Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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お昼休憩

 

 実に数時間に亘る、初めての長時間配信を終えて、現実世界へと帰参した紅たち。

 

「ん……っ」

「紅ちゃん、おへそ、おへそ」

「別に……気にしない……っ、ふぅ」

「もう、男の子の目がなければオーケー、ってわけじゃないんだよ?」

 

 紅は、ずっと横になっていたために強張った体を、ぐっと伸ばす。

 そんなことをすれば、今の紅の格好はホットパンツにキャミソールというラフな部屋着なため、形の良い臍までチラッと見えるのだが……聖の指摘にそう返答し、ストレッチを継続する。

 

 元の紅も男子にしては体が柔らかい方だったが、こちらの姿はその比ではなかった。

 どうせ昴も龍之介も隣のリビングだしと、紅は特に頓着せずにほぼ百八十度股を開き床に座り込むと、ペタンと床に胸をつける。ここまで体が曲がるのは、体を動かしていてちょっと楽しい。

 

 そうして一通りストレッチを済ませ、傍に掛けてあったロングサマーカーディガンをキャミソールの上から羽織る。

 そうこうしているうちに、遅れてログアウトしてきた佳澄や深雪たちも、目を擦りながら起き出していた。

 

「ふわ……ママたち呼んでくるの……」

 

 やや眠たげに部屋を出ていった深雪は、せめてお昼は一緒にと約束していた、隣の客室で潰れている沙羅ら大人たちを呼びにいったのだろう。

 

「しかし……今更ながら、傍から見るとすごい光景だったよね、この部屋」

「あはは、この人数はちょっとした事件だよねぇ」

 

 昔はヘッドギアがあったらしいが、今はもうそんなものは無く、『Destiny Unchain Online』にログイン中はただ眠っているようにしか見えない。

 そんな状態で何人も横たわっているのだから、知らない人が見たらギョッとするだろう。

 

「ふぁ……ただいまです」

「あ、雛菊ちゃんもおかえり。ごはん食べにいくよ、桔梗さんにも連絡してねー?」

「分かりましたです!」

 

 そう言って、こちらもパタパタと隣室に呼びにいく雛菊。その背を見送っていると……

 

「む、お主らも小休止か」

「あ、母さん?」

 

 どうやら今戻ってきたらしい天理と宙が、部屋の中に入ってきた。

 

「僕たちも、今だいたいの仕事が終わってね、申し訳ないけど、チーフである古谷君たちはまだ最終チェックの最中だが……」

「そっか、パパたち、お仕事大変だねぇ」

「我らも残るつもりだったのじゃが、(かなめ)に『これは自分たちハードウェア担当の仕事、開発の人間は引っ込んで休みを謳歌してろ』と怒られてしまったわ」

 

 そう、誰かの物真似をしながら曰う天理。

 要……古谷要、聖たちの父親であり、天理と宙は彼のことを『仕事第一主義で気難しいが、不器用なだけで優しい人物』と評していた。

 

「聖君と昴君には、申し訳ないって言っていたよ。明日には必ず時間作るとも」

「もちろん我もそのつもりじゃ、明日は一日中休みにしてやる予定じゃから、精々孝行してやると良い」

「ありがとうございます、天理おばさま」

 

 久々に、父親とゆっくり過ごせるからなのだろう。そう、聖は嬉しそうに天理に礼を言うのだった。

 

 

 

 

 ――昼は、我が馳走しよう。

 

 そう皆に告げた天理に連れていかれたのは、アイランドシティ内にある高級海鮮と、精進料理も扱う割烹(かっぽう)であった。

 

 流石に大人数であったため、満月家と古谷家に佳澄を、工藤家と刀袮家に翡翠を加えた二つの座敷に分かれ、席に着く。

 

 

「け、結構高そうなお店ですね……」

「む、そうか?」

 

 慣れぬ雰囲気の店内に恐縮する佳澄に、なんということはないように首を傾げている天理。「さ、さすが社長さん……」と慄いている佳澄だったが……紅は、それより気になっていることがあった。

 

「てっきりお寿司屋さんとか行くかと思ってたよ。海産物が豊富な島らしいし」

「うむ、それも考えたが、この店はベジタリアンやヴィーガン用のメニューもあるからのぅ」

「……助かるよ、母さん」

 

 言いながら、自分はメニューから豆腐のハンバーグを注文する紅。

 

 すると……皆も注文を終えてしばらく。各々が前に並べられた手の込んだ膳に目を輝かせている中。

 紅の目の前には結構肉厚な、どっしりとしたハンバーグが出てきたので少し驚く。

 

 そんなじゅわじゅわと美味しそうな音を立てている、焼けた鉄板上のハンバーグにナイフを入れ、ふぅふぅ吹いてから口に含む。

 

 ……混ぜ込まれた刻んだひじきなどの海藻類の磯の香りと、根菜のシャキシャキした食感。

 

「……美味しい」

「うむ、ならば良かった」

 

 そう、自らは魚の照り焼きと磯汁に舌鼓を打ちながら、表情を緩める天理。

 

 ――紅の偏食体質で不便なのは、やはり旅行先での食事だ。

 

「私……帰ったら、偏食の克服を頑張ってみようと思うんだ」

 

 そう、ポツリと呟く紅。

 

 決して、今の食事がまずいわけではなく、むしろ本当に驚くほど美味しい。

 だがやはり食べられるものは限られ、すなわち紅が居る限りは入れる店も限られてしまう……それは、やはり心苦しい。

 

 何より、被害者である聖本人は気にしていないトラウマをいつまでも引きずって皆と同じものを楽しめないのは、もったいない気がしてならなくなってきていた。

 

 元々アレルギーや主義主張によるものではなく、ただ過去の体験からくる心因性のものだ。いい加減に向き合うべき時なのかもしれない。

 

 そう決心する我が子に、天理と宙は優しい目を向けていた。

 

「うむ……ま、それがいいかものう、ただ無理はするなよ、必ず誰か傍に居る時にするのじゃぞ。お前のそれは単純な好き嫌いではなく心因性のものじゃからな」

「うん……分かってるよ、母さん」

「聖くん、昴くん、できれば付き合ってやってほしい、君らが一緒なら僕たちも安心できるからね」

「ええ、もちろんです」

「頑張ろうね、紅ちゃん!」

 

 そう、宙の頼みを快諾する二人。

 まずはツナ缶とかあたりからかな……そんな、とっつきやすそうなものを脳裏に浮かべながら、自分の目の前にある豆腐のハンバーグにナイフを入れる紅なのだった。

 

 

 

 

 

 そうして食事も恙無く進み、皆で食後のデザート……抹茶ミルクの葛切りという珍しいものだ……を楽しんでいた時。

 

「そう言えば、配信中に変なエネミーと戦って倒したよ。手足が生えたマグロみたいな奴」

「「……ブフッ!?」」

 

 何気なくそんな話題を切り出した紅だったが、何故か同時に咽せる、食後のコーヒーを愉しんでいた両親。

 

 

 

「……なぁ宙、それってアレじゃよな、開発の悪ふざけのクソエネミーの……」

「……ええ、天理さん。カトゥオヌスならばそうですね、イベントエリア辺境の無意味エリアに捨てたはずなんですが、アレ……」

「アレ、見つけ出して倒したのか……我が子とその友人たちながら、空恐ろしくなるのぅ」

「今頃開発は悔しそうにしながら強化案出してるだろうなぁ……頭痛いですね」

 

 

 

 何やらコソコソと二人で話している両親に、紅はただ、なんだろうと首を傾げるのだった――……

 


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