Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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愛情の宝石

 

『……随分と、頑張ること。とても怯えて逃げ出した戦闘プログラムには思えないわね』

 

 呆れたような女の声だけが、五感のほとんどが封じられた私の、唯一残った聴覚に響く。

 

 

 

 目を塞がれ、手足を拘束され、一体どれだけの時間が経過したのだろう。

 私に残された情報は、女が気紛れに掛けてくる声と、肌を撫でる感触と、その肌の下へうぞうぞと潜り込んでくるナニカ。

 そして……ひび割れたプログラムを埋めるように、侵食していく悪意。いつ自我が吹き飛ばされるか分からないほど、無数の悪意がこの身に潜り込んでくる。

 

 だけど……それでも必死に自分を保とうと耐え続けたのは、ほんの僅かな間感じていた温かな感触と、確証もない一つの言葉。

 

 

 ――絶対……絶対にお姉ちゃんが助けてやる! 

 

 

 そんな言葉が、視界の塞がれた闇の中で、小さな光となって絶望へ堕ちるギリギリのところで繋ぎ留めていた。

 

 一度は絶望から救い出してくれて、優しく抱きしめてくれたあの人。名前をくれた、あの人。

 だから、きっとまたと、期待してしまう。たとえそれが、どれだけ絶望的であっても。

 

 だけど……

 

『それで……あの子が助けに来たとして、貴女に何が出来るのかしら? きっとまた迷惑を掛けるだけよ、ねえ?』

 

 頬を撫でる感触に、ビクッと体を震わせる。

 自分のものではなくなった体。きっと、助けに来た人たちに牙を剥き、あの人に迷惑をかけてしまう。もはや生きているべきではない存在であると誰よりも理解しているのに……

 

 

 

 

 だけど、それでも――

 

 

 

 

 ◇

 

「ルージュ、おいルージュ、大丈夫か?」

 

 満月の光が差す中庭庭園。

 そこに鎮座するベンチの一つに、猫のように身を丸めて横たわるメイド姿の幼い少女の姿があった。

 

 クリムは一瞬だけ、眠っているところを起こすのは可哀想だと思ったが……しかし、よく見ると額に汗を浮かべ(うな)されているように見えて、肩を揺すり声を掛ける。

 

 ……AIが、夢を見る。

 

 他者からは、きっと何を馬鹿なことをと言われるであろう事象であるが……震え、涙を溢す少女の感情が偽物などではないことを、クリムはかけらも疑っていなかった。

 

 

 やがて……睫毛を震わせて目を開け、その目を擦りながら身を起こした少女に、ホッと安堵の息を吐く。

 だがそれは、今目覚めた彼女も一緒だったらしく。

 

「……お姉、さま?」

 

 クリムの姿を認め……それはまるで迷子の子供が親を見つけたかのように、顔をくしゃりと歪め、クリムの胸へと飛び込んできた。

 

 クリムはそのまま、しばらくルージュの背中を叩いて安心させてやると……やがて彼女は、照れたように耳まで赤く染めて顔を離した。

 

「ご、ごめんなさい……お姉さ、えっと、お姉ちゃん」

 

 クリム以外の面子も周囲にいることにようやく気付き、恥ずかしそうに俯きながら言い直すルージュ。

 

 ――うちの妹が可愛い。

 

 若干理性が飛びそうになったのを、脳内で般若心経を唱えながら平静を取り戻すクリムだったが……すぐに、少女が首を傾げ疑問を投げ掛けてきたため、真面目な顔に戻る。

 

「でも、急にどうしたの、お姉ちゃん?」

「うむ……多分、そろそろダンジョン攻略も大詰めになるからの。その前に一度顔を見ておこうと思った次第じゃ」

 

 クリムの言葉に、彼女は少し考えこむような素振りを見せる。そして……

 

「あの、お姉ちゃん……」

 

 ルージュが、そっとクリムの外套の端を摘みながら、おそるおそる、といった感じに話しかけてくる。

 

「私も……あの街に行きたい。お姉ちゃんに出会った、私の生まれた場所だから……」

 

 

 ――そして、その最後を見届けたい。

 

 

 震え、俯いた少女が呑み込んだその言葉を、だがクリムはなんとなく理解していた。

 

「……分かった、一緒に行こう」

 

 故に、クリムが手を差し出しながら告げた言葉に、言い出しっぺであるルージュは、しかし驚いた様子でバッと顔を上げる。

 

「そう言うかもと思って、こういう物も用意してきたんだけど」

 

 そう言って、クリムはインベントリから一つのアイテムを取り出して、彼女へと差し出す。

 

「……これは?」

 

 ルージュは、クリムの手の上の物品……青い宝石が、ハート型の金装飾の台座に嵌め込まれた小さなブローチを、おっかなびっくりという様子で指先でつつく。

 

「ちょっと名前に語弊がありそうで困るんだけど……『愛玩のブローチ』っていう、ルージュを守ってくれる装飾品だよ」

 

 ……テイムモンスターの欠点として、「死亡した場合に特定の手段以外蘇生ができない」というものがある。

 

 だが、モンスターテイマーの中には、テイムしたエネミーを戦力と見做せず、共にのんびり過ごしたいだけの者も多いのだ。

 

 そういった者たちのために用意されたのが、この『愛玩のブローチ』……装備させたテイムモンスターが戦闘に参加できなくなる代わりに、絶対的な『外部不干渉属性』をシステム側から付与するアクセサリー。

 クリムの言った通り、人型エネミーだったルージュに持たせるには少々怪しい響きがあるが……純粋に彼女を守るための装飾品だった。

 

「もちろん、ヒナの分もあるですよ!」

「リコの分も、なの!」

 

 そう嬉しそうに語る雛菊とリコリスの肩には、誇らしげに胸に相当する場所にお揃いのブローチを光らせる、二体のドッペルゲンガーが胸を張って立っていた。

 

「ずっとお留守番っていうのも、可哀想だもんね」

「外には辛いこともあるかもしれないけど、きっと、楽しいよ?」

「ま、妹分の妹分なら、僕にとっても妹みたいな物だからな。守ってやるのは年長者の役目だろ」

 

 カスミと、フレイヤとフレイも同様に頷き、手を差し伸べる。

 

「我も、お主と色々な景色を見られるならば嬉しい。だから……皆で一緒に、色々な場所を見に行こう?」

 

 そう、いまだ迷いを見せるルージュへと向けて手を差し出すクリムだったが……不意に、そんなクリムを呆然と見つめていたルージュの目から、大粒の水滴がツッと頬を滑り落ちる。

 

「……うぇ!? だ、ダメだったかの?」

「ううん……違うの、嬉しくて……」

「そうか……うむ、ならば良かったのじゃ」

 

 泣き出した少女を前にあたふたと慌てるクリムに、溢れる涙を拭いながら、首を振るルージュ。

 

 どうやら嫌な涙ではなく、嬉し泣きらしい……そう理解したクリムは、泣きじゃくる彼女をその胸に優しく抱きしめるのだった――……

 

 

 

 

 





 ちなみにルージュちゃんは元が不定形種族なため、その気なら容姿そのまま縮小して羽も生やして妖精さんの姿になったりもできます。やったぜ。
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