Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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視線

 

 ――海のある建物南側、ビーチへと向かう途中にある、併設された大きな更衣室。

 

 

 

 海へと遊びに行くならば当然、水着に着替えねばならない。紅は深く考えずに、なんとなしに更衣室に入ろうとし……

 

「おい、紅はそっちだろ」

「はい、紅ちゃんはこっちねー?」

「あ……そ、そうだった」

 

 ……危うく、昴について男子更衣室に行きそうになった。

 

 学校でもたまにやるミスだ。いまだに無意識に女子用の更衣室やトイレを避けてしまう。

 そんな紅が、昴に肩を押され、聖に手を引かれて反対側、女子更衣室に連れていかれる。

 

 そして、改めて立った女子更衣室の前。

 

「ほら、早く着替えちゃおう?」

「いや、私やっぱりホテルの部屋で……」

「もー、水着に着替えるだけでそんなんで、今晩のお風呂はどうする気?」

 

 ギクリ、と今まで深く考えていなかったことを指摘され、固まる紅。

 

「だからほら、行くよー」

「お、お邪魔します……」

 

 まだ男の意識が残るままこの入り口をくぐる罪悪感を「今の俺は女の子、今の俺は女の子」と自分に何度も言い聞かせて押し殺し、ギュッと目を瞑ってそのドアを開ける紅だった。

 

 

 

 

 ……結論から言えば、更衣室は一人ずつ簡素にブース分けされていて、あまり刺激の強い光景を見るようなことは無かった。

 

 ――なんか、遊ぶ前に疲れた。

 

 ドッと押し寄せる徒労感。

 

 しかし、ホッと安堵する一方で、結局は今晩のお風呂までの問題の先延ばしでしかないため、ちょっとだけ暗澹とした気分になる紅だったが……それも、着替えてビーチに出るまでのことだった。

 

 

「う、わぁ……」

 

 更衣室を出た場所のコンクリートの段差を降りると、もうそこは、人工設備の中に広がる本物のビーチ。

 

 海水浴なんて、もう行けないだろうなと思っていたが……今、目の前に広がるのは、その諦めかけていた白い砂浜と青く輝く海。

 

 水着で海に入っても寒くない程度に、適度に冷房の利いたそのビーチ。

 しかし、念入りに危なそうなごみは取り除いたらしきその南の島の白い砂浜には、あちこちに海の生物が闊歩しており、青く広がる海中には、キラキラと魚の鱗が光を反射する煌めきが見えた。

 

 だが……向こう側の光景を透かしながらも確かにその奥に聳える都市の壁は、ここがやはり巨大建造物の内部だということを声高に主張していた。

 

 そして……そんなアンバランスさこそが、男心をくすぐるのだということも、紅はよく理解していた。

 まるでSFの世界に迷い込んだようで、浮かれ気分で周囲に広がる光景を見回しながら外に出ようとした……そんな時。

 

「紅おねーさん、先に行くです!」

「あ、ま、待って雛菊ちゃん!?」

 

 横を、手を取り合って駆けていく小さな影……雛菊と深雪の二人。

 

「「海だー!!」」

 

 嬉しそうにそんな声を上げて段差を飛び降り、砂浜へと飛び出した彼女たちの様子を微笑ましく見送って、彼女たちを追いかけ、自分もビーチの砂に足を踏み入れた。

 

 

 ――チリっと、視線を感じた。

 

 嫌なものではないが、確かにこちらを向く視線。見渡せば、なるほど、何人もの紅を見ていた者たちと目が合った。

 

「あ……」

 

 好奇。

 情欲。

 

 気にすることはない、それは可愛い女の子を見た際に自然と向けてしまう、「あ、あの子可愛いな」という程度の男の本能みたいなものでしかない。

 

 

 だが……今の自分は、その欲情される対象なのだ。

 

 そしてその視線から身を守るものは、下着と大差ない面積しか隠せていない、頼りない衣服のみ。

 

 そんな自分の薄い胸や腰へと、蛇のように視線が絡みつくような感覚。

 

 

 そのことに思い至った瞬間……きゅう、と下腹が締め付けられるような幻痛がして、僅かに喉の奥から酸っぱいものがこみ上げて――

 

