Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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集う者たち

 

 ――邪神クトゥルフ封印戦が、幕を開けた。

 

 すでにソールレオンたち本体担当の精鋭部隊はこの広場を発ち、クリムも演説台から、その下で見守っていた仲間たちの元へと飛び降りる。

 

「待たせたな、皆。そろそろ我らも……」

 

 出撃するぞ、と言い掛けたその時……この場に見当たらなかった最後の一人の少女が、慌てて駆け込んで来た。

 

「っと、クリムちゃん、お待たせ!」

 

 遅れてやってきたのは……ついに昨夜も満月家にお泊まりとなってしまい、今朝方にご両親への挨拶も兼ねて天理が車で送って行き、満月家から自宅へと帰っていったカスミだ。

 

「おお、委員長。無事家に着いたのじゃな」

「うん、そのまま部屋に直行してログインしてきちゃった。でも、間に合ったみたいだね」

 

 そう、ホッとした様子で語るカスミ。どうやら相当に急いで来てくれたらしく、少し息を切らせていた。

 

 そして……予想外だった者たちの姿も。

 

「それに、ジェードとサラ、あとリュウノスケまでおったか」

「うん、幸い今日は非番だったんだー」

「同じく。夫から、事情は聞きました。微力ながらお手伝いします」

「お主ら、貴重な休みを……参加、感謝する」

 

 社会人の休みの貴重さは、クリムにも分かっているつもりだ。サラとジェードはそれを押して来てくれたのだ、頭も上がらない。

 

「しかし、討伐クエストにお主が来ているのは意外じゃったな?」

 

 そうクリムが悪戯っぽく見上げて告げたのは、リュウノスケだ。彼は基本的に討伐系は静観する派なのだが……

 

「ま、俺はお前らみたいに戦闘で戦える訳じゃないがな……せっかくの大舞台、記録しとかんと損だろ」

「……まったく、お主という奴は」

 

 しっかり撮影用のマギウスオーブをいくつも浮かべ笑うリュウノスケに、つくづく戦場のカメラマン気質な奴じゃなと、クリムは肩をすくめて苦笑する。

 

 だが……何はともあれ、どうやら随分と久方ぶりに思える、ギルド『ルアシェイア』全員集合らしい。

 

「その……すまんな皆、我だけで勝手に話を進めてしまった事、本当に申し訳なく思――」

 

 そう、クリムが皆に頭を下げようとした……その瞬間だった。

 

 

 ――スパァアアン!

 

 

 ……と、そんなもの凄く良い音が、瞬間に鳴り響いたのは。

 

「――ふみ゛ゃ!?」

 

 変な声を上げて、不意の衝撃を受けた頭を押さえ、うずくまるクリム。

 

「な……なんじゃ!?!?」

 

 あまり痛くはないが、何かに叩かれた感触と音に驚いたクリムが、システムに過剰に感情表現された結果として涙を浮かべた目を白黒させて周囲を見回す。

 すると……巨大なハリセンを肩に担いだフレイが皆を代表するように先頭に立ち、呆れたようにクリムを見下ろしていた。

 

「今更水臭い、辛気臭い、お前は僕たちの団長なんだから、もっとシャキッとしていろ」

「あのね、私たちもクリムちゃんと同じ気持ちだったんだよ。だから、今更になって謝ってきたら一発叩いてやろうとみんなで示し合せてたの」

「お主ら……」

 

 呆れ顔のフレイと、苦笑しながら手を伸ばすフレイヤに、クリムはポカンと呆けた顔を見せる。

 

「まったく、ダメなお師匠様ですね」

「あはは……でもそんなお姉ちゃんだから、私たちも一緒に居るの」

「お前たち……ああ、本当に、ありがたいことじゃな」

 

 仲間たちに、思わずこみ上げてきた笑いの発作のまま笑顔を浮かべ、踵を返す。

 

「では……行くぞ、お主ら! 我ら『ルアシェイア』遊撃隊、一体でも多くの眷属を狩って回ろうぞ!!」

『おぉーッ!!』

 

 周囲のプレイヤーたちに見送られ……クリムたちルアシェイアはさながら軽騎兵隊(ドラグーン)のように、颯爽と廃墟の街へ飛び出して行くのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 ――レイドバトル開始から、早くも一時間が経過しようとしていた。

 あちこちで戦火に包まれている、水没都市ルルイエの、そんな戦場の一つ。

 

 

「ぐぅ……!?」

「ちょ……大丈夫、リーダー!?」

「危なかったら下がれよ!?」

「なんの、まだまだぁ!!」

 

 暴れている触手の群れに巻き込まれて、HPゲージがイエローゾーンに踏み込んだ仲間を気遣う声が、その戦場に響く。

 

 

 

 ――彼らは、昨夜の『ルアシェイア』のギルドマスター、『赤の魔王』クリム=ルアシェイアの呼びかけに応じて馳せ参じた、本来このイベントは不参加のつもりだった友達同士の寄り合い所帯みたいなギルドの中の一つ。

 

 英雄なんかじゃない。

 特筆した長所があるわけでもない。

 きっとその頑張りも、誰の記憶にも名が残らない。

 

