Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
先に始めていた皆に遅れ紅の頼んだ、豆乳オレと、デニッシュにソフトクリームが載った昔ながらの看板デザートがテーブルへと届いたとき……ふと思い出したように、玲央が口を開く
「そうそう、言うのを忘れていたよクリム君、建国おめでとう」
「うん、ありがとう。私は君らと違って、あまり王様してないけどねー」
温かなデニッシュと冷たいソフトクリームの温度差を口の中で楽しみながら、紅は玲央の祝辞に返答を返す。
「それで……行くんだろう、大陸南西攻略に」
「もし手助けが必要なら、遠慮なく言ってくださいね」
玲央とラインハルトはそう言ってくれるものの……しかし、紅はその申し出に対して首を横に振る。
「気持ちはありがたいんだけど……さすがに初仕事から他の国に助けてもらうのはねぇ」
「まあ、確かにな」
「でも大丈夫ですか? 前の配信を見た感じ、紅さんはホラー全然ダメですよね?」
ラインハルトの指摘に、しかし紅は、胸を張って自信満々に答えた。
「大丈夫、特訓したから」
「……特訓?」
「……初耳だぞ、何をしていた?」
首を傾げる昴と佳澄に、クリムは自慢げに胸に手を当てて、胸を張る。
「聖にも同席してもらってだけど、ホラー映画を何本も鑑賞したんだぞ」
そう、どやぁ、といった擬音が聞こえて来そうな感じの顔で曰うクリムだったが、他の皆は別のことを考えていた。
それはつまり……ただのお家デートでは、と。
疑わしげに聖の方へと目を向ける皆だったが、彼女は……
「うんうん、紅ちゃんは頑張ってたもんねー」
そう、ニコニコと紅を褒めていた。
だが……この場にいた皆は、気付く。
彼女は、『頑張った』ことは褒め称えつつ、しかし一度も『大丈夫だった』とは言っていないことに。
「それで……特訓の成果は?」
おそるおそる尋ねる佳澄に……だがしかし、聖はニコニコと微笑む以外のことはなく、ただ静かに自分のモンブランを切り分けて口に運んでいた。
――あ、ダメな奴だなこれ。
そう、紅と聖を除く皆の心が一つになった瞬間だったが……皆はその言葉を、そっと胸に仕舞い込むのだった。
◇
喫茶店を出た後は特に何事もなく、自由解散となった皆と別れ、聖と昴とも家の前で別れて帰り着いた満月家の玄関。
「ただいまー」
両親は共に今日も帰れないらしく、本来ならば返答のあるはずがない、一人だけの家。しかし……
『おかえり、お姉ちゃん!』
帰宅の挨拶をした瞬間、嬉しそうな返事が返ってくる。直後、すぐ紅の傍に現れたのは……ホログラムで姿が構成されたルージュだった。
「ただいまルージュ、今日も一日良い子にしてた?」
『はいです、メイドさんとしてのお仕事も、アドニスお姉ちゃんに褒められることが結構増えてきました!』
自室に向かう紅の横をとことこと付き従い。今日あったことを嬉しそうに語ってくるのを、紅がほっこりしながら聞いていると……
『それで……お姉ちゃんは今日はこの後、こっちに来るんだよね?』
「うん、もちろん。やらないといけない事もあるからね」
そう、心配そうに問い掛けてくるルージュの頭を、クリムはポンポンと撫でてやる。
するとホッとした様子を見せた彼女はしかし、すぐに嬉しそうにふにゃっと笑う。
やるべきこと――今日は、クリムたちルアシェイアが私財を投げ打って修繕中だったガーラルディア大橋の上層、大規模な行軍のために整備された広大な空中回廊部分の修理が完了し、開通する予定の日だ。
これにより、以降は鬼鳴峠と城砦都市ガーランドを移動する際にアンデッドが徘徊する下層市街区を通過する必要が無くなり、利便性は遥かに向上するだろう。
そしてその先で行うのは、同盟ギルドも合わせた『ルアシェイア連王同盟国』最初の大仕事となる、城砦都市ガーランドの解放……更に。それが終わればいよいよ未開のエリア、大陸南西部の開通である。
「うん、宿題をして、夕飯支度を済ませたらすぐ向かうつもりだよ。少し時間がかかるから、ルージュも今のうちに休んでおくといいよ」
『はーい』
素直に返事を返してくるルージュ。
自宅でこんな他愛ない会話をしていると、まるで本当に可愛い妹ができたようで、紅の頬が否応無くゆるゆるに緩む。
『私、アドニスお姉ちゃんとお茶を淹れて待ってます!』
そう言い残して消えてしまった彼女を見送りつつ、紅は彼女がこうして満月家の中に出てこられるようになった理由について、想いを巡らせる。
……宙と要、二人の手によって、彼女のパーソナルデータは満月家のホームサーバーに移された。
今の彼女は、満月家の管制機能を住人の指示を受けて限定的に使用できるほか、家の中であればNLDを有する者の前に姿を見せることまでもが可能となった。
また、これは商機になると嬉々として動き始めた天理はというと……ルージュだけではなく、こうした外部記憶媒体にゲーム内のペットを移し、触れ合うことができるようにするためのアップデートを実現するために、提携先の確保などでまたぞろ忙しくしていた。
――あれ、もう病気なんだろうなぁ。
何か仕事をしていないとだめな病気。そんな回遊魚みたいな生き様の親たちに、紅はもはや諦めの溜息を吐くしかないのだった。