Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――クリムの演説から一晩が明けた、イベント最終日の朝。
昨夜打ち合わせを済ませた後、紅たちは夜には十分に睡眠をとり、いつもより早く目覚めて、各々が普段通りの朝を過ごす。
事情は知っているらしき紅の両親は、何も聞くことなく、ただ黙ってそんな紅たちの様子を見守ってくれていた。
そうして、天理手ずから用意してくれた朝食もしっかり摂って十分な英気を養い……紅たちは決戦の舞台、水没都市ルルイエ第一層へと降り立ったのだった。
◇
「――来たか」
壇上で、先頭に立つルゥルゥの隣に立つソールレオンが振り返り、クリムに笑い掛けてくる。
「皆、集まっていますよ。想定よりずっと多い人数が、あなたの声に動いてくれました。なかなかに圧巻ですよ」
一歩引いた場所に立つシャオは、そう告げながらクリムに道を譲って、ソールレオンとは反対側のルゥルゥの隣へとその肩を押して並ばせた。
その眼下には――この場に集っただけでも、広場を埋め尽くすほどのプレイヤーがひしめき合っていた。すでに持ち場へ向かったプレイヤーも合わせれば、この十倍以上は下るまい。
「ほら、君が発起人だろう、皆に挨拶するといい」
そうソールレオンに促され……クリムは一つ頷き、大声を出すために空気を大きく吸い込んだ。
「皆――ありがとう、この場に集ってくれたゲーマーがこれほど居たこと、我はとても嬉しい!!」
多くを語るのは苦手なクリムは、ただそれだけ告げて満面の笑みで笑いかけると、一歩下がって今回の主役へと場を譲る。
「では……皆様、よろしくお願いします」
クリムに促され、そう言って丁寧に頭を下げるのは、目の下を赤く泣き腫らしたルゥルゥ。
だが反面その表情は晴れやかで……目には希望の光が点り、昨夜の全て諦観した儚げな様子は、今はその顔から消え去っていた。
「……私、『げぇまぁ』の皆様のことを信じて、諦めずに頑張ってみますね!」
彼女はそう言うとぐっと拳を握り締め、はじめて明るい笑顔を皆へと見せて、自身の支度のために後方へと下がっていく。
そんな彼女を直視した者の中には、照れて真っ赤になっている者や、すっかり見惚れてポーっとしている者が居る中……皆の気を引き締めるように、総指揮を務めるソールレオンが声を張り上げる。
「班分けは、昨夜説明した通りだ。デバフ解除担当は各々の持ち場のチェックを密に、自分の役割の分からぬ者は今のうちに周囲と相談して適時配置を移動して欲しい!」
そう、テキパキと指示を出していくソールレオン。この辺りは流石に彼の独壇場であり、皆全面的に信頼してその指示に従っていた。
――公式から事前に公開されているレイドバトルの情報によれば……主な敵は二つ。邪神クトゥルフ本体と、その眷属である無数の触手である。
邪神の眷属の触手は時間経過と共に数を増していくらしく、その数次第で邪神クトゥルフ本体へと
だがしかし、その触手たちのライフは本体に繋がっているらしく、倒せば倒すだけ、膨大なライフを有する邪神クトゥルフを弱らせることができる。
また、数があまりにも減り過ぎた場合、今度は逆に邪神クトゥルフ本体に
そのため、膨大なライフを持つ強大な敵を撃破する目的で動く場合、ひとまずはこちらをどれだけ素早く減らすことができるか、というのが急務となるのは間違いなかった。
また、邪神クトゥルフとの距離に応じて、時間経過と共にさまざまな状態異常がプレイヤー側に付加されていくとのことで……これに対抗して、協力者を募り【神聖魔法】スキルが70を越える者たちを第一層の一定間隔おきに待機してもらい、いつでも飛び込めるように配置した設置型の状態異常回復魔法『
そのため、生命線となる彼らには、もうだいぶ数が限られているMPポーションを募って優先配布し、さらには生産職の者を随伴させてサポートしてもらう体制も整えた。
――問題は、パーティーから離れる彼らの安全だが……これに関しては、思わぬところで解決した。
昨日のクリムの演説を聞いていたプレイヤーがアップロードした動画を見て、イベントに参加していなかったプレイヤーたちが、自分たちにも協力させてほしいと申し出てきてくれたのだ。
まだこのイベントダンジョンでの戦いに慣れていない彼らではあるが、専守防衛に徹するのであれば、その戦力は充分過ぎるくらいに頼もしいものだった。
主力として邪神クトゥルフと対峙するのは、北の氷河を主軸に据えた、攻略班から選出された最精鋭。
ただし……前述のようにクトゥルフに接近しすぎると大量のデバフが重くのしかかるため、クトゥルフ本体に関しては、ターゲットを取った北の氷河がそのターゲットを維持したまま距離を開けて連れ回す……いわゆる『マラソン』戦術にて対処することになっている。
そのため、主力部隊のアタッカーは後衛術師職の多い嵐蒼龍を中心に、遠隔能力持ちを主軸とした構成になっていた。
幸いこちらはラインハルトとシャオの二人が『聖域』を使用できるため、デバフ解除も自前で可能な独立部隊となっている。
……では、クリムたちルアシェイアはというと。
「では……我らは遊撃じゃな」
「ああ。君たち『ルアシェイア』は機動力と打撃力に優れ、何より君の姿がプレイヤー皆の士気を上げるからな。せいぜいあちこち走り回って大暴れしてくれると助かる」
クリムたちは他のプレイヤーの鼓舞も兼ね、フィールド全域を転戦して遊撃しながらの触手処理を割り振られていた。
もっとも忙しくなる役割であろうが、そもそもクリムが発起人であるし、何より繊細な判断を求められるポジションは北の氷河へと任せた以上、異論などあるはずもない。
ただ、不満があるとすれば。
「なんじゃろうな……まるでアイドル扱いされているみたいで、微妙な気分なのじゃが?」
「はは、自覚ないんですねこの人」
「まあクリムだしな」
「なんで我、突然ディスられてるんじゃ解せねー!?」
決戦前だと言うのに、最も責任の重いはずのポジションにいるソールレオンとシャオが、そんな軽口を叩く。
二人からの扱いに不服を露わにするクリムであったが……すぐに真剣な表情へ戻り、拳を突き出した。
「では……ただ少女の笑顔を守るために。クライマックスでまた会おうぞ」
「ああ、ただ少女の笑顔を守るために」
「ええ、ただ少女の笑顔を守るために」
すっかりとプレイヤーの間でこのレイドバトルのスローガンと化した言葉を口にして、三人は苦笑しながら拳をぶつけ合い、離れる。
――丁度そのタイミングで、クトゥルフの水繭のカウントダウンが終わる。
そこから現れたのは…… 触手のようなヒゲを備えたタコに似た頭部、鉤爪のある腕、そして蝙蝠に似た翼の、身の丈何十メートルとある巨人。そしてエリアのそこかしこから伸びる無数の触手たち。
一目見て戦意を挫かれそうな、そのコズミックホラーにて語られる姿そのままの邪神クトゥルフの
――我ら、ただ少女の笑顔を守るために!!!
それでも臆さぬ何百、あるいは何千のプレイヤーの雄叫びが、浮上するルルイエの空に響き渡るのだった――……