Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――お花摘みに行きたい。
それは、誰にでも不意に訪れる自然現象であり……たとえそれが待ち合わせの時間ギリギリになって不意に襲ってきたとしても、それは生きている以上仕方ない事であろう。
……そんなわけで、宙との待ち合わせ時間の直前、フードコートの一角にて。
ジュースやお茶を飲みながらゲームセンターを回っていた雛菊と深雪、そして佳澄の三人が不意にそんな事を言い出したのを、誰であっても責める事は不可能であろう。
だが宙との待ち合わせもあり、誰かが残っている必要がある。しかし委員長も居るとはいえ、まさか雛菊たち小さな女の子だけを行かせるのも少し心配だ。
そんなわけで紅と聖が待ち合わせ場所に残り、昴がお手洗いに行く組の引率……というか護衛というか……に行く事となった。
なったのだが……
「私たちはここで宙おじさまを待ってるから、雛菊ちゃん達はお願いね?」
「僕はお前らの方が心配だけどな……」
「あはは、大丈夫だよ。人目もあるし、宙おじさまだってすぐ来るでしょ、ね?」
あっけらかんと笑う聖に、渋々という感じで従う昴。雛菊と深雪はお客様であり、しかも年下だ、優先するのは当然だろう。
それに紅も一緒に居て、万が一ということも無いだろうというのは、昴も理解しているのだが……それはそれ、心配には変わらないのだろう。
「……今の紅が一緒なら、よっぽどのことでも無ければ大丈夫だと思うけど……お前ら二人だとなぁ。聖、ナンパ野郎には気を付けろよ?」
「大丈夫、分かってるよー。それより、そっちも気をつけなよ、昴お兄ちゃん?」
そう言って紅と聖は、心配そうにしながらもお手洗いに行く女の子たちをエスコートするために、フードコートから立ち去る昴を見送る。
……と、言ったはいいものの。
「ねー、君たち可愛いね、一緒に遊びに行かない?」
「俺ら結構この辺の店に顔が効くからさぁ、良い思いさせてあげるよー?」
そこは、非常に目立つ容姿を持つ紅と、そんな紅に負けず劣らずの美少女でしかも温厚そうな聖。
そんな二人が一緒に居てターゲットにならない訳もなく……二人だけになった途端にあっという間にフラグを回収してしまい、ニヤついた顔で寄ってくるナンパに遭遇してしまう紅と聖なのだった。
◇
「ごめんなさい、お誘いは嬉しく思いますが、今は家族や友達と来ていますので」
二人の時間を邪魔されたことで明らかに不機嫌となり黙り込んだ紅に代わり、聖がにこやかにお断りの返事を返し、丁寧に頭を下げる。
今までの経験では、だいたいこれで毒気を抜かれたナンパ男たちが、ちょっといい気分になった様子で諦めて立ち去ってくれていたのだが……
――駄目っぽいな、これ。
夏の陽気によって解放的な気分になっているのか、眼前の二人がそれで引き下がらないタチの悪いナンパだと察した紅が、いつでも動けるように僅かに重心を移動する。
聖も聖で……なんだかんだでナンパされがちな彼女は冷静に周囲を見回し、おそらくは警備の人を呼びに行った一般客が居たのを目敏く見つけており、今は連れ去られぬようにのらりくらりと時間を稼ぐ方向へとシフトしている。
「君、凄いねーその髪。ねぇ、どうやって色抜いたの? そんな綺麗な真っ白にする方法、どこかでゆっくり教えてくんない?」
そんな紅たちの行動に気付かなかった男は、馴れ馴れしく紅の細い肩に腕を回す。
――気持ち悪い。
本人としては格好いいつもりなのだろう不精髭が、紅には不潔にしか見えない。
明らかにつけすぎな、メンズの安物っぽいフェロモン香水がキツい。
たぶん爽やかな笑顔のつもりなのだろうが、下心が透けて見えるニヤニヤ笑いが気色悪い。
だらしない服装は、たぶん男としてはこれ見よがしに筋肉を見せつけているつもりなのだろうが……一度ジムか何かで鍛えたあとはサボっていたのだろう、不摂生に弛んでいるのを隠し切れていない。
なるほどつまりこれが、『生理的に無理』って奴だ。
