Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
結局、リアルでの用事が早く片付いたため……少し予定よりも早くログインしたクリムは、久方ぶりにネーブルの街へと降りて来ていた。
多額のポイントと素材を投入したおかげで、すっかりと発展した街を感慨深く眺めながら散歩をしていると……聴き慣れた声が、耳に飛び込んでくる。
「おねーちゃーんっ!」
「おっと……そう何度もタックルを許しはしないぞ、ジュナ?」
「えへへ……」
勢いよく飛び込んできた小さな人影を、今回ばかりは上手いこと受け止めながら……クリムは、頭を擦り寄せるように抱きついてきたジュナに笑いかける。
「馬鹿ジュナ、お姉ちゃんじゃなくて盟主様だろ。クリムはもう、この辺りを治めるすっげぇ偉い人になったんだぞ?」
そんなジュナの後ろから慌てて走ってくる少年……ジョージの言葉に、クリムは苦笑しながら、やんわりと首を横に振る。
「いいよ、今まで通りで。ジョージやジュナに畏まられたら私、ショックで寝込んじゃうよ」
「そ、そうか……? なら……久しぶりだな、姉ちゃん」
元々、クリムは彼らが安心して暮らせるためにこの一帯を傘下に治めたのだ。決して、偉そうにしたかった訳ではない。
なので、少し照れながら元通りの挨拶をしてくる彼に……クリムは、よろしい、と満足気に頷くのだった。
「しっかし……随分と気前良く色々作ってくれたもんだぜ、姉ちゃんも」
「あはは……何か不便はしていない?」
「全然。父ちゃんも鍛冶屋のおっちゃんたちも、最新の設備を貰って感謝しきりさあ」
そう語るジョージの言葉に、内心少し安堵しながら、すっかり変わった街中をあらためて眺める。
街中の主要な道は歩きやすいように石畳で舗装され、あちこち崩れ掛けていた階段も綺麗に整備し直された。
家々も、壁や庭の修繕くらいではあるが、住民の意見を尊重しながら手を入れてある。
また、湖畔の一部、元のギルドハウス周辺には……湖と、その奥に佇む白亜の城という景観に配慮しながらも、落ち着いた色のこちらも石畳による舗装を施し、ベンチや東屋なども設置して憩いの場となる公園へと再構築させていた。
そうして徹底的に手を入れた泉霧郷ネーブル。
さすがに「首都」という言葉から来るイメージと比べると牧歌的に過ぎるが、しかし街と呼ぶには申し分ないくらいには見違えていた。
「みんな、姉ちゃんには感謝してるぜ。こうして立派な街になって安全になったし、評判を聞いて外からの来客や移住者も増えたからな」
「あのね、新しいお友達もいっぱい増えたのー!」
そう明るい表情で語る二人。
「そっか……良かった」
「おう。だから……本当に、ありがとな」
そんなジョージの言葉に……クリムは頑張って良かったと、ここまでの自分がしてきた事への手応えを実感し、感激に打ち震えるのだった。
◇
……と、のんびりとしてばかりではいられない。今日はまだまだ忙しいのだから。
クリムらは、『ルアシェイア連王同盟国』……通称『連王国』の加盟国のうち、セイファート城に集まっていた、予定と都合の合ったギルドを率いて、当面の課題である攻略目標、ガーラルディア大橋へと進軍していた。
クリムたちだけならば、直に城砦都市前の広場まで跳ぶことは可能だが、今回は大半のギルドがまだ未到達であり、テレポーターは使用できない。
そして何よりも、せっかく修繕した大橋上層をこの目で見たいというのが最大の理由だったのだが……
「おおぉ……!」
「こいつは絶景だな……!」
峠を抜け、ガーラルディア湖に出た途端に上がるのは、プレイヤー皆の歓声。
