Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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開戦

 

 ――第四層。

 

 そこは、これまでとガラッと様相が異なっており、磨き上げられた黒曜石のような漆黒の壁材に光が反射し……まるで宇宙に浮かぶ、不可視の迷宮を歩いているかのような神秘的な光景が広がっていた。

 

 

 そして、この層からは普通の装備を纏っても問題ないらしい。

 ベリアルの言葉通り、装備解除や錆の罠は本当に無いらしく、皆、久々のフル装備に人心地ついていた――そんな時。

 

 

「聞けば、ルージュちゃんとやらはクリムちゃんとそっくりの可愛らしい方だとか。そんな娘を泣かせるなんて、到底許せませんわ!」

「……とまあ、病気を発症しているがその分真面目に働くはずだ、気にしないでくれ」

「は、はぁ……」

 

 最大の協力ギルドである、北の氷河。

 クリムは……不在だというソールレオン、ラインハルト、シュヴァルら三人の代わりに指揮を取っていたエルネスタと、その補佐として同行していたリューガーと対面していた。

 

 いたのだが……可愛い子を救出する目的とのことでやたらとやる気に満ちているエルネスタに、圧倒されているのだった。

 

 

 いまひとつ釈然としないが、やる気は満ち満ちているようでなによりと前向きに思考を切り上げ、募ったメンバー中、もう一人この場にいる見知った顔へ向き直る。

 

「シャオも、感謝する」

「いいえ、報酬はすでに支払ってもらいましたから、気にする必要はありませんよ」

「じゃが、あれだけで良かったのか? 正直、実費くらいにしかなってなかったんじゃ……」

 

 今回、協力を要請するにあたりルアシェイアから嵐蒼龍に支払った報酬は、覚悟していた額の半分以下。

 正直、らしくないなと思いながらもありがたく言葉に甘えていたのだが……気になるものは気になる。

 

「構いません……僕ら、いい加減ここいらでイメージアップを図る必要がありましたから。その点今回は実に絶好の機会でしたからね、誘っていただいて感謝してるくらいです」

 

 そう言って、自分のギルドメンバーの指揮に戻るシャオだったが……

 

「……なんて言ってるけど、お兄、動画見てちょっと涙ぐんでたのよ。全く皮肉屋で素直になれない困った兄です」

「あ、あはは……そうなんだ……」

 

 こっそり教えてくれたシャオの妹……メイの言葉に、クリムは反応に困って苦笑いする。

 

 

 他にも、協力してくれたプレイヤーがずらっと並ぶ階段前広場。実際にはすでに先行偵察に出ている者達もいるため、まだまだ多数のプレイヤーが動いてくれていた。

 

 そんな彼らの注目の中で、クリムは皆に、深々と頭を下げる。

 

「……皆の者、本当に感謝する。ここまで早く降りて来られたのは、皆が協力してくれたからじゃ」

 

 目を閉じ、歓喜に打ち震える心を宥め賺して礼を告げる。

 

「この礼は、必ず。この恩に報いるために我に出来ることであれば、何でもやらせてもらうぞ」

 

 衝動のまま、そんな事を口走った瞬間。

 

「え、なんでも!?」

「あ……で、できる範囲でじゃからな!? BANされかねんものは当然ながら却下じゃぞ!?」

 

 ――やっべ言葉間違えた。

 

 慌てて修正するクリムに、分かってる、と周囲から声が飛ぶ。だが熱狂は収まる気配を見せず……

 

「……お主ら、本当の本当に、分かっとるんじゃろうな?」

「軽率な事を言うからだ、馬鹿」

「うぅ、早まったかのう……」

 

 予想以上の熱狂ぶりに、早くも後悔しているクリムだったのだが。

 

「はい! 私はクリムちゃんと、あと話題のルージュちゃんにメイドさんの服を着て一日中お世話して欲しいかな!」

「フレイヤお主もかー!!?」

 

 予想外の場所から飛んできた不意打ちに、思わず叫ぶクリムなのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 第四層へと入り、エネミーは高性能な中〜大型防衛装置が多く見られるようになった。

 一体一体がネームドモンスタークラスの能力を持つそれらだったが……だがしかし『終わったらまおーさま直々にご褒美があるぞ』というちょっとした下心を胸に、一塊の波濤となったプレイヤーたちを押しとどめる程ではなく、瞬く間に掃討される。

 

「ダアト、あそこに居るんだな!?」

「うん、感じるよ、すぐ近くに居るはず!」

 

 クリムたちルアシェイアと共に先陣を切るスザクが、背後をついてくるダアト=クリファードへと尋ねる。

 

「何……!」

「行けば……!」

「分かるです……!」

 

