Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
【イベントクエストが更新されました】
【水没都市ルルイエ最終レイドバトル:邪神クトゥルフ封印戦が解放されました】
◇
――水没都市ルルイエ第一層。
戻ってきた街、その様は、すっかり様変わりしていた。
まず、水没していた箇所が無くなった。海面はまるで潮が引いたようにその水面を二十メートル以上下げ、それは今も下がり続けている。
――否、都市が徐々に上昇し続けているのだ。
そして、最下層から戻ってきたクリムたちが休んでいる建物の屋上から、嫌でも目に入ってくる、空中に流れている莫大な水流によって構成されている水の繭。
「あそこに、クトゥルフの本体が眠るのか」
「はい……あの水繭は本体から漏れている精神汚染波を防ぐ防壁ですが、枷が外れた今、程なくして崩壊するでしょう」
すっかりルージュ含むドッペルゲンガーたちに懐かれて、取り囲まれて座っている少女……クルウルウの中身であった少女、今ではすっかり『ルゥルゥ』と呼ばれている銀髪の少女が、クリムの問いに対して苦悩の表情で語る。
「そうか……やはり、手出しはできんか。分かった、帰還してくれ」
通信越しに指示を出しているのは、最下層からここまで戻ってくる道中ずっと、まるで姫に付き従う騎士のようにルゥルゥの手を引きエスコートしていたソールレオン。
その会話内容から察するに、水繭の調査に向かった皆の方には、あまり芳しい結果は無かったらしい。
そして今も刻一刻と進む水繭崩壊までを示したカウンター。残り時間はだいたい九時間……ほぼ確実に、イベント最終日である明日の朝9時に合わせられている。
「確認しておくが……確かに、お主は奴を封印できるのじゃな?」
「はい。私の命に代えても、自分の役目は必ず果たします」
「自分の命に代えても、のぅ……」
悲しげに目を伏せ、悲壮感漂う様子で告げる少女に、クリムは眉を顰める。
「お主は、それでいいのかの?」
「……」
少女は何も答えず、ただ困ったように微笑んで、膝の上に座る二体のドッペルゲンガー本体を撫でていた。
少女の意思は堅い。儚げな見た目に似合わず、意志の強い少女なのだろう。だが……その目が微かに揺れたことを、クリム他数名は見落としてはいなかった。
――全く、性格の悪いGMじゃな。
ゲーマーというのは、一部例外を除いてハッピーエンドがあるならばそれを目指す習性があるものだ。
それで幸せになるのがこのように優しく儚げな少女であれば、なおのこと万難を排してでもそこを目指すに違いない。
事実……周囲のプレイヤーたちの目の色は、このレイドバトルの情報が掲示されてから、明らかに変わって来ていた。
そんなレイドバトル告知に、クリムは目を落とす。そこには……
———————————
【水没都市ルルイエ最終レイドバトル:邪神クトゥルフ封印戦】
イベント終了までに、ルルイエ最上層、市街区を徘徊する『邪神クトゥルフ』のライフを削り、封印の御子の手助けをせよ。
なおこのイベントでは、イベント終了時の魔神クトゥルフの残体力によって、エンディングが分岐する。
残ライフがあまりにも多かった場合、封印の御子は邪神クトゥルフ封印と同時に力尽き、その命を失うであろう。
だが、プレイヤーたちの働きにより十分に邪神クトゥルフを弱らせられたのならば、再び邪神を封印し眠りにつく事ができるであろう。
……あるいは。もしもプレイヤー諸君の働きにより邪神を見事に撃破できたならば、別の未来が待っている可能性もありえるかもしれない。
相手は人知を遥かに越えた邪神、その討伐は至難を極めるだろう。死力を尽くして邪神を再封印せよ!
