Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
「――蟲、ですか?」
思わずといった様子で、クリムと共に女王との会談の席に残ったフレイがスフェンへと聞き返す。
スフェンから語られた、現在このフローリアを蝕む問題。
妖精郷の話を聞くために交換条件として語られた
「はい。もう十数年前になるのですが、山脈の方から急に現れた黒く禍々しい蟲の群れが、『白の森』を食い荒らすようになったのです」
「……ん?」
クリムたちは山脈のどこかにある妖精郷を探しにきて、彼らエルフたちからの依頼は山脈から現れた魔物の討伐。
「もしや、その蟲たちというのは……」
「ええ、盟主様の予想通りです。蟲たちがやって来ているのは、妖精郷のほうからなのです」
そう、沈痛な面持ちで語るのは、今まで事情の説明をスフェンに任せ、成り行きを見守っていた女王フローライト。
「世界樹の存在している妖精郷の安否は、私たちも常々気にしているのです。一体、かの地で何が起きているのか。ですが残念ながら、兵力として動員できる人数がごく限られている私たちには、蟲たちを突破できる戦力が無いのです」
「ですがあなた方は、あの死霊蠢くガーラルディア湖を突破してきました。それで、あなた方に力を貸していただけたら……というのが、私たち『融和派』の想いなのです」
女王の言葉を引き継いで語るのは、フローリアの兵士……というか規模的には自警団というか……のリーダーを務めているらしいスフェン。
この通りと頭を下げる彼に、クリムは頷く。
もとより同盟を結ぶ事に特に異論は無いどころか、ルアシェイア側から頼みたいくらいなのだ。
「そうじゃな……元々我らも妖精郷に用事があるのでな、利害は一致しておるのだ。我ら連王国としては、可能な限り協力は惜しまぬ所存だ」
「では……!」
「うむ、お主らとの同盟を受けよう」
そうはっきりと頷くクリムに、女王フローライトとスフェンは表情を明るくする。
「では、友好の証としてこちらをお持ちください」
そう言って女王が差し出したのは……今回訪れたルアシェイアの人数分の、桜によく似た花を象った木製のブローチ。
「対魔族用の結界を構成している『白の森』に咲く花……『ハルニアの花』の影響を一時緩和するアクセサリーです。皆様が私の名の下に滞在を許可された客人であるという証明でもあります」
「それは、ありがたい」
あのデバフを抑制できるならば、願ったりだ。しかも女王自ら街での活動に便宜を図ってくれるというのならば、是非もない。ありがたく受け取っておく。
「ただどうか、誤解しないでいただきたいのです。あなた方に協力を求める事を良しとしない、あるいは心無い言葉を投げかけてくる者たちも居るかもしれません……ですが彼らも、決して悪い者たちではないという事を。彼らもまた、同胞を守る事に必死なだけなのです」
そう言って、頭を下げて頼み込む女王に……クリムは、安心させるようにフッと表情を緩める。
「うむ、分かった。女王陛下の言葉、連王国の盟主としてしかと胸に留めておこう」
そう告げて、ひとまず初対談は成功のまま、クリムたちは席を後にしたのだった。
◇
「ふむふむ。女王様も苦労してるのねー」
「うむ、なかなか難儀しておるようじゃな、何か力になれるならばよいのじゃが……」
――ここは、フローリアの街の片隅にあった茶屋。
そこでクリムとセツナは、串団子を頬張り茶を楽しみながら、しかし深刻な表情で会話していた。
……二人は他の『ルアシェイア』メンバーに比べ、見た目からして色濃く魔族の特徴を備えている。
故に、女王のお墨付きがあるとはいえ、できるだけ街のエルフたちを刺激しないようにと……皆が店の品揃えをチェックがてら探索の準備をしている間、こうして茶屋に引き篭もって大人しくしていたのだった。
またその間に、お互いに得た情報の共有という目的もあった。
「それでセツナ、そちらの収穫はどうじゃった?」
「ふふん、任せてくださいお館様、もちろんバッチリですよ!」
そう、ドヤァと自慢げに胸を張るセツナが、改めて得た情報について語り始める。
「こほん……どうやら、女王の思い通りに他種族と交流を復活させて協力して事態にあたるべきという派閥と、女王の権限を奪ってただの象徴とし、これまで通り自分たちの問題は自分たちだけで、という派閥が居るらしいですね」
そう、セツナが見聞きしてきた内容をクリムに報告する。ただ、ここまではクリムたちも理解しているし、先程クリムも話題に上げた。