 クリム、リコリス、雛菊……そして、すっかり息の合った連携を見せるようになったドッペルゲンガーのリコリスと雛菊が、勢いのままにドアを蹴破る。

 

 そこには……いかにもボス部屋でございといった感じに広大な、それこそ募ったプレイヤーが皆入ってもまだ余裕があるほど広大な空間が広がっていた。

 

 だが、その磨き上げられたような建材はあちこちから生えた植物の根に、見る影もなく食い破られている。これは言うまでもなくベリアルの仕業であり、樹精霊である彼女のホームであることを主張していた。

 

 

 そんなホールを進んでいくと、本来のこの部屋の主だったと思しき巨大な魔導兵器の残骸に腰掛けた、赤い女――ベリアルの姿が見えた。

 

「……驚いた、こんなに早く着くなんて。早すぎて、ちょっと引くわ」

 

 心底ビックリしたといった風な、ベリアルの呆れた声。そして……

 

「……お姉、ちゃん……?」

「うむ、待たせたな……まだ、頑張っとるな、偉いぞ?」

 

 そう、前方を真っ直ぐに見据え、そこに居た小さな人影に、安心させるように告げるクリム。だが、おそらく彼女にはクリムたちの姿は見えていまい。

 

 なぜならば……憔悴した様子で椅子に座らせられた彼女のその目は、黒い眼帯で覆われていたから。

 

 

「……我も、お主の悪趣味さには心底ビックリしたわ」

「えぇ、そうですか? でも、可愛くない?」

「いや……同じ顔の娘のそんな姿を見せられても、その、反応に困る」

「うふふ、では調達した甲斐もありましたわね」

 

 ベリアルの嬉しそうな言葉に、クリムは「やっぱり嫌がらせかこのクソアマ」と心の中で口汚く罵る。

 

 そんなクリムの反応に満足したように、うっとりと、ルージュの頬を撫でるベリアル。

 

 その感触にビクッと体を震わせたルージュは現在、漆黒のドレスに……レザーの首輪と鎖付きの手枷足枷という、問題だらけの格好にさせられていた。

 

「もちろん、見た目だけではないわよ、なかなか聞き分けの悪い娘でしたが……」

 

 ベリアルがパチンと指を鳴らすと、それに従うように立ち上がるルージュ。

 だが本人の意思には思えぬその行動を不審に思ったクリムが、彼女の装備を調べる。そこには……

 

 盲目の眼帯

 隷属の首輪

 傀儡のドレス

 束縛の鎖

 

 その他、明らかに束縛系の装備をこれでもかという具合に身に付けさせられたルージュが、イヤイヤと首を振りながらも、手にした鎌を構える。

 

「さぁ、あなたの力を見せて頂戴?」

「ぃ……や……」

「やだじゃないの、やるのよ」

 

 次の瞬間、少女の纏う拘束具が怪しい光を放ち、少女の意思を無視して放射された魔力が血色の刃を為して、幼い彼女の周囲へ無数に浮かび上がる。

 ビリッと、凄まじい圧力。これまでの中で一番ヤバそうな気配に……しかし、クリムは誰よりも前に出て、指輪を嵌めた手を掲げる。

 

「なあルージュ。皆がな、協力してくれたのじゃ。お前を助けたい、とな」

「ぁ……」

「じゃから姉として、ここでお主を見捨てるような事はせん、必ず助けてやる……我を、『お姉ちゃん』を信じて、耐えられるな?」

 

 クリムの、優しく笑いかけながら伝えたその言葉に……ポカンとしていたルージュが、確かに頷く。

 

「良い子だ」

 

 ルージュの様子に満足したクリムが、ベリアルへと向き直る。

 先程ルージュに向けていた優しい眼差しとは真逆の、怒りに真っ赤に燃える瞳を向けて。

 

「なぁ、ベリアルとやら」

「……何かしら?」

「光栄に思うがいい、初披露じゃ。()()()()()()()()()

 

 据わった目でベリアルを睨みながら、クリムが詠唱を紡ぐ。それを耳にしたベリアルが、ここに来て僅かに動揺の色を見せた。

 

「――『ラグナロクウェポン』……ッ!!」

 

 クリムの身につけた指輪『シェイプシフターTPH-R』が変形して柄を中心に基礎フレームとなり、その先端に巨大な刃が現れる。

 

 それは――あまりに凝縮されすぎて、中心部は白く輝くように変化した紅の刃。その黄昏色の刃が、掠めた鏡面の床をただそれだけでジリッと抉り取る。

 

 深淵魔法……そして血魔法の、()()()()()()()()

 

 それは、クリムがここまで押し込めてきた怒りを解き放つように、悍しい音を奏でて解き放たれたのだった――……

 

 


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