Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――男は、案外と簡単に潜入できた敵首都だという街に、拍子抜けしていた。
この度新たな国として産声を上げた、男の所属国。
その最初のターゲットであるこの隣国『ルアシェイア連王同盟国』の、首都だという『泉霧郷ネーブル』は、予想外の発展を見せていた。
真新しい石畳に、赤煉瓦と黒味を帯びた木材による建築様式で統一された、背景に壮麗な泉を湛える美しい街並み。人口など、男が知っているその町の十倍は居るのではなかろうかと思える程に、人通りは多い。
男たちの居たワールドでは、この街は、ただの萎びた湖畔の集落だったはずだ。
立地としてさほど優れているわけではなく、あるのは修繕に馬鹿みたいな資産を喰う古城のみ。それをここまで整備して立派な街にする、あまつさえユニオンの首都だとは、呆れた執念だと思う。
全く馬鹿な奴も居たものだ……そう苦笑した時、不意に男がバッと振り返る。
――何か、視線を感じたような気がした。
だが周囲にそれとなく視線を巡らせても、男の周りにはプレイヤーの姿はおろか、衛兵らしき姿さえもなく、ほとんどがただの街の住人だ。
おそらくは気のせいだろうと、ホッと安堵の息を吐いて偵察を再開する。
――全く、呑気なものだ。
こんな敵地に近い場所にある首都がこんなザル警備など、自分たちの居た場所では考えられないことだった。
どうやら街としての設備は中々みたいだが、運用はなっちゃいないな……そう男がほくそ笑んだ矢先に、眼前にちょうどよく、まだ幼い少女が通り掛かった。
――よし、あいつにしよう。
防衛システムは基本的に、登録された住民には危害を加えない……登録された住民に危害を加えそうな状況では、手出しもしてこない。
つまり……盾にできる。やがてはプレイヤーが駆けつけるなりして制圧されるであろうが、ひと暴れして多少の混乱は与えられるだろう。
「ねぇ、そこの可愛いお嬢さん」
「……ん、ジュナのこと?」
声を掛けたその少女は、ジュナという名前らしい。まあ、それはどうでもいい事だ。
上手いこと人質になってもらおう……そう、無警戒に振り返ったそこそこ可愛らしい女の子に、男は手を伸ばした――と、そんな時だった。
「――おっと、そこまでにして貰おうかの、痴れ者が」
頭上から降ってきた別の少女の声に、身体が硬直したのは。
驚いたからではない。そんな生易しいものではない。
首に死神の鎌の刃が当てられたような錯覚を覚えて、動けば死ぬ、と本能が警鐘を上げた結果だった。
「そのまま、両手を上げて武装を全て解除せよ。従わなければ斬る」
少女の声には、聞き覚えがある。
少女の姿にも、見覚えがある。
いや、彼女を知らないDUOプレイヤーの方が遥かに少ないだろう。
――赤の魔王、クリム=ルアシェイア。
深紅の外套と、まるで輝くかのような白い髪をトレードマークに持つ、見た目だけならば最上級に可憐な少女吸血鬼。
だが彼女は、最も警戒すべき第一サーバーの特記戦力である。その吸血鬼の少女が、屋根の上に悠然と腰掛けて、紅く輝く目で男を見下ろしていた。
――無理だ、勝てない。
戦わなくても分かる、まるで敵うビジョンが見えない。
目を合わせるのさえ恐ろしく、震える指で装備画面を操作して言われたとおりに武装解除して、必死に俯いて目線を逸らすのが精一杯だった。
そんな男の様子を上から見下ろして……少女は、ふん、と鼻を鳴らす。
「何もしないならば、まあ泳がせても構わんつもりでいたが――お主、
――殺される。
ここがゲーム内であると忘れてしまうような、全身を総毛立たせる殺気。
きっと、自分は彼女の逆鱗に触れるような事を何かしてしまったのだと思えるほどに、深い紅の少女の瞳は、まるで怒りを煮詰めたような色をしているように見えた。
そんな、生きた心地がしない時間が何十秒か続いた後……
「……まあよい。今度この街でその顔を見たら、その瞬間八つ裂きにしてやるからそのつもりでおるのじゃな」
そんな言葉と共に重圧が消えたのを幸いに、男は、脱兎の如く任務を投げ出して逃走した。
……こうして、彼がこの偵察で上に報告できた有益な情報はただ一つだけ――『赤の魔王クリム=ルアシェイアの脅威度を上方修正するべきだ』というものだけとなったのだった――……