Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
長かったイベントダンジョン、いつまで続くのか先の見えなかった最終フロアのボスラッシュが、しかし今、終わろうとしていた。
ここまでずっとボスを撃破するたびに三択に別れていた道が……いくつもの激戦を踏破した末に、今回ついに一つだけとなった。
すなわち……ここがおそらくは、最終目的地へ続く最後の道。
そうして唯一の道を進んだ先に聳え立っていた、その見上げるほどに高い扉は……いかにもここが最終ボスが待つ部屋でござい、といった様相を漂わせていた。
……だがしかし、この最終ボスと思しき部屋の前に到達した時、現実世界の時間はすでに夜の19時を回っていた。実に十時間近くも神経をすり減らすボス戦を、ぶっ通しで続けていた計算となる。
と、いうわけで。長時間休みなくログインしっぱなしということは、当然ながら一つの問題が出てくる。
つまり――腹が減っては戦はできぬのだ。
昔から言われているが、発祥については諸説あり、誰の言葉かは分からないこの言葉。
いずれにせよ、そんな朝からぶっ通しでボスラッシュを踏破してきた攻略班は、いくら妖精さんブーストがあってもそもそも肝心な頭に向かう養分が枯渇気味であり……逸る気持ちを抑え込んでの食事休憩タイムとなった。
――そして、運営に携わる紅の両親は、当然ながら攻略の進展は把握しているわけで。
この日の夕飯は、紅たちがおそらく簡単なもので済ませる気であろうことを完全にお見通しだった天理と宙が、仕事帰りに買ってきてくれたピザでお腹を満たすこととなった。
――そうして時は過ぎ、現在時刻は現実世界の夜21時。
クリムたちが夕食を済ませて集合場所へと戻った時には、分岐によって三方に散っていった筈のプレイヤーたちが皆、この巨大な扉の前へと集っていた。
「では……行くぞ。準備はいいな?」
「ああ、皆も覚悟は出来ておる。行こう」
先頭に立ち、皆の方を振り返り最終確認をするのは、ここまでの道中ですっかり不動の攻略班総大将の地位に就いたソールレオン。
そんな彼に、いつのまにか副官に祭り上げられて、すっかり隣が定位置になっていたクリムが、皆の代表として頷いた。
巨大な扉を開けると……目に飛び込んできたのは、鮮烈な蒼の景色。
広いホールの中の手前側半分こそ、今まで通り無数の蔵書に埋め尽くされた書架ではあったが……その奥は、ガラスのようなものに張り巡らされた外に、魚が泳いでいるのを見て取れるような光差す海中の光景が広がっていた
そして……その中央に存在する、ダンジョン最奥に存在するにしては不自然な
「えぇと、これは……」
「女の子……か?」
戸惑いに、ざわめくプレイヤーたち。
皆の視線の先、広大な図書館の最奥の、窓の外が海中となっているホール。
その中央に鎮座する巨大な天蓋付きベッドの中心には、蛸とも海月ともつかない本体から無数の脚が生えた不気味な――
その、どこかあどけない安らかな少女の寝顔に、皆が毒気を抜かれて戸惑いを見せる。
「……もっとこう、扉を開けた瞬間におどろおどろしい邪神みたいなのが襲ってくるのを想像しておったのじゃが」
「だが、他に行ける場所も見当たらない。皆、見た目に惑わされないよう慎重に近づくぞ?」
ソールレオンの指示に皆が頷いて、武器をいつでも抜けるよう身構えながら、寝台へと近付く。
……と、そんな時だった。
『くぁ……』
そんな小さな欠伸の声と共に……寝入っていた少女が、目を擦りながら身を起こす。
その悪趣味な被り物から無数に垂れ下がった紐状のものが、まるでカーテンのように少女の肢体を包み隠しながらベッド上へと広がった。
皆が固唾を呑んで見守る中で……少女が、こてんと首を傾げる。
『む……余を目覚めさせたのは、お主らか?』
涙の浮かんだ目を擦り、くぁ……と再度大きな欠伸をしながら、尊大な口調で曰う少女。
彼女は巨大なベッドを這ってころんと転がり落ちると、立ち上がってあの不気味な帽子の位置を合わせ直している。
『なるほど、なるほど……どうやら未知に釣られ、このような深層までわざわざ潜ってきた、といったところじゃな』
武器を構えたプレイヤーたちに周囲を囲まれているというのに全く動揺を見せぬその少女が……不意に、その口をニィ、と両端を吊り上げさせ――
『……くは。くはは、あはははははッ!!』
――突然、笑い転げ始めた。
『それでここまで来たとは、くはっ、愚かな。ああ、実に愚かなり……!』
ビリビリと、大気を揺るがす振動……否、それだけではない。
体に纏わり付くような思念と、ふつふつと湧き上がる、肌を泡立たせる得体の知れぬ根源的な恐怖。
それは――少女から発せられる思念波に乗って、この場に集った者達の行動を戒めるデバフとなって次々と視界にアイコンを表示させていく。
『余は、もうすでに忘れ去られた、かつてこの海を統べた者。今やただ惰眠を貪るだけの者なれど、この沈んだ都市の主人として、ここまで来た貴様らに歓待の一つもしてやらねば名折れというもの!』
ただ、少女が声を発するだけ。
ただそれだけのことで、体が呪いに蝕まれ、重さを増していく。
『我が名は、■■■■、貴様ら脆弱な人間共が口にするには過ぎた名ではあるが、雄はその腹を引き裂かれ腑を貪り尽くされるまでの、雌はその胎を我が眷属の為に捧げるまでの今の間だけ、特別に怖れ敬いながら口にすることを赦そうぞ』
その名は、いまいち聞き取れなかった。音程が、人の言語とはまるで違うためだ。
だが……あえて日本語にするならば、『クルウルウ』だろうか。
徐々に高笑いがヒートアップしていく少女の声に、耳障りな男の声が混じり始めたこの段になって、ここに集ったプレイヤーたちは、否応なしに思い知る。
彼女が――目覚めさせてはならない類の存在であったことを。
だが、もう時すでに遅く、パンドラの箱は開かれた。あとは、眼前の脅威を死ぬ気で払うしか、自分たちに道はない。
「総員――武器を構え、隊列を乱すな。治癒魔法を持つものは前衛のデバフ解除急げ、来るぞ!」
この状況でさえ動じず指揮を飛ばすソールレオンの号令に、悲壮さ漂う調子で皆が一斉に武器を構えた――その刹那。
『未知を恐れぬ己が暗弱を悔いて、死にゆくが良い、儚き今を生きるヒト共よ!!』
そう、少女……クルウルウが叫んだ瞬間――彼女の周囲から、無数の触腕が周囲へ向けて放たれたのだった――……