Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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湯けむりの中で

 

 ――アイランドシティの一角にある温泉の一つ、その脱衣所。

 

 

「はぁ……今日はほんと、酷い目に遭った……」

「あはは……お疲れ様。でも紅ちゃんそこまで嫌ってわけでもなかったんじゃない?」

「それは、まあ……」

 

 聖の質問に答えながら、紅はしゅるりとワンピースの肩紐を解く。

 すると、ゆったりとしたその衣服は、重力に従ってパサリと床に落ちた。

 続いて、中に着ていた下着の透け防止用のスリップも同様に、パサリと落とす。

 

 それを屈んで拾い上げたところで……

 

「え、えっと……二人とも、どうしたの?」

 

 紅の目の前で、自分たちもキャミソールとショーツという脱衣途中の格好のまま、キラキラとした目で紅の方を見つめている二組の目と、目が合った。

 

「はー……お二人とも、大人の下着です……大人っぽいです……」

 

 自分の、ジュニアブラに包まれた真っ平らな胸をペタペタ撫でながら、キラキラした羨望の眼差しで紅たちをまじまじと見つめてくるのは……雛菊。

 

「うっ……そ、そうかな……?」

「はいです! さすが高校生にもなると、大人って感じで憧れますです!」

「ふふ、ありがとう、雛菊ちゃん」

 

 さすがというか、軽やかに受け流す聖。

 それに対して紅はというと、そんな少女の真っ直ぐな言葉が妙に気恥ずかしく、思わず腕で胸を隠す。

 

 おそらくは……親たちみたいな完全な大人ではなく、いくつか年上の、自分たちもあと数年で追いつく場所にいるお姉さんである紅と聖だからこそ、雛菊はここまで興味津々なのだろうとは思う。

 が、今はその純粋無垢な羨望の眼差しが痛い。

 

 一方で……

 

「満月お姉さん、お肌綺麗なの……雪みたいに真っ白で、スベスベで……はぁ……」

 

 こちらは別種の憧れの視線、まるでお姫様に憧れる少女の眼差しを向けてくる深雪。

 そんないたたまれない視線からそそくさと逃げるように、紅は急いで下着も脱ぎ、脱衣所を出るのだった。

 

 

 

 そうして逃げた先で……いつものように聖に捕まって、連れていかれたブース分けされた洗い場にて。

 

「……ねぇ聖。なんか、いつもより念入りじゃない? こんな丁寧に洗う必要ある?」

「あるよー♪」

 

 後ろを見ないよう鏡を直視するのだけは頑として避けながら、背後で上機嫌に鼻歌を歌う聖にボヤく。

 

 特に髪を念入りに、普段よりも倍以上の時間をかけて洗われ、今は丹念にコンディショナーを擦り込まれているこの状況に、紅は完全に飽きていた。

 

「いっぱい海水を浴びたからねー、ちゃんとお手入れしないと傷んじゃうもん」

「でも、一回更衣室のシャワールームでも洗ったじゃん……」

 

 文句を言いながらもされるがままになっているうちに、ついに洗い終わる時がくる。

 纏められ、タオルで包まれてようやく「はい、もういいよ」と聖の許可が下り、フラフラと疲れ切った様子で浴槽へと向かう。

 

 ――やっぱり、自分でも洗い方覚えよう。

 

 いくら聖が好きでやっていることとはいえ、やはり人に手間を押し付ける立場に甘えるのは違うよな……と、ようやく今から自分の髪を洗うらしい聖の後ろ姿を見ながら、そう誓うのだった。

 

 

 

 

 そうして向かった大浴場には……見知らぬ様子をした、見知った人物が居た。

 

「……大丈夫ですか? なんだかすごい顔色ですよ? ……えっと、沙羅さん?」

「…………あ、満月さん?」

 

 湯船に半身を浸しながら、尋ねる。

 何故疑問形だったのかというと、彼女がいつもの凛とした様子ではなく、非常に具合悪そうだったからだ。

 