そう男を冷めた目で眺め、内心で半ば言い掛かりじみた毒を吐く紅だったが……そんな辛辣な品評をしている事など露知らず、男はダラダラと勝手な言葉を並べ立てながら、紅の身体を強引に引き寄せようとしていた。
一方で、もう片方のナンパ男が、聖へとその手を伸ばす。
「俺はこっちの娘の方が好みかなー。ねぇ彼女、いいじゃん家族には一言残して、俺らと一緒に遊びに……あ゛?」
聖の手首を掴もうと伸ばしたナンパ男のその手首が――逆に、白く小さな手に掴まれた。
掴まれた男は訝しげに、相方が口説いていた筈の紅の方へと顔を向けるが……
「……彼女には触れるな」
「はあ?」
俯き、震える声で告げる紅。
男はその様子を、怯えた少女が精一杯抵抗しているのだと気を良くし、恫喝の声を上げた……が。
「もう一度言うぞ……
「……ッ!?」
――ギンッ
怯えなどそこには一切無く、ただ怒りに満ちた鋭い眼光が男を貫き、その言葉を遮った。
ビリビリと、紅を中心として物理的に振動を発する空気。テーブル上の紙コップに張られた水面に、波紋が発生する。
そして……攻撃的な光を湛え、ナンパ男を射抜き、縛る紅の真紅の眼。
その小さな手で掴まれた男の手首からはミシミシと骨が軋む音が生じ始め、苦痛に歪む男の表情に怯えが混じりはじめる。
「あの、紅ちゃ……もう、その辺で」
ついには周囲の空気がパチっと弾ける音が響き始める中、不穏な空気を察した聖が紅を止めようと椅子から腰を浮かせかけた……その時。
「――ねえ君たち、僕の娘とその友達に、何をしているのかな?」
ナンパ男たちの肩に、ポンと置かれた手。
その手の持ち主……今まさに買い物から戻ってきたらしい宙は、にこやかな、だが一切目の笑っていない笑顔を浮かべていた。
「い……いてててっ!?」
「な、何だよオッサン、やんの……痛ったあ!?」
ギリギリと肩を掴む宙の力は、その見た目からは想像もつかないほど強いらしく、男達が悲鳴を上げる。
そんな光景に、怒り心頭という感じだった紅ですら、呆気に取られ毒気が抜かれる。
「それじゃ、僕は彼らを警備の人に突き出してくるから、もうちょっと待っててね」
「ちょ、は、離せ、痛った!?」
「ふざけんなオッサ……ぎゃあああぁ……!」
「ははは、誰がオッサンですかね? 詳しく聞いていいですかね、ん?」
そんな軽い調子で告げながら……ついでにオッサン呼ばわりした男の肩に更に力を込めながら……彼は、未だ痛みに悲鳴を上げるナンパ男たちを二人引きずりながら、フードコートから立ち去ってしまう。
「ねぇ、紅ちゃん……宙おじさまって……もしかして、喧嘩強い?」
「う……うーん? 母さんはいつも、あいつはやる時はやる男だぞ、とは言っていたけど……」
いつも優しい父からは想像できない事態に、ポカンと呆けるしかない紅と聖だった。
いずれにせよ……どうやら、危機は去ったらしい。ホッと安堵の息を吐く紅だったが。
「ねぇ、紅ちゃん?」
「ど、どうしたの。聖……うわ!?」
急に聖の胸に抱きしめられ、紅は驚いて素っ頓狂な声を上げる。
だが……聖は、そんな紅の頭を撫でながらも、少し怒ったように語りかけてくる。
「紅ちゃんが私のために怒ってくれたのは分かるよ? でも……あまり、リアルでは危ないことはしないで」
「あ……」
「確かに天理さんが言うみたいに、今に紅ちゃんはすごく強くなるかもしれないよ。でも……今の紅ちゃんはどれだけ強くなっても、女の子なんだよ?」
「……そうだね、ごめん」
同じ姿なせいで、どこかゲームの『クリム=ルアシェイア』気分でいたのは確かだった。確かに向こうでは無敵の魔王様だろう。
だが、こちらは現実なのだ。何かあったら取り返しのつかないことだってある……特にそれが女の子であれば。
「うん……よし、お説教はおしまい。でも、助けてくれてありがと。格好良かったよ?」
「う、うん……」
そう礼を述べながら、どこか嬉しそうに軽く抱きついてくる聖に……紅は、周囲の生暖かい視線を思い出した聖が慌てて解放してくれるまでの間ずっと、真っ赤になってただ頷くことしかできなかったのだった――……
百合……かどうかは解釈が分かれるところですが、どのみち間に入ろうとする男は出荷よー