それでもあえて彼女が語るということは……すでに、さらに踏み込んだ情報を入手しているという事。
「ふむ……年代別にどちらの支持か、というのは分かるか?」
「はいはーい。基本的に女王を支持している『融和派』は、比較的若いエルフたち、特に兵士として現場に出ている人たちと、その家族や友人ですねー」
「ふむ?」
「それと同じ現場主義の人でも、本来最前線に立つべきベテランの兵士さん達には、もうだいぶ被害も広がっているみたいです。怪我で害虫駆除に出られない人もたくさん居るようですが、多分お薬足りていないんじゃないかなー」
「なるほど……ただでさえ人口も動員できる人数も多くはないエルフたちゆえ、それを間近で目にしている若手たちを中心に、このままではいけないという危機感が広がっている感じか」
「うん、そうだと思う。実際に対応している人たちは、自分たちの限界をひしひしと感じているみたいね」
そんなセツナの詳細な報告に、クリムはなるほど、と頷く。
――というか、予想以上に彼女の有能ぶりがヤバい。
クリムたちが女王と会談している僅かな間にこれだけの情報を集めてきたとは凄まじい情報収集能力だ。
そして……彼女の話は、まだまだ続く。
「一方で……それでも自分たちでどうにかするべきという『伝統派』の人らは、あまり自分たちでは現場に出なくなった人たち……老齢の長老たちから、百歳を超える年長の人たちが多いみたい。最初はそのせいで危機感が薄いのかとも思ったんだけど……どうも、そんな単純な話ではないみたいなのよ」
「その下限年齢あたりだと……南西の大陸から海を渡ってきた侵略者と、城塞都市ガーランドの帝国勢力が争っていた頃の記憶がある者たちじゃな」
「そうそう。おかげで、彼らはどうも森の外の存在に対しひどく不信感を抱えているようなのよ」
それは……おそらく実際に、侵略者に略取された歴史を生きてきた者たちだからであろう。
当時、ガーランド砦以南は他の大陸の侵略者たち……特に奴隷売買を生業にする者たちのせいでかなり酷い被害に遭っていたらしい。
里が襲われて焼け出され、帝国を頼りに砦に逃げてくる亜人種もかなり居たと、アルベリヒが語ってくれていたはずだ。
そんな亜人種たちの中でも見目麗しい者が多く、しかもいつまでも若々しい外見を保つエルフ族がどのような扱いを受けたかなど、想像は容易い。
そうした時代を潜り抜けてきた者たちにとって、森の外は悪鬼羅刹の巣窟、信用など出来はしないというのも無理はあるまい。彼らにとっては歴史ではなく、実際に晒された事実なのだから。
「むぅ……我らにとっては『百年も昔の話』ではあるが、数百年を生きるエルフにとっては『たった百年前の話』じゃからなぁ。尺度が変われば認識も変わる、決して彼らを老害と言う訳にはいくまい」
「はいー……私、もし今学校で酷く虐められたとして、成人した時にはそんな事もあったと水に流せるかというと絶対無理ですからねぇ」
しみじみと呟くセツナに、クリムも同感だと頷く。
「難しい話じゃな……どちらの派閥が間違いという訳ではなく、どちらも仲間たちを思っての事なのじゃから」
「ですよねぇ……そのおかげで身内での内紛には至っていませんが、残念ながら街の空気はかなりギスギスしていましたぁ」
一方は、仲間たちがこれ以上傷つくのをどうにかしたい融和派。
一方は、仲間たちが他者に害されぬよう平和を守りたい伝統派。
どちらが間違いという訳でないことを、おそらくは両者が理解しているからこそ事態はこんがらがってしまっているのが、この街の現実なのだろう。
……と、ここまでの話は良い。
「――で、ここからがちょっと本格的に不穏な話なんですけど」
「……む、何があった?」
声を顰め耳打ちしてくるセツナに、クリムが聞き返す。
「伝統派の人たちが、現在の虫害を自分たちだけでなんとかできるという根拠がですね――画期的な新薬の供給の目処が立った、というものなんですよ」
「……随分と、聞き覚えのある話じゃなぁ。それも、ごく最近に」
一気にきな臭くなってきた話に、クリムは頭痛を堪えるように頭を抱える。
「分かった。我らはこのあと虫害の現場を確かめに行くが、セツナ、お主はこのまま街で様子見を頼む。お主ならば言われずとも大丈夫だとは思うが、決して先走るではないぞ?」
「はーい、わっかりました、お任せください!」
そう敬礼を返し、スウッと姿を消すセツナ。
その姿を見送って……またぞろ面倒そうなイベントの気配に、クリムは深々と溜息を吐くのだった――……