Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
『紅ちゃん、今日、エルフの女王様との配信、私たちでやってもいいかな?』
聖からのそんなメッセージが紅に届いたのは、夕食を済ませ、母に体を拭かれ、あとは大人しく寝ているばかり、という時だった。
『それは構わないけど、どうして急に? 体調が戻ったら私がやっても構わないけど』
『うん、それも考えたんだけど……私たち、配信ってずっと紅ちゃんに頼り切りだったでしょう。それじゃダメだと思ったんだ』
たしかに……基本的に、『ルアシェイア』の配信はクリムがメインで進行しており、そうではない時もだいたいクリムは登場している。
それは、クリム自身の知名度にあやかったものであり、紅自身もそれを当然だと思って気にもしていなかった。
『でも、それじゃ紅ちゃんにずっと頼りきりになっちゃって、紅ちゃんが何か用事で居なくなったら何も出来なくなっちゃうんじゃないかって、私たちは思ったの。ね、やってみてもいいかな?』
そう締め括られたメッセージに……クリムは、ふっと頬を緩める。
『もちろん。頑張って、ちゃんと見守ってるから』
『……うん、それじゃ準備してくるね!』
そう告げて、メッセージが途絶えた。
……その僅か10分後、ルージュから連絡が入る。
『お姉ちゃん、フレイヤお姉ちゃんが配信を始めたよ!』
「早っ!?」
驚きつつ、ルアシェイアのチャンネルに接続してもらう。そこでは、すでにカメラが回る中で、フレイヤが中心に立って司会進行を始めていた。
『アディーヤ! みんな、ギルド『ルアシェイア』の公式配信にようこそ! 本日司会進行を務めます、フレイヤお姉ちゃんです!』
コメント:アディーヤ!
コメント:お姉ちゃんこんばんわー!
コメント:ところでクリムちゃんドコー?
『その事なんだけど……ごめんなさい! クリムちゃんはちょっと体調を崩しちゃって、今日はお休みなの!』
コメント:それは……しょうがない
コメント:出ずっぱりだもんなあ
コメント:いつかはそうなる気がしてた
コメント:まおーさま見てるー? お大事にー?
コメントの反応に、思わずふふっと笑いが漏れる。
そういえば、こうして視聴者側で眺めるのはあまり無かったので、何が始まるのかちょっとワクワクしてきた紅だった。
『そんなわけで今日は、私、フレイヤお姉ちゃんが代わりに進行します! みんな、よろしくねー!』
コメント:はーい!
コメント:わかりましたー!
紅の時とは違い、なにやら聞き分けのいい視聴者たちに、紅はこのあたりが聖の『お姉ちゃん』属性なんだろうなと感心しつつ苦笑する。
しかし……まだ緊張感は見えるが、なかなか堂に入った司会ぶりだ。
どこかヒーローショーの司会のお姉さんっぽい雰囲気だが、しかしざっとコメントの反応を見るに、それが良いと概ね好調だった。
なるほど……メンバーの個性を活かしてたまに司会を代わるのも悪くないなと、紅が考え込んでいると。
『それで……早速なんだけど、今日は特別ゲストをお呼びしています』
コメント:ゲスト?
コメント:どこかのギルドから?
『うん、ゲストだよー。でも、その前に……ところでみんな、この場所、何に見えるかなー?』
そう言ってフレイヤが、背後の風景……やや、こじんまりとした風情ではあるが、一目で高価と分かるような絨毯をはじめとした調度品が並び、奥に何段か高い場所には立派な座席が見える部屋を指し示す。
それは……紅にはじつに見覚えのある風景で、ヒクッと頬が引き攣った。
コメント:気のせいかな、偉い人がいる場所に見える。
コメント:奇遇だな、俺にもここが謁見の間に見える
自信なさげに回答する視聴者の中に、ちらほら正解が見える。だが、彼らが首を捻るのもさもありなん、この場所をよく知っている紅ですら、なぜこの場所で……と愕然としているのだから。
『そう、謁見の間なんです、今回は許可をいただいて、特別にエルフさんたちのお城から配信していまーす!』
コメント:いや待って事情説明して!?
コメント:ツッコミ役ー!? ツッコミ役はいませんかー!?
パチパチー、と拍手を乞うフレイヤだったが、視聴者はそれどころではない。
『というわけで。ゲストのフローライト女王陛下、よろしくお願いしまーす!』
コメント:ちょwww
コメント:まってwww
コメント:え、女王様? 女王様なんで!?
コメント:配信にそんな気軽なノリで国家元首呼んでんなwww
さすがに騒然となるコメント欄を他所に、女王陛下がフレームインする。
……女王、という言葉から連想するものと比べると、まだまだあどけない少女のような姿の美姫。
床に届くほどに長いプラチナブロンドの髪をサラサラと揺らし、花のようなドレスを纏って現れたその姿は、まるで国宝クラスの職人が生涯を掛けて制作した極めて精巧な人形のよう。
その現実離れした美貌に、またも騒然となるコメント欄だったが、しかし女王はというと。
『あら、もう始まっているの?』
『あ、はい! この丸い機械に向かって話しかけてもらえれば!』
『へぇ、不思議ですわねぇ……』
ガチガチに緊張している撮影役のリコリスにそう言って、興味津々といった様子でマギウスオーブを覗いているのであろう、マイペースなエルフの女王様。
子供のように目を輝かせ、無防備にカメラを覗いているその女王様の様子に……
コメント:やばい、すこ
コメント:エルフのお姫様気安いw
コメント:あーいけませんお姫様ガチ恋してしまいます
コメント:谷間が、谷間がぁ!?
やや前屈み気味にアップで覗き込んでくる、ちょっとお目にかかれないような神秘的な美貌を持つ見た目は美少女に、騒然となるコメント欄。
ほんに、男という奴はのぅ、と少しは気持ちがわかりつつも呆れて苦笑する紅だった。
◇
ジェットコースターのように話が進み、フレイは楽しがって腹を抱え、NPC側では背後に控えるスフェンとロウランが揃って頭を抱え、コメント欄は混乱しているカオスの中。
『えー、コホン。失礼致しました』
そう言って、玉座に戻ると楚々とした仕草で腰掛け、一つ咳払いする女王。
『映像の向こうに居る皆様方、初めまして。私、名をフローライトと申します、若輩の身ではありますが、我々エルフたちの国の女王を勤めている者です』
玉座に戻るなり表情を引き締めて、真剣な顔でカメラへ向き直る女王。真面目な話が始まるのを察したコメント欄が止まる。
そんな中で女王フローライトが訥々と語るのは、今白の森に迫っている脅威について。
――空を埋め尽くす、蟲の魔物の群れ。
――また、そんな蟲たちをどうにかしても、背後には強大な力を持つであろうバアル=ゼブルなる悪魔の少女が控えているという事も。
現在、この風光明媚なフローリアの街が風前に晒されたともしびであることを、涙ながらに切々と訴える女王に、コメント欄に同情の声が多数流れ始める。
『――正直に言って、私たちに返せるものはあまりありません。ですがそれでもすでに、多数の勇者様が協力を表明してくださったと、小さく可愛らしいルアシェイア連王国の盟主様から教えていただきました。この場を借りてお礼を言わせてもらいます、本当に、ありがとうございます。そして……この危機に、どうか、皆様のお力をお貸しください』
そう訴えかける女王の言葉に、ある者は自分も行くぞと奮起し、ある者は流石に遠くて無理と周囲の者に後を託し……なんだかんだで、フレイの『いい考えがある』は成功で幕を下ろしたのだった。