 ――酒くっさ。

 

 そんな言葉を飲み込んだ紅の視線の先では、あからさまにグロッキーな沙羅が、ノロノロと紅の方を向く。

 

 ちなみに、共に酒盛りしていた翡翠は呼びに行った時にはもう完全に潰れており、今は委員長が看病している。そのため、彼女は明日の朝入ると力無く言っていた。

 

「飲んでお風呂って、あまり良くないんじゃなかったですっけ?」

「……だって、こんな長い連休でリゾートの温泉に入る機会なんて、次はいつ来るか分からないもの」

「はぁ……お仕事お疲れ様です……?」

 

 そんな様子で駄々を捏ねる沙羅の様子に、紅は、やっぱり大人は大変なんだなぁと、同情する。

 

 そのまま、しばらくは無言の時間が続いた中……空気に耐えかねた紅は、聞きたかったことを口に出す。

 

「沙羅さんは……知ってますよね、私……いえ、『俺』のこと」

「……ええ、そうね。患者さんのことですし、事情は聞いています」

 

 さすがに真面目な話の気配を察し姿勢を正した沙羅に、さらりと、そう返された。

 

「その……平気なんですか? 一応、元は男な私と、こうして同じお風呂に居て」

 

 言ってしまってから、ゴクリと唾を飲み込む。

 排斥されたら……と思うと、恐怖に震えそうになる、が。

 

「……仕事柄かしらね。むしろ、そうやって気を使わないといけない満月さんの境遇に同情してしまうかしら」

 

 返答は、ぽん、と優しく頭に手を置く感触だった。

 

「大丈夫、短い付き合いだけど、これまでで、あなたがその立場を悪用するような子じゃないのは、よく分かってるわ」

「……はい」

 

 真剣な目でそう告げる沙羅の言葉に、紅はツンと鼻の奥が痛くなったのを堪える。

 

「それに、あなたはどうあがいても肉体的には女の子なのよ。だったら女の子として振舞わなきゃね、お着替えも、おトイレも、お風呂も」

 

 戸籍も、過去に付き合いのあった者たちの記憶でさえも、目覚めた日には天理の根回しにより全て改竄済みだ。もはや世間では、紅は紛れもなく女性である。

 

「そもそも私は、あなたが男の子の時をデータファイル以外じゃ知らないしね」

 

 あまり実感ないのよね、満月さんが可愛すぎて、と苦笑混じりに言われ、照れる紅だった。が……

 

「ということで、ごめんなさい真面目な話は限界……うぷ」

 

 言うことは言ったとばかりに、ぐたっ、と背もたれに体を預けてダウンする沙羅。

 紅は、あられもなく色々とフルオープンなその様子から、真っ赤になってバッと顔を逸らす。

 

 

 ――良い話だったのになー。

 

 

 というか沙羅さんは、もっとクールな大人の女性だと思っていたのに。否、実際にそのはずなのだ。

 

 それがこうなっているのはお酒のせい。お酒に呑まれるのはよくない。そんな反面教師の様子に、とてもやるせない思いを感じる紅なのだった。

 

 ――外行こう。

 

 人が多い内風呂は、一糸纏わぬ女の人がたくさん闊歩していて紅には色々と目に毒だ。

 そう思い浴槽から出た紅は、外、露天風呂へと出る扉を潜る。

 

 

 

 そこは……上からの覗き見を防止するために屋根が掛かった、自然岩などをさりげなく配置した庭のような、海が見える浴場となっていた。

 

 ほへー、とその光景に魅入っていた時……ちょうど一陣の風が紅の体を撫でて去っていく。

 

「ひゃんっ!? ……は、早くお風呂に」

 

 いくら夏真っ盛りとはいえ、さすがに夜気は、湯で火照った肌よりは冷たい。

 

 素肌を撫でる風に一つ体を震わせた紅は、浴槽へ向かおうとして――

 

