Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
今ベリアルと対峙している者たちは、ルージュ救出に協力を申し出たプレイヤーの中でも特に、北の氷河を中心に戦闘系ギルドをメインに集めた集団ではあるが……ベリアルの操る木の根や蔦、ルージュから放たれる刃の雨という二重の弾幕に、なかなか近寄れずにいた。
だが……それでも止まらぬ者が居た。
「本当……厄介な娘……っ!」
若干の焦りを滲ませて、戦場の一角を睨むベリアル。
そこには……まるで楔のように、深く斬り込んで皆の突破口を拓くクリムの姿があった。
クリムの黄昏色の刃が、頑健なはずのベリアルの根や蔦をまるでバターのように斬り裂く。
そして……そんなクリムの背中を守るように、もう一人。
それは、ダアト=クリファードの手による赤剣を携えた『竜血の勇者』スザク。
「お主、ずいぶん鍛えたではないか!」
「当たり前だ、いつまでもアマチュアに上から目線でドヤられてたまるか……っ!」
ピッタリとクリムに追従し、その背を狙うベリアルの攻撃を、縦横無尽に駆け回り切り落とす彼の様子に……内心では少し舌を巻きながら称賛するクリムに、不機嫌そうに答えるスザク。
「それより、作戦は本当にあれで良いんだな? 後から文句は言うなよ!」
「分かっとる……後のことは任せたぞ!」
そうして一点を突き崩し、充分に距離を縮めたところで……クリムが全身を使い、勢いよく大鎌を投擲する。
「ベリアル、覚悟――ッ! 『アズリール・リング』……ッ!!」
「ひ……」
間にある障害物など物ともせずに飛翔してベリアルへと迫る、触れたもの全てを斬り裂く黄昏の刃のリング。
さすがに肝を冷やしたらしく、頭上スレスレで避けたベリアルも後方へと転移し距離を空ける。
――二種複合極大魔法『ラグナロクウェポン』。
術者の魔力を吸い尽くし、リキャストも『72時間』とあり得ないほど長いために普段使いなどもっての他なこの魔法。
武器自体の極めて高い破壊力もさることながら……その最大の特徴は、防御力無視ともう一つ、斬ったものの魔力を強制的に奪い、術者へと還元すること。
今、猛威を振るっているベリアルの根や蔦も、降り注ぐルージュの赤剣も……元を返せば魔力による産物である以上、斬られた瞬間に術式を解体され黄昏の刃に喰われるのだ。ベリアルにとってそれは忌々しい以外の何者でもないだろう。
向こうもそれを承知しているからこそ……次の瞬間クリムの目の前に飛び出してきたルージュの大鎌を、クリムは刃ではなく柄で受け止める。
「だけどあなたは、その子には勝てない! 貴女をベースにした素体を私の力で上書きして、しかも貴女には彼女を害せない!!」
彼女の言うとおり、今のルージュの速さはクリムすらも凌駕していた。
しかもクリム側は鎌を掠らせることすら禁じられているため、どう足掻いても防戦一方にならざるを得ない。
勝ち誇った様子で宣うベリアルだったが……
「だったら……こうするまでだ!」
前へ。攻撃を掻い潜り、ただひたすら前へ。
クリムがただ、まるで捨て身のように手を広げて前へ、ルージュの方へと踏み出した。
「……え、え? え!?」
そんな気配を感じ、何が起きているのかわからず予想外のことにパニックになり、動きの鈍ったルージュを……ただ、そのまま抱き締める。
「!?!?!?」
緊迫した戦闘中に抱き締められたという今の事態を理解できず混乱するルージュへ……クリムは、その耳元で囁く。
「……すまんな。ちょっと痛い思いもするが、我も共に付き合うから少しだけ我慢してくれ」
拘束から逃れようと暴れるルージュの頭を優しく撫でながら、ぐっと何かを堪えるように歯を食いしばった、その直後。
「ぐっ、ぅ……!」
「ぅあ、あっ……」
歯を食いしばり、きつくルージュを抱き締めたクリムの口の端から、苦悶の声が漏れる。そしてそれは、クリムの腕の中にいるルージュからも。
「く、はっ……すまん、な、スザク。かような不快な役を頼んでしまって」