———————————
――つまり、このイベントは無視しても、問題なくクリアとなる。ただ一つ……この目の前の少女が命を落とすだけで。
また、たとえ善戦虚しくタイムオーバーとなっても……封印は、恙無く進むのだろう。つまりこのイベントはたとえどう転んでも、最悪の事態――ルルイエ再浮上、クトゥルフ完全復活は構造上起こり得ない。
ただ……
「なぁ……お主は、魔神を封印した場合、また眠りに着くんじゃよな?」
「はい、それが私の役目、私自身が望んだことですから。ただ……」
「ただ……何じゃ?」
クリムが先を促すと、彼女はしばらく躊躇した後に、ポツポツと心情を語り始めた。
「ただ……次に目覚めたら、また誰も知っている人が居ないのはちょっと寂しいかな」
そう寂しげに呟いた少女に、クリムはぐっと拳を握る。
……明言されている訳ではなく、おそらく相当に困難な道であろう。だが、システム的に不可能というわけではないのならば。
だが……あるいは、希望を持たせただけ残酷な結末を与える事になりかねない。そんな逡巡が、一瞬クリムの脳裏を巡る。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
迷うクリムの手を、そっと握る者があった。
それは……全幅の信頼を湛えて見上げてくる幼い少女、ルージュだった。
「だって、お姉ちゃんは私だって助けてくれたんだもの。大丈夫、私のお姉様は最強なんだから」
「……そうか」
そう言って、ちょっと照れながら笑い掛けてくる少女に……クリムの腹は決まった。
「ありがとうルージュ。ちょっと行ってくる」
「うん、頑張って、お姉ちゃん」
不思議なもので……その笑顔と言葉だけで、何でもできる気がするクリムなのだった。
「皆の者、我の話を聞いて欲しい!」
クトゥルフの本体が眠る水繭を、遠方に臨む広場。
イベント参加プレイヤーがごった返すその広場でも高い建物である、クリムたちが休んでいたその屋根上から身を乗り出し、クリムは声を張り上げた。元々プレイヤーの間では極めて高いクリムの知名度もあり、皆が注目する中で……
「ただ……皆からは廃人の戯言に聞こえるかもしれないことを、今から語ろうと思う」
そう前置きしたクリムが、集まったプレイヤーの中心で語り始める。
「数日前、皆には今や我の大切な家族となった少女を、その団結によって救って貰った。その恩についていま一度感謝する……そして、また一人助けたい者が現れた。いま一度、あの時のように皆の力を借り受けたい次第だ」
戸惑いにざわつく周囲のプレイヤーたち……無理もないだろうとクリムは思う。だが、今はそれでも、通さなければならないものがあった。
「たかがゲームと笑う者も居るだろう。データにマジになってと思う者も居るかもしれん。だが……我らは皆、そんな存在が不幸になる哀しみを知り、幸せな様を見つめて暖かさを知ってきたはずだと、我は信じている」
そこで息を一つ大きく吸い込み、勢い任せに一息に告げる。
「何故ならば……我らはその仮初の世界を本物と分け隔てず旅する者、すなわち『ゲーマー』だからだ!」
拳を握りしめて語るクリムに、戸惑いを見せるプレイヤーたち。
だが、その中から僅かにだが、「そうだ、俺たちはゲーマーだ」という声が散見され、クリムは内心で喝采を挙げる。
……まあ、水繭の調査から戻ってきたらしい見知った姿がサクラをしているのが見えたのは、ご愛敬だろう。
前置きを終え、一つ咳払いをして、本題へと入る。
「さてお主ら、明日の最終レイドバトルの情報には、目を通したと思う。今ここに、皆を守るための人柱になることを決め、命を賭し、いつ目覚めるともしれぬ永き眠りにつくことを決め……しかし寂しさに震えている少女がいる。お主らは、それを良しと思うか!?」
