Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
砦に入ってすぐ正面にある、一階部分の大半を占める大きなホール。
普段は外来者の謁見の間としても使用されているホールの奥、何段か高くなった場所に設られた大きな椅子に、目的の者は居た。
『……おや、来客ですか。ということは下にいた彼は敗北したのですね』
良く通る、艶のある中性的な声が、クリムたち連王国軍が踏み込んだ部屋に響く。
謁見の前の椅子に悠然と腰掛け、幾人もの顔を黒いヴェールで隠し喪服のようなドレスを纏う女性を従えて寛いでいたのは……どこか紫色のグラデーションが掛かった銀髪を肩下まで伸ばした、これもまた中性的な容姿をした美青年と言って過言ではない男だった。
穏やかな微笑みを浮かべ、見た目だけならば好青年と言えるかもしれない、騎士の礼装と魔法使いのローブを掛け合わせたような衣装を纏う男。
だが……その目だけは腐臭と胡散臭さを湛えて、侵入者を睥睨している。
『しかし、困ったものですね。あなた方はなぜこの静寂に凪ぐ安寧の地を荒らすのですか?』
「なんじゃと……?」
『いやはや、私はただ平穏に過ごしたいだけなのですが……ねぇ?』
肩をすくめ、困ったように苦笑しながらやれやれと溜息を吐く男に、クリムたちプレイヤー側からざわりと怒気が膨れ上がる。
「……どの口で言ってやがる、この野郎」
『ははは、もちろんこの口ですとも』
憎々しげに睨みつけるエルミルに対し、そう、胸に手を当てて一礼し白々しいことを曰う男に……謁見の間には、『この野郎いけしゃあしゃあと』というプレイヤーたちのイラっとした空気が満ち溢れるのだった。
その一方で、クリムは背後に居るドレス姿の女性たちが気になり、鑑定を発動する。そこには……
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【ハイレヴナント】
ゾンビとは違い、所定の儀式を踏んで不死の命を得た、あるいは何者かに与えられたアンデッド。
外観は元の姿とあまり変化は無く、思考能力もほぼ元のままであり、腐敗もしない。そのためしばしば人里への内偵などに使役されたりする事もある。
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「そういう事か……このクソ野郎」
クリムが、やけに彼女たちの様子が引っかかった理由……それは、ヴェールの奥から見えた、彼女たちの目。
ようやく現れた希望に縋るような……それも、この死ねないまま使役されている状況を終わりにしてほしいといった方向に……彼女たちの暗く澱んだ目に、クリムはギリッと拳を握り男を睨みつける。
「……無駄じゃとは思うが、一応言っておく。彼女たちを解放しろ」
『なるほど、彼女たちをですか……いいでしょう。君のそのお人好しに免じて、お望み通りにしましょうか』
「……なに?」
そう、拍子抜けするほど軽くクリムの要求を呑んだかと思うと……彼は、椅子から立ち上がると傍にいた黒ドレスの女性を一人、片手で襟首を掴んで持ち上げる。
「貴様、何を……!」
吊り上げられ、『ウ……』と呻き声を上ジタバタしている女性の様子に、クリムは抗議しようとした、が。
『……ほら、受け止めてあげなさい!』
見た目とは裏腹の膂力により、男は女性をそのままクリムへと無造作に投げつけた。咄嗟に受け止めようと動いたクリムだったが――その姿を見て、男は喜悦に表情を歪ませる。
『――命令だ、爆ぜよ。コープス・エクスプロージョン』
そう呟き、パチンと指を鳴らす男。
直後、クリムの受け止めようとした女性が――
――閃光、そして轟音。
炎と衝撃を撒き散らし、炸裂した。その効果範囲内にクリムを巻き込んで。
「クリムちゃん!?」
「クリム!?」
「魔王様!?」
騒然となるプレイヤー側の者たち。
女性を中心に巻き上がった炎と衝撃が、今まさに女性を受け止めようとしたクリムを飲み込んで燃え盛る。
『クク、ハハ、ハハハハハ! ここまでの戦闘で君が生かしておけば厄介な相手なのは重々承知していたとも! だがこれで……む?』
再び椅子に座り込んで高笑いを上げていた男の哄笑が、しかし途中で怪訝そうに止まる。
やがて弱まっていく炎の中から出てきたのは……弱点である炎に巻かれ、HPゲージが赤に突入しており負傷は軽くはないものの、しかし五体満足で健在なクリムと、その前に立ち塞がって結界を張っていたアルベリヒの二人の姿。
「クリムちゃん、大丈夫!?」
