東京一極集中が終わり人口が分散していく中で、最後の島民が離れ、廃村となっていた……そんな数ある島の一つだ。

 

 それを、大手レジャー運営会社が買い取り、再開発を始めたのがおよそ五年前。

 

 そうして今後の都市開発計画における試験的な意味も兼ねて、様々な企業が技術協力して設計されたのは……『積層型閉鎖都市』という、直径1キロメートルを超える広さのお盆を伏せて何層にも積み重ねた構造の、塔のような巨大建造物。

 

 パンフレットによれば、そのうち南側内部は吹き抜けとなっており、そこがビーチとなっているらしい。

 残る北部分は怪物的な収容数の宿泊施設とさまざまなアトラクションが入る、巨大なレジャー施設なのだそうだ。

 

 その名を――『アイランドシティ神那居』といった。

 

 

 

「……なんか、嫌な思い出が蘇る構造なんじゃよなぁ、ここ」

「……奇遇ですわね蝙蝠婆、珍しく同意ですわぁ」

 

 何やら天理と桔梗の母親組が、若干引き攣ったような複雑な表情を浮かべてそのようなことを呟き、それを見た宙が困ったような苦笑いを浮かべていることに……事情が分からぬ紅は、ただ首を傾げるのだった――……

 

 


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