Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――旅行三日目。
今日一日が終われば、明日にはまた日常へと帰っていく、そんな貴重な残りの一日。
そんな日だというのに、紅の一日は息苦しさから始まった。
――息ができない。
そんな命の危機が伴う苦しさに、紅はたまらず目覚めた。
だが目を開けても視界は真っ暗で、体は何かに縛られているように身動きが取れない。
分かるのはただ、柔らかくも弾力のある、なんだか石鹸のいい香りがする、幸せな感触の物体に顔を突っ込んでいることだけだ。
そうしてしばらく暴れ……ようやく今、紅は昨夜も一緒のベッドに寝ていた聖の胸に、顔を埋めるようにして頭を強く抱き込まれていることを理解した。
感覚的にはあらゆる面で天国だが、このままいけば待っているのはゴートゥーヘルだった。
「……えへへ……もー、そんなことしたらだめだよー紅ちゃんのえっちー……」
――何が!?
ようやく事態を把握した紅が、何やら幸せな夢を見ているらしい聖の寝言に、声は出せないまでも全力でツッコミを入れる。
だが、このままでは、まずい。
旅行先の新しい宿泊施設というおあつらえむきな環境で、サスペンスが始まってしまう。他でもない、最初の被害者を自分自身として。
「ひ、聖、ギブ、起きて!」
そう紅は言っているつもりだが、ガッチリと抱きつかれているために側からはむーむー言っているようにしか聞こえない。
それどころか腕の中でもがく存在に気を良くしたのか、抱きしめる力が更に強くなる。
やがて……それでも紅の必死の抵抗が功を奏したのか、抱きしめる力が不意に緩み、まだ寝ぼけた様子で起き上がる聖。
彼女が目覚めたことで、ようやくその腕の中から脱出できた。
「……あ、紅ちゃん……おはよー……」
今まさに一人絞め落としそうになっていたことなど梅雨知らず……聖が目を擦りながら、まだぽやぽやとした声で紅に語りかけてくる。
そんな彼女の様子にガクッと脱力した紅は、いまだ寝ぼけている彼女の手を引いて……問答無用で、顔を洗ってくるよう言いつけると洗面所へと叩き込むのだった。
◇
この『アイランドシティ神那居』の宿泊客の朝食は、基本的にビュッフェ形式だ。
ビーチ一つ丸々建造物に内包していることもあり、解放感のあるテラスからビーチを眺めながらいただく朝食というのはなかなかに気分が良く、皆ついつい料理を取りすぎてしまう。
そんな中……バターロール二つとトロトロのスクランブルエッグ、サラダとトマトソースパスタ、そしてフルーツヨーグルト。やたら女子力高めなメニューが並ぶ、紅が手にしたトレイの中身。
本当はもっと色々取りたいのだが、食べられるものの制限と胃の容量との兼ね合いで、それくらいしか食べられない。
――やっぱり、旅先で食べられないものばかりって寂しいよねぇ。
そんな悲哀に黄昏れながら、紅は皆より一足先に料理を取り終えて席を探していると……ふと、見知った顔があることに気がついた。
「あ……要おじさん、おはようございます。それにお久しぶりです。今日は、ちゃんと朝食に来ていたんですね?」
「……む、えぇと……ああ、そうか。紅君か」
紅が、テーブルの一つに見知った顔を見つけ、同じテーブルへと着く。
そんな様子を見て、一度相席しようとする少女に対して怪訝そうな顔をした後……すぐ思い出したようにスペースを開けてくれた、その男性。
……彼は古谷
日本人としては色素の薄い髪をオールバックに撫でつけ、その細面は高校生の父親という年齢を感じさせぬほど若々しく、まるで俳優のように整った容姿を持つ男性だ。
聖と昴の二人はどちらかというと父親似であり、かなり色濃く彼の面影がある。なるほど、二人が見た目の整った双子になるわけだと納得できる、そんな美男子であった。
そんな彼は同席に着いた紅に、なかなか気付かなかったことを申し訳ないと言って、頭を掻いていた。
「すまなかった。話には聞いていたが、まだ小さな頃から見知った君の姿と今の君の姿が、どうにも結びつかなくてな。むしろ、なぜ社長が若返ったのかと思ったくらいだよ」
「はは……仕方ないですよね、今の私に以前の面影ってあまり無いですもん」
紅は要のそんな言葉に苦笑しながら、一口大に千切ったバターロールにスクランブルエッグを乗せ、頬張る。
彼はそんな紅の様子を眺めながら……思い詰めたような表情で、口を開いた。
「と、ところでだね紅君、君が……君が娘と寝所を共にしているというのは本当かね!?」
「……ぶふっ!?」
唐突な要の発言に、思わず咽せる紅。
今朝はとうとう抱き枕にされて、その胸で窒息しかけたばかりなところに、あまりにもタイムリーな話題だった。
咳き込みながら彼の方を見ると……彼の、食後のコーヒーを持つ手はカタカタと震えており、その目は動揺に細かく揺れている。
正直、紅はこの要おじさんがここまで揺らいでいる姿など今まで見たこともなく、「誰だこの人」と心の中で呟くのだった。
「い、いや、共にするというか、私が抱き枕にされているというか……今は私も女の子だから、聖も特に意識していないんじゃないですか?」
「む……そ、そうだな……今は紅君も女の子だったな、ならば問題は無い……か?」
「た、多分……?」
珍しいことに、あからさまに動揺している要の様子に……紅は、どこの女の子の男親も一緒だなあと、両親や龍之介の姿を思い出して溜息をつくのだった。