「……紅ちゃん!」

「……あ、聖?」

 

 ――背後から、耳によくなじんだ少女の声が掛けられて、ハッと我に返る紅。

 

 なんだか、誰かが名残惜しそうに笑った声が離れていくのが、どこからか聞こえた気がした。

 

 

 

「ねぇ紅ちゃん大丈夫? なんだか真っ青な顔してたけど、もしかして日光辛くない? 日陰にいく?」

 

 そう、慌てた様子で紅を覗き込んでいるのは……今、更衣室を出てきた聖。その後ろには、同じく心配そうな昴の姿もある。

 彼女の心配そうに紅の方を見つめている様子を見て……ふっと、冷静さが戻ってきた。

 

 

 ――あれ? なんでさっきまで、そんな深刻に考えていたんだろう?

 

 

「ごめん、大丈夫。ちょっと変なこと考え過ぎていたみたいだ」

「そ、そう?」

 

 急に憑き物が落ちたような紅の様子に、聖がパチパチと目を瞬かせる。

 

「と、ところでなんかやたらと視線を感じる気がするんだけど、水着の着方を間違えたとかそういう変なとことか無いよね?」

「大丈夫、すっごく可愛いよ!」

 

 不安げに周囲を見渡す紅に、打てば響くようなタイミングで、満面の笑顔で返事を返す聖。

 

「というか紅、お前は珍しくてかつ可愛いんだ、しかも今は水着っていう、普段と全然違う格好なんだぞ。想定して然るべきだったろう」

「そうだね……うん、そうだよねぇ」

 

 昴の呆れたような小言にも、返す言葉もない。

 更衣室や入浴時にどうするかで頭が一杯で、どこかで自分が見る側だと思い込んでいた気がした……どうにも、見られる側であるという実感を持っていなかった。

 

 もうだいぶ慣れた気がしたけど、まだまだだなぁと嘆息したのち、深呼吸して気分を入れ替える。

 

 ――うん、視線は相変わらず感じるが、それだけだ。

 

 まだ男にそういう目で見られるのは恥ずかしいが。非常に、非ッ常に恥ずかしくて涙が滲みそうになるが。

 

「……大丈夫?」

「……うん。ありがとう、聖」

 

 心配そうに様子を窺う聖へと、どうにか笑顔を作ってみせる。そして……今更ながら、言わなければならないことを思い出した。

 

「遅れたけど……聖の水着もよく似合ってるよ」

「あ……へへ、でしょー? 紅ちゃんと並んで負けないくらい頑張ったからねー」

 

 いやはや、可愛い幼なじみを持つと大変ですなぁと、しみじみ呟いている聖。

 

 そんな彼女が着ているのは、普段慎ましい格好が多い彼女にしては珍しいほどに大胆な、首後ろで留めるタイプの白を基調としたビキニスタイル。

 自然とそのたゆんと揺れる谷間に目が吸い込まれそうになるのを、精神力を総動員して抑え込む。

 

 ――あ、血吸いたい。

 

 白いうなじを前に、そんな本能がむくむく頭をもたげるのも、どうにか飲み込んだ。

 

「……ちょ、ちょっと私には眩し過ぎるくらいだけど。あと……」

「あと、なぁに?」

「……昴はともかく、他の野郎にその格好の聖が見られるの、なんかむかつく」

 

 胸中がもやっとするままに、ぼそっと正直な気持ちを声に出して囁いた紅のそんな言葉に……聖が、なんだか嬉しそうな様子でぷっと噴き出した。

 

「それじゃ……人の少ない向こうの岩場に行こっかー!」

「あ、わ、ま、待って!?」

 

 上機嫌に指を絡めて紅の手を掴み、歩き出した聖に手を引かれ……慌てて紅が彼女の背を追いかける。

 

 背後からは、何やら昴が呆れたような溜息を吐いて、付いてきている気配。

 

「姉さん、紅、おまえらさぁ……あんま試運転中のエアコンに負担かけんなよ?」

「何言ってんだ昴?」

 

 突然おかしなことを言い出した昴に、紅は本気で怪訝そうな目を向けて、首を傾げるのだった――……

 

 

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