突然クリムに指を指されたルゥルゥが、驚きに目をパチパチと瞬かせる。
そんな様子であっても僅かにも可憐さの曇らぬ彼女へと注目が集まり、シンと静まる中で……やがて一人のプレイヤーが、声を上げた。
「い……嫌だ、その子を犠牲にして、そんな後味の悪いエンディングなんかで終わるゲーム、ただのクソゲーじゃないか!」
そう声を上げたプレイヤーに、周囲からそうだ、そうだと賛同の声が高まり始める。その機運が充分に高まるのを待って……クリムは身を乗り出し、叫ぶ。
「応、よくぞ言った! だが道は示されておる。完全無欠のハッピーエンドが、困難な道行きの先には見えておる。ならば、我らゲーマーが向かうべきは何処か!?」
『決まっている!』
『一番いいエンディングだ!』
『女の子を泣かせたまま終われるかよ!』
クリムの呼びかけに、次々と上がるプレイヤーたちの鬨の声。それはすぐさま怒号となり、広場を震わせ始める。
「良かろう、だが今まさに邪神は目覚め、少女の顔を曇らせようとしているぞ! ならば……」
『『戦争だ!!』』
「うむ、だが違えてはならぬ、我らは目的はただ一つ――少女の笑顔を守るために!」
『『『少女の笑顔を守るために!!』』』
一度はルージュ救出で燃え盛り、いったん落ち着いたかと思われた熾火は……新たな燃料を得たことで、今また再び、燃え盛り始めていた。
「良かろう! ならば決戦は明日朝9時より始まる!
皆の者、我らゲーマーが一同、この長かった、正直に言えば何度も『何このクソゲー』と投げ出しかけた夏のイベント最終日を、完全なハッピーエンドで飾って、運営にザマァみろと叫び、大団円で幕を下ろそうではないか……ッ!!」
『『『『ぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』』』』
クリムがその拳を天に向け突き上げた瞬間――熱狂が、地響きとなってクトゥルフの水繭を望む広場に吹き荒れる。
クリムの声を受けて奮起したプレイヤーたちは、己が武器を、魔道具を掲げて足を踏み鳴らし、大歓声を上げていた。
「……呆れたな。戦術でも統率力でもなく、ただ情に訴えて皆を一つにしてしまったぞ、アイツ」
「クリムさん、絶対に扇動の才能ありますよね……今更ながら思うんですけど、正直、僕ら三人の中で一番魔王らしいのって彼女なんじゃないですか?」
「な、なんじゃお主ら。気持ち悪い笑みを浮かべてこっちを見おってからに」
何やらヒソヒソと後ろで話をしているソールレオンとシャオをジロっと睨みつけながら、事の成り行きについていけず、ドッペルゲンガー二人を膝に抱いたまま呆然としているルゥルゥへ笑い掛ける。
「……どうじゃ、ルゥルゥとやら。この光景を見ればちょっとくらい、我らを信じてみたくはならぬか?」
ポカンと、眼前で繰り広げられているプレイヤーたちの大歓声に呆けていたルゥルゥが、ニッと笑って見せるクリムの方を見上げる。
「ええ、ええ、本当に……とんでもない方々なのですね、あなた方『げぇまぁ』というのは」
不安に揺れていた少女の目をジッと見つめながら、クリムはその手を未だ座り込んだままの少女へと差し出した。
すると、少女が呆れたような苦笑を浮かべながら、しかし眼には涙が溢れぬよう我慢しながら、そのクリムの手を取った。
「我らは諦めぬぞ。健気な少女の笑顔の為ならば、我らはどんな相手も打ち破って見せようぞ……我らは廃人で、
「……はい……はい……っ!」
とうとうその目に貯めた涙を決壊させたルゥルゥが、大粒の涙を頬に伝わせしゃくり上げながら、クリムの手をしっかりと掴んだ。
――小さな、弱々しい手だ。だが、その手がここまで恐ろしい邪神を封じ続けてきたのだ。
決して失わせはしない。
そう決意を込めて、クリムを始めとしたプレイヤー皆が、邪神の目覚めを待つ繭を睨みつけるのだった――……