真っ先に駆け寄るフレイヤ。そして、負傷したクリムを庇うようにして展開する、エルミルを先頭にした連王国のプレイヤーたち。
しかし、当のクリムはというと立ち上がりもせずに、何事かをぶつぶつ呟いている。
もしかして何か深刻な負傷があるのかと、不審に思ったフレイヤが耳を寄せると……
「殺す殺すコロス必ず殺す絶対殺す何がなんでもてめぇ野郎ぶっ殺す……ッ!」
「……ひぇえ」
……光の消えた昏い目で、ぶつぶつと殺意と呪詛を吐いていた。
さすがのクリムも、これには完全にキレていた。
自分に向けられた行いによるものとしては過去最高クラスのそのクリムのキレっぷりに、フレイヤでさえ思わずビクッと震えるほどに。
だが、それも束の間。すぐに眼前に立ち塞がるゴーストの青年を見て、はっと我に帰る。
「……っと、それよりアルベリヒ、お主の姿が薄くなっていないかの?」
『ええ、まあ……今ので残してあった魔力の半分ほど、使ってしまいましたからね。ですがその甲斐もありました、貴女が無事で良かった』
彼の霊体を構成しているのは、彼自身の魔力。
地縛霊などは怨念を魔力に転換してその存在を維持しているらしいが、彼はそうではない。その姿は、クリムを守ったことでだいぶ薄れていた。
「……アルベリヒ、お主」
クリムはアルベリヒを見上げると、そんな彼は……だから気にしないでくださいとクリムへ微笑んだ直後、キッと玉座で愉快そうに見下ろしてくる男を睨みつける。
『構いません、元々残留思念でしかないこの身、奴を倒すためならばこの場で全ての力を使い切っても、私は本望です』
「……そうか。短い間だったが、世話になったなと今のうちに言っておこう」
彼の目に浮かぶ決意の色に、ただそれだけ告げる。そんなクリムへと微笑むアルベリヒを見て……玉座の男が、今更思い出したように不意に声を上げた。
『ああ……君、何かと苦言を呈してきたこの砦の魔法使いか』
『ええ、お久しぶりですね、錬金術師どの……いいえ、悪魔ビフロンス』
『ほほう、ふふふ、これはこれは……!』
クリムたちへ向けるものとはまるで違う平坦な返答を返すアルベリヒに、男……悪魔『ビフロンス』は、さも愉快だと言わんばかりに手を叩きながら笑い始める。
『はは、いやあ、それにしても驚いた。君がこんなにも薄情だとは、よもやよもやだったね。あれかい、僕が暗躍していた時に君の言葉に耳を貸さなかった元の主人に愛想でも尽きたのかな?』
「……もういい、お主、黙るがいい」
あまりにも耳障りなビフロンスのセリフに、ビリビリと怒気で空気を震わせながら、クリムがボソッと呟く。
直後、一瞬で玉座まで肉薄したクリムがいつのまにか手の内に作りだした漆黒の鎌を一閃し……咄嗟に椅子から飛び退き後退したビフロンスを外しこそしたものの、侍らせていたハイレヴナントの女達を、まとめて両断した。
そして――その直後。
ビフロンスの手が、こちらもいつのまにか携えていた大鎌をその場で振るう。
――ギンッ
金属がぶつかり合う音が鳴り響き――いつのまにか背後に忍び寄って、タイミングを計っていたセツナが振り下ろした短刀を、ビフロンスの大鎌が弾いた。
チッと舌打ちした彼女は、再び姿を消したかと思うとクリムの横に現れる。
「申し訳ありませんお館様、せっかく与えていただいた機会だというのに、仕損じてしまいました」
「構わぬ。奴がそこそこ近接も可能なタイプなこと、それと余裕綽々に見下していたあの野郎を椅子から立たせただけで今は十分じゃ」
悔しげに呟く本気モードのセツナを慰めてやり、クリムは油断なく武器を構えたまま、改めて男へと相対する。
『はは、君たち、不意打ちとは酷いじゃないか』
「知ったことか、貴様が我に仕掛けた時点で戦闘は始まっているじゃろうが」
てめぇが言うな、と言いたげな皆を代表し、クリムが吐き捨てる。
だが……こうして話をしている間も、ぞろぞろと部屋の外から入り込んでくるのは新手のゾンビたち。それ即ち、奴の先程見せた『コープス・エクスプロージョン』なる魔法の残弾は、まだまだあるということ。
その光景は、ホラーゲームが苦手なクリムであれば普段ならば泣き叫んでいるところだったのだが……
「感謝するぞ。我はこの手のホラーは大嫌いじゃが、今は全然気にならぬ」
『へぇ、それはどうしてかな、良かったら教えてくれるかい?』
「決まっておるじゃろう――それ以上に貴様が大嫌いだからじゃ。今はそのニヤケ面を凹ませて黙らせること以外考えられぬからな……ッ!!」
そう悪態を吐くクリムの叫び声と共に……ガーランド砦を巡る最終決戦は、幕を上げたのだった――……