Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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花の国の受難

 

「――なるほど、先程の異変が何事かと思えば、そのような事が」

 

 クリムの話を聞き終えて――女王フローライトが、深々と溜息を吐く。

 

 フローリアに戻ったクリムたちは、代表としてクリムとフレイの二名で王宮へと直行し、女王に事のあらましを説明していたのだった。

 

 

 

「……幸いなのは、向こうから仕掛けて来るつもりは毛頭ない、ということですね。それが知れただけで幸いです、ひとまず民を落ち着かせることも出来ましょう」

 

 ご苦労様でした、と柔らかく労いの言葉を掛けてくれる女王に、クリムとフレイも緊張から解放されて、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「こちらでも、先程空を埋め尽くした蟲たちを見ましたよね。この里の様子は?」

「はい……スフェンが皆を落ち着かせるよう街中を駆け回ってくれていますが、残念ながら、皆浮足立っていますね。これまでの戦闘は遊びでしかなかったとばかりに、あれだけの戦力を見せつけられては仕方ありません」

 

 フレイの問いに対する女王の言葉に、クリムはさもありなん、と頷く。

 言葉は悪いが……遊ばれていたというよりは、相手にすらされていなかったというのが正しいだろう。

 

 向こうはおそらく、妖精郷への道をただ塞いでいただけなのだ。そしてそれはひとえに、敵首魁にやる気が無かっただけのこと。

 

「我らも、ツテを利用して戦力になりそうな者を集めてみよう。じゃが……」

「それは、とてもありがたく思います。ですが今のこの里の状況では……」

「やはり、伝統派の反感を買いますよね」

「はい……どうにか皆さんは受け入れられていますが、このまま増えていくとどんな動きをするか」

 

 ――彼らの懸念も、正直クリムにはよく分かる。

 

 今回の事態を解決できるだけのプレイヤー戦力をこのフローリアに迎え入れた場合、こちら側の戦力は圧倒的に彼らの戦力を遥かに上回る。

 

 つまり……彼らには、プレイヤーたちに抗う術がないのだ。

 

 もしかしたら、事態が解決し次第、今度はプレイヤーたちに占領されるかもしれないのだ、彼らが不安になるのは致し方ない。

 

 それが分かっているからこそ、伝統派のエルフたちを刺激し関係悪化を招くわけにはいかないクリムは強く出る事もできない。

 

 そうして結局この日は対応策が出ぬままに……ひとまず目下最大脅威であるバアル=ゼブル=エイリーを刺激しないようにということで、解散と相成ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「あ、出てきた。二人とも、お疲れ様ー!」

「お姉ちゃん、お疲れ様です」

 

 謁見の間から出てきたクリムとフレイを見つけ、外で待っていたフレイヤとルージュがやって来る。

 

「うん、お待たせなのじゃ。他の皆は?」

「それぞれ物資の補充と情報集め。終わったら茶屋に集合だって」

「それじゃ、先に向かっていようか」

 

 そう言って、連れ立って街を歩く四人。

 

 歩きながら周囲を見回せば、変わらず小川のせせらぎと咲き誇る花たちが見るものを癒してくれるが……しかしそこを行き交う人々の表情は、風景と裏腹に重く、暗い。

 

「しっかしまぁ……頭の痛い案件山積みじゃなあ」

「今度、伝統派の人たちとも話をしに行く必要はあるが……女王が話をつけてくれるの待ちだから、今は待つしかないな」

「そうじゃな……お主らハイエルフ二人が一緒ならば、そう邪険にされることもないじゃろうし……」

 

 エルフ上位種である二人は当然として、夜の精ノーブルレッドと判明して以降のクリムも、何気に里のエルフたちから敬意をもって接してもらえている。

 

「でも、エイリーちゃんだっけ。あの子可愛かったねー」

「フレイヤ、お主なぁ……」

「姉さんさぁ……」

「フレイヤお姉ちゃん……」

 

 暢気な彼女の言葉に、クリムとフレイがガックリと脱力する。ルージュですら、クリムの胸ポケットで呆れた声を上げていた。

 

 もっとも、彼女なりに重くなった雰囲気を明るくしようとしているのは分かるのだが。

 

「でも、悪魔っていう割にはあまり悪い子でも無さそうに見えたよ?」

「そりゃまあ、ベリアルやらビフロンスやらと比べたらなあ」

 

 悪辣極まりない二人の前だから、彼女は余計にまともに見えるのかも知れない……そうは言うものの、クリムもフレイヤの言うとおり、なんとなくだがあのバアル=ゼブル=エイリーからは、明確な敵意や害意は感じなかった。

 

 

 あれは、どちらかと言うと……遊び相手を見つけたという喜び。

 

 

 実際のところ、彼女も言っていた通り『面倒』というのが本音であり、自分の役割をこなしていただけであって特にやる気は無かったのだろう。でなければ、白の森はとっくに壊滅していたのは間違いない。

 

「いや……もしかしたら、話が通じる可能性はあるのか?」

「もしそうなら、色々と話を聞けたらよいのじゃがな。まぁ、あまり希望的観測に縋るのも程々にしておくべきじゃろう」

 

 フレイの言葉に、クリムは首を横に振る。可能性があるならば試みるが固執はしない、そう結論付けてこの話は打ち切る。

 

「ところでクリムちゃんは、セツナちゃんとはもう、この街でお茶したんだよね、どうだったの?」

「うむ。さすが植物と共に生きるエルフだけあって、茶は非常に絶品じゃったぞ」

 

 基本的に草食である彼らは植物の扱いに長けており、それは茶も例外ではない。

 

 それに……よもやエルフの里で稲作が行われていたのは予想外だった。

 

 もっとも、日本と違い主食としてではなく、スープの具として粥のように食すためのものらしく生産量は多くないが……それでも団子はもちもちとした食感が楽しめ、胡桃とミルク、花蜜で作った濃厚な風味のクルミペーストのタレとの相性もバッチリだった。

 

 ……と、そんな食レポをしているうちに、だんだんフレイヤとルージュの目が、期待に輝き始める。

 

「へー、楽しみ!」

「美味しそうです……!」

 

 涎を垂らさんばかりに話に食いつくフレイヤとルージュに苦笑しつつ、クリムたちは努めて他愛のない話をしながら、息抜きのために茶屋へと向かう。

 

 

 

 ……考えなければならないことは、山ほどある。クリムたちにとって、今回の超大規模レギオンレイドはまったく頭の痛い話だ。

 

 それでも、常に悪いことばかり考えていたら参ってしまう。ゲームなのだから、楽しむのも忘れないようにしなければならない。

 

 皆散開して情報収集に当たっていた仲間たちもぼちぼち戻ってくるというし、今はとりあえず甘味を楽しもう、そう気持ちを切り替えて茶屋へ向かった。

 

 

 

 だと言うのに……

 

「……なあ、何やっとるんじゃ、お主」

「ふみゅ?」

 

 クリムは半眼で、茶屋のテラス席にいた先客を睨みつける。

 

 

 よりによって、その大混乱の元凶である敵の首魁が。

 

 莫大な数の蟲を総べる災厄の主が。

 

 

 

 ――よもや茶屋で暢気に団子を頬張っているなどと、誰が予想できようか。

 


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