Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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忍者の少女②

 

 ――チリン。

 

 硬貨が石畳を跳ね、澄んだ金属音がセイファート城中庭に響き渡る。

 

 瞬間、短刀を手にした少女……セツナの姿は、クリムのすぐ前に在った。

 

 ――ほぅ、疾いな!

 

 その踏み込みの速さにクリムは少し驚くも、目で追えないほどではない。

 冷静に、少女の繰り出す刺突を迎撃しようと右手に持った短剣を繰り出した――その瞬間、攻撃を捨てて回避に移った少女の姿が沈み込み、視界から消えた。

 

 標的を外し空を切る短剣――否、その刃は、少女が宙に残した『爆』の文字が入った札を斬り裂く。

 

 ――轟音と、閃光。

 

 閑静なセイファート城中庭に、爆発音が鳴り響いた。

 

 

 

 ――聞いたことがある。

 

 クリムたちの拠点、ネーブルの街とは大陸の反対側に、鬼鳴峠の侍たちのように、鬼人族の「シノビ」たちが住まう集落があるという。

 そこで会得できる、MPの代わりに触媒を用いて使用する奇術。その名を……

 

「符術か……!」

 

 クリムも実物を何度か見たことはあるが、未だに非常にレアなその術。なぜならば、取得難度はさておき、触媒を消費する関係でスキル上げに大量の触媒が必要となり、莫大なコストがかかるためだ。

 

 そんなクリムのすぐ眼前で起きた、切断した札の爆発。

 

 咄嗟に、持ち前の柔軟さで地面スレスレまで姿勢を低くした直後、クリムのすぐ頭上で爆風が吹き荒れる。

 

 ――チリっと、首筋に刺すような感触。

 

 嫌な予感がし、さらに咄嗟に体を横回転させながら頭上へと短剣を繰り出したところ、ギンッと金属を弾き返した感触が手に伝わってきた。

 

「――獲った」

「くは、甘いわ!」

 

 そんな体勢が崩れた隙を狙って繰り出された、セツナの鋭い突き。

 しかし、クリムは先程爆発に紛れ詠唱していた『シャドウ・ヘヴィウェポン』により漆黒の太刀を錬成し、その突きを受け流す。

 

 ――ギャリィィィ……ンッ!

 

 火花を上げクリムの脇を掠めていく短刀。

 だが……眼前にひらひらと舞うは、先程とは別の、雷光のマークが記された札。

 

 それを目にしたクリムが半ば反射的に飛び退ったその直後……二人の居た地点で、バチィ、と激しい雷光が散った。

 

 

「――え、うそ、なんで避けられるのよ!?」

 

 途端に、スイッチが入ったように騒がしい声を上げるセツナ。

 

「ふはは、甘く見るでない、我は魔王クリム=ルアシェイア……ぞ!」

 

 言い終わる前に、クリムが腰のベルトから抜き放った投げナイフを、自分の足元に投擲する。

 それとほぼ同時に、一瞬で気配と表情の消えたセツナがクリムの背後に回り込み、背を狙った刺突を繰り出していた……というのも、クリムは正確に認識していた。

 

 先程クリムがナイフを投擲した地面……そこには、いつのまにか少女が設置していた札が、ナイフに貫かれ爆発する。

 同時に、背後を取った少女の短刀を短剣で受け流し、もう片方の手で持った太刀で少女の体を貫く。

 

 瞬間、ニィ、とセツナの顔が笑みの形を取り……ポン、と軽い音を立てて細かな紙片となって、その姿が消える。

 

 直後、隠行を解いてクリムの頭上へと今度こそ姿を表したセツナの短刀が、クリムの首へと吸い込まれ――

 

「……うむ、まぁこんなものじゃな」

「へ……きゃあ!?」

 

 そんな少女の会心のタイミングで放たれた短刀を、しかしクリムの目はすでに、真っ直ぐに見据えていた。

 

 空中に居るために身動きが取れない、クリムを出し抜き切れなかったことに驚愕の表情をしている少女。

 その襟首を、両手から武器をあっさり手放したクリムが捕まえて、さらには少女の手首も掴んで引き、落下の勢いをさらに加速させる形で力を上乗せし――地面へと、両手背負いの要領で背中から叩きつける。

 

「がふ……ガッ!?」

 

 呻き声は、二回。

 地面へ背中から叩きつけられた衝撃、そしてクリムが間髪入れずにセツナのその胸を膝で押さえ込んだ衝撃の二回だ。

 

「というわけで、我の勝ちじゃな」

 

 完全に膝は極まっており、今度こそ起きあがってくる様子のないセツナに、そう勝利宣言するクリムだった……が。

 

「おいクリムお前さぁ……女の子にそれはさすがに酷くないか?」

「……え? うわ、すまぬ!?」

 

 フレイの指摘に、クリムが、真っ青になって慌てて足を退ける。今しがた咄嗟に放った技が、絶対に年端のいかぬ少女に使用するようなものではない、かなりえげつないものであったのを思い出したのだ。

 その膝の下では……力無く四肢を投げ出し、胸を強く圧迫されたために「はひゅー、はひゅー」という掠れた音を喉から上げている、涙目の少女。言うまでもなくクリムのやりすぎである。

 

「は、ひゅ……ひ、ひどいぃ……げほっ」

「すまん、本ッ当にすまん! フレイヤー、回復魔法ー!!」

「はいはい。もー、クリムちゃんやりすぎだよー」

 

 ケホケホと涙を流してむせているセツナを助け起こし、その背中を摩ってやる。すぐに駆けつけたフレイヤに治療を受けて、少女のその呼吸はようやく落ち着いてきた。

 

「し、死ぬかと思った……魔王様のきちくー!」

「す、すまん、本当にすまん! ここまでやるつもりはなかったのじゃが、お主が予想以上に手強かったものでつい……」

 

 すっかり涙目になって抗議してくるセツナに、慌てて弁明するクリム。だが、その言葉に嘘はない。

 

 体術、戦闘の流れの構成、符術を絡めた変幻自在の戦法、そのどれもが期待を裏切らぬ実力だ。

 

 今回こそ読み勝ちはしたものの、もしも途中で少女の行動を読み違えていたら、クリムが負けていた可能性もある。

 

「本当!? それじゃ、お館様になってくれるのね!?」

「う、うむ……先程あれだけやってしもうた以上、実力面で不満などということも無いからのう」

「やった!」

 

 気まずそうに頭を掻きながら、ギルド勧誘のメッセージを送るクリムのそんな言葉に対して、喜んでガッツポーズを取る少女。

 そんな、先程の怨恨などまるで感じさせない少女の、無邪気に喜ぶ姿を微笑ましく思いながら……ふと、クリムの胸中に生じる疑念。

 

 

 ――こやつ、まさかとは思うが、我が断り難くなる状況に持ち込んでおらんかったか?

 

 

 もしかしたら、この騒がしい少女に場を転がされていたのではないか……そんな疑念を、まさかな、と頭を振り否定するクリムなのだった――……


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