「まったくだ。これっきりにしてくれ、女の子の腹をぶち抜く感触なんて最低だぞ……」
そこには……致命傷を避けるようにして、ほの赤い金属の刃がクリムの背中から入り込み、ルージュの背中から飛び出していた。
――それは、クリムごと貫きルージュの腹に刺さった、スザクの紅い剣。
顔色は真っ青になり、今にも吐きそうな様相で繰り出されたスザクの持つ剣の赤い刀身に、ルージュの肌を伝っていた茨の紋様が吸い込まれ消えていく。
――ベリアルが、不利になったらルージュを盾にするなど最初から百も承知。
それ故に、ここまでの道中で、その際どうしたらいいかの対策など散々話し合って来た……これはその中の一つの手段だった。
「ど、ぅ、して……お姉ちゃん、どうして……!」
「ふ、ぅ……言ったであろう、お前だけに痛い思いはさせん、と」
痛覚緩和越しに感じる痛みに少しだけ顔を引きつらせながら、クリムはルージュへと優しく笑いかける。
「この……離れなさい!?」
「おっと」
スザクを止めようと放ったベリアルの茨を、彼は咄嗟に剣を引いてクリムの背を押し、距離を取って回避する。
「残り……六割ってとこだ、魔王様、やれるか?」
「ちぃと多いが……やってみせるさ……!」
スザクの確認に、クリムが頷いてルージュへと向き直る。
「なあルージュ、ちょっとだけ荒療治が続くが、耐えられるな?」
クリムの言葉に、ルージュは不安に目を揺らしつつ、コクンと頷いた。
「良い子だ」
そんな少女の頭を撫でてやりながら、今からしようとする事のために、クリムは深呼吸をする。
「何する気か知らないけど、させないわよ!」
「こっちこそ……!」
「させませんですよ……!」
何かをしようとしているクリムを止めようと、攻撃を繰り出そうとしたベリアルだが……放った茨の鞭が、ドッペルゲンガーと合わせて二人になったことで数を倍にしたリコリスの銃撃により撃ち落とされ、いつのまにか接近していた二人の雛菊の『蒼炎』を纏う太刀に斬り裂かれ、燃え上がって灰となる。
更には……怨み骨髄とばかりにベリアルへと苛烈に襲い掛かる二体のドッペルゲンガーによって、ベリアルは徐々に手が回らなくなり、焦りの表情を浮かべる。
「……っの、防衛装置風情が! 何をしているの、貴女も」
「い、や……ッ!!」
「チッ、支配が弱まっているわね……あの出涸らしの剣のせいね、本当忌々しい……!」
だが、スザクの剣に茨模様を何割か吸収されたルージュは、弱まった束縛に抗って、そのベリアルの攻撃命令を額に汗しながら辛うじてといった様子で止めていた。
「あ、なんか酷いこと言ったでしょオバさん!!」
「やかましい小娘、言っとくけどその言葉、お前にとって全部ブーメランですからね!?」
後衛を護るリューガーの陰から文句を言う少女ダアト=クリファードに青筋を浮かべながら、ベリアルが怒鳴り返す。
そんなわけで、ベリアルは足止め中。
ルージュは今は支配に抗っている。
そのルージュの支配下の空を舞う赤い剣も、ベリアルが操る樹木も、今はフレイとシャオの火炎魔法が焼き払い、リューガーとエルネスタ、そしてフレイヤとカスミが押し止めてくれている。
皆の献身によりクリムの周囲に生じた、小さな戦闘の空白地帯。絶好の機会が、クリムの元へ転がり込んできた。
――躊躇うな。
いまだに胸の内に燻るトラウマを、眼前の少女を救わなければならないという衝動で上書きをして……再び少女をキツく抱きしめて、耳元で囁くように口を開く。
「ちょっと痛いと思うけど……ごめん!」
「え……あぅ!?」
――クリムが、ルージュの首筋へと噛み付いた。
吸血に対するトラウマに強張る身体を無理やり意志力で押さえつけ、その細い首へと深々と牙を撃ち込む。
柔肌を突き破る微かな痛みに、ルージュの背がビクッと跳ねた。
だがクリムはそれを強く抱きしめて力尽くで押さえ込むと、その首から血の代わりに、少女の体を構成する魔力をベリアルの呪いごと啜り、嚥下する。
「あっ……あ゛、はっ……」
