Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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帰ってきた強敵

 

 

「紅さん……」

「お師匠……」

「大丈夫、皆で作ったこのカレー、絶対にお残しなんてしない」

 

 悲壮な決意が籠る眼差しで、紅は眼前の物体を睨む。

 それは……スパイスの香ばしい香りが漂う茶色いルーを纏う、良く煮込まれた豚肉の小さな塊。

 スプーンの上に鎮座するそれ……カレーの具の豚肉を、紅はゴクリと息を飲み込み睨みつける。

 

 そんな紅の周囲には、固唾を呑んで見守る皆。

 隣に座る聖が、スプーンを持っていない方の手をぎゅっと握り、頑張れと応援している。

 

 ――これで、逃げられようか、いや、あり得ない。

 

 ここで引いたら男……いや、女? どちらでもいいが廃るとグッと覚悟を決め、一息に口へ放り込む。

 

 スパイスの爽やかな香りが鼻から抜け、舌に残るは辛みと、良く炒めた玉葱と商品の謳い文句にある林檎と蜂蜜が渾然一体となった甘み。

 

 年少に合わせた甘めのカレーを味わいながら、ひと噛み、ふた噛み、ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。

 フラッシュバックが起きかけるも意地で押し留め……そうして紅は、トラウマに打ち勝った。

 

 

「紅ちゃん……!」

「聖……食べられた、私、豚肉も食べられたよ!」

 

 感極まり抱き合う紅と聖。見守っていた雛菊と深雪も、滲んだ涙を拭って手を繋ぎ、喜びに跳ねていた。

 

 そんな光景に……

 

「いや、なんだこれ」

「良かった、昴君もそう思ってて。私だけがおかしいと思いそうになってた」

「大丈夫、委員長が正気だよ」

 

 端っこの方で皆のカレーを皿によそう当番をしていた昴と佳澄が、そう嘆息しながら呟き合うのだった。

 

 

 

 ◇

 

 皆で下ごしらえした食材を、外のバーベキューハウスで火起ししたコンロに掛けた寸胴鍋で炒め、煮込んだカレー。

 当然、そんなカレーが不味いわけがなく、途中から仕事を終え帰宅した天理も交えて皆がおかわりまで平らげ……

 

「はー、お腹いっぱいですぅ……」

「こんなごちそう続きだと、太っちゃいそうなの……」

 

 お風呂上がり、何気なく呟かれた年少組の言葉に……聖と佳澄が真剣な表情でこっそりお腹周りのお肉を確かめていたのを、そっと目を逸らし見なかったことにする紅と昴なのだった。

 

 

 ――今は、すっかりと夜も更けた時間。

 

 パジャマへと着替えた一同はリビングへと移動して、各々入浴後の身支度を整えながら、『Destiny Unchain Online』へとログインする準備をしていた。

 

「それにしても……ごめんね、急遽お泊まりして」

「気にしないで。うちは来客用の布団はあるし、暗い中で一人帰す訳にいかないもんね」

 

 恐縮している佳澄に、その髪を梳いている紅がフッと笑って見せる。

 

 街を走る全ての車に搭載されている、今は法律によって積載義務が課せられている車載カメラと、あちこちに防犯用のセンサーカメラがあるため、ひと昔前よりも街はずいぶんと治安が上がった。

 だがそれでもカメラの死角に連れ込まれる事件が皆無という訳ではなく、そんな中を帰すわけにもいかない。

 

 もっとも、宙に送って行ってもらう手もあったが……「なんじゃ、折角じゃから泊まっていけ、親御さんには連絡しておく」という天理の言葉によって、急遽、佳澄のお泊まりも決定したのだった。

 

「はい、終わったよ、紅ちゃん」

「うん、ありがと、聖」

 

 佳澄の髪を梳く紅のさらに後ろで、紅の髪を乾かしてゆるい三つ編みに編んでいた聖が、そう言って紅を解放する。

 ちなみに彼女の髪は、もうすでに佳澄の手によってお手入れが済んでいた。

 

「ありがと、こっちも終わるよ」

 

 そう言って佳澄の髪を乾かす手を止めた紅もドライヤーのスイッチを切り、自分のいつもの席……リクライニングシートの一つに体を預ける。

 

 見渡すと……他の皆も支度を終えて、各々好きな場所を確保していた。

 

「それじゃ、皆、いくよ!」

 

 紅の号令に、皆が頷き、「おー!」と声を上げる。

 

 あとは、各々の設定したフルダイブ機能起動の掛け声と同時に、NLDから『Destiny Unchain Online』のプログラムが起動して、紅達の意識はまるで夢の中へと落ちるように暗転したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「待たせたな、ソールレオン」