 ……そんなごくありふれた、ただのプレイヤーの集まりだ。

 

 

 

 だが……そんな名前も残らぬ数多あるギルドの中の一つである彼らは、しかし必死に、ほぼ四面楚歌になりつつある困難な今の状況へと抗い続けていた。

 

 

 なんでも、今このフィールドでは、ただエリアに居るだけでデバフが付与される危険域と化しているらしい。

 

 そして今自分たちが守っているのは、そのデバフを解除するために配置された人員が居る、重要な拠点の一つらしいのだ。

 

 自分らは所詮無名の、ボリュームゾーンど真ん中の一プレイヤーの集まりであるエンジョイギルド。特に注目されることなく過ごして来た中で、初めての重大な役割なのだ。

 

 その、皆が一丸となっている目的……少女が笑顔で居られるために。

 

 だから……

 

 

「今回は、死んでも退かねぇからな、なぁお前らぁ!」

「ああ、当然だ!」

「最後まで付き合うよ、リーダー!」

 

 迫る触手の群れ。たとえ戦闘不能になってでも、この身を投げ打ってでもこのほんのささやかな持ち場は死守する。

 

 そんな覚悟を胸に、各々が自分の武器を握り締め直した――その瞬間だった。

 

 

「――うむ、良き覚悟じゃ!!」

「……え?」

 

 

 頭上から響く、何故か時代がかっている清冽な少女の声。それは、いつもは映像越しにだけ聞いた覚えのある声。

 

 驚きに三人とも固まった――次の瞬間、眼前で紅の旋風が、瞬いた。

 

「よくぞ持ち堪えた。待たせたな、我ら参上じゃ」

 

 そう、一息に触手の群れをバラバラに解体した少女が、ゆっくりと立ち上がる。

 

「お主らは……このレイドバトルに駆け付けてくれた者たちじゃな?」

「あっ、は、はい!」

「俺たちにも、手伝える事がと思って……」

「うむ、助力感謝する……よく踏ん張り、耐えてくれたな、諸君らの健闘にも、感謝を!」

 

 そう、ニッと笑いながら言い残して、すぐさま走り去る紅い少女。ある意味では、このゲームにおける最も有名な少女に一瞬でも気に留められ、笑顔を向けられた彼らは……

 

「なあ……俺、ここに来て良かったよ」

「うん……僕も」

「……俺、今のでまだまだ全然頑張れるわ」

 

 そう奮起して、持ち場へと戻っていったのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

「『J-9』エリア、安定したです!」

「『K-9』エリアも、大丈夫よ!」

 

 三分割して散開し、ほかのプレイヤーの援護に出ていたメンバーがいったん合流したルアシェイアの、それぞれの持ち場の状況を報告をしてくる雛菊とカスミの声。

 

「士気が高いおかげか、新規でダンジョンに入ってきたプレイヤーたちも皆、よく持ち堪えてくれているな」

「うむ。しかし、やはり数が……」

 

 フレイの言葉に頷きつつも、難しい顔をするクリム。

 

 まだまだプレイヤー側の人数は、敵の数に比べてやはり苦しい。そう、クリムが悩む素振りを見せた――その瞬間だった。

 

「――皆、伏せよっ!?」

 

 異変を察知したクリムが警告を発した直後、タタタッと銃の三点射の音が複数人分鳴り響いた。

 

 そんな戦法を取るギルドはまだ記憶に新しく、咄嗟に物陰に隠れたクリムたちだったが……その眼前で、目の前で戦っていたプレイヤーたちの前にいた触手たちが吹き飛んだ。

 

 思わず銃撃ポイントへ振り返るクリムの、その眼前に姿を現したのは。

 

「よう、数が多くて苦労しているみたいじゃないか、魔王サマ?」

「元サバゲーマーの助けは必要かい?」

「お主ら……まさか、先日のプレイヤーキラーたちか!?」

 

 クリムがうっかり口にした『プレイヤーキラー』という単語を聞いて飛び出しかけた雛菊を、リコリスが慌ててステイしているのを横目でそっと確認しつつ……屋根上に陣取る彼らに呼びかけるクリム。

 

「……まぁ、俺たちもゲーマーだしな」

「あんな演説、聞いちまうとなあ?」

 

 違いない、と仲間皆で笑い合いながら、周囲の苦戦しているプレイヤーに援護射撃を行なっている彼ら……PKギルド『黄昏の猟兵』。

 

「ただ少女の笑顔のために、か。いいスローガンだ」

「だから、今だけは俺たちPKギルドは返上だ。魔王様へのリベンジはまた後日にって事で、俺らにも協力させて欲しい」

「ああ……ああ、もちろん大歓迎だとも! すまんがお主らの実力を見込んで、この辺りは任せたぞ!」

「「「了解(イエス、マム)!」」」

 

 そう返事を返して、各々銃を手に統率の取れた動きで散開していく彼ら。その練度はクリムもよく知っている、心強い味方であった。

 

 

 

 無関心だった者が、あるいは敵だった者が、今は次々と味方になって現れていく。

 

 そんな一体感に胸が熱くなるものを感じながら、クリムたちはさらなる転戦のために、力強く廃都を駆け出すのだった――……

 


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