「ひゃああ!?」

「お゛っ!?」

 

 突如背後から、腰に衝撃。紅の口から、思わず変な声が出た。

 今の吸血鬼の身体能力もあり、辛うじて湯船に掛かる東屋の柱を掴んで堪え、何者かに後ろから抱きつかれる形で転倒からどうにか耐え凌ぐ。

 

「ご、ごめんなさいなの……!」

「そ、それはいいから、早く退けて……!?」

 

 でないと、色々やばい。

 紅は遮る物が何もなく少女と密着した背中に……柔らかい二つの感触を感じながら、だらだらと冷や汗をかいていた。

 

 バタバタ慌てながらもなんとか密着状態から脱出し、ぜぇはぁと荒い息を吐く二人だった。

 

「はぁ……大丈夫?」

「……うわぁ、きれい……ほんと、おひめさまみたい……」

 

 月の光を浴びて佇む紅を見上げ、何やら小声でぶつぶつ呟いている、様子がおかしな少女の声。

 

 申し訳ないという罪悪感を心配が勝り、どうにか暴れていた心臓を鎮め、振り返る。

 

「深雪ちゃん?」

「……は、はいなの、大丈夫です!!」

 

 紅が振り返ったそこには、床にペタンと座り込み、恥ずかしそうに両胸を腕で隠したまま、何故かポーっと紅を見上げている少女……長い髪をタオルで包んでまとめた深雪の姿があった。

 

「うぅ、ごめんなさい。床に足を滑らせてしまって……」

「そ、それはいいから、早くお風呂に入ろう」

 

 目の前の可愛い年下少女の、普段は髪に隠れているうなじとか、何とは言わないが胸に集中するあまりに無警戒な下の方とか、このままでは色々と目の遣り所に困る。

 紅はどうにか彼女の体を直視しないよう気をつけながら、未だ恐縮する深雪の手を引いて、湯船へと足を踏み入れた。

 

「んっ……ちょっと、中の温泉とは泉質が違う?」

「ちょっとぬるぬるしてますね……あふ」

 

 二人、露天風呂に肩まで身を沈める。じんわりと、夜気に冷えかけた体が温められ、思わず、はふぅ、と口から吐息が漏れた。

 

 内風呂よりは少し粘性のあるこちらのお湯は、僅かに白く濁りがあり……泉質云々以上に何よりも、いい感じに湯の中の光景を隠してくれていることに、今度こそホッと安堵する紅なのだった。

 

「改めて……本当に申し訳ありませんでした……」

「いや……うん……」

 

 今にものぼせて倒れそうなほど真っ赤になった彼女の言葉に、紅はなんと返せば良いか思い浮かばず、曖昧に言葉を濁す。

 

 しかし……首筋まで真っ赤になって、キツく胸を隠す彼女。そこにはっきりとした谷間が刻まれているのを見た瞬間、確信があった。

 

 

 ――負けた。

 

 

 三歳年下の少女の意外にも実ったその部位に、自分の辛うじて柔らかく膨らんでいるものをペタペタと撫でながらガックリと内心で凹み……いやいや、何悔しがってるのと、慌ててそんな考えをどうにか振り払う。

 

 序列:聖>深雪>紅>雛菊。

 

 否が応でもそんな不等式を脳裏に浮かべながら。

 

 

 ――だ、大丈夫、雛菊には勝ってるし!

 

 

 ……とそこまで自己弁護を考えた後。

 

「って、小学生に勝ったからなんだっていうのさー!?」

「み、満月お姉さん!?」

 

 何故、まだ二次性徴が来たかも怪しい子相手に勝ち誇っているのか。

 紅は虚しさ極まる勝利宣言を上げたことに自己嫌悪からガーッと咆哮を上げ、頭を掻き毟る。

 

 何やら七面相をしていた紅を訝しげに眺めていた深雪は……ついにはそんな奇声を上げ奇行に走り始めた紅を、慌てて宥めるのだった――……

 

 

 

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