クリムの喉がこくり、こくりと動くたびに、少女の体がびく、びくっと跳ねるが……やがてそれは、クリムに身を委ねるようにくたっと脱力していく。
しばらくして……ようやくルージュの首から口を離したクリムは、魔法を一つ詠唱しながら自分の手首を牙で掻き切り、手首から溢れてきた赤い滴を少女の首に残る噛み跡へと垂らしていく。
少女の傷痕から入り込んだクリムの血は……赤い魔力の塊となって、魔力を枯渇寸前に吸い上げられた少女の体を隅々まで満たし、潤していった。
「……血魔法にある、『生命の精髄』っていう回復魔法なんだけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫……だけどっ……」
すっかり足腰が砕け、急激な魔力供給に火照った全身を赤く染め、もはや戦闘どころではない様相になり果てながら、それでも健気に返事を返すルージュ。
その姿に満足げに笑いかけるクリムだったが……
「そう……それじゃ、もう一回ね?」
「ぇ……あ、待――ッ!?」
再び同じ場所に牙を突き立てられ、油断していたルージュの背が大きく跳ねる。
それはまるで、彼女の中からベリアルに汚された場所を抜き取り、自分の色で染めていくかのような作業。
それを三度ほど繰り返し……終わった頃には、ルージュはもはや焦点の合わない目で口の端から涎を垂らし、力を失ってぐったりとクリムにもたれかかっていた。
そのドレスから覗く肌には……すでに、彼女を戒めていた茨模様は、綺麗さっぱり消え去っていたのだった。
◇
「……ん?」
ふと、周囲の状況に、違和感を感じたクリムが顔を上げる。
シン……と静まり返る戦場内。
仲間のプレイヤーたちはおろか、ベリアルに食い下がっていたはずのドッペルゲンガー二人、果てはベリアル本人ですらも、喰い入るようにクリムとルージュの方を固唾を呑んで見つめていた。
「は……破廉恥な真似を、こんな状況の中でしないでくださる!?」
真っ先に再起動したのは、怒り心頭といった様子のベリアル。顔を真っ赤に染めて、両手で目を覆った隙間からこちらを睨んでいた。
そんな彼女に、クリムは勝ち誇ったドヤ顔で話しかける。
「何言っとるかよく分からんが……お前の呪縛は全部吸い取った、これでもうルージュはお前の言いなりにはならない」
「……くっ」
ルージュのドッペルゲンガー体は精巧に人間の構造を模しているが、その根源は魔力そのもの。
そこに刻まれた呪縛ならば、ルージュの体を構成する魔力を全て入れ替えて薄めてしまえば良い……そんな、力技による対策だった。
ベリアルは悔しそうに、顔を真っ赤にしてルージュを腕に抱いたままのクリムをキツく睨みつけた後……
「……覚えてなさい!」
そんな典型的な捨て台詞を残し、転移していく。
その姿が見えなくなって……ようやく、クリムも深々と息を吐き、肩の力を抜いて抱えた少女へと視線を下ろす。
「ルージュ、終わったよ。帰ろう」
ベリアルが居なくなったことで外せるようになった眼帯を解き、抱いた背を軽くトントン叩きながら、ぐったりとしていたルージュを軽く揺する。
すると、いまだ息も絶え絶えといった様子で……魔力不足によってまたすっかり幼い背格好に戻ってしまったルージュが、ゆっくりと目を開けた。
そして……トロンとした目でクリムを見上げ、口を開く。
「……はい、
クリムの方へ身体を摺り寄せるようにして、妙に甘ったるい声でそう宣うルージュ。
その変化に……ビシリと、クリムが石化する。
「えっと………………お姉、様?」
「はい……お姉様っ!」
語尾にハートマークがついていそうなほどに甘い表情で、嬉しそうにクリムの胸へ顔を埋め抱きついてくる彼女に……クリムが、冷や汗を流す。
――我、もしやルージュに危険な扉開かせた……!?
そう、内心で叫ぶのだった――……
【『ドッペルゲンガー:ルージュ』が、プレイヤー:クリムにテイムされ、契約されました】
ちなみに……ルージュの纏っていた装備一式は自動でついてきます。セイファート城内倉庫奥底で固く封印されてるとか。