Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――再び立ち塞がったサーモンリバー=カトゥオヌス十三世と、激闘を繰り広げた翌朝。
たとえ眠る時間が遅かったとしても、すっかり染み付いた普段の習慣を身体は覚えているもので……紅は、NLDに設定したアラームが鳴る直前に意識が覚醒した。
周囲を見回すと……雛菊と深雪の布団はすでに空になっている。どこに行ったんだろうと思いつつも、すぐにそれよりも自分がしなければいけないことを思い出す。
「あふ……朝ごはんの支度しないと……」
そう呟いた紅が、まだ眠っている皆を起こさないようにそっと布団を抜け出して部屋着に着替え、眠い目を擦りながらキッチンへ向かうと……そこには先客が居た。
「……あれ、母さん?」
「お、紅か。おはよう」
湯掻いたほうれん草を刻んでいるその背中に声を掛けると、振り返って笑顔で挨拶してくる母。紅はなんだか気恥ずかしくなり、思わず目を逸らす。
「珍しいね、朝ごはん作ってるの。仕事忙しいんだから休んでいたらいいのに」
「はは、さすがに我が子の友人が居る時までそれはちょっとな」
「ふーん……あ、手伝うよ。あと用意していないのは味噌汁?」
「む……では、任せようかの」
嬉しそうに笑って頷く母に、紅は分かったと答えてとりあえず石鹸で手を洗う。
「ところで母さん、雛菊と深雪を知らない?」
「ああ、幼子二人ならば、ほれ」
天理の指差す方向……は壁で見えないため、耳を澄ませると、かなり遠くから聞き覚えのあるメロディが聞こえてくる。
「……ラジオ体操?」
「ほう、聞こえるか。うむ、昨日もじゃが、宙が公園に連れて行って、このあたりの小中学生皆でやっているみたいじゃぞ」
「へぇ、懐かしいなあ……って去年までやってたけどさ」
なんでも、昔……それこそ宙が小学生だった頃よりずっと前からあるらしい、夏休みのラジオ体操の習慣。
なんとなくカードに判子が増えていくのが嬉しかった思い出が蘇り、紅はふっと頬を緩ませる。
それはさておき、朝食の用意だ。
天理はというと、おそらく
紅も自分のエプロンを持ってきて着用すると、出してあった大根と人参を千切りにして、出汁パックと一緒に小鍋へ投入する。
「先の話の続きじゃがな……それに、我が子とこうして一緒に料理するというのも、楽しい物じゃぞ?」
鼻歌混じりに料理に勤しんでいた天理が、ふとそんな事を呟いたので、紅は驚いて目を瞬かせる。
「……そういう物?」
「うむ、そういう物じゃ。なんで我に気兼ねする必要は無いからの」
「ふーん……」
いまいち、その感覚はよく分からない。自分も親になればわかるのだろうかと首を傾げながらも、まだ湧かない鍋を見つめていると。
「……ところで」
湯から上げた鰤の水気を取り、片栗粉を振っていた天理が、今度は真面目なトーンで話しかけてきたため、思わず紅は背筋を伸ばし聞く態勢を取る。
「宙から聞いたぞ、昨日、少し力の制御が危うかったようじゃからの。ぼちぼち訓練も始めねばならんかと思うのだが」
「それじゃ……」
「ああ、明日から、朝のこの時間より一時間前に時間を設けよう。少し早い時間だが大丈夫じゃな?」
そう、今は真剣な顔で告げる母に、紅は緊張した面持ちで頷くのだった。
◇
体を動かしてすっかり目覚めた雛菊と深雪、そして引率の宙が外から帰って来た頃に、聖たち高校生組も着替えを済ませて起き出して来た。
そんな彼らに顔を洗って来るように告げ、戻って来た頃……丁度、天理がタレを煮詰め終えた照り焼きを皿に配膳し終え、紅はそれらを食卓に並べていく。
「はぅ……こんなすごい朝食にありつけるなんて……天理さん、紅さん、私尊敬します!」
「委員長、大袈裟、大袈裟だから」
「はは……まぁ、今時はめっきり手の込んだ朝食を作る家なぞだいぶ減ったからなぁ」
感激した様子でキラキラとした視線を向けてくる佳澄に、紅と天理は苦笑しながらこちらも席に着く。
食卓に並ぶのは、炊き立ての白いご飯に、微かに生姜の香る鰤の照り焼きと、ほうれん草の胡麻和え。空き時間に紅が一品追加しようと刻んだ葱を混ぜ込んで焼いた、焼きたてほかほかなだし巻き卵。そして人参と大根の味噌汁。
――ちなみに紅もトラウマ克服の一環として、天理から一口分の照り焼きを分けて貰っている。とりあえず今は、一食につき一口は必ず挑戦するノルマを掲げていた。
朝は完全栄養食のパウダーを牛乳に溶かして飲むだけ、みたいな家庭が増えた中で、最近ではめっきりと減ったらしい純和風の朝食に、皆が目を輝かせてテーブルに着く。
そうして、皆揃っていただきますをして、満月家の朝餉が始まる。
紅が、雛菊と深雪の年少組が目を輝かせて鰤照りの身を箸でほぐし始めるのを優しく見つめながら、味噌汁を一口啜ってその出来具合を確かめていると。
「それで紅ちゃん、今日はどうする予定?」
一口大に箸で切っただし巻き卵を口に含み、幸せそうに身を震わせていた聖が……そういえばといった様子で投げかけてきたその質問に、紅は味噌汁の碗を置きながら、少し考えこむ。
「今日かぁ、だいぶ切迫しているみたいだし、攻略に参加しようと思うんだけど、その前に……」
「ルージュちゃんの事?」
「うん、一度拠点に帰って様子を見てきたいんだ、良い物も手に入ったからね。いいかな?」
皆にも尋ねてみると。
「もちろん、構わないぞ」
「私も気になっていたから、構いませんよー」
「私も、リコの様子が気になっていたの」
「同じく、ヒナの様子が気になるです」
口々に上がる、賛同の声。どうやら異論ある者はいないらしい。
「それじゃ、ご飯食べたらみんなで会いにいこーう」
「「「おーぅ」」」
微妙に力の抜ける聖の号令に、皆それなりの鬨の声を上げるのだった。