今日も今日とて真っ青な空と白く染まった連峰、鏡のような静かな湖面。
今回はそれが、ほとんど遮るものが無い高所にある大橋上層から全周囲に大パノラマとなって拡がっているのだ。
「お姉ちゃん、すごい景色!」
「うむ……ルージュが楽しそうならば良かった。じゃが危ないから、我から離れるでないぞ?」
はしゃぐ妖精さん姿のルージュに苦笑しつつも、クリムはいつアンデッドが出てくるか、気が気でない様子で周囲に目を走らせる。
「いやぁ……アンデッドの巣窟と聞いていたから警戒していたが、この雄大な景色の中に居ると、とてもそうとは思えないな!」
「う、うむ、そうじゃな……お主は元気じゃなあエルミル」
そんな中、先頭を歩くクリムたちルアシェイアと、副官ポジションをついてくるエルミルを筆頭にした銀の翼。
皆、ここがアンデッドの巣窟であることなどすっかり忘れて、絶景に胸を躍らせながら皆で談笑しつつ歩いていた……そんな時だった。
『――お待ちを』
不意に聞こえてきた、なにやらエコーが掛かった聞き覚えのない声。
「……誰か、何か言ったか?」
「いや……俺らは何も言ってないぜ?」
ギギギ、と錆びた音が鳴りそうな挙動で後ろを振り向くクリムに、皆を代表して、こちらも若干青い顔をしたエルミルが返答する。
見れば、リコリスはフレイの背に隠れ、雛菊はセツナと抱き合い、真っ青な顔で振り返ったクリムのさらに背後を凝視している。
更には……その仲間たちの後ろから来る百余名のプレイヤーの大半が、同じ反応をしている。それは明らかに、クリムの背後に何か居る反応。
この時点でもはや嫌な予感しかしないのだが……しかしクリムの理性は前を向けと叫んでいるものの、本能はそれを全力で拒否していた。
……が、そんな現実逃避も虚しく。
『どうかお待ちを』
「ヒッ……」
スッと背後……すなわち先程まで向いていた正面、間近から掛けられたやけにエコーの効いた声と、ヒヤリと首筋を撫でる空気に、クリムが悲鳴を上げ、すぐ側にいたフレイヤの背に逃げ込む。
そんな様子を苦笑して眺めながら……いつのまにか佇んでいた、黒いローブを纏う、
『貴女たちが、この軍団のリーダーとお見受けした。お耳に入れたいことがありますので、しばしお待ちを』
――と、まるで「敵意はない」と意思表示するように両手を上げながら……どう見ても
――エネミーのゴーストと、幽霊は、どうやら別枠らしい。
ゴーストならば問答無用で攻撃可能だが、彼に関しては、表記がNPCと全く同じものになっていた。ターゲットを移すと『友好的なNPCです、本当に攻撃しますか?』と警告が表示されるため、皆、構えかけた各々の武器を下ろす。
そんなクリムたち一同の反応に……彼は、ホッと安堵の息を吐き、頭を下げる。
『失礼しました。驚かせるつもりは無かったのですが』
そう言って彼は、ボロボロだけど仕立て自体は良かったと思われるローブのフードを外す。
その下から現れたのは……モノクルを掛けた、まだ若い赤毛の青年だった。
だがその表情は穏やかで、たしかに悪霊の類には見えない。
そのためクリムもどうにか踏みとどまり、フレイヤの後ろに隠れながらもその話に耳を傾ける態勢を取る。
そんなクリムの様子に苦笑しながら……彼は、口を開く。
『私は、城砦都市ガーランド所属の術師隊長、
胸に手を当てて……ようやくフレイヤの背後から出てきたものの、まだ若干怯えの見えるクリムへと、丁寧に頭を下げる彼――導師アルベリヒ。
だが、その名前には、クリムも聞き覚えがあった。
「アルベリヒ? それは、下層に居た……」
『はい……以前貴女に倒された、あのリッチでございます』
そう、いっそ晴れやかな顔で、彼はクリムへと笑い掛けてくるのだった――……