「いや、こちらこそ私たちの急な救援要請に応えてくれて、君たちには感謝する」

 

 テレポーターらしき魔法陣が描かれた小部屋の前、ずらっと居並ぶ『北の氷河』のメンバーの中心に立ちそう言って、頭を下げるソールレオンは……

 

「少数精鋭の君たちの力、どうか私たち『北の氷河』に貸していただきたい」

 

 ……そう、重々しく告げたのだった。

 

 

 

 クリム達は今――ソールレオンの頼みによって、ボスラッシュエリアの端の方へと来ていたのだった。

 

 

 ――ログインしたら、五層のこのポイントに来てくれ。

 

 

 そんなソールレオンからのメッセージに気付いたのは、クリムが皆よりいち早く『Destiny Unchain Online』にダイブした直後だった。

 食事中には通知も無かったのは確認している……つまり、おそらくは入浴中かその後か、ほんの少し前に送信されたものだろう。

 そうあたりをつけながら開いたメールに記されていたのが、先程の端的なメッセージとマップデータだった。

 

 だが……

 

 

「いや、流石に心配し過ぎではないか? お主と、お主のギルドで対抗できない可能性など、いくらボスラッシュステージとはいえ……」

「……いや、今回ばかりはな。なんせこの場所に向かった部隊全てが拠点へと強制送還されている……『嵐蒼龍』含めてだ」

 

 つまり……シャオ達が負けた。

 その言葉に、クリムの顔もスッと本気モードに切り替わる。

 

「……分かった。嵐蒼龍のメンバーにも話を聞きたいところじゃが」

「無理だな、まだ二時間しか経過していないし、時間も惜しい」

 

 ソールレオンが、難しい表情で告げる。

 このダンジョンの厄介な点……それはおそらく情報を周囲にリークし合っての報復合戦などトラブルを避けるためなのだろう……全滅して拠点へと送還された者は、五時間の間自分のギルドメンバー以外との通信が途絶する仕様になっている事だ。

 

「む……無い物ねだりをしてもどうにもならんな、で、どう出る?」

「ああ、まずは隊列だが……」

 

 スパッと割り切ったギルドマスター二人は気分を切り替えて、そう、手早く各々の役割を振り分けていくのだった。

 

 

 

 ◇

 

「……では、行くぞ。中に何が待ち受けているかわからない、皆、慎重にな」

 

 ソールレオンの指示に、皆頷きながら、ボス部屋へと続く転送陣に足を踏み入れていく。

 

 その中は――強すぎる流れるプールのように、水が勢いよく流れている洞窟の中だった。

 

「うわ!?」

「な、なんじゃあ!?」

 

 ひとたまりもなく流れに飲まれた先発隊の悲鳴渦巻く阿鼻叫喚の中、幸い後方配置だった『ルアシェイア』には引き摺り込まれた者は居なかった。

 しかし、渦巻く水流に流されて行った先発の者達は……その先で、無数の巨大なイソギンチャクの触手に絡みつかれ、動きを封じられていた。

 

 ……どうやら即死罠とか壊滅モノの状態異常ではない事が救いか。

 

 

「不覚……す、すみません団長」

「な、何ですか、これ、抜け出せません……ひゃん!?」

 

 

 その中には見知った顔……リューガーとエルネスタも含まれており、主戦力の大半が機能不全を起こしていた。

 

「馬鹿な、初手トラップじゃと……!?」

「ボスの行動パターンとしては悪質極まりないな……!?」

 

 愕然と、眼前の光景を眺めるクリムとソールレオン。

 

「おい団長、どうすんだよ!」

「と……とりあえず、皆の救助を! ルアシェイアの皆、すまないがそれまでの間、敵のボスを!」

 

 流石に慌てて弓使いのシュヴァルへとそう告げるソールレオンの視線の先からは、一体の、身の丈三メートルを超える影がモヤの向こうから迫って来ていた。おそらく、あれがこのフロアのボスなのだろう。

 

「わ、分かった! 行くぞ皆、時間を稼ぐんだ!」

「と、とはいえボスが何かを確かめねば……!」

 

 皆を振り返るフレイの指示に、とりあえず接敵し相手の情報を収集しようと提案しかけた、その時――敵ボスが、雄叫びを上げた。

 

 

 

『―― ギョギョーッ!!!!』

 

「「「「「――てめえかよッ!!」」」」」

 

 

 姿を現したのは、トラウマ的な見覚えのある。直立する()()()()()――サーモンリバー=カトゥオヌス十三世。

 

 

 以前死ぬほど辛酸を舐めさせられた相手の出現に……あらあら、と頬に手を当ててのんびり首を傾げているフレイヤを除く『ルアシェイア』一同が、思わず叫んだのだった――……

 

 

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