Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
その森は、最初のフィールドである『始まりの丘陵』から、片手の数では足りないほどのエリアを跨いだ先に存在していた。
――その地の名は『シュヴァルツヴァルト』
誰も知らない地で、突如エリアボスが討伐されたという前代未聞の珍事によって、一躍有名になった土地。
そんな場所に興味を抱き、数少ない手掛かりを掻き集め……ようやくそれらしき場所を探し当てた『オレ』は――
『ガァウッ!!』
「おおおぉぉうっ!? し、死ぬ……ッ!!」
――格好悪いことに、魔獣に追われ、命からがらに逃げ惑っていたんだ、これが。
◇
木の幹を蹴って急激に向きを変え飛びかかってきた狼型の魔物が、男の喉笛を喰いちぎらんとしてくるのを、辛うじて躱す。
だがその拍子に躓いてしまい、転がるようにして倒れこんだのは……不幸中の幸いというか、巨岩の陰だった。これ幸いに身を隠し、呼吸を整える。
「んっ、ぐっ……噂の『黒の森』らしき、場所に、出たのは良いんだが……っ!」
なけなしのポーションを一気に呷り、空き瓶をダメ元で魔獣が居そうな場所へと投げつける。
ほぼ空になっていたHPのバーがググッと伸びていくのを眺めながら、男が愚痴を吐いた。
エネミー自体は動物系オンリーで、嫌らしい特殊効果などはあまりない。
その点では楽と言えなくもないのだが……一方で軒並み攻撃力、防御力、生命力が高く、タフで攻撃が痛いというシンプルに強くて大変な相手ばかりだ。
「ぜー、ぜー、なんだこりゃ、やべえエネミーばっかじゃねぇか……!?」
こんな場所に、サービス開始四日目にしてエリアのボスを狩ったプレイヤーがいると言う。
「ぜってぇ……はー……ウッソだろそれ……はー……何かの誤報だろ……げほっ、げほっ」
悪態を吐きながら、岩陰に隠れたまま様子を窺う。
周囲にガサガサと、複数の大きなものが動く音がする。
それは、ずっとこちらから一定の距離を保ち、様子を窺っているのは間違いない。どうやら逃す気はないようだ。
「あー……残念、オレの冒険はここまでだな」
できればこの森の先にあるという、初代皇帝に縁があるという町を一目拝みたかったものだが……この森の場所を掴んだだけでも、土産話には十分だろう。
デスペナは痛いが、全てを諦めて死に戻ろう――そう思った瞬間に、
はじめは、樹上から突如赤い塊が降ってくるのが、岩陰から覗きこんだ先に見えた。
「ん……なんだありゃ。プレイヤーか?」
何故こんな場所に……そう疑問に感じるよりも早く、その赤い人影が何か黒いものを振ったかと思うと――真下にいた狼型の魔獣の首がゴトッと落ち、光の砕片となって散っていった。
さらに、返す刀でもう一体の狼にその黒いものを引っ掛けたかと思ったら、その狼も先程のものと同じ運命を辿り、光となって消え去った。
――強ぇ。それも、とんでもなく。
男が、突然の闖入者の戦いぶりに息を呑む。
瞬く間に、男が苦労して逃げていた魔獣が減っていく。
「なるほど……あいつか、エリアボスを殺ったのは」
舞うように木々の間を駆け回るその姿に、瞬時に確信する。
その間にも、周囲の魔獣たちが次々と断末魔の悲鳴を上げて数を減らしていた。
その赤い外套をはためかせた人影は、次第に回転速度を増して……まるで赤い旋風と化しながら、だんだんとこちらへ近付いてきており……
「って、オイオイオイ、まさか……」
ひしひしと感じるプレッシャー。
人影は、周囲の敵を撃破しながら、真っ直ぐにこちらへ向かっており……
――やべえ、こっちもエネミーと認識されてる?
そう思った瞬間、外套のフードの隙間からギラリと覗く真紅の目と、目が合った。
「ま、待った!……ヒィッ!?」
「……ッ!?」
慌てて岩陰から両手を上げて立ち上がった瞬間、思いの外間近まで迫っていた人影が振りかぶった得物……漆黒の大鎌が、男の首を撥ねる直前でピタリと止まった。
首筋に、冷たい刃の感触がする。あとコンマ一秒遅れていたら、
血の気が引き、玉がヒュンとなる感覚を覚えながら……どうやら間一髪でそうはならなかったことに、安堵の息を吐いた。
……あとは、この人物がPKでないことを祈るばかり。
そう、瞑っていた目をおそるおそる開ける。
「……あんた、プレイヤー、か?」
「は……」
それは、ずいぶんと可愛い声だった。
予想以上に小柄だった人影が、焦ったように武器を下ろし、真っ赤な外套のフードを外す。
すると……目の前に、眩いばかりの白い光が視界いっぱいにキラキラと舞った。その光景を、短い言葉で称えるならば、そう。
「――可憐だ」
「……?」
男が思わず呟いた言葉はどうやら少女の耳には届かなかったらしく、キョトンと首を傾げたその様がまたひどく可愛らしい。
結婚し、最愛の妻と娘だっている身だ。ロリコンの気は無いと自負している。
だが……そんな自分さえ目を奪われるほどに、目の前の少女は可憐だった。
そして……その外見的特徴には、聞き覚えがあった。
「……もしかしてあんた、ポテトの子?」
「はぁ?」
――うっかり口走ったその言葉により、男は白い少女から、これ以上無いというほどに怪訝な顔を向けられたのだった――……
◇
それが……この『オレ』の、このゲームにおいて運命が変わるほどの出来事であった『彼女』との出会い、その最初の瞬間だった――……