Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――強引なナンパ男たちを警備に預けた宙が、戻って来た後。
皆の希望により昼食を摂るために入ったイタリアンのチェーン店で昼食も済ませ、食後のデザートや珈琲を楽しんでいた時だった。
「そういえば紅さん……ナンパに遭った時に、我を忘れかけたそうだね?」
「……うん」
正面に座る宙の淡々と告げる言葉に、紅はギクリと体を跳ねさせた。
そうして質問に対して渋々と頷き肯定する紅に、宙は苦笑しながらその頭に手を置く。
「止めようとしてくれた聖君には感謝しないとね……紅さんは、今の体で本気で一般の人を殴ったらどうなると思う?」
紅にだけ聞こえるように告げる宙の言葉に、紅がハッと息を飲む。
おそらくは……良くても病院送り。悪ければ、取り返しのつかない事態になることは間違いなかった。
「その様子なら、ちゃんと理解できているみたいだね……そろそろ紅さんにも、力の制御とかも教えていかないとね。人より強い力を持つっていうことは、それを御するために心を平静に保つ義務もあるんだよ?」
「……うん。ごめんなさい」
宙の珍しく厳しい言葉に、事態を真剣に受け止めて神妙に肯く紅。
そんな素直に反省している我が子の様子に、宙はふっと表情を緩め、パンと手を叩いてこの話は終わりと合図をする。
「とはいえ、自分と聖くんの身を守るためだったんだから、あまり責めるのも可哀想だしね……というわけで、お説教は終わり」
その言葉にあからさまにホッと肩の力を抜く紅。
そんな様子に苦笑しながら、宙は周囲の皆を見回して、大事な懸案事項について尋ねる。
「それでお昼直後に聞くのも何だけど、今夜の夕飯、皆は何か食べたい物はあるかな?」
新たな議題を告げる宙の言葉に、皆があれやこれや意見を出し合う。その中で……
「せっかくリアルで集まったんだから、皆でご飯を作るのも楽しそうだよねぇ」
のんびりと紅茶のカップを傾けながら、のほほんと告げた聖の言葉に、皆パチパチと数度目を瞬かせ……
「「「それだ(です)(なの)!!」」」
皆一斉に賛同する声に、意見を出した聖本人が一番ビックリしていたのだった。
――という訳で、丁度昨夜のバーベキューの薪や炭が残っているため……満場一致で、今夜は皆で協力し庭でカレーを作って食べよう、ということに決定した。
だがしかし、ビーフカレーはトロトロと口の中でとろけるお肉にするには仕込みに時間がかかる。
そのため帰ってから仕込むのでは時間が足りないということで、作るのはスタンダードなポークカレーと決まり、生鮮食品売り場に向かい皆で必要な材料を買い足し満月家へと帰宅して――
◇
「わ、雛菊ちゃん包丁の使い方上手だねぇ」
「えへへ、お母様に時々教えてもらいながらお手伝いしていましたです」
人参を一口大に切っているのは、子供用セラミック包丁を構える雛菊。指導に当たっていた聖はというと、特に教えるまでもなく様になっている少女の刃物捌きに驚きの声を上げていた。
一方で……
「あ、深雪ちゃん、指に気をつけてね」
「え……ひゃっ!?」
「ほら、こうやってまな板の上に置いて、ピーラーを持つ手の方に向かって剥いていくと危なくないかな……深雪ちゃん?」
「あわわわ……」
こちらは料理経験の全く無いという深雪に、昴が手を取って道具の使い方を教えている。
彼女の場合はどうやら、夜勤の多い沙羅の代わりに普段家に居る龍之介が、危ないからと火や刃物の類を触らせてくれなかったらしい。過保護すぎるのも考え物である。
だがしかし、体格差のせいで昴に後ろから抱かれる形になった深雪はすっかり真っ赤に茹ってテンパっているのだが、どうにもこの年下の女の子の好意に鈍感になりがちな昴は気にしていないようである。
冷静に考えれば、女の子が野郎にこれだけ密着して嫌な顔をしないというのはどういう事か考えればすぐわかる筈なんだから、昴の奴は爆発すれば良いのに……と、こっそり毒を吐く紅なのだった。
他には……すっかり乗り気な宙が、趣味のキャンプ用品から引っ張り出してきたいくつかの飯盒でご飯を炊く支度をしている。ご飯については任せて大丈夫だろう。
「でも満月さん……グスッ、私もお邪魔して良かったのかな?」
IHコンロの前に立つ紅の隣で鼻を啜っているのは、涙目を堪えながら玉ねぎを刻んでいる佳澄だ。
ちなみに今委員長が刻んでいるのはカレーの具用で、紅はそれとは別に厚手の鍋で飴色玉ねぎを作るために炒め中である。
「あはは、委員長なら全然問題ないよ、それに、外でご飯はたくさん人が居た方が美味しいよね?」
「う……うん、そうだよね!」
紅の押す太鼓判に、嬉しそうに作業に戻る佳澄。そんな様子にふっと頬を緩めながら、紅は玉ねぎを炒める作業へと戻る。
「そういえば紅ちゃん、今夜はご飯とお風呂終わった後、どうするの?」
「あー、昨日みたいにゲーム大会も良いんだけど……実のところ、『向こう』の攻略状況が気になるから、少し様子を見てくるつもりだったかな」
そう、聖の質問に対してなんとなしに返答した紅だったが。
「なら、僕も付き合おう」
「あ、私も眠くなるまでは頑張るの!」
「はいです、もちろん私もです!」
口々に参戦を表明するメンバーに、紅は驚いて目をパチパチさせる。
聖と佳澄も、「みんな本当にゲーマーなんだから」と苦笑しながらも、特に異論ないらしい。
「……それじゃ、10時に集合って事で。でも、皆絶対に無理はしないようにね?」
そう締め括る紅の言葉に、皆の返事が唱和する。
……紅が気になっているのは、昼間にスザクから仕入れた第五層の攻略状況。
ようやく半分が踏破されたらしい第五層『ルルイエ魔導大図書館』だが、ここに来て構造が変化して来たらしい。
網の目状に広がる通路と、それによって接続された無数の大広間。なんでも今はこれまで全ての層のボスラッシュの様相になって来ているのだとか。
それもただ再配置されているだけでなく、強化、あるいは取り巻きが増えた状態で。
――夏休みイベントだからって、盛り過ぎじゃないかな?
どうにか『北の氷河』を中心にジリジリとプレイヤー側の版図は広がって来ているらしいが、イベント期限内に踏破できるかは……少々、怪しくなって来ているらしい。
――でも、中途半端で終わるのは悔しいよね。
それはきっと、プレイヤー皆が思っているであろう事。基本的にオンラインゲームのプレイヤーは諦めが悪く、消化不良を嫌うのだ。
……イベント期間は、もうあと数日。
おそらくここから急速にペースを上げていくであろうダンジョン攻略に思いを馳せながら……今はとりあえず、美味しいカレーを作るべく玉ねぎを炒める手を早めるのだった――……